こ、この子は一体なんなんですの・・・!?
支度をし終えたレイラの元にジェシカが部屋を訪れた。
本来ならば、明朝に出る予定ではあったがこれ以上ここに留まっていては迷惑をかけることは必然。
故に深夜、全員が寝静まった頃に出ることとしたのだ。
「お婆様、来ました。」
『ジェシカちゃん!』
小声で話すジェシカ。
その様子を見ていたハクアも小声で返事を返す。
レイラたちは大きな荷物を背負ったジェシカを見てレイラは自身のマジックバックへ入れるよう促し、彼女の荷物も一緒に取り込んでそれを背負おうとするとジェシカが「そのバッグは私が持ちます!」と言ってきたので、彼女に渡すことにした。
その後、レイラたちはベランダに出ると空を見上げ、ルーフェルースを呼ぶ。
「は~い!」
と滑空するかのような飛行でレイラたちのいるベランダまでやってくるとその上の屋根へ降り、尻尾をベランダへ垂らすとレイラとジェシカはルーフェルースの体を登っていく。
「ルルちゃん、町にある治療院までお願いですわ。」
「よ、宜しくお願いします・・・!」
「は~い!しっかり捕まっててね~!」
ルーフェルースはその身に風を纏い、静かに空へ浮かぶと一気に上昇していく。
暗闇の中、雲よりも高い位置まで上がると周囲の空気が一気に下がり、冷たい風が吹き抜けていく。
レイラは事前に用意していた毛布をジェシカへ掛けてあげるとジェシカはそこへレイラを誘い、2人一緒にその毛布で温めあう。
すると、数十分もしないうちにハルネたちが休養している治療院までやってきた。
時刻的にはまだ治療院には人がいるはず。
だが今自分たちの姿を誰かに見られるわけにはいかない。
ということで、ルーフェルースに3階のハルネがいる病室の窓辺当たりに尻尾を垂らすようお願いし、レイラはルーフェルースの体を階段を降りるように下っていき、窓を小さくトントンとノックする。
少しして窓が<鎖蛇>によって開かれた。
窓の外にいるレイラの姿を見て一瞬驚愕した様子を見せるもすぐに状況を察したのか、<鎖蛇>を数体使って体を起こし、未だ歩くことすらままならないために<鎖蛇>を足代わりとして四足歩行のような感じで移動し、窓を乗り超えてレイラのいるルーフェルースの尾へと移る。
「レイラお嬢様・・・」
「休んでいる最中にごめんなさいですわ。でも、これ以上待っていることが出来なくなったんですの。」
「私のことは気にしないでください。事情は大体察しましたので、さあ行きましょう。」
何も聞かず、ハルネはいつも通りの対応を見せる。
だがそこに小さな引っ掛かりを覚えた。
そしてその原因をレイラ自身もわかっている。
「ハルネ」
「はい、レイラお嬢様。」
「・・・あなたのおかげで、あの人と無事繋がることができたわ。」
「ッッッ!!!」
「だから・・・ありがとう。とても熱くて、忘れられない素敵な夜を過ごせましたわ。」
「それは・・・それは、とてもよかったのです・・・!!さあ、後はディア様のご兄弟をお産みになるだけですね!」
「そ、それはまだ早いですわ・・・!!」
「2人とも~、早く上がってきて~。」
ルーフェルースから声が掛かり、ハルネはレイラを<鎖蛇>で掴むとそのままルーフェルースの体を上っていった。
自身で登るよりも圧倒的に素早く登り、ジェシカの待つ背中までやってくると<鎖蛇>をジェシカにも巻き付け、残りの<鎖蛇>をルーフェルースにも巻き付ける。
「ルーフェルース様、レイラお嬢様とジェシカお嬢様をしっかり固定致しましたので全力で移動なさってもかまいませんよ。」
「わかった!それじゃあ一気にいくよぉ~、舌を噛まないようにね!」
「え?ちょっといきなり何を言ってぇぁぁあっぁああああああああああああああああ!?」
「待ってください!私にも心のじゅんびいいいいいいいいいあああああああああああああああ!?」
レイラとジェシカの悲鳴が上がると同時にルーフェルースは先ほどよりも3倍の速度で一気に夜空へと上昇し、雲海を突き抜けて遥か高く飛び上がると目の前にはとても大きな月が姿を現した。
その圧倒的な絶景を前に、3人は言葉を失う。
そんな彼女らに、ルーフェルースは自慢するかのように言葉を投げかけた。
「ここ、わたしのお気に入りの場所!パパとよく来るんだよ!」
「・・・あの人と?」
「うん!といってもヴァレンタイン公国の時の話だけどね!こうやって空高くまで登って、ここから下を見下ろしてたんだ!」
「夜も眠らずに・・・?」
「ん~、あのおっきなお月様が反対側に沈みかける頃には戻ってたよ?」
ルーフェルースの話からして、ヨスミは毎晩ルーフェルースと共に夜空へ飛び上がり、空から周囲を見渡して常に見張ってくれていたようだ。
それも毎晩。
わたくしたちを守るために、そんな時からすでに自分の身を削っていたんですの・・・。
「いつか、ママをここに連れてきたいって言ってた!」
「え・・・?」
「すごく綺麗な景色が見えるから、ママにも見せてあげたいって。一緒に色んな思い出を作っていければいいなって言ってたんだよ~。」
「・・・そうですの。」
まさかあの人がそんな風にわたくしを思ってくれていただなんて・・・。
「ありがとうですわ、ルルちゃん。その時はわたくしとあの人を連れて一緒に見ましょう?」
「うん!」
そんな約束をルーフェルースと交わしながらも、一行は順調に目的地である<メナストフ港町>へと向けて飛んでいく。
あれからルーフェルースは飛行し続け、気が付けば朝日が昇っていた。
ルーフェルースの背中で眠りに付いていたレイラたちは朝日の光を浴びて目を覚まし、体を起こす。
「ルルちゃん、ここは今どの辺りですの?」
「まだ目的地まで全然だよ~。風の流れに身を任せながら飛んでいるから、実はあまり速度は出てないんだ~。」
「眠るわたくしたちを気遣って丁寧に飛んでくれていたんですのね。ありがとうですわ。」
そういってルーフェルースの背中を優しく摩る。
ルーフェルースは嬉しそうに喉を鳴らした。
「あ、でも町からはかなり離れられたはずだよ~。」
「・・・そのようですわね。ルルちゃん、あそこに降りる事ってできますの?」
そういって、ルーフェルースの体越しから微かに見えた森の方を指さす。
かなりの高度から見ていたため、正確な場所はわからないが少なくとも周囲にはこれといった町は見当たらなかった。
「は~い!」
ルーフェルースはレイラの支持された場所を確認し、ゆっくりと高度を下げていく。
そしてある程度下がったところで再度、周囲の状況を確認するためにもう一度ルーフェルースの体越しから下の様子を確認した。
レイラが降下しようとしている周囲の状況を確認する。
今自分たちが降りようとしている場所は上空で見た通り、ただの森林地帯のようだ。
その周囲にはこれといった目立つような建物は見当たらない。
だが今降りようとしている森の中心部に何やら人工物のような何かが建てられていることに気が付いた。
「ルルちゃん、あそこの近くに降りれるかしら?」
「任せて~!」
そういってルーフェルースはゆっくりと高度を下げていき、 後もう少しで地面に降り立つというところで、突如としてルーフェルースへ突進してくる何かが姿を現した。
だがそれはルーフェルースに突進が直撃するよりも、周囲を取り巻く真空のかまいたちによって切り刻まれ、体中がバラバラに砕け散る。
「あれは・・・【ドラゴンフライ】ですね。」
「【ドラゴンフライ】・・・?」
「ええ、竜ような蟲といったところでしょうか。透明な6枚の羽、左右に3つずつ竜眼があり、竜腕や竜脚の代わりに蟲のような甲殻蟲のような足を6本、尾の先には毒針が備わっています。また下あごは縦に開き、口の中から小さなハサミと無数の牙が顔を覗かせています。もし噛み付かれたりとかでもしたら決して離すことなく、生きたまま食べ始めるので注意してください。」
「・・・つまり、あれはドラゴンではなくただの蟲ということですの?」
「そうなりますね。一番の特徴は他の魔物の追随を許さぬ高速変態機動にあります。停止状態からいきなりの最高速度で飛行し、その状態でいきなりの空中停止したかと思えば360度ありとあらゆる方向変換を可能にしているので、一度捕捉されたら殺さない限りどこまでも追いかけてきます。またその悍ましい口からは圧縮された魔力の光線を放ってくることもあるので中々の強敵・・・なのですが、まあ今回は相手が悪かったですね・・・。」
「・・・そうですの。ただの蟲でしたのね。」
レイラは一安心する。
もし相手が蟲ではなくドラゴンだったらと考えた時、胸がキュッと苦しいような感覚に陥った。
「大丈夫だよ、ママ。もし相手がドラゴンだったらいきなり攻撃してくるようなことはしてこないよ。だってママも女王様もいるんだもん。」
「ルルちゃんもわかりますの?」
「え?女王様のこと?」
今はジェシカと共に眠るディアネスの方を見る。
とても幸せそうな夢を見ているのだろうか、天使のような笑みを浮かべ、時々楽しそうな寝言を呟いていた。
「うん、わかるよ?パパの事を本能的に『父』であると感じるように、『女王様』のことも本能でそう感じるんだ。もしそんなことも感じられないドラゴンがいるならそれはドラゴンじゃないよ。別の魔物だよ。だから安心してね!」
「そうなん、ですの・・・?」
なんか今、ルルから色々と大事なことを聞かされた気がしますわ・・・。
「・・・じゃあ、わたくしは?」
「え?ママはママだよ!」
そう嬉しそうに話すルーフェルース。
この子にもきちんとわたくしのことを母だと認識してもらえていることにちょっぴり嬉しさを感じた。
レイラはルーフェルースの背中を再度撫で、ルーフェルースは何事もなかったかのように森の中へと降り立つと、未だに眠るジェシカを優しく起こす。
「・・・ふぇ?おばあ、さまぁ・・・?もう、ついたんですかぁ・・・?」
「いいえ、まだですわ。目的地まではまだ先だから、とりあえずここで一旦休憩しながら朝食を取るために降りているんですの。」
「ふわぁぁ・・・、わかりました。私もお手伝いします!」
「・・・zzZ」
「ならハルネと一緒に準備を御願いしてもいいかしら?わたくしはディアにミルクを上げますわ。」
「はい!」
「ではジェシカ様、参りましょうか。」
ジェシカはハルネと共にルーフェルースから降りると、朝食の準備へと取り掛かる。
腕の中に眠る天使の寝顔を眺めながら、マジックバックからミルクの材料を取り出し、慣れた手つきで準備を進めていく。
その時、何かの視線を感じ、茂みの方へと目を向けた。
だがそこには何もおらず、しばらくじっと見つめていても姿を現さなかった。
気のせいだったのか?と首を傾げ、視線をディアの方へと向けるとそこにはディアネスを興味津々に覗き込む仮面をつけた小柄の獣人のような姿が目に入った―――――。
~ 今回現れたモンスター ~
魔物:【ドラゴンフライ】
脅威度:Bランク
生態:ドラゴンのような頭部。だが目は左右に3つずつあり、それぞれが後方、真横、そして前方と全方位を見渡せるような位置にあるため、獲物を見逃すことは決してない。
羽根は妖精のような透き通るような薄羽が4枚背中から生えており、それぞれが高速に羽ばたくことで変態的な高速機動を実現している。
静止状態からいきなり最高速度で動き出したかと思えば、その速度を出したままいきなりの急停止などはもちろん、直線から360度全方向に方向転換が可能。
故にジグザグに直角に曲がりながら移動なんてこともざらにある。
・・・だが初戦は蟲。
ドラゴンの持つような高い知能は一切持ち合わせておらず、対処法さえわかっていれば簡単に対処可能である。
また左右に3つずつの目を持っていて、全方位を見渡すことができるがその視界距離はその高速機動が為に近距離に特化しており、中距離以降の視界はぼやけており、遠距離になると完全に見えていない。
故に敵の口に自ら突っ込んで食べられた個体も少なくはない。
ただし、奴の尻尾はサソリの様な形状と化しており、高速で近づくとその尾の先に付いた毒針でブスリと突き刺してくる。
そのため、何かが急に横を通り過ぎたかと思えば、すでに【ドラゴンフライ】に毒針を刺されており、毒が回って死んでしまった冒険者の報告が後を絶たない。
奴の対処法としては視界が通りにくい夜から明け方のような暗い場所で攻撃を反射させるような防御魔法を掛けて【ドラゴンフライ】に攻撃を反射、または相手の動きを遅くするような拘束魔法を掛けて動きを止めてしまえば何もできなくなるので拘束している間に薄羽を切り落としてしまうといったものだ。
どれも魔法が扱えることが前提とはなっているが、<闇魔法>の初級クラスで覚えられる<影魔法>の中に相手の動きを一時的に封じるモノがあるので、誰でも習得ができるために比較的簡単に対処可能だ。
・・・ただし、こちらが先に【ドラゴンフライ】の姿を捕捉できていればの話だが。




