あなたの故郷・・・わたくしも見てみたいですわ。
「お、おおおおお・・・?!これは、これは海竜の一種なのかい?!元は東洋の龍のようだが、翼が退化して代わりに背ヒレが2つに分かれているのか・・・。」
『・・・え?!』
突然【海濤揺らす白鯨】の目の前に現れ、体の隅から隅まで舐め回されるかのようにその姿を見ていた?
そしてそれは次々と瞬間移動しながら、時には空中で停止しながらと、明らかに人としての域を超えた業を行うが故に、そして以前レイラとエレオノーラの2人から聞き及んでいた男の特徴と一致した。
『あ、あなた様がレイラの旦那様・・・なの?!』
「え?ああ。僕の事はすでにレイラから聞いているのかな?」
『ええ。レイラとエレちゃんの2人から聞いてる。そうか・・・、あなた様とこうして話せるなんて思ってなかった。私はリヴィアメリア。ベヒモスメナスの妹であり、姉でもあり、もう一人の私。そして竜王国オルドラオーンを守っている。今は私がここにいるから急いで戻らないといけないんだけど・・・。えと、1ついい?』
「もちろん。なんでも聞いてくれ。僕が答えられる範囲であれば答えるよ。」
『・・・それ、どうしたの?それちゃんと見えてる?』
そういってヨスミの体に抱き着いている3人のミノムシをその胸ヒレで差した。
「あー、大丈夫。ちゃんと見えているよ。君の薄く透明で虹色に光る2枚の背びれも、頭から生えた2対の細長い触覚のようなヒレも、その蒼く輝く綺麗な竜鱗も、それに・・・」
『もういい・・・もういいから・・・』
胸ヒレで顔を隠しながらそっぽを向いていた。
「ん?どうした?顔が赤いようだけど・・・」
『うるさい・・・!はあ・・・、エレちゃんが言っていたことが分かった気がする。』
「ん??」
「・・・わたくしも人ではなく竜になれば、もっと愛してくださるのかしら。」
「何を言っているんだ、レイラ。僕は君と言う一個人を心から愛しているんだよ。人であろうが、竜であろうが、この気持ちは変わらず君だけに向いている。君にしか瞳は向けられないんだ。」
「あなたっ・・・!」
「わ、私もお爺様のこと大好きです!あ、愛して、います!」
「ありがとう、ジェシカ。でもそういった言葉は自分を心から愛してくれる誰かに向けて言うんだよ?」
「え・・・?私の事を愛してはくださらないのですか・・・?」
「え?あ、ああ・・・もちろん愛しているよ。孫娘としてね?」
「むぅ~・・・」
「ふふんっ」
なぜかジェシカのほっぺは膨らみ、レイラは可愛らしいどや顔を決めた。
そんな3人のやり取りを見ながら、メリアは深くため息を吐くと人化すると突然ヨスミの前に跪く。
「・・・えと、何をしているのかな?」
「忠誠を。私、【海濤揺らす白鯨】と【古獣の王】はあなた様に絶対の忠誠を誓うとここに宣言する。」
なんだ?
この子は一体何を言っているんだ・・・??
なぜ僕にこのようなことをするんだ?
ただ僕はこの子と友人になりたいだけなのに・・・。
「あー、僕は忠誠なんかよりも君と友達になれたら嬉しいんだけど・・・。」
「ともだち・・・?なぜ?私たちの忠誠よりも大事なものなの?」
「もちろんだよ。あ、いや。忠誠もまた素敵なことだし、大事なモノだ。でも僕は君とはそんな関係じゃなく、対等な関係でありたいと思っているんだ。」
「・・・だから、ともだち?」
「そういうこと。こうして僕に頭を垂れるような関係じゃなく・・・」
ヨスミは跪いたままのメリアを立ち上がらせ、手を差し伸べる。
メリアは恐る恐るその手を握り返し、握手を返した。
「こうしてお互いに手を握り合い、笑顔を向け合うような関係性が僕にとってはこの上なく大切なのさ」
「・・・はあ。あなた様のような人間は初めて。でもそうね、嫌いじゃない。ううん、むしろ大好きよ!」
そういってヨスミの手を力強く握った。
「改めて宜しくね、リヴィアメリア。僕はヨスミだ。ヨスミと呼んでくれ。」
「わかった。私の事もメリアって呼んで。ヨスミ、これからもよろしくね。あ、これを渡しておく。」
メリアは懐から虹色に輝くサンゴで出来た笛を渡してきた。
「これは?」
「私たちはヨスミの味方だから、もし何かあったときはこれでいつでも呼んで。必ず駆けつける。私とメナスお兄様の2人で。まー、そのお兄様は今、体の内側で派手に暴れられ、体を貫通する穴まで開けられてからは傷を回復するために眠り続けているけど・・・。」
「大丈夫なのかい・・・?」
「・・・多分?」
「それじゃあ僕たちは戻るよ。」
「わかった。私はメナスお兄様の所にいるから、もし用があるなら<メナストフ港町>にいるからいつでも遊びに来てね。」
「ああ、わかった。」
そうしてヨスミたちは元居た治療院、フィリオラのいる病室へ<転移>で戻ってきた。
ふと背中から熱い視線を感じ、網膜に転移窓を映し、ジェシカの様子を見ると、ジェシカはヨスミの手に握られている【サンゴの笛】に興味を持ったようでじぃ~っと見つめていることに気が付いた。
「見てみるかい?」
「え?いいのですか??」
「もちろんだよ。」
「っっ!!ありがとうございます・・・!」
そしてジェシカはヨスミから【サンゴの笛】を受け取ると、それに気づいたディアネスもその美しさに思わず目を輝かせる。
「ディア様、良かったら一緒に見ますか?」
「あぃ!」
ディアはヨスミの顔面からジェシカの方へ移動し、2人で一緒にその【サンゴの笛】を眺めていた。
それにしてもベヒモスメナスに、リヴィアメリア。
ベヒモスメナスは十中八九、旧約聖書に出てくる<ベヒモス>という存在だろう。
名前の初めにもベヒモスって名前があるし。
となるとこの子はリヴィアメリアって名前だけど、あの美しい竜の成りからして・・・<リヴァイアサン>か。
確かこの2対の存在は元々一つの生物であり、雄と雌が別れた結果、雄が<ベヒモス>となり、雌が<リヴァイアサン>になったと聞いたことがある。
<ベヒモス>は陸を、<リヴァイアサン>は海を、それぞれ陸と海を見守っていたとされている。
まさか前世の地球で読んだ聖書に出てくる伝承の聖獣が出てくるなんて・・・。
僕が転移したこの異世界は地球によく似ているな、全く。
もしかして、あの島が今でも存在したりしていてな・・・。
世話好きなアナスタシアに甘えん坊のメラウス。
お調子者のヘリスティア、そして寂しがり屋のネレアン。
我が子らと過ごした大切な我が家、そして彼女が眠る僕の愛しの故郷が・・・。
「あなた・・・?」
ふと、自分の頬を優しく摩ってきたレイラの心配そうな瞳が向けられていることに気が付いた。
そんな彼女の手に自分の手を添えて彼女の手を握る。
「なんでもないんだ。ただ、ふと懐かしさを感じてつい自分の故郷を思い出していたんだ。」
「あなたの、故郷・・・ですの?」
「ああ・・・。あそこには掛け替えのないモノがたくさんあった。守るべきモノもあったんだ。でも今はどうなっているか分からないけど、きっと今もあそこであの子たちは幸せに過ごしているはずだ。そうなるように、僕は・・・。」
「・・・あなた?」
「・・・いいや、なんでもないよ。今は君の傍が僕の居場所であり、故郷だよ。」
「・・・もうっ!」
そういってレイラは自然と唇を重ねてきた。
突然のことに吃驚したが、やってきた本人が顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔をヨスミの体に埋めてくる様子を見て、思わず口元がほころんでしまった。
そして頬を赤らめながら顔を上げ、愛しい笑みを浮かべて優しく語り掛けてくる。
「なら必ずわたくしの元に帰ってきてくださいまし。わたくしはこうしてあなたを思い焦がれながら、いつだって待ち続けますわ・・・。だから・・・」
そこまでいってヨスミもレイラと唇を重ねる。
そして2人熱いキスを交わしていると、ゴホンッと病室のベッドで横になっているフィリオラがわざとらしく咳をする。
「ちょっと、戻ってきていきなり目の前でおっぱじめないでよ・・・。今の私動けないんだから、お父様とお母様の濃厚なキスシーンから目を逸らしたくても出来ないんだから。」
「おっと、すまない。」
「わたくしったらつい・・・」
「まったくもう・・・。でもまさか、彼女からその笛を貰えるなんて。大切にした方がいいわ。」
「・・・そんなにすごいモノなのか?」
「ええ。それを売れば、小国1つ買ってもお釣りが帰ってくるほどね」
そういった途端、ジェシカとディアネスが息を飲む様子が背中越しに伝わってきた。
「そのサンゴは深海よりも深い場所、【深淵の口】と呼ばれる場所にのみ生息している特殊なサンゴなの。でも正確な場所は誰知れず、もしたどり着いても採取方法は特殊なの。故にこの世に流通しているのは判明しているだけで2つのみ。その一つがそれってことね。もう一つは私も詳しくは知らないけど、どこかで<聖遺物>として崇めているという話を聞いたことがあるわ。まあ興味はないけど。」
「お、お爺様・・・こ、これ・・・」
「あ、あう・・・」
そういってジェシカとディアネスが震える手で【サンゴの笛】をしっかり握りながら差し出してきた。
「大丈夫、もし落としたとしてもおじいちゃんが責任を取るよ。正直、僕にとっては【サンゴの笛】なんかよりもジェシカ、お前とディアの命の方が何倍も価値があるんだ。比べる事すら烏滸がましいほどにね。」
「お爺様ぁ・・・!」
「あぅ・・・!」
「だからお爺ちゃんに構わず、その笛で好きに遊びなさい。」
「はい!」
「あい!」
そうしてジェシカとディアは再度、【サンゴの笛】で遊び始めた。
これで2人の憂いも消えただろう。
でもまさかこんな笛がそんな高価なものだっただなんて・・・。
「僕にとってはサンゴよりもドラゴンの鱗・・・特に<逆鱗>の方が価値があると思うんだけどな・・・。」
ヨスミはボソッと呟いた。
「逆鱗、ね・・・。やはりお父様だわ。」
それに応えるように、フィリオラが苦笑しながら返事を返す。
「さて、フィリオラのお見舞いにもこれたし、まだ時間があるな・・・。」
「あなた!それならわたくしとデートにいきませんこと?」
「病み上がりな君には休息が必要だと思うが・・・」
「そんなことありませんわ!あなたが傍に居てくれるだけでわたくしは元気いっぱいですの!」
「ならお爺様、私はディア様を預かっていますのでどうか2人だけの時間をお過ごしください。」
「そうかい・・・?わかった。それじゃあ少しの間、ディアの事をよろしく頼むよ。」
「はい!」
「いっえらっあい!」
「それじゃああなた、行くのですわ!」
そして僕は久々にレイラとの2人っきりのデートを楽しむことにした―――――。