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その穴の向こう側に広がる世界はまさに地獄ですわ


そんなことが起きてから2時間ほどが経ち、目的である町が見えてきた。

遠くの方、微かに見える【古獣の王】と思わしき巨大な獣。


町に近づくにつれ、その姿はより鮮明に見えてきた。

だがこの距離から見えている内に、【古獣の王】が暴れた様子は見えない。


町の入口には乱暴に止められたであろう馬車の成れの果てがあり、その周辺には青ざめた様子で地面にへたり込んでいるユリアとユトシスの姿が見えた。


その横では満足そうに馬を撫でるフィリオラの姿が見え、ハルネが運転する馬車に気付いたフィリオラは、こちらの方に手を振っていた。


ハルネは入り口前の道の脇に綺麗に馬車を停めると、扉を開けてレイラたちが降りてきた。


「・・・あれ、ジェシカ。あなた・・・」

「えへへっ!」


フィリオラはすぐさまジェシカの異変に気が付いたようだ。


「ディアちゃんのおかげですっ!」

「ディアが・・・?え、でもそんな・・・」


フィリオラはどうやらありえないといった表情を浮かべている。

ジェシカたちの元までやってきて手を握ると、彼女の中に流れる【ドラゴンマナ】を調べる。


今、フィリオラとジェシカは師匠と弟子のような関係性なこともあって、度々ジェシカの魔力の性質を調べ、適切なアドバイスを与えながら<人化>のやり方を教えていた。


「・・・間違いない。ジェシカの【ドラゴンマナ】の割合が大きくなってるわ。前は仙狐が4、【ドラゴンマナ】が2、そしてサハギンが4ぐらいだったけど、今のジェシカは仙狐が4のまま。だけど【ドラゴンマナ】が5.8でサハギンが0.2ぐらいしかないわ・・・。もうほとんどないといっても過言じゃないわね・・・。でも一体何があったの?」

「ディアネスが私に触れたらこうなったんです!」

「あうっ!」


半信半疑な様子のフィリオラはついレイラの方を見る。

レイラは困ったような笑顔を浮かべながら、静かに頷いた。


そして事の次第を把握し、状況の重大さを把握した途端、フィリオラはそっと後退りする。


「まさかそんな・・・。」

「残念だけど、本当の事よ。わたくしの目の前で起きましたもの。つまりそれって、そういうこと・・・ですわよね?」

「・・・あ~、もうなんなの本当に!」


と言いながらフィリオラはディアネスに近づくと、自らの人差し指に爪を差して傷を付け、にじみ出てきた竜血をディアネスの口元に持っていく。


ディアネスはそのままフィリオラに差し出された人差し指をチュパチュパ吸い始め、彼女の竜血をミルクのように飲んでいく。


「フィーちゃん・・・?一体何を・・・」


いきなり自分の血を飲ませるフィリオラに吃驚したレイラは思わず声を掛ける。


フィリオラはレイラの方を見て、

「今は静かに見てて」

といった目線を向け、そのまま何も言わずに静かに見守ることにした。


ディアネスはフィリオラの竜血を飲み続けていたが、そのうち飲むのをやめてプハッと指を話す。

そしてそのままジェシカの腕に体を預けると静かに眠りに付いた。


「え?ディアちゃん・・・??」

「ディア・・・!」

「大丈夫よ、お母様。ディアは次の成長のために眠りについただけよ。でもまさかこんなにも早く第二成長を迎えるなんて思わなかったわ・・・。」

「第二成長・・・?」


フィリオラに、その第二成長は何なのか聞いてみたが、

「時が来たら教えるわ」

とだけ告げ、それ以上は聞いても無駄な様子だった。


今思うと、レイラはドラゴンについて何も知らないことが多いと実感する。


ドラゴンの種類は魔物を討伐する際に必要な情報として、弱点部位などといった倒すための情報しか持っていない。


だが彼等も生きている命を胸に、今を生き続けている生物なのだ。


「・・・わたくしの持つ情報は偏り過ぎておりますわ。もっと、もっと我が子たちの事を知らないといけませんですわね・・・。」


そうこうしていると、足取りがフラフラなユリアがユトシスに支えられながらやってきた。


「みんなぁ・・・きたんだねぇ・・・!」

「だ、大丈夫ですか、ユリアお姉様・・・?!」

「フィリオラ様の言ってた通り、最高の乗り心地だったよぉ・・・ってあれ?」


とここでユリアはジェシカの様子に気付いたようで、体のあちこちを触っては先ほどフィリオラがやったように魔力を確かめてみる。


「・・・やっぱり違う。」


さすが魔術の扱いに長けたダークエルフ。

魔力の性質の違いにはすぐに気が付いた様だった。


「えへへ、ディアちゃんにやってもらったんです・・・!」

「ジェシカぁー・・・!」


とユリアはまるで自分自身の様に喜び、抱きしめようとするが腕で寝ているディアネスを起こさないようにそっと飛び跳ねる様に喜びを現した。


「よかったですね、ユリア嬢。」

「うん・・・!」

「それじゃあ<メナストフ港町>に入りましょ。中でミミアンとルナフォートが待っているはずですわ」


そうしてフィリオラたちと合流したレイラは意を決し、<メナストフ港町>の中へ入ろうとする。


「・・・ちょっと待って。」


だが門を潜り抜けようと近づいた時、フィリオラが皆を制止させる。


「フィーちゃん、どうしたの?」

「・・・少し下がって。」


フィリオラの言われた通り、レイラたちは門から少し離れた位置まで遠ざかると、フィリオラの口が裂け、大口となると胸の内に魔力を溜め、圧縮していき、それを門に向かって解き放った。


「<白桃焔華(フィリオラブレス)>!!」

「え、ちょ!?」


フィリオラから放たれたブレスは門の間を通り過ぎようとした時、何かに阻まれたかのように何もない所に直撃し、大きな”穴”が開いた。


正直、いきなりフィリオラブレスをぶっ放した彼女の行動に驚愕したが、それよりももっと驚愕したのが、フィリオラが空けた穴の向こう側に見える景色だった。


「な、なに・・あれ・・・」

「なんなの・・・??」


到着したのは太陽がまだ登り切っていない時刻であるにも関わらず、穴の向こうに広がって見えた空模様は真っ赤に染まっており、黒い灰のような物が舞っていた。


その向こう側からは悲鳴が絶え間なく聞こえ、よく見ると所々から火の手が上がっている。

あの門の向こう側では明らかに異常事態が起こっていることは誰もがすぐに理解した。


「・・・ミミアンっ!!」


レイラは先に入って言ったであろうミミアンの事を思い出し、黒妖刀を携えて急いで門へと走り出そうとするがフィリオラに止められる。


するとフィリオラが空けた穴は何事もなかったかのようにすぐさま閉じた。


「お母様、待って。今ここであの中に入ったら何が起きるかわからないわ!」

「でもミミアンが先に中に入っているんですの!わたくしが1人で先に行けって言ったんですのよ?!暗闇の中1人で走って・・・恐らくこの異常事態には気づけないはずですわ。そんな中にわたくしは・・・」

「それはお母様の責任ではないってことぐらいわかるでしょ?!冷静になって!」

「レイラお嬢様、今は中の状況がどうなっているのか、情報を知る必要があります。今はお辛いでしょうが、ミミアン様ならきっと大丈夫です。」

「・・・ミミアン、どうか無事でいて。」


その後、何回か穴を開けて中の状況を探ろうとするが、穴が開く場所はフィリオラが明けた場所以外は開かないらしく、他の場所を攻撃しても何かに阻まれ、霧散するだけだった。


今度は先ほど、穴が開いた門の方に石や木などの物を投げてみたが何かにぶつかって跳ね返るだけだった。


結果、<メナストフ港町>の中に侵入するには門に攻撃して人が通れるほどの穴を開け、閉じる前にその穴を使って侵入する他、手段は何もないということが分かった。


そして中を確認するために穴を開けていたが、穴を開ける度にどんどんとその穴の大きさも小さくなっていることに気付き、実質後2~3回しか穴を開ける余裕がないことがわかってしまった。


そして穴を開けた際に知り得た情報は、雪の様に降っていた黒い灰は、何かの燃えカスだったようで、触れても何の影響はなかった。


また建物はそこまで崩壊した後はなく、むしろ見える範囲だと無傷な建物が多い。

だが何よりも、すぐ目の前の海には島にいるはずの【古獣の王】が居り、動いてはいないものの、目と鼻の先の距離まで移動していたことがわかった。


そして町に張られた結界は【古獣の王】が張った結界だということがわかり、この結界は外からの攻撃を防ぐために張られた物ではなく、内側に居る者を外に逃がさないために張ったことがわかった。


「・・・どうすればいいんですの。」


その情報の絶望っぷりから、レイラたちは動けずにいた。

今、レイラたちが門の結界に穴を開けて中に入るとなると、きっと【古獣の王】に存在を知られることとなる。


あの町の惨状を作り出したのは恐らく【古獣の王】である。

だが実際にあの惨状は【古獣の王】が作り出したもので、奴が動くとなるとこうなってしまうことが普通なのか、それとも異常を期した【古獣の王】が生み出した異常事態であるのか判断が付かなかった。


もし前者であるならば、【古獣の王】に対して話し合いに持ち込める可能性がわずかにはある。

だが後者であるならば入ったと途端、問答無用で潰されてしまうだろう・・・。


そうなるとミミアンとルナフォートは・・・。

いや、そんなはずない・・・!ミミアンたちはきっと無事なはず・・・無事な、はず・・・。


まるで自分に言い聞かせるように何度も何度も心の中で繰り返し思い返す。


「レイラお嬢様、大丈夫ですか?」


そこへレイラの様子がおかしい事に気付いたハルネが、レイラの元へとやってきて背中にそっと手を置く。


「・・・ええ、問題ありませんわ。」

「ですが、どう致しましょうか。おそらく、次か、その次当たりで穴を広げても満足のいく大きさに行かない可能性があるので、穴を開けるとすれば事実上次が最後となります。」

「中に侵入するためには、次の穴で入らないといけないってことですわね。これ以上、ここからでは中の状況を把握することは不可能・・・。もう、迷っている暇はありませんわ。」

「ということは・・・」

「・・・<メナストフ港町>へ入りますわよ。」


レイラがそう言って立ち上がる。

その言葉を受け、ハルネも続いて立ち上がった。


「・・・そうね。これ以上、ここにいても何も出来ないし。」

「ジェシカ、そしてユリア。あなたたちはここでディアと共に待っていて。後から来るはずのユティス公爵夫人たちにここの状況を伝えてほしいんですの。それにディアを中に入れるにはいきませんもの・・・。」

「・・・わかりました、レイラお姉様。」

「ディアちゃんは私たちに任せてください。それとユティス公爵夫人様たちが来たらきちんと伝えておきます・・・!」


2人はそうしてレイラに抱き着く。


「だから・・・気を付けて行ってきてください。」

「どうか、みんな無事で。」

「・・・ええ。ありがとう、2人とも。」

「一応、ユティス公爵夫人が来るまで私もここで待っているから、どうか3人の事は安心して。」


そういってユトシスがレイラに伝える。

それを受け、レイラは頷いた後、<メナストフ港町>の門前まで歩いて戦徒黒妖刀を抜き、そっと構える。


そのまま<神速>を持って振り下ろされ、門に張られた結界には大きな穴が開く。

その穴の向こうから響く悲鳴、赤く染まった空、無数の黒き灰が舞い上がっている<メナストフ港町>は、すでに地獄と化していた。


「それじゃあ、行きますわ。」


レイラはそう言い放ち、フィリオラたちを連れて穴を潜り抜けていった―――――。



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