体に染みついた臭いは中々取れないですわ・・・
「・・・ねえ、レイラ。」
「あら、いかがなさいいましたですの?」
フォートリア公爵家の屋敷に馬車で帰っている最中、ふとミミアンが声を掛けてきた。
「水浴びしていたときに思ったんだけどさ。あんた、また胸がおっきくなってなーい?」
「恋する淑女はどこまでも成長するものでしてよ?」
そう言いながら、ドレスの上からでも主張するお胸の大きさを見せつける。
確かにレイラの胸はどんどんと大きくなっているようで、ドレスの胸部の生地が今にも張り裂けんばかりに張っている。
「レイラお嬢様のおっぱいに関してですが」
「おっぱいって直にゆーな、ハルネっち。」
「レイラお嬢様のおっぱい様に」
「様を付ければいいってことじゃないよ!?」
「・・・レイラお嬢様のおおっぱい様に関して」
「おっぱいの前に”お”を付けて言えばいいわけじゃないからね???」
「もう、あれこれ注文が多いですね、ミミアンお嬢様」
「そりゃあ言いたくもなるよ?!」
一切進展のない会話をしながら、馬車は順調に帰路を進んでいく。
「レイラお嬢様のおっぱい様はヴァレンタイン公国で行った視察の際はB+・・・もしくはCでしたが、今はC+かDまで成長なされておりますね。」
「なんでサイズまでわかるんですの・・・。」
「うふふ、それはレイラお嬢様のことであるならば、私はなんでもわかるんですよ。当主様の次にレイラお嬢様とのお付き合いは長いと自負しておりますので。」
「・・・そういえばそうですわね。あなたとは本当に長い付き合いですわ。」
レイラとハルネは改めて考え直すと、当主であるグスタフ公爵に救出され、その次の日に公爵家へと戻った時から専属メイドとして割り当てられ、その日からずっとレイラの傍で世話をし続けている。
そう考えれば、ハルネはレイラにとって特別な存在といっても過言ではない。
「ハルネはわたくしの良き理解者で、信頼のおける友人であり、戦友でもありますわ。そして何よりも・・・第二のお母様のような存在ですわね。」
「レイラお嬢様・・・。」
「・・・だからと言って、人のそういったプライバシーを全て把握しているところはわたくしとしてもどうかと思いますの。」
「レイラお嬢様のことでしたら、全てを理解しておかなければ、【完璧な専属メイド】として誇る事が出来ませんので。」
そう言いながら、ドヤ顔を決めるハルネにレイラは呆れつつあった。
「それよりもレイラお嬢様。本当に馬の操縦はルナフォート様に任せてよかったんでしょうか?」
「ええ。彼女が言い出した事ですの。ならわたくしたちはその言葉に甘えるべきですわ。」
今回の帰路にはルナフォートと数人の部下が追従してくれていた。
「彼女が操る馬の技術は保証するよ?ああ見えて何かを乗り回すことはすっごくうまいんだから!」
そう言いながらどや顔をするミミアンだったが、レイラたちはちょっと引いた様子を見せ、何か変だな?とミミアンは首をかしげていると外からルナフォートの少し重めの声で呼びかけてくる。
「ちょっと~、ミミアンお嬢様ぁ~?その言い方だと~、まるで私が淫乱兎だと言っているようなものですよぉ~・・・???」
口調はいつも通り、猫を被ったおっとり風な感じではあったが、その口ぶりは鋭利なナイフのような殺気がこもっていた。
「ハイ・・・ゴメンナサイ・・・。」
それを受け、ミミアンは怯えながら小さく返事を返す。
「全く、貴族令嬢たるもの、もう少し言葉の表現力を補った方がいいですわ。」
「ハイ・・・」
「・・・ダメですね。完全に縮こまっております。ほら、ミミアンお嬢様の大好きな一角牛のビーフジャーキーですよー。」
「・・・!はむっ!」
と、ハルネが懐から飛び出したミミアンの好物の1つである一角牛の肉で作られたハルネ特製ビーフジャーキーに飛びつき、そのままハムスターのようにカジカジと食べていた。
「おいしぃ~・・・!やっぱりハルネっちが作るビーフジャーキーはマジ最高~・・・!!」
「それはよかったです。まだまだいっぱいありますので落ち着いて食べてくださいね。」
「ハルネっち・・・ほんと、チョーだいすきっ!!」
ハルネに抱き着きながら、ビーフジャーキーをかじっていた。
「よろしければ、レイラお嬢様もお1ついかがですか?」
「そうですわね・・・。なら一つ、もらおうかしら。」
ハルネから渡されたハルネ特製ビーフジャーキー。
そしてミミアンに直接噛み千切るような食べ方を促され、そのまま口で咥えると歯で噛み千切る。
ビーフジャーキーということでもう少し硬いモノと思っていたが、すんなりと噛み千切ることができ、口に含むと片手で口元を隠し、顔を少し赤らめながらも丁寧に咀嚼する。
噛むたびに口の中に広がる香辛料の香ばしさ、薬草のような爽やかな風味が心地よく鼻を抜ける。
肉の臭みは一切なく、カラカラに乾燥していてもすんなりとかみ砕ける柔らかさ。
そして肉の脂身が更なる旨味を引き出し、とても味わい深い一品に仕上がっていた。
「本当はこんな食べ方、貴族令嬢としてはしたないのですわ・・・。でも、美味しいですわ・・・。」
「でしょ?でしょ??これ売った方がいいよ!うち、毎日のように買いにいくし!」
「有難うございます、ミミアンお嬢様。これはミミアン様のために作っているようなものですから、売りに出すとミミアンお嬢様の分は少なく・・・」
「だめぇー!!」
とミミアンはハルネに抱き着きながら必死に懇願した。
「そんなにおいしいの?」
「あら、フィリオラ様も良ければお1ついかがですか?エレオノーラ様やメリア様もいかがでしょう?」
「なら一つ貰おうかしら。」
「いただけるのであればほしいなのです。」
「わ、私も・・・」
そういって、ハルネはポーチから特製ビーフジャーキーを取り出すと、皆に渡して食べさせる。
どうやらその特性ビーフジャーキーは好評なようで、あっという間にハルネが所持していた特製ビーフジャーキーの個数が減っていき、涙目になってきたところで残りはミミアンに全て渡すことになった。
それから何日か掛けてフォートリア公爵家の屋敷がある町へと戻ってきた。
最初よりも帰る人数が増えたことで移動速度も遅くなった事、また本来海に居るべきであるリヴィアメリアが何日も陸に居続けていることもあって、度々体調を崩してしまうこともあってかなり時間がかかってしまった。
「ようやく帰ってきましたわ・・・。」
「食糧もなくなって、現地で狩りをしなくちゃいけなかったから、かなり時間かかったよね・・・。まあそのおかげでハルネっち特製ビーフジャーキーの数が増えたからうちは問題なかったけど!はむっ」
そう呟きながら、レイラたちを乗せた馬車は町に入り、屋敷へと向かっていく。
門の前までやってくると、レイラ達が帰ってくると一報を受けたであろうユリアとジェシカが門の前で待機していた。
レイラたちの乗っている馬車を見つけると、2人は満面の笑みを浮かべて手を振っている。
そして門の前で馬車が停まり、扉を開けてレイラたちが降りてくる。
「レイラお姉様ぁ~!おかえりなさ~い!」
「お婆様ぁ~!」
そう言いながら、レイラに飛び込むように抱き着く2人。
後ろではディアネスを抱いたまま、こちらにやってくるユトシスの姿もあった。
だが・・・
「あーぅ!」
「・・・あれ?ユトっち、痩せた?」
「あはは・・・。」
最初に送り出したころよりもはるかにゲッソリとしていたのだ。
「いやぁ・・・、子供を育てることの大変さを、私は初めて理解できました・・・。」
「あぃ~!」
どうやらユトシスはディアネスのお世話につきっきりだったようだ。
だが、一緒に世話をしていたユリアとジェシカにはそのような疲れは一切見えない。
「ユトシスってば、体力なさすぎだって。」
「ユトシス兄様、もう少し体力付けた方がいいと思います!」
「・・・なんか、ごめんなさいですわ。」
「いえいえ、良い経験をさせていただきましたから・・・。レイラ嬢があんなにも疲れたような顔をしている理由がはっきりとわかったことだけでも幸いと言いますか・・・。」
レイラは思わずユトシスに謝罪をするが、疲れた笑みを浮かべて返事を返す。
「別にわたくしはディアネスを育てることに疲れなど感じませんわよ?ただ、夢見が悪くて全然寝付けていなかっただけですの。」
「・・・あれ、レイラお姉様。なんかくちゃい」
「うっ・・・!?あぅぅ・・・」
「え?」
と突然、ユリアは鼻を抑えてそっとレイラから離れる。
それに続くようにジェシカも訝し気な表情を浮かべて同じように離れた。
「・・・お婆様たちは長旅だったのです。この臭いは仕方ない事かと・・・」
「そ、そうだよね・・・ごめんねレイラお姉様。今すぐにお風呂の準備をさせるね!」
「え?ちょっと、2人とも・・・??」
ディアネスはユトシスの腕から飛び出し、ユリアの所に飛ぶとしっかりと受け止め、3人は屋敷の中へと逃げる様に戻っていった。
「・・・ユトシス、わたくしたちは臭っていますですの?」
「いえ、特別気になるような臭いはしませんが・・・」
「もしかして瘴気の臭いとか・・・?」
「それはしっかりと私が<浄化の光炎>でみんなを浄化させたわよ。」
「・・・ソウダネ。スッゴクアツカッタ。」
「ミミアン、あなただけものすごく苦しそうにしておりましたわね・・・。」
「お嬢様~、ひとまず私たちは馬車を置いてきますね~。その後にまた詳しく話しましょ~」
そういってルナフォートは部下を引き連れて馬車と共に公爵家の馬小屋がある方へと向かっていった。
「・・・まあ確かに帰る道中、水浴びしかできていませんでしたわ。それが原因かもしれませんわね・・・。」
「えぇ・・・。とりあえず、さっさとお風呂に入りなおそっかー。」
「かしこまりました。では一足先に準備を済ませておきます。」
そういってハルネはレイラたちに頭を下げた後、屋敷へと戻っていった。
「おかしいわね・・・。もう一度<浄化の光炎>で焼いておいた方がいいかしら?」
「・・・お願いだからそれだけはやめて。快感を感じない痛みはただの拷問なんだから・・・。」
「あらミミアン、あなたまたマゾヒストとしての感情が戻ってきているんじゃありません?ならもう一度焼かれた方が今後の貴族令嬢として過ごすためにいいのではなくて?」
「モウイヤダァー!!!」
ミミアンは絶望の表情を浮かべ、全力疾走で屋敷の中へ逃げていった―――――。