彼等に手向けるは、彼女なりの鎮魂歌・・・ですわ
「まずい・・・、あの2人が引き付けてなおこんなにくるの・・・!?」
どんどん増えていく【狂獣人】たちの数に焦りを感じ始めるフィリオラ。
魂がない肉体だけの奴らには”死”という概念はない。
故に生者の魂に惹かれ、奴らは他者の魂を奪おうと襲い掛かってくる。
首を切り落としても、心臓を貫いても、まして体中を細切れにしても奴らは止まることはない。
体を高速再生させるわけではないが、その部位一つ一つが【古獣の王】が張った結界に閉じ込められているせいか、町に異質な魔素が漂うようになり、その魔素に触れた部位は突然変異を起こして、その肉片にある血管が触手の様に伸び、手足として動かしながら這ってくるようになる。
またフィリオラの攻撃の大半は、対象の魂に反応して威力が変わってくる。
特に穢れた魂を浄化させる<浄化の光炎>は、魂のない奴らには全く意味がない。
また<白桃焔華>、<白聖焔華>の2つは相手を細切れに吹き飛ばしてしまうため、敵を増やすこの攻撃も無暗にぶっ放すこともできない。
「ふんぬっ!!」
「せいやあ!」
「ふっとべぇ!」
すでに奴らと何度も交戦してきたダルフたちは剣で奴らを切り捌くも、振り斬るのではなく、突き刺してそのまま投げ飛ばす様に捌いていた。
だがそれよりも大楯を多く行使し、敵を防いだり、突き飛ばしたり、大楯を構えたまま突進して押し戻したりと、まさに一騎当千の働きを見せていた。
だが、それも徐々に押されているのが目に見えてわかるようになった。
ほんの一瞬、ジャクソンが【狂獣人】らの大群を大楯による突進を繰り出し、一気に押し戻した際に一瞬動きが止まった。
「ぐぬぅ・・・!?こ、腰が・・・」
【狂獣人】たちは一気にジャクソンに覆いかぶさるように飛び掛かり、背中に張り付かれ、鎧を剥がそうと手を入れてくるが、モートウェルが大楯を振り回しながらジャクソンに張り付いた【狂獣人】たちを引き剥がしていく。
「ジャクソン!無事か!」
「ぐぬぬ・・・腰をやっちまったみてぇだ・・・。」
「ったく、だから前々から言ってたじゃねえか!一度腰を診てもらえって!」
「ちげぇねえ・・・!ふん!」
そういって体を大きく反らし、腰を無理やり戻すとゆっくりと立ち上がる。
だがモートウェルはジャクソンの背中のある部分を見つけ、絶句する。
「じゃ、ジャクソン・・・。」
「・・・ああ、言わんでもええ。うっし、じゃあおめえら、2人を頼むぞ。わしゃあ、先に逝って待っておる。じゃがすぐに来るんじゃないぞ?」
「・・・大馬鹿野郎が!」
「ちげぇねえ!!」
そういうと、モートウェルはジャクソンから離れる。
その途端、ジャクソンの全身が赤い炎・・・のように見えるが、実際は赤く染まった魔力が溢れ出しているだけだった。
遠くで赤い魔力をあふれ出しているジャクソンの姿を見たフィリオラは瞬時に察する。
それを見たミミアンはジャクソンの変貌に嫌な予感がし、レイラへと尋ねる。
「ねえ、リオラっち・・・!ジャクソンのあれ・・・赤い魔力なんて聞いたことがない・・・!」
「赤い魔力・・・。魔力を圧縮すればするほど高密度になっていく魔力の色は限りなく純白に近づいていきますわ。それが本来、生物に出せる限界なんですの。それを超えると自らの生命力が削れ、それが魔力に溶け込んでいくために赤に染まっていくのですわ。そして、一度あの赤い魔力を発現させてしまえば・・・もう、止まることはできない。」
「つまり、ジャクソンは死ぬってこと?」
「・・・ええ、彼は覚悟を決めたんですわ。命を燃やすのは今だと。」
「そんな・・・!!」
ミミアンはジャクソンの元へ駆け出そうとするが、フィリオラがそれを制止する。
「なんで・・・!」
「言いましたわ。この任務は死が当たり前にあるんですの。・・・彼等も、覚悟してきたはずですわ。その彼らの覚悟を、泥で汚してはいけませんの・・・!」
「おうよ、レイラ壤。その通りだ!」
そういってダルフがレイラたちの元へやってきた。
「ダルフ・・・!あのままじゃジャクソンが・・・」
「ああ、アイツはここで命を燃やし、死ぬつもりじゃろうな。ワシらはジャクソンを囮にし、手薄になった奴らの波部分に突撃をかまし、退路を切り開く。」
「なんでそんな・・・」
「それが、ワシらの役目じゃからな、お嬢。それじゃ、いくぞ!」
そうして、戻ってきたモートウェルと共に大楯を並べ、2人だけの隊列を組む。
「さあ、ミミアン。行きますわ。」
「・・・。」
「ミミアン様、心苦しいのはわかります。ですがここであなたにもしもの事があれば、彼等は無駄死にとなるでしょう。彼らの死を意味のない無価値なものへとするのがお好みですか?」
「・・・!!」
ハルネから厳しく言われるが、無価値だと言われた途端に涙を止め、ジャクソンへ向けて大きな声で叫ぶ。
「ジャクソンー!!あんたの死はうちの精神に、心に、魂に!未来永劫刻まれる名誉ある死として語り継いでいきますわ!!だからー!!だからぁ・・・!今までありがとぉおおお!!」
「・・・はっ、はっはっはっ!!わしも、フォートリア家に仕えることが出来て、光栄じゃった。御嬢からもらった栄誉は、ワシにとってこれ以上ない誉れじゃ・・・!決して、情けない姿を晒すことなどできぬ!!」
乾いた笑いが響き、兜を脱ぎ捨てる。
その瞳で泣きながら必死にこっちに叫ぶミミアンの姿を目に焼き付けた。
それに気づいたミミアンは無理やり笑顔を作り、ジャクソンへと向ける。
「最後の死に景色はお嬢のブサイクな笑顔で決まりじゃ!はっはっは!!良い!実に良い!!」
そして、ジャクソンから流れ出る赤い魔力は彼自身の種族であるピットブル種が具現化され、赤く巨大な闘犬が姿を現すと大きく遠吠えを空高く響かせる。
次々と【狂獣人】らを噛み付いては別の方へと放り投げていく。
また細く長い尻尾を振り回して、ひとまとめに【狂獣人】らをなぎ倒していく。
そしてできた【狂獣人】たちの薄くなった波の一部。
「「<身体強化>、ダメ押しの<要塞奮闘>!!」」
2人同時に魔法を唱え、自身を強化すると互いに兜越しに顔を合わせ、頷きあう。
「行くぞ、モートウェル!!」
「おう!!」
両者は先端をとがらせるように大楯を斜めに構えると一気に駆け出す。
その後に続くようにフィリオラはバリアを張りながらそれに続き、レイラたちも全速力で駆け出す。
途中、ミミアンは遠くの方で孤軍奮闘するジャクソンを見る。
無事、あの場から突破出来たことに気付いたジャクソンはその暴れっぷりは更に過激になっていった。
なんとか【狂獣人】たちの波を押しのけ、退路に出たレイラたちはそのまま拠点へ逃げるために駆け出そうとしたがその途中で来た道を振り返り、大楯を構えるモートウェルとすれ違う。
「モートウェル?!」
「御嬢、俺はここで殿を務めやす。決して振り返らず、屋敷へ向かってくれ。」
「なんで?!ダメだよ!モートウェルも早く・・・」
「俺らの任務は、お嬢を無事ジャステス公爵閣下の元まで送り届ける事。その成功率を少しでも上げられるのなら、喜んでこの命捧げやしょう。」
「そんな・・・う、うう・・・バカぁ・・・。絶対に、忘れないから・・・モートのこと、絶対に・・・!!」
「へへっ、この上なき栄光だ!」
そこへレイラが心配そうに姿を現した。
「ミミアン・・・」
「レイラ嬢、うちらのお嬢を、孫娘を・・・頼みやす。」
「・・・わかりましたわ。あなたはこちらのことは心配せず、全力で戦い抜きなさい!」
「おう!!背後は俺に任せてくれれば問題ねーさ!がーっはっはっはっ!」
そう高らかに笑い、ジャクソンと同じように魔力を高めると体中から青い魔力が溢れ、それがどんどん白く染まり、そして一気に赤く変貌した。
レイラはミミアンを無理やり連れてフィリオラたちの元へと駆け出していく。
すぐそこまで迫ってきた【狂獣人】たちを見据えると、大きく吠えた。
「ここから先、てめぇらは一匹たりとも行かせねえよ!!このモートウェル様が、相手になってやらぁ!!」
その赤い魔力は巨大な土佐犬種のような闘犬へと姿を変え、【狂獣人】たちに立ち向かっていく。
背後で響くモートウェルの激しい戦闘音と遠吠えがどんどん遠くなっていく。
レイラたちが逃げている間、背後からは【狂獣人】たちが追ってくることはなかった。
屋敷の屋根が見え始めてきたころ、別方向から【狂獣人】たちがレイラ達目掛けて飛び掛かってきた。
だがそれはフィリオラの張ったバリアに阻まれ、弾き飛ばされる。
そして前方からも【狂獣人】たちの群れが迫ってきた。
「ぬぉぉおおおおお!!!」
ダルフが大楯を構えながら【狂獣人】たちに突進を繰り出し、無理やり退路を切り開いていく。
なんとか抜けきった先でも別の群れが姿を現し、襲い掛かってくる。
「させぬぅ!!」
瞬時に赤い魔力がダルフの体を包み、チベタンマスティフ種の巨大な闘犬が姿を現し、大地を踏み鳴らすと地割れが起き、その割れ目に【狂獣人】たちが落ちていく。
その後、フィリオラの張ったバリアごと口に咥えるとそのまま拠点に向けて一気に駆け出していく。
途中【狂獣人】たちがダルフの獣化した体に張り付いてくるがそんなのお構いなしにと速度を落とさず、無我夢中で駆け抜けた。
そして屋敷の正門までやってくると口に咥えていたバリアを敷地内へと放り投げる。
バリアの中にいたフィリオラやレイラ、ハルネとミミアンはそのまま地面に転がりながらバリアが解け、全員地べたに倒れた。
ミミアンは急いで立ち上がり、ダルフの方を見る。
「ダルフ・・・!!」
彼はただ静かにミミアンの方を向きながら頷き、大きく遠吠えを上げた後、屋敷から離れていった。
【狂獣人】を屋敷から引き剥がすため、わざと悪目立ちするかのように、何度も何度も遠吠えを上げ、周囲の民家を次々と破壊しながら、どんどん遠ざかっていく。
そして防壁の外で聞こえていた彼らの遠吠えは次第に聞こえなくなった。
ただそれに比例して、ミミアンの声を押し殺した啜り泣く声だけが、レイラたちの耳に響き渡った―――――。




