1度超えればなんとやら、ですわ。
そして彼は語る。
その手で行ってきた、【龍誕計画】でのこと。
わたくしは詳しい事は理解できなかった。
遺伝子の組み合わせだの、特異点だの、適合個体だの、未知なるエネルギーだのと。
わたくしが難しそうな顔をするたびに彼は苦笑した。
ただ一つだけはっきりとわかったことがある。
それは、その【龍誕計画】のためにたくさんの人たちが犠牲になったということ。
初めは復讐も兼ねて、妻を殺した幼馴染とその家族、そしてその親戚たち全員。
また彼等との繋がりを持った方々も見せしめとして計画的に拉致し、人体実験をしていったと話す彼の表情はわからなかったが、とても冷たかった。
それほどまでにその幼馴染という人物を憎んでいるのだろう。
ただ妻を殺しただけで彼をそこまで苦痛に満たした地獄へ叩き落とすようなことはしない。
恐らく、優里さんを殺したことが彼をそのような外道への道に落としたきっかけだと感じた。
何故かはわからない。
でも、ヨスミ様とこうして濃密な時間をたっくさん過ごしてきたわたくしだからこそわかる。
身内に危険な目に合わせてきた方々にはもれなく『 死 』を持って償わせてきた。
だが幼馴染という方は決して『 死 』を与えず、ただひたすら地獄のような苦しみを与え続けた上で完全に人としての尊厳を奪い尽くしてもなお、『 死 』という安楽的な慈悲は掛けなかった。
最終的に幼馴染は死んでしまったが、その幼馴染に対するヨスミ様の憎悪は計り知れない。
それほどまでに彼に対する恨みは強いことが、彼の話す口調の冷たさ、ヨスミ様に預けたわたくしの背中越しから伝わってくる心臓の鼓動からはっきりと感じられた。
そこからヨスミ様は完全に壊れ、歯止めが効かなくなったかのように狂いだし、その非道な人体実験の被害者は拡散していったのだろうとわかる。
最初は囚人たち。
収監されている様々な囚人たちを買収しては一番ひどい実験に宛がっていた。
そして大きな災害によって何もかも失った難民たち。
彼は外の情勢に興味はなかったのか、彼の住んでいた世界に大きな災害が発生し、家を失い、故郷を失った難民の方々が大勢やってきたそうだ。
そんな方々に家を提供すると言って誘い、人体実験へと回していたとのこと。
ただその実験と言うのも彼らの血を取り、囚人たちで実験し、出来上がった薬品を投与して経過を見るというものだったそうだ。
事前にもそういった協力を伝えており、それの見返りに住む場所、食糧などを提供していたそうだが、突然難民たちがヨスミ様に対して反乱を起こし、彼の心に残っていた最後の慈悲さえも消えたそうだ。
そこからは一切容赦しなくなったヨスミ様は拷問にも近いほどの実験にまで手を出す様になり、いつしかそれが当たり前となっていった。
気や霊感?などの体内に流れる目では見えず、感覚では何も感じない人の持つ未知なるエネルギーを引き出すためにありとあらゆる方法を試し続けた。
ヨスミ様はもっとオブラートに包んで話してくれたけど、こんな感じの内容だったと思う。
ただそれを得て、長い年月の末にようやく実を結び、ドラゴンを生み出したという。
詳しい部分はわからなくて首をかしげていたら、彼はわたくしにも分かりやすいように教えてくれた。
「この世界の言葉に置き換えて説明すると・・・そうだな。まず人間の体に流れる未知のエネルギー・・・、<魔力>というエネルギーを解明し、その使い方や性質を理解し、その<魔力>を扱うために必要とされるエネルギーである<魔素>を発見。それが一体どういった作用をもたらすのかを解明すると、人体には血管とは別に<魔素>が流れている魔菅と呼ばれる器官を見つけ、それを解明していくと人体には必ず<魔力回路>があることに気が付いた。それらの関連する流れ、どういった感じに干渉し、どうやって扱うか、その方法を確立させることで、自由自在に魔法を扱えるようになった。こんな風にね。」
そういって彼は人差し指から小さな火を作り出す。
「この世界ではこんな風に体から小さな火を生み出すことは<火属性>に分類される<炎魔法>の初級魔法の発動になるけど、僕の世界では【人体発火現象 】なんて呼ばれていた怪奇現象として知られていたんだ。あの世界では誰しもが体の中に<魔力回路>が存在していた。だけど<魔素>の扱い方は誰一人として知らず、また知っていてもそれを話せば精神病なんて蔑まれ、淘汰されてしまうために誰かに話すこともできない。だからこそ人々は<魔力>の扱い方も制御の仕方も知らない。【人体発火現象】なんてものは<火属性>に適性のある人間の<魔力回路>に流れる<魔力>が暴走してしまい、制御できないせいで体から炎が発現し、また火力の制御も出来ないが故に自分自身を焦がしてしまうのが真実だと僕はわかった。それが分かれば、あとは知り、制御の仕方を覚えていけばいい。制御の仕方が分かれば、後は簡単だった。本当にあっという間だった。なぜあの巨体で空を飛べるのか、どうやって炎を吐くのか、生物学的に難しい身体の構図なんて説明も付く。<魔素>の性質を理解してしまえば、その世界の様々な謎は解明できた。後はそれらを逆算していき、僕は【原種の竜卵】を生み出した。名はアナスタシア、白く輝く竜鱗、氷の結晶のような蒼く透き通った竜角、白銀に輝く体毛・・・。とても美しい白き竜。」
そう語る彼の鼓動はとても穏やかで、その口調も優しかった。
それから次々とドラゴンたちを生み出し、計5体のドラゴンを生み出したそうだ。
でも5体目の孵化には時間がかかり、また大量の<魔素>が必要だったために難儀していたらしい。
そんな時に、彼の悪行を聞きつけた人々が結集し、またドラゴンという存在を奪うために彼が棲んでいた孤島へ襲撃したそうだ。
彼は自分が生み出したドラゴンたちを守るために殆ど使われずにいる<魔素>を生み出している魔脈を特製の爆弾で活性化させ、世界中に超高密度の<魔素>を世界中にばらまき、彼が生み出したドラゴンたちがその孤島以外にも自由に暮らせるような世界を作り出そうとした。
その結果はどうなったのか、彼自身にもわかっていないそうだ。
なぜなら、その時の襲撃で彼は死んだと話していた。
「死んで、しまったんですのね・・・。」
「ああ。僕が棲んでいた孤島が、魔脈の集結していた特別な島だったからね。だからこそ僕が生み出したアナスタシアたちにとって最適な環境を整えられたんだ。本来なら生物として耐えられず、<魔素>が薄いせいで長生きできないはずだった。でも僕は<魔素>の性質を理解していた。おかげで魔脈の存在も、その魔脈が集まっていたあの島の存在も知りえることができた。その島の地下を爆破させたことでその爆発に呑まれ、死んだ。さすがに超濃密な純度100%の高密度な<魔素>にただの人間が耐えられるはずがないからね。その島にいた人間は全員あふれ出してくる<魔素>に呑まれて死んだはずだ。ただドラゴンたちにとっては自身の能力を大幅に強化してくれるものだから、島の外にいた奴らには殺されなくなったはずだ。そう願っているよ。」
「あなた・・・。」
「それに、あれほどの量の<魔素>であれば、まだ生まれていない5人目の子はきっと孵化しているはずだ。あの世界で心残りがあるとすれば、その子をこの目でみられなかったことぐらいだよ。」
「あなたったら本当にどこまでもドラゴンの事ばかりを思っていらっしゃるのですわね。」
「僕の生きる原動力がドラゴンという存在だからね。まあ今は君という存在そのものが僕にとって生きる原動力になっているわけだけどね。」
「も、もう・・・!」
本当にそういった甘いセリフを恥ずかしげもなく言ってくるんですもの・・・。
わたくしの心は何個あっても足りませんわ。
それこそ、いくつもの心臓を持つドラゴンにでもならない限りはずっとドキドキしっぱなし・・・。
「あ、わたくし・・・ドラゴンに1つだけ勝っている部分を発見致しましたわ!」
「え?」
「ドラゴンは心臓を幾つも持っているんですの。一般的な下位種だと2~3個、上位種ともなれば平気で5個以上ですわ。でもわたくしは心臓が一つしかありませんの。でもそのおかげであなたの言葉にいつまでも胸が熱く、ドキドキできますわ!ふふんっ」
「ぶっ・・・!?」
突然、顔を真っ赤にしながら吹き出し、顔を背けるヨスミ。
「ちょ、な、なんでそこで笑うんですの!?」
「い、いや・・・その勝っている部分が、あまりにも可愛くてな・・・ふふ。」
「もー!もー、もー、もー!」
「ごめんごめん。でもそうか、心臓がいくつもあるから彼らをドキドキさせられるにはたくさんのスキンシップが必要というわけか。」
「・・・いや、あなたの言葉一つで簡単に落ちると思いますわ。」
「え?」
「ふんっ、なんでもありませんのっ!」
そういってヨスミの体に抱き着いた。
その時初めて、彼の鼓動がいつにもまして高まっていることに気が付く。
そっか、彼もまたわたくしの行動1つ、言動1つでこんなにもドキドキしてくださるのですね。
わたくしだけではなかったことが何よりも嬉しく、また何よりも愛しく感じられますわ・・・。
「ヨスミ・・・」
そして気が付けば彼の名を呼び、彼の唇に自分の唇を重ねていた。
彼もまたわたくしのキスで、優しく抱擁してくれる。
自然と受け入れてくれる彼の心に、とめどなく溢れてくるこの想いを抑えきれなくなる。
どうやらそれは彼も同じようだった。
「あら・・・」
「仕方がないじゃないか・・・。君がとても魅力的すぎるんだ。おかげでまた気持ちが昂ってきてしまったよ・・・。でも君の事を考えて、今日はこの辺で・・・」
「何をおっしゃいますの?」
とお風呂からあがろうとするヨスミの体を抑えつける。
「い、いや君の体が持たないだろう?さっきまであんなにも激しく愛し合ったばかりじゃないか。君の体の負担が心配だ・・・」
そういって彼はわたくしの体の傷痕に優しく手を触れてくる。
その触り方から、彼がどれほどまでにわたくしのことを思ってくれているのかが伝わってきた。
「まあ、わたくしの体を気遣ってくださっているのかしら?うふふ、確かにあれは今までとは違った戦いでしたわ。でも、毎日の鍛錬のおかげか、体力だけは自身がありましてよ?」
「全く・・・、本当に君と言う子は。」
そういって彼はまたわたくしの頭を優しく撫でてくれた。
思わず腰に手を当て、胸を張りながらほっぺを膨らます。
そんなわたくしを見て、彼は困ったような顔を浮かべていた。
「あ、またわたくしのことを子供扱い致しましたわね?」
「あはは・・・。どうやら僕の中で、君と言う存在の認識を変えなければいけないようだよ。」
「そうですわ。わたくしは【完璧な淑女】ですもの。立派な大人のレディですわ。」
「どうやらそのよう、だ!」
そういって彼はわたくしを浴槽の反対側へ押し倒す。
その際、浴槽に頭をぶつけないよう、肩に腕を回していたおかげでかなり密着状態となっている。
その際、揺れる湯舟のお湯が浴槽からはみ出て流れ落ちた。
その波の揺れは2人が愛し合う声に合わせ、徐々に激しくなっていく―――――。