文字通り、大きな赤ん坊みたいな子ですわ
『なんでこんな大きな穴なんか・・・うわぁ~、体内もグッチャグチャだよ~・・・。ふえぇぇえ・・・本当に酷い有様だよ~・・・。どうしたらこんなことになるのかな~・・・?』
バハムトイリアは【古獣の王】を診ながら<上級治癒魔法>を掛けながら背中に空いた穴を塞いでいく。
そんな彼女の悲鳴を横に、レイラたちは冷や汗をダラダラ流していた。
【古獣の王】をあんな風にしてしまったのは他でもないレイラたちだからである。
まあ若干一名ほどあの巨大な穴を開けた張本人はいないわけだが・・・。
「・・・これきちんと説明して謝罪を入れた方がいいのではないですの??」
「しかしレイラお嬢様・・・、あの【古獣の王】をあのような状態にした罰として何をされるか・・・」
「ってか、レイラ!あなたは大丈夫なんしょ??レイラから何か言ってよ・・・!」
「そ、そうですわね・・・。あの大きさに圧倒されてしまいましたが、あれも我が子だと思えば・・・」
レイラは意を決し、ゆっくりとバハムトイリアへと近づいていく。
そんな彼女の姿に【バハムトイリア】は未だに気が付いていないようだった。
さすがに自分自身に気付いてもらうためにはそれこそ竜眼の前に立つ勢いじゃなきゃ気付いてもらえない気がする。
「ふぅ・・・、<神速>」
<神速>で移動し、その勢いを持って跳躍し、【古獣の王】の体に飛び移る。
そのままなんとか登っていくと、もうほとんど塞ぎつつある穴の近くまでやってきた。
それでもまだバハムトイリアの全体像は見えない。
「もし~!」
レイラはバハムトイリアへ叫ぶ。
それでもまだ気が付いていないのか、【古獣の王】を治療していた。
もう一度叫ぼうと肺に息を取り込もうと深呼吸していたその時、
『・・・えっ!?』
とレイラの存在に気付いたかのようにその視線がレイラへと注がれる。
その巨大な頭が持ち上がり、ゆっくりとレイラに近づいていく。
そして匂いを嗅ぐかのような仕草を見せる。
鼻息だけで吹き飛ばされそうになるが、なんとか堪えるとバハムトイリアは微かに震えだす。
『なんで・・・なんでぇ・・・人間からあの人の匂いがするのさ・・・!!』
その震えは強い怒りによるものだった。
なぜここまでバハムトイリアが怒りに駆られているのかはわからない。
彼女が口に出した、『あの人』とは一体誰の事だろうか?
「ちょっと、わたくしの話を聞いて・・・」
『人間の話なんて・・・聞きたくない・・・!!』
その巨大な口が開かれ、周囲の魔素がどんどん吸い込まれていく。
まずい、このままじゃあの巨体からブレスが放たれてしまうのですわ・・・。
そんなの防ぐ手段なんて出来ないですわ・・・!?
どうすればとアタフタしていたところ、メリアがレイラの前に来ると彼女を庇うかのように両手を広げる。
「【青皇龍】様・・・!」
『どいて・・・リヴィアメリア。そんな人間、庇う価値なんてない・・・。私たちから大切な存在を奪った・・・下劣な人間・・・!!』
メリアの必死の説得も虚しく、バハムトイリアはどんどんその魔素を取り込み、今にもブレスが放たれようとしている。
「ま、待ちなさいまし・・・!!わたくしの話を・・・だ、だめ・・・!」
『死ね、人げ・・・ぎゃふん!?』
「はーい、青お姉様、あうとー」
突如としてバハムトイリアは上空から落下してきた何かに無理やり口を閉じられ、その直前に放とうとしていた魔力の塊は出口を塞がれ、バハムトイリアの口内で大爆発を起こした。
バハムトイリアは大きな爆炎に包まれ、気絶したかのように海に沈んでいく。
「間に合ってよかった~・・・。お母様、大丈夫かしら~?」
「ふぃ、フィーちゃん・・・!?」
そこには単独で調べ物に出かけていたはずのフィリオラが竜翼を広げ、飛んでいた。
フィリオラはゆっくりとレイラの目の前に降りてくると、レイラはフィリオラへ抱き着いた。
突然のレイラの行動に吃驚しつつも、優しく頭を撫でて揚げる。
「もー、少しの間離れていただけじゃない。そんなに寂しかったの?」
「・・・早く来ると言っていたくせに、全然来ないフィーちゃんが悪いんですのっ!」
「はいはい、私が悪かったわよ~・・・。」
「・・・あの子、大丈夫なんですの?」
「え?青お姉様のこと?まー・・・うん。きっと大丈夫よ。おそらく、たぶんね?」
「・・・・・・・。」
目を回しながら、海の上にぷかぷか浮かぶバハムトイリアを見て少し不安に駆られる両者だった。
『ま、ママ・・・!?!?』
フィリオラから説明を受けたバハムトイリアは酷く驚いた様子を見せ、そして酷く恐怖に駆られていた。
「そうよー。私が止めなかったら、パパの大事な人を殺すところだったのよー?」
『あ・・・あ・・・・!?!?』
「こーら、フィーちゃん。自分の姉を虐めるのはもうやめなさいですわ。」
『ご、ごめんなさいいいぃ・・・・・!!ふええぇぇぇえええん・・・!!』
「あ、ほらぁ・・・泣いてしまったではありませんの。」
バハムトイリアはその竜眼から大量の滝が如く、涙を流しながら泣き始めた。
レイラはバハムトイリアに近づいて、その顔・・・下顎の部分を優しく摩る。
「よしよし、大丈夫ですわよ。ちょっとした行き違いはあったけど、わたくしは怪我の1つも負っておりませんわ。」
『ふえええぇぇぇぇぇえええええん・・・!!』
「青お姉様ってこんなに泣き虫だったの・・・??」
「多分目を覚ましてまだ間もないから色々と状況を理解できていないんですわ。大きな傷を負って長い間眠ることになり、何千年経ってから目を覚ましたら目の前にママと名乗る人間がいるんですのよ?」
「・・・そう言われれば確かに混乱するわ。」
「それでここにいるってことは・・・」
「ええ。一通り調べ終えたわ。まあそれを話す前に・・・」
そういって未だに涙を流すバハムトイリアの方を見る。
まずはこっちを何とかしないと話が出来なさそうだ。
暫くレイラとフィリオラの2人でバハムトイリアを宥めつつ、ジェシカとディアネスが一緒になってバハムトイリアの体を使って遊んでもいいという許可を本人よりもらえたことで彼女の頭に乗り、周囲を見渡していた。
『フィリオラちゃんも・・・すっごく、大きくなったね・・・!』
「逆に青お姉様は大きすぎるわ・・・。もう少し小さくは慣れないの?」
『目を覚ましたばかりで・・・うまく魔力を操作できないの・・・。今はこれで我慢して・・・もらえると嬉しい、かな・・・。』
「別にわたくしは構いませんわ。こんな大きな姿であっても、大事なわたくしの子ですもの。」
『ふ、ふぇぇぇ・・・』
「ちょっと青お姉様!また泣き始めるのは止めて!今泣かれたら周囲が一気に流されちゃう!」
レイラの言葉にまたもや泣き始めかけたバハムトイリアを必死に制止させようとするフィリオラ。
今彼女に泣かれてしまえば、<メナストフ港町>は涙の洪水によってその半数が海に流されることになるために、フィリオラは必死になっていた。
『ご、ごめんね・・・。で、でも・・・こんな優しい人が、私のママになってくれるなんて・・・。それにこの匂い・・・』
「そういうことよ。本当ならパパもここにいるはず――――」
『パパって、あのパパ・・・ってことでいいの・・・!?本当に・・・!?』
「ええ。どういった理由でそうなっているのかはわからないけど、間違いないわ。」
『・・・・・・ふえぇぇえぇぇぇぇえええええ!!』
「あああああー、青お姉様ストォオオオップウウ!!!」
だがフィリオラの必死の抵抗も虚しく、バハムトイリアの涙により、<メナストフ港町>の4割が洪水に見舞われる結果となってしまった。
幸いだったのは、その洪水によって住居が倒壊したり、海に流されたりしなかった事だろう。
それからバハムトイリアを宥め終えた時、彼女はすっかりレイラに対して甘えん坊になっていた。
暫くレイラに甘え終えた後、全員を自分の頭に乗せ、海の上を漂いながらフィリオラが持ってきた水着に着替え終えると全員で海水浴することとなった。
レイラは最初こそ遠慮していたが、ジェシカやミミアンの説得もあって折れ、水着に着替える事となった。
レイラたちが海水浴を楽しんでいる間、邪魔が入らないように<メナストフ港町>の周囲にはバハムトイリアが発生させた霧で覆い、外からの侵入や目視は出来ないようにした。
それを受け、レイラは大人しく渡されたフリルが付いた黒のレース状のビキニに着替え、ハルネを除き、他のみんなは水着に着替え終えるとバハムトイリアと一緒にめいっぱい遊ぶこととなった。
そんなこんなでバハムトイリアと和解し、後はヨスミが来るだけのはずだった。
気が付けば夕焼けに染まった茜空が姿を見せ、夕陽がレイラたちを照らす。
地平線の向こうに沈む太陽を、バハムトイリアの頭の上に座りながらじっと見つめていた。
そんな時、レイラはふと思い出したかのようにフィリオラへ話しかける。
「アオちゃんのインパクトでつい聞きそびれましたわ。フィーちゃん、あの後何かわかりましたの?」
「あ、そういえばそうだったわ。といっても収穫はそんなに多くないわよ。」
そしてフィリオラは自分が調べていた内容を包み隠さずレイラへ報告する。
「まず、ガヴェルド王が率いている軍の内部は酷い有様。功績を上げてガヴェルド王直属の精鋭として召し抱えてもらおうって考える馬鹿たちがいっぱいいるみたいで、パパはそれに巻き込まれたみたい。もちろん、その事をガヴェルド王は知る由もないわ。もし知られてしまえば追放されてしまうみたいね。だからガヴェルド王の目に付かないように色々と裏で手を回し合って、互いで互いを潰し合ってる状況。ちなみにグレースも気付いていないみたいね。」
「は~・・・」
レイラは深いため息を吐く。
もしここでガヴェルド王が関わっているのであれば、それを理由にガヴェルド王をつぶ・・・・追及できたはずなのに。
「そもそもそういった事態はガヴェルド王本人が何とかしないといけない物ではないんですの!?」
「今は何もかもがごたついているからね。それを立て直そうと奔走していて気付けてないみたいよ。」
「はあ・・・。」
「あの日、パパはガヴェルド王に謁見しようと赴いた時、ガヴェルド王本人は別の所にいたみたいで入れ違いとなってたみたいね。その時に対応していたのは忠臣の1人であるマルコーロっていう獣人。彼はどうにもあくどい事を生業としている盗賊上がりだったこともあって、目の前に竜人であるメリアを見てほしくなったみたいね。それでパパを罠にはめてあの首輪をどうにかしてつけたみたい。」
「でもあの人ならそう簡単にやられるはずが・・・」
「あの時、私たちが入った部屋が<転移石>の使用を禁止する魔法陣が展開された客間だった。」
そういって2人の会話に混ざってきたのは他でもないリヴィアメリアだった。
「おかげで<転移>の発動が遅れ、転移される寸前に見えたのは背後から無数の獣人たちに取り押さえ、あの首輪を無理やり嵌められてた。その後、何とか2人とも別の地点に<転移>できたけど、すぐに追っ手もやってきて・・・。だから私だけがここに飛ばされた。」
そう語るメリアの瞳には大きな悲しみの感情が宿っていた―――――。