ワオキズの村にいたのは見知った兎でしたわ
エレオノーラの相談を受け、詳しい結論が出ないまま、気が付けば王都タイレンペラーに向かう日付を迎えてしまった。
タイレンペラーへ向かうメンバーはレイラ、ハルネ、フィリオラ、エレオノーラ、そしてミミアンの5人となった。
ルーフェルース、ミラ、ハクアはヨスミとディアネスの警護に当たり、そしてユリア、ジェシカ、ユトシスはユティス公爵夫人と共に屋敷に残って時に対処することになった。
ジャステス公爵は1人で港町へ向かい、【古獣の王】を監視し、もし動き出すようなことがあれば全力を持って阻止することとなった。
「・・・それじゃあ行ってきますわ。」
「ああ。今、王都タイレンペラーの内情は混沌と化しているようだ。もし身の危険を感じた場合、すぐにタイレンペラーから撤退するように。」
「わかっておりますわ。あんな下種猫に洗脳され、玩具にされるなんてごめんですもの。」
「大丈夫よ、お母様。そうなったとき用のために、対策もしてあるわ。」
そういって、フィリオラはそれぞれに何か印が描かれている白桃色の鱗を渡される。
「私の鱗で作った魔道具なんだけど、それを持っている間は常に精神耐性を向上させる効果があるわ。だからなるべく身に付けておいて。予備はないから無くしたりもしないでね。もう一度作るにもかなり時間がかかるから。」
「ありがとうなのです。」
「すっごく綺麗じゃん・・・!」
「フィリオラ様、有難うございます。」
それぞれ感謝を述べながら受け取っていき、最後にレイラへと渡す。
それをまじまじと見つめ、優しく口付けをする。
その後、とても慈愛に満ちた視線をフィリオラへ向けながら優しい笑みを向けた。
「ありがとう、フィーちゃん。大切にしますわ。」
「・・・うー。お母様、それは卑怯よ・・・!」
と顔を真っ赤にしながらそっぷを向き、馬車へと乗り込んでしまった。
「うふふ、少し揶揄いすぎたかしら。」
「・・・さすがにあれは耐えられないって。」
「私でも同じ反応をすると思うのです・・・。」
「さすがレイラお嬢様ですね。」
レイラは心配そうな視線を向ける2人の元まで歩み寄り、静かにしゃがみ込むと2人の頭を優しく撫でる。
「・・・ユリア、ジェシカ。どうかディアネスとあの人を御願いしますわ。」
「任せてください・・・!ですから、レイラお姉様。どうかお気をつけて・・・・!」
「お婆様・・・どうか、こちらのことは心配しないでください!お婆様の大切な者は私たちが必ずお守りいたします・・・!」
2人の健気な気遣いにそのまま優しく抱き寄せる。
両腕から伝わる2人からのぬくもりをしっかりと心に焼き付け、そして二人を離してもう一度頭を優しく撫でた後、静かに立ち上がり、馬車の方へと向かっていく。
馬車に乗る寸前、今度はユトシスの方を向くと
「・・・どうか、2人を守ってくださいまし。」
と告げると馬車へ乗り込んだ。
ハルネは全員が乗り込んだのを確認すると、馬に鞭を入れる。
4頭の馬は大きく鳴き、蹄を鳴らしながら馬車を走らせていく。
どんどん小さくなっていく馬車を見送りながら、ユトシスは静かに呟く。
「2人に何かあったら絶対に殺されそうだなぁ。まあ、私が居るからには誰にも手出しさせるつもりはないけど。だから安心して行ってください・・・。」
地平線へ消える馬車へ、静かに頭を下げた。
それは彼なりの見送りなのかはわからないが、少なくとも彼女に対しての礼儀は感じられただろう・・・。
「それで、王都タイレンペラーまでどれくらいかかるんですの?」
「えっとねー、このペースだと5日ぐらいじゃないかな?」
「結構かかるのです・・・。大丈夫なのです?」
「5日はさすがにまずいんじゃない?」
確かに今現在、【古獣の王】が目覚め、いつ本土に来るか分からない状況のためになるべく時間はかけたくはない。
それなのに王都タイレンペラーは誰が行くか、また内情を探らせていた諜報員の報告を待ってから動くこととなったが故に、【古獣の王】が目覚めてから4日も経ってしまっていた。
これ以上、時間をかけてしまえば【古獣の王】が動く可能性がぐんと上がってしまう。
「だから、秘匿とされてる王都タイレンペラーまで続く転移門を使っちゃおう!」
とミミアンはどこからか、フォートリア公爵家の家紋が記された印籠のような物を取り出した。
それを馬車の天井に備え付けてあった狼を模した装飾品の口にはめると、印籠のような物は光を帯び始める。
やがてそれは狼を模した光となって馬車の外に飛び出していくと、どこかに向かって走っていく。
ハルネはすぐに察し、光る狼の後を追う様に馬車を走らせた。
5分ほど経ったあたりで光る狼は何もない場所で遠吠えをすると、突如として空間が揺らぎ、大きな魔法陣が刻まれた広場が姿を現す。
「そのまま魔法陣の中心部まで馬車を走らせればよろしいですか?」
馬車の外からハルネがミミアンへ問いかける。
「うん!それでおっけー!」
ハルネは指示通り、魔法陣の中心部で馬車を停めると、狼の装飾品にはめた印籠が光り輝き、連動するように足元に広がる魔法陣も光を帯び始める。
やがて馬車全体も光に包まれていき、全てが真っ白に染まった瞬間、馬車は大きく揺れる。
ふと気が付けば、先ほどいた所とは違う景色が窓から見えることから、どうやら無事転移できたようだ。
「この近くにフォートリア家の派閥が運営する村があるから、そこに馬車を置いて歩いて王都にいくよ!」
「さすがに馬車で行くわけにはいきませんですわね。」
「道はその光る狼さんが教えてくれるから、後を追ってー!」
「かしこまりました。」
一緒に転移してきたであろう光る狼は一度振り向いて馬車の方を確認し、その後すぐに前方へ駆け出していく。
ミミアンに言われた通り、ハルネは光る狼の後を追う様に馬車を走らせ、30分も経たずに目的である村が見えてきた。
そのまま馬車を走らせると門番らが出てきて槍を向けて警戒するが、光る狼を見た途端すぐさま槍を収めると、静かに敬礼をする。
「みんなー、おっひさー!元気してたー?」
ミミアンは窓から身を乗り出して、門番らに挨拶をする。
「これはマz・・・ミミアンお嬢様。ようこそおいでくださいました。」
「ん~???今うちのことを狂犬って言おうとしてなかった~?」
「いえいえ、滅相もございません!ミミアンお嬢様の事をそんな、 ”イカれた狂犬” なんて失礼な名前で呼ぶわけないじゃぐっふ!?」
「言ってるじゃんもう!」
門番は窓から飛び出してきたミミアンの蹴りを真面に喰らい、そのまま吹き飛んでいった。
「相変わらず、鋭い攻撃・・・。どうやら更に成長されたのですね。」
「ふっふーん。」
「では中へどうぞ。詳しいことは、村長にお願いします。」
そういって門番は持っていた槍の柄で地面を鳴らすと、大きな木門が轟音と共にゆっくりと開いていく。
馬車1台が通れるほどの大きさまで広がると、ミミアンは馬車に乗り込み、それを確認してハルネは馬を走らせた。
そのまま道なりに進んでいき、光る狼は近くに馬の看板が掲げられた建物へ向かい、案内された場所に馬車を停める。
ミミアンは狼の口にはめられた印籠を取り出すと同時に光る狼も消え、建物から出てきた獣人らに馬車のことを任せてレイラたちは村長のいるとされる建物へと向かっていった。
そこは小規模な村で、周囲は木で出来た壁で覆い囲まれている。
また村人1人1人がどうにも村人とは思えないほど、屈強な体を持っており、腰には武器を携帯していた。
ミミアンが簡潔に説明すると、この村は名をワオキズの村と良い、どうやら村に見せかけたフォートリア家が所有する私兵団の拠点とのことだ。
ただ、村に見せるために、ワオキズの村で家庭を持つ兵士らも居り、女性や子供の獣人らの姿も見える。
確かに、はたから見ればただの村にしか見えない。
「見せかけるためにここまでするんですわね。」
「見破られたら意味がないからね~。一応、村としてもきちんと機能しているよ。」
そう言いながら、村を軽く紹介してくれた。
鍛冶屋、道具屋、診療所などといった建物は存在しており、民家も数件ほど。
その少し奥には村長の家と思わしき、他の民家とは違って一回り大きな建物が建っていた。
ただ冒険者ギルドはないようだ。
冒険者ギルドもあれば、村っぽく見えるのではないか?と思っていたが、冒険者たちが起こすいざこざで村の中を調べられてしまう恐れがあり、それを回避するためにあえて冒険者ギルドは建てていないそうだ。
冒険者ギルド案件の依頼は、王都タイレンペラーまで赴いて依頼を出す方式を取っている。
そんな説明をミミアンから受けながら、レイラ一行はあっという間に村長の家の前にたどり着いた。
ミミアンは扉の前までくると、扉に備え付けてあった輪っかに触れ、それを持って扉を叩いて音を鳴らした。
奥の方で、
「は~い」
とおっとりとした声が聞こえ、少しの間を置いた後、突如として様々な激しい物音を立てながら勢いよく扉が開かれ、それと同時に一人の兎獣人が倒れてきた。
「い、いったぁぁい・・・。」
「・・・ルナフォート、大丈夫?」
「ああ、ミミアンちゃあん!お久しぶりね~。」
顔面から血を流しながら、ミミアンの差し出された手を取りながらゆっくりと立ち上がる。
ミミアンはどこからかすでに準備していた治癒ポーションを取り出すと、それをルナフォートと呼んだ兎獣人へと掛ける。
「あら、ありがとう~。」
麗しい笑みを浮かべ、ミミアンにお礼を述べる。
「あ、紹介するね。名前の時点でわかると思うけど、この人はルナフォート。戦兎の獣人の1人で、うちのメイド長である”ラナフォート”の双子の妹だよ!」
「初めまして~、ルナフォートですよ~。宜しくお願いしますね~。」
おっとりとした口調で話す彼女ではあったが、微かに開けた瞼から覗かせる瞳は一切笑っていなかった。
むしろ恐ろしいほどの殺気を感じさせる彼女の瞳に、レイラたちは思わず固唾を飲んだ―――――。