わたくしの子はとんでもなく大物ですわ!
ミミアンが1人で<メナストフ港町>に先行した後、残されたレイラはミミアンの事情を皆に話す。
自分たちもミミアンを追いかけようという話は出たが、馬に無理をさせてはいけないということで次の日の早朝に出ることにして、今夜はゆっくり休むこととなった。
ただミミアンの心境を考えると、レイラは眠りに付くことはできなかった。
暗闇に沈んだ大地に朝日が差し込み、地平線の彼方からゆっくりと明るく照らし出されていく。
それと同時にレイラは起床し、急いで出発の準備を整えるために馬車から出るとすでにハルネは起きており、すでに出立の準備を終えていたところだった。
「おはようございます、レイラお嬢様。」
そう言いながらハルネは水の入った桶を差し出し、中に入った水を手で掬って顔を洗う。
その後、差し出された乾いた綺麗な布で顔を拭く。
「ありがとう、ハルネ。みんなは?」
「もう起きてくるかと。ささ、レイラお嬢様も。」
そういってハルネと共に着替え、今まで来ていたお出かけ用ドレスから、戦闘用フルアーマードレスへと着替え直す。
本当ならば今回の旅は公爵を連れ戻すだけのものであったが故に、着てきたドレスは完全に見た目に全振りしている衣装を着ていた。
もし襲撃があった際には冒険者Aランクのハルネに【百獣の王牙】を持つルナフォートがいる。
また冒険者に登録はしていないが、ハルネ以上の実力を持つユトシス皇子、竜母のフィリオラがいるため、問題ないと思っていた。
ミミアンやユリア、ジェシカも戦おうと思っていたらしいが、ユトシスや他のメンバーらの説得で今回は観光することに決めたそうだ。
だが、今回野盗の襲撃を返り討ちにしたことで判明したジャステス公爵の負傷。
ジャステス公爵に深手を負わせる存在は一つしかいない。
「レイラお嬢様・・・、【古獣の王】が動き始めたのでしょうか。」
レイラのドレスに鎧を装備させながら、心の中で感じた懸念を話す。
「・・・わかりませんわ。だけど、ジャステス公爵ほどの者に傷を負わせる存在は色々居ると思うけど今現状、【古獣の王】が一番の有力候補ですの。わたくしたちが王都タイレンペラーで戦っている間からずっと孤立していた<メナストフ港町>は今、どんな状況に陥っているのかわかりませんわ。だからハルネ、もしもの時は遠慮なくいくんですのよ?」
「・・・はい。」
「レイラお姉ちゃん・・・おはよう・・・。ハルネもおはよう・・・。」
「おばあさまぁ・・・、ハルネ様ぁ・・・。おはょ・・・です・・・。」
目をこすりながらユリアとジェシカが馬車から降りてきた。
ハルネはレイラのフルアーマードレスの手伝いを終え、ユリアたちの元へと向かう。
ハルネの見事な手際であっという間に身支度をし終えた2人。
その後、フィリオラと向こうのテントからはユトシスも姿を現した。
フィリオラは周囲を見渡し、誰か一人いない事に気が付く。
「・・・あれ、ルナフォートは?」
「彼女ならわたくしから話を受けた後、皆が寝静まった頃にミミアンを追いかけていきましたわ。さすがにフォートリア公爵家の令嬢を1人で向かわせることはできませんもの。」
「まあそうよね。となると、私の乗ってた馬車は・・・、まー私が運転すればいいわね。」
「え、フィリオラ様って馬車の運転もできるんですか?」
「まあね~。これでもかなり自信あるのよ?それに”最高の乗り心地だった”なんて言われるほどよ?何せ、乗ってる間あまりにも乗り心地が良すぎて全員眠りにつくほどなんだから!」
その時、レイラの背筋に走る悪寒。
何か嫌な予感を感じていたが、そんなのお構いなしにとユリアとジェシカはフィリオラにぐんぐんと詰め寄っていた。
「えー?じゃあ私、フィリオラ様の運転する馬車に乗ってみたい!」
「そう?じゃあ乗っていいわよ。」
「わーい!」
「ちょっとユリア・・・!」
「まあまあ、私も傍についていますので問題ありませんよ。」
そう言ってきたユトシス皇子。
「・・・あなたがそういうのなら、任せますわ。」
そうしてフィリオラの馬車にはユリアとユトシスが乗り込んだ。
レイラの傍でぴったりとくっつくジェシカの頭を撫でながら、自分たちも馬車に乗り込む。
「ジェシカ、あなたはわたくしと一緒でもよかったですの?」
「はい!お婆様と一緒に居るのが大好きですから!」
「・・・全くもう、ほらキャンディを上げるわ。」
「わーい!」
レイラから渡されたキャンディを早速口に入れ、その甘さに頬が大きく緩み、幸せいっぱいな表情を浮かべる。
「ん~~~!!!」
「それではレイラお嬢様、ジェシカ様。出発します。」
「ええ、お願い。できるだけ早くお願いするのですわ。」
「かしこまりました。」
そういって馬車が走り出す。
だがその横を、とてつもない速度で駆け抜けていくフィリオラの馬車。
横切ったその一瞬、窓から見えたユリアとユトシスは絶望と恐怖に顔を歪め、歓喜???の声が馬車内から響いていた。
それを受けてフィリオラは気分を良くしたのか、更に馬車の速度を上げていく。
「それじゃ、先に行くわねお母様ぁー!!」
ガタンガタンと大きく馬車を跳ねさせながら、馬車とは思えない速度でどんどん姿が見えなくなっていった。
その後ろ姿を見送ったハルネたちは、唖然とした顔でフィリオラが言っていたことの内容に納得した。
「・・・乗らなくてよかったですわ。」
「こんにちわ~、ディア様~!」
「あい~!」
馬車の中ではジェシカとディアネスが楽しそうに遊んでいる。
ディアネスがジェシカの魚鱗部分に触れ、首をかしげているとジェシカはそっと悲しそうな表情を浮かべながらもすぐさま笑顔に変わる。
「これはねー、お魚さんの鱗ですよ~。」
「おあかあ?じぇいあ、おらごん、だお?」
「はい。私は仙狐っていう狐の血と、海竜の血、そしてお魚さんの血の3つが流れてるんです。すごいでしょ?」
「そーあお!?すおう、いいにおい!おいつく!いいにおい!」
そういってジェシカに力強く抱きしめながら匂いを嗅ぎ、心地よさそうな笑みを浮かべる。
「えしあ、こおにおい、いあ?」
「好きですよ。お父様の匂いですもの。でも、この魚鱗は嫌いです。魚の要素は全部・・・。だから普段はフィリオラ様から教えてもらった人化で隠しているんですけどね。今の私じゃ長い間維持できなくて人前に出るとき以外はこうして人化を解いているんです。えへへ・・・」
そう言いながら、魚鱗に覆われている部位や魚眼を自らえぐり取った部分にそっと指先で振れる。
あれからフィリオラに頼み込んで<人化>を学んでいた。
この中で<人化>を操るならフィリオラの右に出るモノはいないほど。
「えいあ、かあしおう・・・。つあそう・・・。あーち、えがおにすう!」
そういうと突然ディアネスの体が光り始め、それに呼応するかのようにジェシカの体も光始める。
「ディアちゃん・・・??」
「え、ちょっとディア・・・!?一体何を・・・」
「いあお、あーち・・・できう!!」
どんどんその光は強くなっていき、ジェシカの体に生えていた魚鱗が剥がれていく。
「え?え?え?」
「ジェシカの魚鱗が・・・」
「ま~あ~!!」
ジェシカの体からどんどん魚鱗が剥がれていき、その内側から新たに海竜の竜鱗が生えてくる。
それと同時にジェシカの【ドラゴンマナ】がどんどん膨れ上がっていく。
全ての魚鱗が剥がれ落ち、新たにそこにはレスウィードの体を覆っていた竜鱗が現れた。
光が消え、嬉しそうな笑みをジェシカに向ける。
「こえで、もーたいおーぶ!」
「そんな・・・うそ・・・え、あ・・・」
自分の体の変化に理解できず、残っていた左目から自然と涙が零れ落ちる。
その後、ジェシカはディアネスを抱き上げて苦しくない様に優しく抱きしめる。
「・・・ぅ・・・うぅ・・・」
「え・・・?えいあ、いあだっあ・・・?」
「ううん・・・違うんです・・・。嬉しくて・・・うれし、くて・・・うっううっ・・・」
ジェシカは嫌がっていない様子に気が付き、いつもレイラにされているように小さな手でジェシカの頭をぽんぽんと叩く。
「あいおーぶ・・・たいおーぶ。」
「うぅ・・・うわぁああああああん・・・!!」
突然目の前で起きた奇跡に、レイラはただただ見ていることしかできなかった。
ディアネスは一体何をしたのだろうか。
ジェシカの内に眠る【ドラゴンマナ】の保有量が大きく増えている。
つまり、ディアネスはジェシカの【ドラゴンマナ】の割合を増やし、殆どの魔物のマナ量を上書きしたということだろうか。
そのため、体を構築していた魔物部分の割合が減り、海竜部分が増えたことで魚鱗ではなく竜鱗が生えてきた・・・ということか?
「ディア、あなた何をしたの・・・?」
「えっへへ!だいじあもの、いっぱい!いらないの、ぽいっ!しあたえ!」
「大事なモノをいっぱい・・・。要らない物を捨てた・・・。」
別の誰かの保有魔力、その割合や性質を変えることは本来できない。
出来るとすれば、その種族の王たる気質を持つ存在のみ。
レイラ自身も、自身の魔力の性質は妖精の女王によって【フェアリーマナ】へと変えてくれた。
ジェシカから漂っていた【ドラゴンマナ】は先ほどよりも強く感じ、【幻想眼】で見える彼女の魔力の性質の中で、魔物の部分が殆ど存在しない。
ディアネスがやったことは、魔物のマナを【ドラゴンマナ】へと変換したということはつまり、ドラゴンの王としての気質をもっているということになる。
ツーリン村で水堕蛇から託された竜卵。
その卵から孵化したのは水堕蛇ではなく、ドラゴンとしての要素をその身に宿す人間の赤ん坊。
明らかに異質な事ではあり、ただモノではないと思っていたがまさか・・・
「【竜の女王】・・・。本当にわたくしの子はとんでもないほどの大物ですわね。」
そういってレイラはディアネスの頭をそっと撫でる。
そんなディアネスは、自身が行ったことの重大さなんて気にも留めず、ただただ
「すごいことやったよ!偉いでしょ!すごいでしょ!褒めて褒めて!」
とでも言わんばかりの満面な笑みを浮かべたどや顔を披露していた―――――。