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ノブレスオブリージュなんて糞喰らえ、ですわ


「何の騒ぎだ・・・!」


ジャステス公爵が武装した使用人らを連れて騒ぎが起きている現場へとやってきた。


そこには苦しそうに呻きながら体や腕、足などを斬られて戦闘不能状態となっている見知らぬ使用人たちの姿と、それを冷たい眼差しで見下ろすレイラ嬢の姿があった。


「レイラ嬢、これは一体何があった・・・?」

「ジャステス公爵・・・、起きていてもいいんですの?」


彼女の口調はどこまでも冷たく、そして淡々としている。

獣人らへ向ける慈悲が一切感じられない。


だがそんな状態でもレイラ嬢は目の前にいる使用人らの命を取っていないことだけでも幸い・・・というべきか?


「ああ、ずっと横になっていては体も鈍ってしまうからな。こうして食事の前には体を動かすようにしているのだ。<魔糸>の鍛錬も兼ねてな。」


そう言いながら、彼の両腕に纏われている<魔糸>で縫われた鎧が音を鳴らし、腕の感触を確かめるような仕草を見せる。


「して、もう一度聞く。この状況は一体なんだ?」

「・・・彼等はガヴェルド王の密偵ですわ。わたくしの旦那様を捕えるためにわたくしを人質にでもしようとしたんですのね。もしかしたら公爵、あなたを言いなりにするためにミミアンを人質にする可能性も高いですわ。」

「なんと・・・。お前たち、今すぐこ奴らを連れていけ。決して死なせるな。」

「はっ」


武装した使用人らは地面に倒れ込んだ密偵らを連行していく。

レイラはすでに黒妖刀を収めており、自室へと戻ろうとしていた。


「レイラ嬢」

「・・・なんですの?」


彼女からは絶えず、冷気のような殺気が周囲を漂っており、近づく者には容赦なく凍らせんとばかりの眼差しは初めてジャステス公爵の正義に燃える熱く滾る心臓の一部を確かに凍らせていた。


「自覚はしておるか?」

「なにがですの・・・?」


彼女の纏う殺気は更に増しているように感じられる。


「今のお主はいわば、黒きバラよ。近づく者全てを傷つける鋭い棘を無差別に飛ばしておるぞ。」

「・・・え?」


そこで初めて自身の状態に気が付いたレイラは顔を真っ青にし、大きく深呼吸をしていた。

すると彼女を纏っていた殺気はすぐさま消え、いつもの彼女が戻ってきたと察した。


「はあ・・・、いけませんわ。わたくしの感情がこうも抑制できていないだなんて・・・。」

「いや?そうでもないぞ。」

「なんでそう言い切れるんですの?」

「先ほどのお主ならば、先ほどの密偵らを簡単に斬り殺せていただろう。だがお主は命を取らず、戦闘不能状態に留め、こうして我らのために生かしておいてくれたではないか。」

「・・・・。」


そういってレイラは自分の手の平をじっと見る。

その後、ギュッと拳を握りしめその手を下ろした。


レイラの表情はどこか暗く、辛そうに歪めている。


「そうだったとしても、いつわたくしが彼等の腕や体ではなく、心臓を貫くかわかりませんわ。獣人たち全てがそうではないと分かっていても、こうも彼等から向けられる敵意を浴びせられ続けてはわたくしだって・・・。彼らのためにこうして身を挺してきたのはわたくしたちなのに・・・。なんでこんな目に、あんな非難を浴びせられなければならないんですの・・・。」

「・・・そうだな。」


ジャステス公爵はゆっくりとレイラの傍まで歩み寄り、懐からハンカチを取り出すとレイラへ渡す。


「我らのような力ある者を理解してくれるのはいつだって同じように力を持った者だけだ。力を持たぬ弱者たちは理解ができないが、理解しようと努力することはできる。だがそれは並大抵のことではないのだ。故に、弱者はより一層楽な道を選ぼうとする。理解を示そうと努力するのではなく、迫害して自分と同じような存在を増やそうとしてしまうのだ。彼等もまた同じようなものなのだろう・・・。故に、我らはお互いを大事にするのだ。慰めることができるのもまた、同じように力ある者だけだからな。」

「・・・ジャステス公爵。」

「我は正義の執行者。いつだって己の正義を信じ、突き進んできた。それゆえに我を理解せず、非難する者、敵対してしまう者は多かった。そんな中でも我が心折れず、こうして今もこの両足で立ち、前に進むことができるのは妻であるユティス嬢、そして我が宝であるミミアンの存在があったからだ。お主にも居るのだろう?いつだってお主を肯定し、その心を支え続けてくれる者の存在らが。」


ジャステス公爵にそう諭され、脳裏に浮かぶは父のグスタフ公爵、母のシャイネ公爵夫人、専属メイドのハルネ、親友であるミミアン。


自らを心から慕ってくれる孫娘のジェシカ、自分を母だと呼んでくれるドラゴンたち。

照れくさそうにしながらも常に傍に寄り添ってくれたフィーちゃん。


そして・・・


「・・・ヨスミ。」


いつだって彼は傍に寄り添ってくれた。

辛い時も、楽しい時も、困難な時も、幸福な時も・・・。


いつだって彼はその身を挺してわたくしを守り続けてきた。

ステウラン村の時も、ツーリン村の時も、ヴァレンタイン公国の時も、ムルンコール港町の時だって・・・。


そしてさっきだって、自分だって辛いはずなのに自分の事なんて二の次で、わたくしのために無理までして会いに来てくれた。


目を向けるべきは彼等じゃない。

いつだって、そう・・・いつだって目を向けるべきは大事な家族の方だったのだ。


間違えてはいけない。

視線を向けるべき対象を、決して間違えてはいけない。


「ふぅ・・・、ありがとうですわ。」

「別に構わぬ。我が娘の親友が道を踏み外そうとしているのならば、それを正すのは己の正義でもあり、いち親としての責任でもある。それに・・・彼もきっと苦しんでおるのだろう。お主がこんなにも苦しんでいるのに傍に居てやれない事、傍に居るだけでこのような目に合わせてしまう今の状況を・・・。」

「そうですわね・・・。だって迷惑をかけると分かっていても会いに来てくれるほどなんですもの。」

「愛されておるな。」

「それはもう本当に・・・、うふふ。」


先ほどまで見られなかったレイラ嬢の笑顔につられて、ジャステス公爵も口角が自然と上がっていた。

そのまま踵を返す。


「お主はもう大丈夫だろう。我は先ほど捕えた密偵らに話を聞きに向かうとする。夕食までもうすぐだろう。それまで部屋の中で己を見返すといい。」

「ええ・・・、そうすると致しますわ。」

「では、また後で会おう。」


ジャステス公爵はその場を去り、残されたレイラはジャステス公爵の姿が見えなくなるまで見送った後に部屋へと戻る。


そこには未だに蜷局を巻いたままのベオルグと、その隙間から心配そうに顔を覗かせるディアネスの可愛らしい瞳が向けられていた。


「ただいまですわ、みんな。」


レイラがそういって手を広げると、ベオルグは蜷局を解除し、解き放たれたディアネスは小さな翼を広げて母親の胸に飛んでいった。


「ママぁー!たいちょーぶ?」

「ええ、ママは大丈夫ですわ。ディアは怪我とかしておりませんですの?」

「うん!みんながまもってぅれた!」


そういってハクアたちの方を指さす。


「ミラちゃんもベオちゃんも、ハクアちゃんもありがとうですわ。ディアを守ってくれて。」

『いいや、我らが未来の女王を守るは輪が使命でもあるからな。』

『レイラの大事なモノを守るのー!』

「ぴぃっ!」

「うふふ、その調子で小さな女王を守るんですのよ?」

『心得た、母上殿。』

『こころえたーの!』

「ぴっ!」


そんな会話を繰り広げながら、レイラは準備を続ける。


それからどれほど時間が経ったのだろうか。

気が付けば、夕食の支度を終えたと連絡に来た使用人と会話をし終え、食堂へ向けてディアネスを抱いて部屋を出る。


部屋を出てすぐにジェシカと合流し、みんなで仲良く食堂へ向かい、ジャステス公爵らと共に夕食を進める。


ある程度食事をし終え、それぞれ一息ついている頃、おもむろにジャステス公爵は先ほど起きた騒ぎの報告をしてきた。


「レイラ嬢、お主が捕まえた密偵について進展があった。」

「進展、ですの?ガヴェルド王の命令でわたくしを捕まえに来たってことではなく?」

「それもある。まあ実際にはお主が言ったことが正しかった。お主とミミアンを捕まえ、我とお主の番を言い様に操る算段だったそうだ。」

「・・・あんの愚王!」


ジェシカは悪態を付いた。

だがそれを否定するかのように、ジャステス公爵は話を続けた。


「だが、それを命令したはどうやらガヴェルド王ではないようだ。」

「・・・それは本当ですの?」


レイラはもちろん、ジェシカも疑いの眼差しを向ける。


「ああ。3人とも偽りなく同じ回答をし、一致した。彼らの上官に当たる者が今回の指揮を取ったようだ。まあ今回のこの作戦をガヴェルド王が認知しているかどうかはまた別の話だが。だが少なくとも今回のこの作戦は明らかに盟約違反であることは確かである。我が公爵家に諜報員を潜り込ませ、このような大胆な行為に及んだことの責任はしっかりと追及する。それによってはガヴェルド王と敵対関係となることも持さぬつもりだ。」

「あの愚王の事です。きっとこの作戦のことも知っているはずです!」

「ジェシカ、結論を急いではならないですわ。」

「で、でもお婆様・・・!」

「大丈夫ですわ。わたくしも、もう容赦はしないと決めましたもの。」


レイラからは確かな意思を感じる。

もう彼女なりに迷うのをやめ、覚悟を決めたようだ。


そんなレイラの姿を見て、ジェシカも意を決したかのようにレイラへと視線を向ける。


「お婆様の進む道にどうか私も連れて行ってください!」

「もとよりそのつもりですわ。」

「やったぁー!」

「あらぁ~、なら私たちはぁ~、レイラちゃんを支援するわよぉ~。」


そういってユティス公爵夫人はレイラに微笑みかける。

ジャステス公爵も頷き、同調の意を示した。


「我がフォートリア公爵家は我の親友であるグスタフ・フォン・ヴァレンタイン公爵が娘、レイラ・フォン・ヴァレンタイン公爵令嬢を支援することをここに示そう。」


そういって、ジャステス公爵は<魔糸>を使い、どこからかフォートリア公爵家の紋章が刻まれた魔石をレイラへと渡す。


「これを見せれば、お主は我がフォートリア公爵家の関係者であると理解できよう。そんな相手を攻撃すれば、我がフォートリア公爵家との完全なる敵対行動とみなされる。もちろん、その魔石を通じて我が元にもその記録が送られる。お主が動けないときは我らが動くことをここに誓おう。」

「同意するわぁ~。これでレイラちゃんはぁ~、私たちの正式な娘よぉ~。」

「この国にいる間は我がフォートリア公爵家が守る。何も恐れることなく、自由に暴れまわるがよい。」

「ジャステス公爵・・・ユティス夫人・・・、2人とも、ありがとうですわ・・・!」


・・・まさか、フォートリア公爵家に全面的に支援していただけるとは思いませんでしたわ。

でもこれで、わたくしがしたいことができますわ・・・。


レイラは決意を固め、ジェシカらと共に食堂を後にした――――――。



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