大きな戦いの前の静けさ
小鳥の止まり木亭を出ると夜遅いのにすでに慌ただしく人々が行き交っていた。
装備をしているところを見るとそのほとんどが自警団と冒険者なのだろう。
ふとそこに見たことのある冒険者の姿が目に映った。
そして向こうもこちらに気付いたようで、こっちに近づいてくる。
「ヨスミさんじゃないですか!」
「おお、フォード。ってことはあんたたちも?」
「ああ。冒険者全員にギルドマスターから招集命令が出たんだよ。」
そう言いながら、首からぶら下げていた加工された橙色の結晶を見せる。
「それは?」
「ん?これを知らないのか?これは冒険者としての身分を示す証みたいなもんだよ。各ランクごとに色分けされてて、俺の持ってるオレンジクリスタルはBランク冒険者を示しているんだぜ。」
「Bランク?でも、フォレストゴブリンたちには結構苦戦してたみたいだが・・・。」
「ああ、それか。俺のパーティー内で一番ランクが高いのが俺だけで、他はDランクとEランクで構成されてるんだ。俺はいわゆる引率役ってところなんだよ。っとと、とりあえず冒険者ギルドへ行こうぜ」
「そうだな。」
『いこーなのー!』
フォードに連れられて、冒険者ギルドの建物内へ入ると、外以上に慌ただしく職員たちが動いていた。
2階の方にフィリオラと会話する屈強な髭オジの姿が目に映る。
多分あれがここのギルドマスターなのだろう。
フィリオラがヨスミの姿に気付いたのか、こっちに手を振ってこちらを呼んでいた。
「ヨスミ~、こっちに来て魔喰蟲が出た時の状況について詳しく聞きたいから来てくれないかなー?」
「了解ー。それじゃあフォード、また後でな」
「おう、またな!」(なんか気になることを聞いちまった気がするが、まあ後でギルマスが説明してくれんだろ。)
と突然目の前でヨスミが消えたことの方に驚きを隠せなかったフォードだった。
「ほほーう、ワープか。珍しい魔法を使うんだな、お主は。」
「紹介するね。この人はヨスミ、今私の所で預かってる人間よ。」
「初めまして、ヨスミと言います。」
紹介を受け、軽く挨拶をする。
ふむ、と鼻を鳴らし、目を細め、まるで吟味するかのようにこちらを静かに睨む。
顔を上げた時、丁度目が合い、その風貌がきちんと確認できた。
身長は大体180cm前後、遠くから見てもわかるほどの体付きは屈強でしっかりしている。
身体中に無数の傷痕、顔の方も左目の方に3本の引っ掻き傷の痕が、より強者であることを示していた。
「ワシはガーク。この冒険者ギルドでマスターを任されている者だ。一応、現役の冒険者でもある。」
そう言いながらゴールドクリスタルをこちらに示してくる。
ゴールド・・・。一般的にこの色に関するものはSランクの設定が多いけれど・・・
「彼のランクはAランク。人間が到達できる最高ランクよ。」
「人間が到達できる、最高ランク・・・、Sランクはないのか?」
「・・・Sランクに到達した人物は歴史の中で数人しかいないほどいない。人間を超えた超人的存在の者がなるとされているが、詳しいことはわかっておらん。今の時代でも3人しかいないしな。それでも今までより多く存在している奇跡の時代とされている。」
つまり今現在、Aランクが最高ランクであると。
なんだか普通の異世界にあるような設定ではないんだな。
それでも3人しかいないのか。
各ランクの強さの基準がわからないから、何とも言えないな・・・。
「事態が事態だ。最悪の事態を想定して、王都に滞在しているAランク冒険者のヴィクトリアに要請しているところだ。それでより対策を詰めるため、魔喰蟲が出てきた状況について詳しい説明を頼みたいんだが・・・。」
とりあえず僕は能力の検証に関することは伏せ、魔喰蟲と出会った状況のみを説明した。
「森の散策中にコボルトに襲われ、一息ついている時に襲われた、と。」
「ああ。急に襲われたから返り討ちにしたんだが、見たことのない魔物だったからフィリオラに相談したんだ。」
「襲ってきたのは一匹だけだったか?」
「ああ。倒した後に周囲を警戒していたけど、それ以降襲ってくる様子がなかったから近くにはいなかったと思う。」
「ふむ・・・、状況的にちょっとまずいかもしれん。」
話を聞く限り、本来は数万という数で纏まっていて、狩りも集団でまとまって行うため、単独で行動することは決してあり得ない。
なのにヨスミが討伐したのは1匹のみで、近くに仲間はいなかった。
「ワシらの知らない異変が起きている可能性が高い。故に、想像以上に危険性がより高まっている可能性がある。これは・・・ヴィクトリアが到着するまで待っていた方が良いかもしれんが、これ以上時間をかけたら飢鬼虎の封印が喰い破られてしまう可能性がある。詳しい状況は斥候させてる冒険者たちの報告を聞いてから動きたいところだが・・・」
「ギルドマスター!斥候させていた冒険者たちが戻ってきました!ですが・・・!」
階段を駆け足で上がってきた役員の1人が息を荒げてやってきた。
だがその様子はおかしく、何かしらよくないことが起きたということだけはわかった。
1階に降りて、玄関ホールに血だらけになった冒険者の姿が目に映った。
身体中に無数の棘が突き刺さっており、そこから皮膚が変色しているのを見ると毒が回っている可能性がある。
数人が回復魔法を掛けてはいるが・・・、
「ダメです・・・、回復が追い付きません・・・。」
「ギル、マス・・・、これ、を・・・」
震える手で自らの首に掲げていた紫結晶を差し出し、それを受け取ると冒険者はそのまま力尽きた。
ガークは受け取った紫結晶に魔力を込めると淡く光り、その冒険者の軌跡が映った。
そこに映ったのは、画面いっぱいに映る蠢く無数の魔喰蟲とその中心に映る黒い球体だった。
そして、その球体の上に浮かぶ一人のローブ姿の人物が映っていた。
「これは・・・。それにあいつは誰だ・・・?」
「私も見たことないわね。多分そこに映ってる人が異変の原因の可能性が高いわ。」
「それにこの様子だと一刻の猶予もない。今すぐに部隊を編成して向かう必要があるな。だが、この数相手だと・・・」
「なら、わたくしたちの騎士が協力致します!」
そう言いながら扉を開け、姿を現したのはレイラ公女だった。
「レイラ公女殿下・・・!」
「あら、レイラちゃんじゃない!」
「お久しぶりです、ガーク様、竜母様!そして・・・よ、ヨスミ様・・・。」
顔を赤らめながら挨拶を交わし、こほんと軽く咳祓いをして気を引き締めなおす。
「こういう時のために、常にわたくしが視察し、銀聖騎士団を結成したのです。」
「レイラ公女殿下・・・。ありがとうございます。」
「詳しい話をお父様にもどうかお願いします。」
そういうと、どこからか大きな水晶玉を取り出すと、そこに魔力を込め、その水晶玉に一人の人物が映った。
「グスタフ公爵殿下、お久し振りで御座います。」
『うむ。挨拶は抜きにして、さっそく詳しい状況の説明を頼む。』
こうして、簡易的に今の状況を伝え、後から援軍として出すこととなった。
『私も準備してそちらに向かう。到着まで多少時間がかかるが、それまでどうか持ち堪えてくれ。レイラ、無理はするんじゃないぞ?』
「ははっ、有難うございます。」
そして短い会談は終わり、ヨスミたちは戦闘準備を整え終え、
冒険者は大体50人、村の自警団は大体80人ほど、そして銀聖騎士団は100人と各陣営は異変の発生地へ向けて進軍していった。
~ 今回現れたモンスター ~
竜種:魔喰蟲
脅威度:Aランク
生態:バッタとスカラベが混ざったような見た目の大きな蟲。
体長は大体80cmと人間の子供なみの大きさで、なんといっても1万も超えるほどの群れをなしていることだ。
全身が黒に近い深い青色で染まっており、背中に悪魔が笑みを浮かべたような模様があるのが特徴。
背部に生えた棘を飛ばして攻撃してくるが、それ以上に強力なのが魔法を喰らう性質があるということ。
故に魔術師が放つ魔法を喰らい、自らの力とするために、魔喰蟲に対して魔法を使うことは不得手とされている。
一体一体の強さはDランク相当とそこまで強くはないが、その数の規模による脅威度により、Aランクとなっている。