ステウランの村の伝説
「なあ、近頃この村の近くにある森で異変が起きてるって話を知ってるか?」
「はあ?なんだそれ、初耳なんだが?」
小皿に入っているつまみを頬張り、ミードで流し込む。
だがその手は震え、今日は若干の焦りと恐怖が滲んていた。
「森の奥地で原因不明の地震が頻発しているって話だぜ。」
「おいおいマジかよ・・・。一体何が起きてるんだか・・・。」
「聞いた話じゃあ、森の奥地に眠る魔獣が目を覚ます前兆らしいぜ。」
「魔獣って・・・。その話が本当ならこの村やべえんじゃねえのか?」
男は再度、ミードを煽り、無理やり飲み干した後、深いため息をついた。
その話が真実味を帯びているかどうかは、男の反応から見るに信憑性は高いように見える。
「ああ、やべえなんてもんじゃねえと思う。確か眠っている魔獣は確か飢鬼虎だったか。あんな化け物に襲われたんじゃあこの村はお終いだあ・・・。」
「ここから逃げた方がいいだろうなあ・・・。おーい、アンナちゃーん!ミードのお代わりを頼むー!」
そうこぼしながら、ミードのお代わりを頼む男達。
「飢鬼虎・・・ねえ。でもあの子が起きる時期にしてはまだ早すぎるはずなんだけど・・・。」
『どうしたのー?ハムッ・・・』
差し出されたステーキを美味しそうに頬張りながら、フィリオラの話を聞いていた。
「でも確かにこの辺りを見回っていた時に変な感じがしたけど・・・。それにしたって早すぎる目覚めの理由にはならないはずなのに・・・。」
前回魔法で眠らせた時はまだ数十年前なのに、次に目覚めるとしたらまだ100年ほど余裕があったはず。
「また明日様子を見に行った方がいいわね。何事もなければいいんだけど・・・」
『美味しいのー!』
あれから食事を終えて自室に戻ってから、自分の尾を顕現させて静かに手入れをしていた。
すると目の前に突然、ヨスミが何かを持って部屋の中心に現れた。
「ちょっとヨスミ・・・。一体何時だと思ってるの?」
『オジナー!って、なにそれー?』
「夜分遅くにごめん。フィリオラ、ちょっとその尻尾に触りたいんだけど(ちょっと聞きたいことがあったんだけど)」
「・・・えーと、まず尻尾に触るのはだめだからね。んで、その言葉の裏に考えてた内容は・・・、その足元に転がってる魔物のことについてかしら?」
「そんなぁ~・・・、少しくらいいいじゃないかぁー・・・(そうなんだ。こいつは魔喰蟲っていう名前みたいなんだが、詳しいことは知らないか?)」
「・・・・。乙女の尻尾に触るなんて、不敬・・・って、魔喰蟲!? そっか、そういうこと。」
何か1人で納得した様子で、何か焦りを生じさせていた。
「一体何が起きているのか、教えてくれないか?この魔物を見た時、何か嫌な予感がしたんだ。多分、この魔物は一匹だけじゃないと思う。」
「そうね・・・、その子を一匹でも見かけたら数万匹いると考えた方がいいわ。」
「数万・・・Gかな?」
「この森にはね、少し前に私と幾人かの高ランク冒険者たちで犠牲を出しながらも封印した魔獣がいるの。」
「フィリオラが加勢した上で封印しかできなかったってことは、それほど強力な個体ってこと?」
あのフィリオラが殺せなかった魔物でもなく、魔獣と言い切った存在。
魔物、魔獣の区別は、なんだろうか。
そんな疑問がふと思い浮かぶが、すぐに思考の奥へ押し込め、今起きている、起きようとしていることに集中する。
「というより、そもそもあの子は殺せないの。別に不老不死ってわけじゃないわ。あの子は・・・可哀そうな子なの。」
「可哀そうな子・・・?」
この村にはとある伝説が語り継がれている。
かつて、この地には孤独な白虎が住んでいた。
そこに戦争から逃れるためにやってきた避難民がやってきた。
人々は白虎と契約を交わし、自分たちを庇護してもらう代わりに供物を用意するというものだった。
白虎はその契約を守り、人々を襲う災厄から守り、人々も白虎に供物だけでなく、まるで家族のように接するようになった。
孤独だった白虎は初めての家族の暖かさに触れ、村人たちと白虎は幸せな日々を過ごしていた。
だがある日、その村に飢饉が襲った。山賊や盗賊、魔物の襲撃からは守ることは出来ても、飢饉という災厄を防ぐことはできなかった。
ほとんどの村人たちは飢え死に、そして最後に白虎と最も親しかった少女が死んでしまい、深い悲しみに飲まれ、そして飢饉を深く、強く憎むようになった。
これ以上、愛する家族が死ぬところをみたくない白虎は、自らの魂を媒介にし、村を襲った飢饉を全てその身に引き受けることで飢饉を無くすことができた。
だがその頃にはもうすでに村人たちは全て死に、また孤独になった白虎はこれ以降、また村が飢饉にならないよう、残りの力を持って大地を潤し、災厄を宿した身体が誰かを傷つけないよう、深く眠りについた。
それからこの村にそれ以降飢饉は起こることなく、大地は実り、人々は飢え死にすることはなくなった。
「その伝説を聞いた上で、フィリオラがその魔獣を殺せないってことは、殺すことでその身に宿した災厄がばら撒かれてしまうと。」
「そういうこと。だから、ある程度弱らせて封印術を施すしか対処法がないの。」
『とても苦しそうなのー・・・。』
そう放つフィリオラの表情はとても辛そうなものだった。
きっと長い年月、何度も何度もその魔獣となった白虎を封印してきたんだ。
「あの子はただただ優しすぎるだけなの。目の前で次々に亡くなった家族を見続けて、精神が狂ってしまった哀れな子・・・。それでもなお、家族を、村人たちを想い、その身を犠牲にして村を救った。本当に、哀れな子・・・。」
「それにしても、フィリオラの実力を持ってして、犠牲を出しながらってのは?」
「あの子を封印するのにはより強力で体から漏れ出る災厄を抑えるための封印をするしかない。そんな封印術、私しか今の所使えないし、詠唱中は完全無防備になるから、その時に襲われたらひとたまりもないの。」
「なるほどね。そのために高ランク冒険者に守ってもらう必要がある、と。」
そんな魔獣が最近目覚めようとしていること、そしてこの魔喰蟲の存在。
それも一匹ではなく、万単位で存在が確認されていること。
そしてこの魔喰蟲の名前からして・・・
「話を纏めると、この魔喰蟲がその魔獣の封印に使用された魔力を喰らっているせいで封印が弱まり、その魔獣が目覚めようとしているってのが今起きようとしている事の顛末ってところか。」
「それで間違いないと思うわ。魔喰蟲の大群の存在が確認された今、一刻の猶予もないわ。」
フィリオラの焦り具合からして、あまり時間は残されていないようだ。
「私、ここの冒険者ギルドのマスターと話してくるから、ヨスミは後から冒険者ギルドで合流しましょう」
「了解。それじゃあまた後で。」
先ほどまで手入れをしていた尻尾を消し、色々と身支度を終えて魔喰蟲の死骸を持って窓から外へ出て行った。
ふと、ハクアたんの方を見ると、窓の外から見える森の方を見て低く呻っていた。
『オジナー・・・!怖いの・・・悲しいのー・・・泣いてるのー・・・。』
「ハクアたんも感じ取っているんだね・・・。さあ、僕たちも行くよ。」
ハクアリュックサックを背中に装備し、ヨスミも部屋を出て行った。