ああ、この感じ・・・すごく懐かしいですわ!
「・・・あー、ヨスミ?それどうしたの?」
フィリオラが眠っている病室を訪れたヨスミの姿を見て開口一番に聞いたそれは、ヨスミの前にレイラが、左右にはユリアとジェシカが、顔面にはディアネスがまるでコアラのように抱き着いたまま離れようとしなかった。
あの後、泣いている2人に気付いたユリアが部屋にやってくるとヨスミの存在に気付き、ユリアもまた大泣きしながら抱き着いてきた。
その後はこの有様である。
「あはは・・・、僕が暫く眠っていた弊害かなぁ?」
「あー、そういうこと。ヨスミが寝ている間、ずっとお母様が看病してくれたのよ?」
「・・・通りで、体には床ずれがどこにもないわけだ。・・・ってお母様?それっていったいどういう・・・」
「まあまあ、それはまた別の機会に説明するわ。」
「なんか色々と事情がありそうだね。まあ色々と思う所はあるけれど、別にそういった路線ではないんだよね?」
「ええ。一応言っておくとお父様はヨスミ、あなただから。」
「・・・は?」
なんて?
僕がお父様・・・?え、いつフィリオラを生んだんだ?いや、そういう問題なのか?
考えれば考えるほど、ヨスミの脳内ははてなマークに埋め尽くされていき、その様子を見ていたフィリオラは思わず吹き出し、大笑いして途中体に痛みが走り、そのまま呻き声が零れ始めた。
「そんな笑うから・・・。ほら、大丈夫か?痛みは平気か・・・?」
「あはは・・・でも急にパパらしくなってきたわね。嫌いじゃないわ。それと私は他のみんなと違って重傷ってほどの傷を負ったわけじゃないから、大丈夫よ。まあそれでもしばらくは動けないんだけどね。」
そういって苦笑する。
実際、フィリオラは首から下は何一つ動かせないほどの麻痺を患っていた。
ただ実際はこの麻痺も一時的なモノであるらしく、数日安静にしていれば治るとのことだ。
フィリオラと暫く談笑し、時間を潰しているとそこにユトシス皇子が部屋を訪れた。
「あ、ここにいたんです・・・ね?」
「ん?ユトシスまで獣帝国に来ていたのか。」
「え?あ、はい。ユリアの護衛兼魔法の指導役として共にグスタフ公爵に派遣されました。それで今までユリアと行動を共にしてきたのですが・・・。えと、おはようございます?」
「ああ、おはよう。僕が寝ている間、随分とうちの妹を助けてくれいたようだね。ありがとう。」
そういってヨスミはそっと手を差し出し、ユトシスは恐る恐るその手を握った。
「あの・・・、ヨスミ殿?」
「ああ、僕の事はヨスミと呼び捨てで構わないよ。後変にかしこまらなくてもいい。」
「・・・わかったよ。ではヨスミ、一ついいかな?」
「なんだい?」
「その状態は一体なんなんだ・・・??そもそも前は見えているのか???」
ユトシスも、今現在のヨスミの容姿にツッコミを我慢できなかったようだった。
「あはは、これでも一応は見えているよ。ちょっと特殊な目を持っているからね。」
「・・・さすがヨスミだよ。」
「そういえば、ユリアを探しに来たんだったか。ユリアなら・・・」
ヨスミは自らの左半身に抱き着いたまま離れないユリアを指さす。
「・・・ユリアは離れそうか?」
「ユリア?」
「んー!!」
ヨスミを抱きしめる腕と足に更なる力が加わり、きつく閉まっていくのを感じた。
「・・・無理そうだ。」
「だと思ったよ・・・。」
「ところでユリアには何の用だったんだ?」
「え?ああ、そろそろこっちでの用事も終えた頃だし、そろそろ帰ろうかって話をしようと思っていてね。いつまでも公爵家の跡継ぎが自国を離れているわけにもいかないからね。」
それを聞いたユリアの腕に更なる力がこめられる。
「・・・まだ帰りたくないみたいだよ?」
「ユリアの気持ちはわからなくもないけどね。でもこれ以上ここにいたらダメだよ?」
「・・・うー!」
「うーじゃない、ほら。」
「・・・わかった。」
そういってユトシスは手を差し出す。
チラリとそちらの方を見つめた後、ヨスミの体から渋々降りた。
彼女の顔は明らかにむくれており、拗ねている子供のようにほっぺを膨らませている。
「いい子だね。それじゃあヨスミ、私たちはいくよ。」
「ああ、待ってくれ。」
2人を呼び止め、そっとユリアの所までやってきてしゃがみ込む。
そして懐から何かを取り出し、そっと彼女に差し出した。
「ヨスミお兄様・・・これは?」
ヨスミから渡されたのは赤く光っている宝石が付いた髪留めだった。
「ここに来る途中で見かけた露店で買ったんだ。この色がユリアの瞳の色を思い出してね。ヴァレンタイン公国に戻ったら渡そうかと思って買ったんだ。まさかここにいるとは思わなかったけどね。」
「う、うぅ・・・ヨスミお兄様ぁ・・・!今度は、あんな怖い思いさせないでくださいね・・・!?次は無事に帰ってきてください・・・!待ってるから・・・!」
そういって渡された髪留めを大事そうに抱え、部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送り、ユトシスはヨスミと鎧になってる3人、そしてベッドで横になっているフィリオラに軽く頭を下げた後、ユリアの後を追った。
「ジェシカ、君は挨拶しなくてもいいのかい?」
「私はユリアお姉様といつでも会話できるので、ここでバイバイしても問題ないのです!」
「ほー、それって遠くにいる仲間と念話みたいなことができるという認識でいいのかい?」
「はい!私が家族だって認めた人にしかできないんですけど、お爺様とお婆様はいつでも念話可能です!」
「それはなかなか便利な機能だね。実は僕も同じようなことができるんだ。」
「そうなんですね!さすがお爺様です!」
ジェシカは顔を上げ、とても嬉しそうな笑顔を向けながら喜んでいた。
そんなジェシカの頭を撫でる度に、とても気持ち良さそうにしてくれるから撫で甲斐があるというもの。
特にこの子の瞳には竜眼、そしてレイラはこの子を孫娘と呼んだ。
そしてフィリオラは僕の事を父と呼ぶ。
僕が知り得ないところで何かが起き、そして僕の中でこの子は身内だと感じられる。
それのせいもあってジェシカには強い愛着が湧いてしまっているようだ。
さっき初対面したばかりだというのにね。
ふと気が付けば、ヨスミを抱きしめていた両腕の内、右腕を離してヨスミと共にジェシカの頭を優しく撫でていた。
「全く、今日一日離れるつもりがないな?」
「当たり前ですの!今日一日だけじゃなく、これから暫くはこうするつもりですの!」
「・・・腕や足は疲れないかい?」
「ふんっ、この為にわたくしは今まで鍛錬を一日たりとも怠らず、ずっと続けてきたんですの!」
「あう!」
「ディア・・・君もかい?」
「あい!」
「わ、私はまだ、いけます・・・!」
と言う割には先ほどよりかは腕や足がプルプル震え始めているように感じられる。
そんな姿も本当に可愛らしい。
ヨスミは手を差し出すと突然目の前にロープが<転移>してきた。
一度抱き着く位置変えをしてもらいたかったためにジェシカを下ろそうとしたが、意地でも離れようとしなかったのでそのまま背中の方に<転移>してもらった。
その後、レイラとジェシカを支えられるようにロープで2人の体を支えながら優しく縛る。
「ジェシカ、これで暫く腕や足に力を入れなくて済むはずだよ。」
「・・・あっ、本当だ!私のために・・・お爺様、ありがとうございます!大好きです!」
大好きです! だいすきです! ダイスキデス! ダイスキデス! ダイスキ、ダイスキ、ダイスキ、ダイスキ・・・・。
あー、これが孫娘から言われたい言葉ランキング第1位・・・!
なるほど、そうか・・・。
そういうことだったのか・・・!
いいな、すごくいい・・・。
ああ、アナスタシアたちにもし子供が出来た場合、僕も言われてみたかったなぁ・・・。
「・・・ねえ、ヨスミ。」
「ん?なんだい?」
「本当にそれ、見えてるの?」
「もちろん、見えているよ。というよりも以前よりももっといろんなものが見えるようになったと言った方がいいかな?」
「どういうこと?」
「僕にも詳しい事はわからないんだけど、意識せずとも詳しいモノがより鮮明に見えるようになったと言った方がいいかな?実際、ディアに顔面を抱き着かれ、視界いっぱいにはディアの服で塞がれているけど今いる建物は病院・・・えっと、治療院だよね。そこにいる獣人の人数なんかも正確にわかるし、なんならそれぞれの患者がどこが悪いかとか、魔力回路の不調とか、異常?なんかもわかるよ。」
「あ、あなた・・・?」
とその時、心配そうな表情を浮かべながらレイラが顔を上げてきた。
「大丈夫、意外と僕の脳に負担はないみたいなんだ。頭痛もしてないから、安心して。」
「でも・・・」
どうやら前回のヨスミの無理がトラウマになっているようだ。
「大丈夫、もうあんな無茶は・・・まあしないと思うよ。」
「あなたっ・・・!!」
「・・・ごめん、はっきりと否定できなくて。でも、そこはどうしても譲れないんだ・・・。特にレイラ、もし君が死に直面するようなことがあれば僕は間違いなくあれ以上の無茶をしでかす可能性が高い。もうこれ以上、大事な人を失いたくないから。」
「・・・ずるいですわ。そんなことを言われたら、わたくしは何も言えなくなってしまいます。」
「あはは・・・。なるべく抑えるつもりだけど、君の事になると歯止めが効かなくなるということだけはわかっていてくれ。」
「・・・あなた。」
心配しつつも、ヨスミにこうも特別扱いされていることに嬉しさを隠しきれず、困ったように顔を赤らめながらまたヨスミの体に顔を埋めた。
「お爺様・・・。せっかくこうしてお会いできて、お話もできるようになったのにまた深い眠りに入られてしまうと、私・・・すごく寂しいです。」
「・・・あぁぁ、そんなことを言わないでおくれ。おじいちゃんも気を付けるけど、もし君に何かあればおじいちゃんはすごく悲しいんだ。その分、これから色んな楽しい思い出を作っていけるようおじいちゃん、頑張るよ。」
「お爺様・・・っ、はいです!」
「ずるいですわ!わたくしも!」
「もちろんだよ、レイラ。これからみんなで忘れられない様な大切な思い出を作りながら旅をしていこう。」
「・・・もちろん、私も入っているわよね?パパ。」
「当たり前だ。フィリオラ、お前は僕がここにきて一番初めに出会った大切な家族だ。ないがしろになんてしないさ。」
「ふーん・・・ならいいんだけど。」
そういって開けていた目を閉じ、寝たふりをする。
だがその顔は微かに頬を赤く染めており、どうやら照れ隠ししているようだった。
それにしても僕が寝ている間に何があったのやら。
ま、それはフィリオラが動けるようになってから聞かせてくれるみたいだし。
そうだ。
エレオノーラの様子でも見に・・・・ん????
ふと窓の外に映る、美しい蒼色の竜鱗が反射する細長い東洋系の竜が遠くの方で佇んでいる光景が目に映った。
「あれは・・・、あのドラゴンは・・・!?!?!」
明らかにヨスミの心拍数が跳ね上がり、動悸が激しい事に気付いたレイラはヨスミの視線の先へと目を向ける。
そこには【海濤揺らす白鯨】が見えた。
「ああ、彼女は・・・」
とレイラが説明するよりも早く、ヨスミはリヴィアメリアの元へ<転移>した―――――。