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少女と白虎


「ねえ、ママ!」

『ん?どうした?』


白虎(わたし)のお腹で寝ころびながら、金髪の少女は甘えるように尋ねる。


「私ね!ママが大好き!」

『あっはは! そうかそうか。私もアリスのことが大好きだからな。』

「えっへへ~・・・」


凛々しい女性の暖かな声に包まれ、アリスと呼ばれた少女はその言葉の暖かさがくすぐったいのか、自然と笑みがこぼれ、白虎(わたし)のお腹に顔を埋める。


そんなアリスが愛しいのか、白虎(わたし)は寝ころぶアリスの頬を優しく舐めた。


『そんな可愛いこと言う子にはお仕置きだ。』

「えへへっ、くすぐったいよ~!」


白虎(わたし)がここに生を受け、激しい生存競争を勝ち抜き、気が付けば誰も白虎(わたし)に勝てなくなったころ、唯一の心友の勧めでこの地にやってきた。


その地での生活は今まで以上に楽しく、すぐ近くに心友も住んでいることもあって共にこの地域を守ってきた。


ある日、どこからか深い傷を負った人間の集団がやってきて白虎(わたし)に庇護を求めてきた。


最初こそただの気まぐれだった。

心友(アイツ)が人を護っていたのを知っていたから、自分自身も興味を持っていたこともあって助けることにした。


それに心友(アイツ)が守る人という存在はどんなものなのかと気になってはいたし。


人間たちを庇護し始めて100年経ち、ある日難民の集団がやってきた。


その中でも戦争というモノで両親を失ったアリスという少女。

生を受けてまだ5年という短い時間を過ごしてきた幼き子。


その表情は全てに絶望し、諦めていた少女がどうしても気になっていた。

まだ幼かった少女は、本当に、本当に弱すぎて、少しでも目を離すとすぐに倒れて死に掛けていた。


色んなモノに興味津々で、食べたら危険な食べ物、近寄ったら危険な生物。

ありとあらゆるものに手や口を出そうとしていた。


また夜には涙を流しながら泣いて全然眠れてないのも気になってしまった。


だからこそ、白虎(わたし)は少女から目が離せなかった。

少女の傍からひと時も離れることもしなかった。


そのせいか、他の人間たちよりもずっと仲良くなった。

そして、白虎(わたし)自身、少女の事を愛するようになった。


まるで、お腹を痛めて生んだ我が子の様に。

これが、親の気持ちというものなのだろうか。血も繋がっていないし、何より種族そのものが違う。


それでも白虎(わたし)の心に、少女(アリス)という存在は日に日に大きくなっていった。

気が付けば、少女(アリス)のいない日々なんて考えられないくらいに、その存在は大切な、とても大切な白虎(わたし)の娘となっていた。


初めて出来た娘という存在に戸惑いながらも今まで以上に幸せな日々を過ごし、10年が経ったころ、魔物でも盗賊でも山賊でもない、未曾有の大飢饉が大陸(カラミアート)全域を襲った。


その村、ステウランも例外ではなかった。

次々に人々は苦しみ、飢え、倒れていった。


白虎(わたし)も自らの力を大地に流し、土地を潤しながら、狩りをして取れた獲物を村へ渡していた。

だが、大飢饉に合わせてその食糧を求めて他の土地から襲撃してくる人間たちの数も多く。

力の大半を大地に流していたから、いつも以上に苦戦を強いられてしまった。


時には守り切れずに村に被害を出してしまうこともあった。

その時には心友(アイツ)が助けに来てくれたりと、互いに協力しあっていた。


それでも、大飢饉に打ち勝つことは出来なかった。


「ご・・ぇん、ね・・・マ、マ・・・・」

「アリス・・・しっかりしてくれ・・・!ほら、食べ物を持ってきた・・・だから・・・」

「ママ・・・、だい、す・・き・・・・・・」

「あ、アリス・・・?おい、しっかりしてくれ・・・!アリス・・・!アリス・・・!!」


そして、白虎(わたし)の目の前で少女(アリス)は亡くなった。


その時、初めて絶望を知った白虎(わたし)は憎しみを知った、絶望を知った、悲しみを知った。

これ以上の悲しみを生まないために、禁忌魔術に手を出した。


自らの魂を媒体とする禁術で、その地で起きた災厄を別の対象へ移すというモノだ。

本来ならその大陸から別の大陸へ移すという戦略級大魔法ではあるが、使用するのは魔力ではなく自らを成す魂そのもので、またその魂は純度が高い物、そして多くの数を用意しないといけないこと、また使用された媒体は霧散し、無に返ってしまうこと。


そしてこれが一番の原因であるが、使用された媒体が魔物として生まれ変わってしまうというものだ。それゆえ、この魔法は禁忌魔術とされた。


白虎(わたし)は今大陸(カラミアート)で起きている大飢饉そのものを自らの身に対象を移した。

何百年と生き続け、大聖霊獣の類にまで達した白虎(わたし)の魂ならば発動条件としては十分だった。


そう、(アリス)が死ぬ前にするべきだったのだ。

心友(アイツ)にはやはり全力で反対された。

それでも、白虎(わたし)は耐えられなかった。これ以上、この大飢饉で人々が死ぬことは。


・・・ああ、これが心友(アイツ)の人々に対する愛なのだと、改めて知った。

故に、白虎(わたし)は譲れなかった。譲れるはずもなかった。


だから心友(アイツ)に頼んだ。

その身に全てを引き受けた後、魔物として生まれ変わる白虎(わたし)を封印して欲しいと。


大聖霊獣の魂を媒体にするため、とても凶悪な魔物として生まれ変わるのでそうなる前に封印すれば暴れることもなく白虎(わたし)だけの犠牲だけで飢えに苦しむ人々を救うことができると。


(アリス)にはもう決して二度と会うことはなくなるが、生まれ変わった(アリス)が平和な世界で暮らせるのなら・・・。


白虎(わたし)は喜んでこの身を犠牲にしよう。


・・・ああ、愛しの我が(アリス)よ。どうか、いつまでも幸せに、笑顔で暮らしておくれ。





アア・・・、ウルサイ・・・。外ガ・・、騒ガシイ・・・。

苦シイ・・・、オ腹ガ、減ッタ・・・。アリス・・・、アア・・・アリス・・・私ノ、可愛イ、娘・・・。


黒い球体の中で、眠りについている白虎。

眠りの中で繰り返し見る娘との幸せな記憶、思い出


アア・・・、ウルサイ・・・、声ガ、聞コエル・・・。


本来なら何も聞こえないはずなのに、何かが外から聞こえてくる。


―――ドンッ


ナ、ンダ・・・?


球体が大きく揺れ、その重い瞼を開けると見えないはずの景色がその視界に映る。

ちょうどその時、目の前でローブ姿の人間がこの球体に叩きつけられ、その際に被っていたフードが剥がれ、その素顔が露わになった。


そこには記憶の最後に映ったアリスと瓜二つ・・・、いや、アリスがそこに居た。


(ア、アリス・・・!? ナゼ、ココニ・・・!?)


前足でアリスに触れようとするが、球体の内側に阻まれてしまう。


アリスは目の前で蟲のような何かと戦っている。

最初こそ優勢だったが、不意打ちを喰らって一気に劣勢になっていた。


そしてその蟲が止めを刺そうと背中に生えている棘を飛ばしてきた。


(アリス・・・!ダメ、ダ・・・!イケナ、イ・・・!!私ノ、前デ・・・二度モ、大切ナ娘ヲ、失ウモノカァァアアアア・・・!!)






「・・・・え?」


動けなくなったところに、猛毒針を打ち込まれ、死んだかと思っていた。

だがその猛毒針がアリスに刺さることはなかった。


恐る恐る目を開けると、目の前には黒い大きな虎が身を挺するかのように姿を現していた。

暴喰蟲へ向けて殺気を放ち、威嚇するかのように低く呻っていた。


突然の事に動揺を隠せずにいたが、その黒虎から懐かしさと愛おしさを感じた。

そしてふと、無意識に目から涙が頬を伝い、その想いが込められた言葉が口から零れた。


「ママ・・・?」


その言葉に反応するかのように、黒虎は咆哮を上げた。



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