わたくしの家族になる子たちの情報はとても貴重ですわ
「そういえばお父様は?」
準備を進めていたレイラへ、服を着替えている最中のフィリオラが話しかける。
「あの人なら、ガヴェルド王に今回の件について警告しにメリアと一緒にいきましたわ。」
「あー、そっか。説明もなしに青お姉様が来たとなれば間違いなくぶつかるわね・・・。ジャステク公爵だけじゃなく、ガヴェルド王にも警告しに行ったのは良い判断ね。」
『・・・あ、ムーちゃんだ。』
するとそこにハクアが何かを感じ取った様子で、嬉しそうに鳴いていた。
「ムー?」
「ああ、それ、青お姉様のことよ。【青皇龍バハムトリア】って言った方がいいかしら?」
「バハ、ム・・・ト、リア・・・?」
「聞いたことがないのです・・・。」
「そういえば人間たちには青皇龍だの黒皇龍だのと、通称名だけが知られているんだっけ?ならお母様にはお姉様たちのそれぞれの個体名と特徴を知っておく必要があるかもしれないわね・・・。」
「え、個体名とかあるんですの・・・?」
「・・・私たちを何だと思っているのよお母様は。もちろんあるわ。といってもだいぶ前から忘れられているんだけど。」
「・・・そういえば私たちも知らないのです。」
「そうね・・・、忘れ去られているって、一体どれぐらい時間が経てば人々から忘れられるんですの・・・?」
「まあ、そういったことも踏まえて復習しましょ!」
「あの、私も居てもいいのです・・・?」
「ええ、もちろんよ。」
そういって、フィリオラはまたもやどこからか黒板を召喚し、どこから取り出したのか眼鏡をかけるとクイッと人差し指で持ち上げる。
「それじゃあまず青お姉様である【青皇龍】から。正式個体名は【青皇龍バハムトリア】。<シアビネウス>は全ての海を差してる。つまり、海そのものを統治する皇龍ね。青お姉様とはあまりしゃべったことがないから詳しくはわからないの、ごめんなさい。」
そういってフィリオラは黒板に世界地図を簡単に描き、その海全域を指しながら説明する。
そして次に指したのが、ヴァレンタイン公国のすぐ隣にある大陸だった。
「次に赤お兄様は【赤皇龍ファティロメア】。お母様の国、ヴァレンタイン公国と海域を隔ててすぐ隣にある灰燼に帰した灼熱焦土の赤き大陸<シャヘイニルン>を統治している皇龍よ。赤お兄様は黄金が凄く大好きで、黄金だけを収納した専用の【宝物庫】なんて秘密の場所も作り上げているくらいには大好きよ。」
<シャヘイニルン>に手書きで炎とキラリと輝く黄金のインゴットのような絵柄を描く。
「そして次に黒お姉様は【黒皇龍ウロボスヘルグ】。<シャヘイニルン>の先にある永遠なる夜が支配する黒き大陸<ノアルヘイズ>を統治している皇龍ね。黒お姉様は何よりも『 静 』を大事にしているの。だから過度な音を立てるものは容赦しないから気を付けてね。」
<ノアルヘイズ>には月と星、そして音符に罰点のマークを描く。
「そして最後にその3人の一番上である白お姉様は【白皇龍ティアガトゥルーマ】。<ノアルヘイズ>の先にある絶死をもたらす白銀の大陸と呼ばれる<ヴァイターナル>を統治してる皇龍よ。白お姉様は『 平和 』を何よりも愛しているわ。絶死なんて肩書だけど、他の誰よりも争い事を好まない性格なの。だから荒事は絶対に取らないように。」
<ヴァイターナル>には氷の結晶のマークと髑髏のマークが描かれる。
「一番欲しい青お姉様の情報がないのが凄く申し訳ないけど、他のお姉様たちは大まかに言えばこんな感じね。」
「みんなの性格とかはわかりますの?」
「赤お兄様は好戦的で、傲慢。そして義理堅い性格ね。他のお姉様たちよりも一番遊んでくれたのが赤お兄様よ。黒お姉様は・・・一言で言えばお母様と同じと思えばいいわ。すごく品性に溢れてて気品高いけど、えと・・・そうそう、ノブリスオブリジュ?とかいう精神に何よりも重きを置いてて、黒お姉様の生み出した子たちを大事にしてるわ。白お姉様はすごく大らかでとても優しいわ。私と一番一緒に居てくれたのがアナ・・・白お姉様だったもの。そして唯一お姉様たちの中で子を身籠り、ハクアを産んだ母龍でもあるわ。ただ相手は私も知らないんだけどね。」
「なるほどですの・・・。」
「本当に色々な性格の方々なのです・・・!」
レイラはふとハクアの方を見る。
ハクアはミラとディア、そしてジェシカと共にじゃれ合うように遊んでいた。
そんな光景を眺めていると胸がほっこりしてくる。
「あまり良い印象が持てませんわね・・・。関係を持ち、子を成したのにその責務を放棄して姿を晦ますなんて・・・。」
「白お姉様も頑なに教えてくれなかったのよね・・・。だから私も気にしないようにしてたけど、そう言われると確かにそうよね。」
「き、きっと教えられない理由があったと思うなのです・・・!」
「・・・そうですわね。きっと教えない理由があるんですわ。きっとその内教えてくれますの。それにしたってフィーちゃん。みんなにもきちんとした名前があるんですの?さっきアナ・・・なんて言いかけてましたわ。」
「もちろんあるわ。ただ、それはドラゴンにとって<真名>になるからあまり外では呼んじゃいけないんだけど・・・。これは私からじゃなく、直接お姉様方から聞いてね、お母様。」
「それならフィーちゃん。あなたのその『フィリオラ』って名前は大丈夫なんですの?」
「ええ、これはある意味通称名みたいなものだから。そういえば私のきちんとした自己紹介したことなかったわね。本当の私は魔桜龍フィリオラ。お姉様みたいな『皇』という名前はないけど、代わりに同じ呼び方の『桜』っていう名を白お姉様に付けてもらったの。魔って名は私が孵化するのに大量の魔素が必要だったこともあって、他のお姉様たちよりも魔法に長けているからってことでつけることにしたみたい。」
魔桜龍フィリオラ。
初めて聞かされる彼女自身のこと。
今まで一緒に旅をして、生活を共にしてきた存在。
一時はヨスミとの距離感的に、恋敵として睨みを聞かせていた時期もあった。
ヨスミに続いて、長く共に居るのにその情報を詳しく知らない存在。
そんな彼女から色々と教えてくれることが、レイラにとってとても嬉しく感じられた。
「魔桜龍・・・すごく綺麗な名前なのです・・・!」
「・・・あまりそっちの名前で呼ばないでくれると嬉しいかも。なんだか恥ずかしいわ・・・」
「ふふ、魔桜龍フィリオラちゃんですわ。」
「もー、止めてってばぁー!」
レイラがフィリオラを揶揄い、それを恥ずかしそうにしながら必死に止めようとするフィリオラ。
そんな2人を楽しそうに微笑みながら見守るエレオノーラ。
そんな3人のじゃれ合いを見ていたジェシカたちは顔を合わせ、自分たちも混ざることにした。
そしてレイラたちは準備の支度を一時止めて、皆で楽しそうに遊び始めた。
それからどれぐらい時間が経ったのだろうか。
遊び疲れたレイラたちはちょっとしたお茶会を開き、その後レイラとフィリオラはエレオノーラにジェシカたちを任せてハルネとミミアンのお見舞いに向かい、そこにはすでに目を覚ましたミミアンが2人を歓迎してくれ、これまでの報告とその後の予定を話した後には、いつものように談笑を交わす。
その後、面会時間終了ギリギリまで楽しくお喋りを続けた後、治療院を後にした。
フォートリア公爵家に戻ってきた2人は寝室に戻るとそこには遊び疲れてベッドで一緒に丸まって寝ているジェシカたちの姿があった。
そんな彼女らに毛布を掛けると、レイラたちはベランダへと出る。
ベランダにあるテーブルに2人は腰掛け、地平線の向こうへ落ちていく夕陽を眺めている。
2人の間に静かな空間が漂い、レイラは何か思い立ったかのように部屋に戻ると、二人分のティーカップを持って戻ってきた。
レイラは慣れた手つきで紅茶を用意し始める。
「いつもならハルネが入れていたから、お母様がこうして入れているのなんて新鮮よ。」
「ハルネほどじゃないですわ。ただこうして入れてみると覚えているものですわね。」
「ちょっとお母様?自虐が入っているなら私が入れるよ?!」
「うふふ、からかっただけですわ。」
フィリオラをからかう様に笑みを浮かべ、完璧な所作で紅茶を入れていく。
カップに注がれる紅茶から漂う茶葉の香りが自分の心を落ち着かせてくれる。
角砂糖を1つ入れ、音を立てずにティースプーンで紅茶をかき混ぜるとそれを手に取って口に付ける。
「・・・味も美味しいわ。」
「うふふ、魔桜龍フィリオラ様にお褒めに与かり光栄ですわ。」
「もうっ!」
そんな2人の穏やかな時間が過ぎていく。
だが、ここでレイラは一つの違和感に気付いた。
「・・・こんなに時間はかかるんですの?」
「ガヴェルド王のこと?」
「ええ。あの人なら<転移>もあるし、移動時間なんて無いに等しいはずなのにこんなにも時間が掛かるものかしら・・・?」
「・・・言われれば確かに。それにガヴェルド王なら獣帝国タイレンペラーで町の復興しているわけでもなく、ここの治療院に訪れていたわけだからすぐそこにいるわね。なのにまだ時間が掛かってるって事は・・・」
そこで2人に小さな胸騒ぎが走る。
「もしかして・・・」
「何かに巻き込まれた・・・ですの??」
そう思い立った瞬間、2人は立ち上がる。
急いで部屋を出ようとすると机の上に一枚の紙きれが置かれていることに気が付いた。
先ほどティーカップを取りに向かった時には見当たらなかったはずだ。
レイラはそれを手に取ると、その紙きれには何かが掛かれていることに気が付いた。
「・・・ヨスミからですわ。」
「え?わかるの、お母様?」
それはヨスミの文字だとすぐに分かった。
何せ、彼につきっきりで文字を教えてきたのはレイラだったからだ。
旅を続けている間、文字を読めない様子を見せていたヨスミを不憫に思い、レイラから文字の勉強を享受すると持ち掛けたのだ。
それから旅の合間、就寝する前、夜野宿する際に見張りをするときなど、時間を作ってはヨスミへこの世界の文字を教えていた。
そのため、彼が字を書く時の特徴、文字の癖、その全てを記憶している。
そして今目の前の紙切れに書かれている文字は、その特徴とすべて合致していた。
「間違いないですわ・・・。」
そしてレイラはその紙切れに書かれている内容をフィリオラに聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように言葉に出して読み上げる。
その内容はヨスミ達に起きた出来事と、彼等がとある災難に見舞われ、しばらく帰れない事が走り書きで書き殴っていた―――――。
~ レイラへ ~
これを読んだらすぐに燃やすなりして処分してくれ。
僕たちは今、ガヴェルド王に追われることになった。
原因として【海濤揺らす白鯨】の存在だ。
今回の災いの元となった【古獣の王】を復活させるきっかけだとして、メリアを捕えようとしてきた。
【眷属】が元凶だと訴えたが、そんな存在は知らないと一蹴されてしまった。
結局、今回の騒動を収めるにあたって、ドラゴンという存在を利用したいんだろう。
なんとも虫唾の走る奴らだ。
僕たちは真実を話したが理解も示さず、奴らはただ楽な道を選ぼうとしている。
そのため【青皇龍】の説明をする暇もなかった。
する気も起きなかった・・・と言い換えた方がいいかもしれない。
あの場で全員を殺そうかと思ったが、君の大事な親友が住まう国をこれ以上荒らしたくはない。
そのため僕たちは逃げる手段を取った。
だから<メナストフ港町>には僕とメリア抜きで向かってほしい。
そこで合流しよう。
心から君を愛しているよ、レイラ。
~ ヨスミより ~