全力疾走してくるなんて、聞いていませんですわ!
下水道の入口前にたどり着いたレイラ達は、鉄格子の扉前まで来るとミミアンが人差し指の爪を出すと軽く振るだけでいとも簡単にバラバラに切り裂かれた。
ガランガランと音を出しながら崩れ、中に入るための入口が完成した。
レイラ達は中に入ろうとするとミミアンがそれを制止する。
その瞬間、嫌な予感がしたため、ミミアンにそっと聞いてみた。
「ねえ、ミミアン。あなた、やらかしましたわね?」
「・・・ごめんちゃい」
ぽこっと軽くミミアンの頭に拳骨を振り下ろし、きゃんっとミミアンの呻き声が上がった。
その後、しばらくその場で待機し、空間の裂け目が消えたことを確認してから下水道の中へと入っていく。
ミミアンはハーブなどの香りを染み込ませたスカーフで顔を覆い隠し始めた。
どうやらミミアンにはここの臭いは耐えられないようだ・・・。
「ここを通り抜けるまでの辛抱だからねー!さっさと抜けちゃおうよ!」
かなり真剣な表情で提案する。
誰だって、下水道に長居したくはない。
だがどうにも様子がおかしい。
下水道特有の臭さに混じって、腐肉のような、腐臭のような、明らかに別の何かの臭いが混じっている。
そして、その臭いの正体は進んだ先、とあるエリアに入った途端にすぐにわかった。
「・・・うわ、なにこれ。」
少し開けたエリア、その中心の天井は大きな穴が開いており、四方に通路、その一方からレイラたちは進んできたわけだが、その中心となる水溜に積み上げられた無数の獣人らの死体があった。
どうやら天井の穴から死体が捨てられているようで、その異様な光景に圧倒されていると突然天井の穴から獣人の死体が落ちてきた。
ルナフォートは山積みにされた死体へ飛び移り、何かを確認するとすぐに戻ってきた。
その表情はとても酷いモノだった。
「・・・この方々は先帝様に仕えていた重鎮ね。他にも町で殺された住民たちの姿もあったわ。」
「こんな、ひどいのです・・・。」
「今ここでこのスカーフ取ったら絶対うち死ねると思う。」
「持ってきて正解ですわ・・・。さて、先に進みましょう・・・。これ以上、この山が大きくならないうちに・・・。」
そしてレイラたちはそのエリアを抜け、真ん中の通路に入っていく。
だがふと、エレオノーラが何かを感じ取ったのか後ろを振り向く。
そこには先ほど獣人たちの死体で築かれた山があるだけだ。
エレオノーラが突然振り向いたまま動かない事に気付いたハルネが彼女の傍に行く。
「エレオノーラ様、いかがなさいましたか?」
「・・・おかしいのです。あの方々、死んでない様に感じられるのです。」
エレオノーラが放った言葉に、誰もが絶句する。
「いや、そんなはずない。確かに私が確認したわ。心臓も止まっていた。息だってしていなかった。瞳孔も開ききっている。そんな状態で生きているはずが・・・」
その時、山の方で微かに動いたような気がした。
「・・・あれ?今山が動いたように見えたけど・・・」
「え?うちには何も見えなかったよ?」
「確かに今、何かが動いたように見えました。」
「わたくしも今、見ましたわ・・・。何か・・・」
「うっそ、うちには何も・・・あれ?あ、動いた。」
ミミアンの言葉を切りに、積み上げられた死体が段々と蠢き始める。
動いているのは山ではなく、死体だった。
呻き声を上げながら、体の所々が真っ黒に染まっている。
目は真っ赤に染まっており、その動きもぎこちない。
だが確かに奴らはレイラたちの姿を視認していた。
「・・・【貪り歩く者】!!みんな、急いで逃げるのですわ!!」
レイラの言葉と同時に死体らが一斉に飛び掛かってきた。
間一髪のところで最後尾にいたミミアンは奴らの攻撃を裂け、通路の中へと入っていく。
先ほどまでミミアンがいた所に絶え間なく【貪り歩く者】らが突っ込んでいく。
そして立ち上がった者から全力疾走でレイラ達の元へと駆け出してきた。
レイラはここで黒妖刀を持って対峙しようとしたが、あの【貪り歩く者】の所々に付着している黒い液体のような部位が気になり、反転する。
「みんな、奴ら攻撃を受けたらダメですわ!今はひとまず逃げますわよ!!」
「なに?!だがこの数の【貪り歩く者】相手なら問題ない・・・」
「いいからっ!!」
レイラの言葉の圧に押され、ルナフォートはひとまず逃げることにした。
だが明らかに奴らの方が早い。
【貪り歩く者】が出せる速度ではなかった。
「シャアァァアアアア!!!」
「ギュアアアアアア!!」
「なんでなんで!?すんごい早いんだけどぉ!? ひぃい、追いつかれるう!」
「ミミアン様、上手く避けて!!」
「ひっ!?」
ミミアンのすぐ後ろまで迫ってきたそいつらに対し、ルナフォートは掩護するかのように後方に向けて無数の鋭利状の小さな何かを投げつけた。
強張った表情を浮かべながらなんとか回避するミミアンを通り過ぎ、後方にいた【貪り歩く者】たちに突き刺さっていくそれは、一瞬にして奴らの体を破裂させていく。
それはまるで小さな爆弾のようにも見えるが、爆発音のような音は一切出さず、ただ風船が破裂するような生々しい音だけが響き渡る。
これにより、先頭の集団をある程度足止めできたかに思えたが、奴らの疾走は留まる事を知らないようで、あっという間に奴らは追いついてきた。
「まともに時間すら稼げないなんて・・・!」
「いいからさっさと逃げますわよ!!」
だがミミアンがなんとか逃げる距離は稼ぐことができ、レイラたちは見えてきた王城に繋がる扉が見えてきて、そこへ飛び込むように入っていく。
最後にミミアンが入ったと同時にハルネとルナフォートが急いで扉を閉めるとその扉にどんどん突っ込んでいるようで、扉の形がどんどん変形していく。
そしてついに扉の上部分が歪んで外れ、無数の指が次々と入ってきて、扉をこじ開けようと蠢く。
ミミアンとレイラ、そしてエレオノーラも扉を抑えるのに加わったが、どんどん変形していく扉、先ほどまで開き始めた上部分の隙間から【貪り歩く者】のような何かが顔をねじ込ませ、顎をパクパクさせながら頭を蠢かしている。
「ウウゥゥウウ、アァァァアアアア!!!!」
「何この執念・・・?!」
「これは、単なる・・・!【貪り歩く者】とは・・・!違う存在に思えます・・・。」
「あんなに呻き声を上げながら元気に走り回る【貪り歩く者】なんて聞いたことないしー!!」
「このまま、じゃ・・・扉が持たない・・・ですわ・・・!!」
「・・・だめ、このままじゃ・・・。ここは捨てて上に逃げるわよ・・・!そしたら、私の能力で通路を塞ぐ、から!」
「わかったなのですー・・・!!!」
そう話している間にも、ドンドンッ!と扉に加わる衝撃は増していき、皆の顔にも疲労が見え始めてきた。
ルナフォートの提案を受け、皆顔を合わせて頷くと、
「3.2.1で離れるわ・・・!」
とルナフォートが合図を出す。
「3・・・2・・・1!」
ほぼ全員が同時に扉から離れると同時に扉は破壊され、それと同時に無数の【貪り歩く者】らがなだれ込んできた。
レイラたちは急いで階段を駆け上がっていき、半分まで来たところでルナフォートは振り返り、手をかざす。
「<空間拡張>!!」
すると、先ほどまで広くはなかった通路はどんどん拡張していき、ヒビが生じ始める。
【貪り歩く者】らが次々と立ち上がり、階段を全速力で駆けあがってきた。
「汝、影を持って我が敵を貫け・・・<影棘>!」
レイラが後方で闇魔法の<影棘>を唱え、影となった部分から無数の棘が生えてくると【貪り歩く者】らの体を貫いてく。
だがその間を縫って別の【貪り歩く者】らが無理やり抜けてこようとするが、突然エレオノーラが前に出てきた。
「はああ・・・・<竜人の吐息>!」
大きく息を吸うと、口から魔素が混じった炎の放射が放たれ、【貪り歩く者】らに直撃するとあっという間に炎上しながら押し込まれていく。
2人が稼いだ時間のおかげで、ルナフォートが広げた通路はついに限界を迎え、ついに破裂した。
―――ドォォオオオオオオン!!
破裂した通路はそこの見えない空間が広がり始めたかと思えば、突如として急速に収縮していき、その穴にどんどんと吸い込まれていく。
今度は通路はどんどん狭まっていき、やがてその穴はなくなり、後に残されたのは土の壁だった。
レイラたちは堪らず、力無く崩れ、階段に腰掛けていく。
「はあ・・・はあ・・・」
「お、終わった・・・?」
「いいえ、奴らは健在よ・・・。通路の空間を無理やり破裂させて埋めただけだから、その向こう側にいた奴らはそのまま・・・。」
「もし奴らが下水道を出て町に出たりでもしたら・・・」
「下水道その物を崩落させて埋めた方がいいですわね・・・。」
「でももし、それでも死ななかったら・・・」
「やめてそれ、本当に死ななそうで怖いってば・・・。」
「でも本当にアイツらはなんだったの・・・?」
ルナフォートのその問いに、誰一人として答えようとするものはいなかった。
だがレイラだけは奴らの正体に検討が付いていた。
以前、エレオノーラから語られた竜王国の伝承。
そこに出てきた存在・・・。
だが確たる証拠もなく、【貪り歩く者】の特異個体の集団である可能性もあるが故、レイラの胸の中にひとまず閉まっておくことにした。
その後、レイラたちは階段を上がっていくと目の前にはライオンの像が見えてきて、ルナフォートはその像の口の中に手を深々と入れると何かのスイッチを押したようで、カチッという音が鳴り響くとその背後の壁がゆっくりと持ち上がっていく。
ルナフォートは慎重に周囲の確認をしながら通路に出て、誰もいない事を確認すると深いため息を吐いた後、レイラたちに目線を配らせる。
それを受け、レイラたちも通路に出て周囲を警戒しながら廊下を進んでいく。
だが、周囲には無数の血飛沫が飛び散った後が無数に付着しており、凄惨な戦闘が繰り広げられていたとすぐにわかった。
だが、死体一つ見当たらない事に違和感しか感じられない。
「ここで先帝様の兵士とゲセドラ王子の兵士が殺し合っていたわけね。その死体にも何かしら細工を加えて下水道に棄てた・・・ということかしら。」
「【貪り歩く者】を人為的に作ったってこと?それはあり得ませんわ。」
「だがあの状況はなんて説明すればいいんだ?あの死体たちは兵士や重鎮らの顔ぶれが多々あったわ。そいつらが【貪り歩く者】となって起き上がってくるなんて、人為的に作ったとしか考えられない!」
「そもそも闇属性の魔素が長い年月をかけて体を腐らせ、そして徐々に馴染んでいき、そこに下位の霊が入り込むことで生まれるのが【貪り歩く者】ですの。上位の悪霊らは生きた人間らの体に入り込むことができるから、死体に入るメリットがないですわ。」
「・・・ならあいつ等はどう説明する気なの?人為的に作られた【貪り歩く者】でなければ、一体なんだっていうの?」
「わからないですわ・・・。でも、あなたの言う通り、死体に何かしら細工を施した点は同意ですの。おそらく、魔物にするためにしたというよりは・・・何かを適合させようとしていた・・・?」
「適合・・・?一体何の話を・・・っ、伏せて!!」
ルナフォートの叫びと同時に全員はその場に伏せると、頭上を光線が通り過ぎていく。
直後、ルナフォートが投擲したナイフが、光線を発射させた何かに突き刺さると同時にパンッ!という破裂音が鳴ると同時に小さな爆発を起こして砕け散った。
その音と同時に奥の方から小さな白い球体が3体ほど姿を現し、口を開くように胴体が割れ、中から筒状の何かが出現すると、奥の方が光り出す。
先ほどの攻撃を繰り出そうとしていたが、次の瞬間にはレイラの黒妖刀によって3体全てが真っ二つに切り裂かれ、そのまま小さく放電しながら機能が停止し、地面に転がった。
だがレイラはこいつの存在に身に覚えがあった。
「・・・これ、確か前にわたくしの城を襲った白いゴーレムですわ。どうしてここに・・・」
そう、かつて襲撃してきた白いゴーレムと全く同じだった―――――。