・・・わたくしには同じような存在に感じられますわ。
「・・・え、えとあなたは・・・誰ですの?」
「??」
首を傾げ、ディアネスの後にレイラの顔をじぃ~っと見つめる。
その仮面の目の部分に空いた穴から覗き込むその子の瞳は他の種族とはまた別のように感じられ、一言で言えば山羊のように動眼が横に細長だった。
最初こそ、その子の両足は山羊のような足ではあったが、その尾は獣のような物ではなく、毛も生えていない鼠の尾のようにスラっと細長く、両手の爪は赤く染まっていて鋭く尖っていた。
そして何よりも特徴的だったのが・・・
「ドラゴンのような、翼?」
竜翼のようなものが背中から生えており、頭から羊のような螺旋状になっている。
足と瞳、そして角の3つの特徴さえ除けば、ドラゴンの特徴をなぞった容姿をしている。
だが明らかにドラゴンとはまた別の種族であると感じられる。
何よりも、レイラの本能がその子をドラゴンだと感じられなかった。
彼女の内に眠るベオルグが警報を出しているのを感じ、脳内に彼の声が響いてきた。
『母上殿、その者は危険であるぞ・・・!』
(殺気のようなものは感じられませんですわ。)
『ああ、奴らは殺しが日常であるが故に、殺気など持ち合わせておらぬ。』
(ベオちゃん、この子の正体がわかるんですの?)
『・・・【悪魔】だ。』
「【悪魔】・・・!?」
「!?」
レイラが驚いて声を上げてしまい、仮面の子は吃驚してその場から飛び退いた。
四つ足歩行で着地し、山羊の足の毛が若干逆立っている。
そしてレイラの声に異変を感じたのか、ハルネとジェシカがこちらの方を振り向いた。
そこにさっきまでいなかったはずの見知らぬ存在がレイラへ威嚇している姿を発見する。
「れ、レイラお嬢様!?」
「お婆様!」
「?!」
背後からハルネたちの声が聞こえ、それに気づいた仮面の子は振り向く。
そしてハルネはすぐに仮面の子が異様な容姿をしていることに気が付き、すぐさまそれが悪魔であると悟ったハルネは臨戦態勢を取る。
ハルネの様子に、その仮面の子が敵だと認定したジェシカだったが、ジェシカにはどうしてもその子が敵であるとは感じられなかった。
「・・・ジェシカ様?」
「あの、ハルネ・・・。私、あの子から敵対する意志が感じられません。」
「いえ、あの子からそういった意志が感じられなくとも、あの子の種族は【悪魔】と呼ばれる存在です。」
「【悪魔】・・・?【悪魔】だから私たちにとっては敵対すべき存在なんですか?あんな小さな子供であっても・・・?」
「そ、それは・・・」
ジェシカは悪魔という存在がどんなものかは理解していない。
彼等は快楽主義者であり、破壊衝動に愉悦を見出す存在。
まさに【悪魔】なのだ。
その事をジェシカへ簡易的に伝えるが、それでもジェシカは納得いっていない様子だった。
「・・・ねえ、あなた。」
「???」
その時、レイラがその仮面の子に優しく語り掛けていた。
何を考えているのだろう!?とハルネは驚きを見せていたが、それに構わずレイラはその子に優しく笑みを浮かべて言葉を続ける。
「この子が気になりますの?」
「あぅ?」
「・・・。」コクリッ
仮面の子は静かに頷く。
どうやらディアネスの存在が仮面の子にとって興味を惹かれる存在なようだった。
だがディアネスだけでなく、レイラの存在も同様なようでディアネスと交互に見比べている。
「・・・わたくしも?」
「・・・。」コクリッ
「そうですの。ディア、あなたはどう思うかしら?」
「とぉたちー!」
「・・・???」
ディアネスはその仮面の子に手を伸ばす。
仮面の子はゆっくりと距離を縮めていき、ディアネスの伸ばした手に自分の手で触れる。
その瞬間、ディアネスはパァーッと明るくなり、仮面の子の手を握る。
「とぉたちー!」
「???」
突然手を握られ、困惑している仮面の子は慌てふためいていた。
そんな2人の様子を見ていたレイラは思わず「うふふ」と笑う。
レイラたちの様子を見ていたハルネは臨戦態勢を解き、構えていた<鎖蛇>の威嚇をやめさせた。
「ママだぉ!」
「・・・ママ?」
そしてディアネスは仮面の子にレイラを紹介する。
その子は静かにレイラの傍まで寄ると、レイラの体や顔に優しく触れる。
その鋭い爪で傷つけないよう、丁寧に、大事なモノに触るようにペタペタと触っていき、その手から伝わるレイラの温かさに初めて触れたかのように動かなくなっていた。
レイラが言葉を掛けようとした時、仮面の子は突然レイラに抱き着いた。
「ママ!ママ!」
そしてさっき覚えたばかりの言葉を嬉しそうに連呼していた。
「そうだよ!ママだよ!」
それに同調するかのようにディアネスも嬉しそうにレイラへ抱き着く。
レイラは困惑しながらも抱き着いてきたディアネスと仮面の子の頭をヨシヨシと摩る。
一体何が起きているのだ?とハルネも驚きながらジェシカと共にレイラの所へ戻ってきた。
「あ、あの・・・」
その時、仮面の子はジェシカのことを見るとレイラから離れ、ジェシカの近くにやってきた。
匂いを嗅ぐように顔を近づけ、その横に伸びる細長い動眼で見つめていた。
「えと・・・わ、私はジェシカ・・・だよ?君は・・・?」
「???ジェシカ?」
ジェシカの名を呼び、首を傾げた後、彼女の胸にそっと手を押し当てる。
突然の行動にジェシカは顔を赤らめるが、ジェシカの心臓の鼓動を感じている様だった。
そして、しばらくその状態が続いた後、ボソッと何かを呟く。
「・・・*******。」
それはレイラ達には聞き取れぬ、聞いたこともない言語だった。
だがジェシカはその言葉を理解しているかのようで、うんうんと頷いていた。
「そ、そうなのですか?!」
「***、******。*****・・・・********。」
「でもそんな・・・」
「ジェシカ?その子の言っていることがわかるんですの?」
「え?お婆様たちにはわからないんですか?」
「******、*******。」
「なるほど・・・。」
「えと、その子は一体なんて言っているんですの?」
そしてジェシカは仮面の子について色々と通訳的な感じで話してくれた。
「まず、この子はルーシィって名前です。それでなぜルーシィの言葉がわかるのかに関しては、私の体に魔物の血が流れているから本能的に理解できている・・・って言ってました。」
「・・・なるほど、サハギンの血、ですわね。」
「まさかこんなところで役に立つとは思ってみませんでした・・・。それで、どうしてここに【ドラゴンクイーン】と【マザー】がいるの?って言ってました。そして、【マザー】なんて初めてお目に掛かれたって嬉しくなって抱き着いてしまったみたいです。」
なるほどですの。
ママという言葉の意味は理解できていませんでしたのね。
「ジェシカの言葉はわかっているんですの?」
「・・・そうみたいです。どうやらこれも私の中に流れているサハギンの血が影響しているようで、私の喋る言葉がルーシィの中で知っている言葉に変換されているって言ってます。」
「******?*********。」
「それで、なんでこんなところにいるの?って聞いてますけど・・・」
レイラはジェシカを通じてルーシィと名乗った仮面の子に事の経緯を簡潔にまとめて話した。
それを聞いたルーシィは首を傾げ、理解できないと言った反応を見せていた。
「**************。****?****??」
「あはは・・・、なんで仲間同士でそんな愚かなことをしているの?馬鹿なの?アホなの?だそうです。」
「わたくしも聞きたいぐらいですわ・・・。」
「・・・*****??」
「え?いいんですか?」
「*****?*******、**********。」
「ジェシカ、ルーシィはなんと仰っておりますの?」
「ルーシィが隠れ住んでいる住処に来ないか?と言っています。そこにはルーシィ以外には誰も居なくて見つかることもなく、安全だそうです。」
「レイラお嬢様・・・」
そこへ心配そうな表情を浮かべるハルネがレイラへと声を掛ける。
実際、彼女の不安も理解できる。
【悪魔】という存在は共通して恐怖の象徴として恐れられていた。
だがレイラにとっては初めて目にする存在であり、こうして初めて出会った存在であるため、彼等の実態については書籍や口伝で知っているだけでそれ以上のことは知らなかった。
故に、レイラは客観的に見てドラゴンと同じような立場だと感じられた。
そのため、ルーシィのことを悪魔だと言われても恐怖を抱くことはなかったのだろう。
そんなレイラの雰囲気を察して、敵対するような意志を感じられなかったからこそルーシィも安心して歩み寄ってきてくれたのだろう。
「ハルネ、あなたの気持ちもわかりますわ。でも今は自分が見聞きした【悪魔】の醜聞ではなく、あなた自身で見ている本物の【悪魔】であるルーシィを信じてあげてほしいんですの。」
「・・・かしこまりました。」
レイラの言葉を受け、それを受け入れたハルネ。
それを受けて、レイラはルーシィの方を向き直り、ジェシカに通訳を御願いした。
「ではルーシィのお言葉に甘えて、わたくしたちをあなたの大切な家に招待してほしいと伝えてくださいまし。」
「わかりました、お婆様。」
そしてジェシカはルーシィにレイラたちの言葉を伝えると、嬉しそうに走り出した。
まるで付いてきて!と言っているかのように途中で立ち止まり、振り返る。
「ルルちゃん、しばらくはわたくしの中でゆっくり休んでいてくださいまし。」
「はーい!」
そしてルーフェルースの体が光り出し、小さな粒子となってレイラの腹部へと吸収された。
完全にルーフェルースが入ったのを確認し、とても愛おしそうにお腹を摩る。
そんな光景を見たルーシィはあまりにも驚き過ぎたのか、棒立ちのままレイラのことを見つめていた。
「どうやらお婆様のそれを初めて見たみたいで、すごく神秘的できれいだって言ってます。」
「あら、ありがとうですわ。それじゃあ行きましょう。」
我に返ったルーシィはひとまずレイラたちを案内するためにまた走り出した。
その後を追うようにレイラたちも移動を始めた――――――。