この町の状況はあまりにも地獄ですわ・・・
「うむ、無事だったか。」
「ジャステス公爵・・・その腕・・・」
「ん?ああ、これか・・・。」
そういって上着を捲り、二の腕から無くなっている腕を持ち上げ、そっと悲しむように見る。
ミミアンがジャステス公爵の所まで駆け寄ると、そのまま体に抱き着いた。
とても心配そうな顔で無くなった腕を摩る。
「住民たちを逃がしている際に腕を奴らに噛み付かれてしまってな・・・。」
「噛み付かれたらどうなるんですの・・・?」
「簡単に言えば、奴らと同じになる・・・といった方がいいだろうな。実際、我にもわからんのだ。ここの住民らはそう言っていた。奴らに傷を付けられたら1刻もせぬうちに奴らの仲間入りしてしまう、とな。故に我はすぐさま腕を切り落とした。おかげで数日は寝込むことになってしまったがな。」
と陽気に笑うジャステス公爵だった。
だがそんな様子とは裏腹に、ミミアンは今にも泣きそうな表情を浮かべる。
そんなミミアンの頭を安心させようと優しく撫でながらそっと微笑みかける。
「事情は聞いている。まさか、ここから何とか脱出し、ここの状況を知らせるための伝令役が野盗らに襲われていたとは。道理で救援が来なかったわけだ。だが正直なところ、救援はなくて良かったかもしれないと思い始めている・・・。今の<メナストフ港町>はこんな状況だ。救援が来たところで何かできるとは思えん・・・。」
「ジャステス公爵様、この異変の原因はやはり、あの【古獣の王】なんですの?」
「・・・恐らくな。」
そういって、また窓の外へと視線を戻す。
その先には【古獣の王】が佇んでいた。
「あの狂った獣人たち・・・我は【狂獣人】と呼んでおる。奴らは常に生きることを渇望しており、我々生きている者に対して襲い掛かってくる。それが小さな動物だろうと何だろうとな。何かを求めるように嬲り、食い散らかし、切り裂き、命を奪う。対象が死ぬと途端に興味を失い、別の獲物を見つける様に徘徊する。」
「何かを求めるって・・・」
「・・・魂だ。奴らは魂を抜かれ、”死”という概念が消えてしまった肉体だけの存在。故に、欲するのだ・・・、生きた魂を。他者を殺しても手に入るわけもないのにな・・・。それでも、求めずにはいられないのだろう・・・。」
「それがどうして奴らに攻撃されたら、奴らと同じになるという考えに・・・」
ハルネはつい口に出してしまった。
そういったことを知らなかったレイラたちは、かなり危険な状況に何度も身を置いていたことになる。
彼等に攻撃されることで、彼等と同じになってしまうメカニズムが分かれば、色々と防ぐ手段も手立ても増えるはず・・・。
だが、ジャステス公爵はそっと首を横に振った。
「・・・わからん。だが実際に我は見た。奴らに腕を噛まれた兵士が、徐々に様子がおかしくなり、最後には奴らと同じ【狂獣人】へと変貌した瞬間を・・・。おかげで我も油断した結果、この様だ。」
そう言いながら困ったようにはにかむ。
相当苦渋の決断・・・、切断だったようだ。
「今はもう動けるようにはなったが、こんなことで我がとまることはないがな!」
「パパ!もうあまり無理はしないでっていったっしょ!!」
「あ、うん・・・。すまぬ。」
今まで聞いたことのない、ミミアンの怒声にジャステス公爵は思わず怯んでしまった。
「そしてここは我の別邸ではあるが、緊急避難用拠点として運用しておる。我の軍も拠点防衛のために周囲の防壁に張り付いて応戦しておる。そこで分かったことだが、奴らはアンデッドの部類に属されるようで<光属性>が弱点で、特に<聖属性>に系統する魔法が効く。・・・まあ死にはしないがな。」
「それで一体どうやって防衛しているんですの?死なないのなら、その内物量で押し込んできた場合成す術ありませんわ・・・!」
「・・・その通りだ。故に、<隠属性>に系統する魔法を多用する者を選抜し、斥候らに奴らの注意を引き連れて周囲を走り回るように言ってある。」
「そ、それじゃあ・・・!?」
「・・・うん、うちもその役をやってたの。そのおかげでレイラ達を見つけることが出来て助けられたんだけどね。あ、勘違いしないでもらいたいんだけど、いざというときは転移石を数個ほど渡されてるから、それを使って脱出することができるから意外と危険じゃないっしょ。」
「それでも危険であることには変わりありませんわ・・・!!」
そう話したレイラには怒りが混じっている。
だが、レイラ自身もそうせざるを得ない今の状況に納得しているので、これ以上強く言うことはできなかった。
「本当なら我がやらなきゃいけなかったんだがな・・・。」
「パパは悪くないっしょ!出来ないのない馬鹿な人たちのせいで・・・」
「ミミアン。」
「・・・だってぇ。」
どうやら、ジャステス公爵も部下にこの任を任せていたが、恐怖で身が竦まぬよう、自らが果敢に前に出て周囲を走り回っていたらしい。
ただし、ジャステス公爵は<闇魔法>、その中の1つである<隠属性>の魔法は一切使えないため、身を隠すことができない。
それ故に決して立ち止まらずにただひたすら走り回り、生き残りを探しながら【狂獣人】たちを大量に引き連れて逃げ回っていた。
そんな時、とある民家の奥で隠れていた住民たちの生き残りを見つけ、時間稼ぎに空間を切り裂いて通る者を切り刻む罠を張ったうえで住民たちに転移石を渡そうとするが、1人の住民が我先にと転移石を奪い、1人で逃げてしまった。
その際、突き飛ばされた子供が窓を叩いてしまったため、そこに【狂獣人】たちが群がり始め、窓を突き破って子供を掴もうと窓を突き破って手を伸ばしてきたので急いで子供をなんとか引っ張っていたが、入口付近に張っていた罠を無理やり突破してきたほぼ口だけの【狂獣人】が飛んできて引っ張っていたジャステス公爵の手に噛み付いた。
その後、体から力が抜けるような感覚に囚われ、徐々に子供が引っ張られそうになるが、1人の獣人がジャステス公爵の腕を斧で叩き斬った。
すると力が抜けていく感覚が無くなり、斧を持っていた獣人はそのまま子供を引っ張っていた腕を叩き斬った。
そして子供を引き込めたジャステス公爵は住民たちを一か所に集めさせ、子供に自分のポーチから転移石を出す様にお願いしてそのまま拠点へと帰還することができた・・・とのことだった。
その話を聞いたミミアンはその住民の元へすぐに向かい、そのまま半殺しにしたところで周りの兵士たちに止められたまでがこの話のオチとなる。
「それからパパの代わりにうちがやってるってわけ。パパがやられて、斥候さんたちの士気がすっごく下がってたみたいなの。それに合わせて【狂獣人】たちがどんどん集まってきちゃって・・・。」
「でもそれも長くは続きませんわ。この異変を起こしている元凶を何とかしないと、その内全滅してしまいますわ・・・。それに、もうすぐでユティス公爵夫人たちが来ますのよ?」
「・・・あっ、そうだ!」
「なに・・・?!」
その話を聞いたジャステス公爵は今まで以上に焦った表情を浮かべる。
「いつまでも帰ってこないからって、ユティス公爵夫人が迎えに行くことになりましたの。一応、外にわたくしの妹たちを待たせておりますわ。ここの状況は詳しく分かり得ませんでしたが、ある程度分かっている情報を持たせ、やってくるユティス公爵夫人に伝えるよう言っておりますの。」
「・・・だが、間違いなくユティスなら来るだろう。このままでは・・・ぐっ!」
と左腕を抑えながら苦しそうにしゃがみ込む。
「パパっ!」
「ぐっ・・・大丈夫だ。興奮したせいか、傷に響いたようだ・・・。」
「何とかして外にここの状況を伝えることはできませんの・・・?先も、この中の状況を伝えようと一人外に出したって仰っておりましたけど・・・」
「この町に張られている結界は内側からはほとんど攻撃が効かないのだ・・・。故に我がこの黒曜爪を持って全力で空間ごと切り裂くことでわずかに1人だけ通れる穴を開けることができたが、すぐに閉じようと小さくなり始めてな、我が黒曜爪で閉じないよう無理やりねじ込ませ、その間に一人だけ何とか外に出すことができたのだ。今の我では無理であろう・・・。」
幾人かで周囲を走り回りながら【狂獣人】たちを引き離し、その間に結界に穴を開けるために全力で攻撃する。
だがその穴もすぐに閉じるためにその穴が閉じないよう、何かしらで穴の縮小を食い止め、その間に一人を逃がす・・・。
”言うは簡単、やるは難し”とはこの事だろう。
今の現状、空間を切り裂くことができるのはミミアンとレイラ。
ミミアンはいとも簡単に切り裂くことはできるがそこまで大きな空間を切り裂くことはできない。
レイラがやるとなると意識を集中してやらないといけないため時間が掛かるが、その分大きな空間を切り裂くことができる。
時間を掛けられない今の現状ミミアンにお願いするしかないが、奴らを引き剥がすための斥候役が足りない。
ジャステス公爵と同じような事をしようにも、人手も時間も足りないし、タイミングも合っていない。
「公爵閣下、奴らを引き付ける任、どうか私と部下である彼に任せていただけませんでしょうか?」
そういって部屋の中にルナフォートともう一人、ローブに身を包んだ獣人が姿を現した。
「ルナフォートか・・・。お前は確か<隠属性>の魔法は不得意だったと記憶しているが。」
「はい。そのための彼です。」
そういって一緒に入ってきた彼をジャステス公爵に紹介する。
「初めまして、ジャステス公爵閣下。私はカゲロウと申します。ルナフォート様の”隠”として仕えさせていただいております。私のは<隠属性>の魔法を主に使用しておりまして・・・」
とカゲロウと名乗った獣人は両手をしきりに動かし、何かしらの印を結ぶと自身とルナフォート、そして少し離れているミミアンの3人の姿が消えた。
「ほう・・・己だけでなく、他者の姿も隠すことが出来るということか。しかも離れている味方にも効果が出るとは。その効果範囲はどれほどだ?」
「はっ、今の私の実力であれば500mの範囲内であるならば、何人であろうとも闇に隠すことができます。」
「・・・ふむ。それなら少し離れた場所からでも結界に穴を開けようとしているミミアンらを隠すこともできようか。ならば、外には誰がここの状況を伝えるために伝令役になってくれるか。」
「なら私の部下に。結界の外で我が部隊は待機しているはずですので、穴を開け、こちらからこの鈴を鳴らせばすぐに駆けつけてくるので、その者にここの状況を記した文を渡せばよいかと。」
「なるほど、それは妙案だ。よし、それで行こう。ルナフォート、カゲロウ。そしてお前たち・・・どうか、我に協力をお願いする。ユティスを、仲間たちをこの中に入れてはならぬ。そのために・・・!」
「わかりましたわ。わたくしも、妹や孫娘、そして愛するディアをこの中に入れるわけにはいきませんもの・・・。協力しますわ!」
「レイラお嬢様がやるとあらば、このハルネ。全力でやらせていただきます。」
「私も、お母様を危険な目に合わせるわけにはいかないし。もしもの時は私が結界を張って奴らを防ぐわ。」
「うちも・・・!」
そうしてジャステス公爵らはもう一度、ここの状況を外に知らせるために前回と同じ任務を行う事となった―――――。