プロローグ 前編
ドラゴンは夢があり、ロマンがある。
爬虫類の造形で、その大きさは城を覆い隠すほどの巨躯。
全てを弾き返す鱗状の身体、その背中に生えたコウモリのような翼に自分の身体より長い尾。
頭から生えた2本の巨角。
ギラリと光る鋭い蛇のような眼光に、口に並ぶ何十本もの竜牙。
火を吐き、毒を吐き、全てを切り裂く爪。
飛行能力はもちろんのこと、その存在そのものが武器であり、災いの象徴で災厄そのもの。
その存在は全てを圧倒し、ありとあらゆる生物において、頂点に君臨する最強の幻想体。
彼らに挑むことは騎士の誉れとされており、狩った者はありとあらゆるもの全てを手にすることができるとさえ言われている。
故に、男ならば感じずにはいられない。
そのロマンを、夢を、希望を、そして…愛を―――。
とある有名なゲームでは、ドラゴンを主体とした狩りゲーとして名を馳せ、誰もが一度はプレイしたことはあるはずだ。
そんな魅力に取り込まれた1人である僕は、そのゲームで違った遊び方で楽しんでいた。
そのドラゴンを狩るのではなく、ドラゴンたちの生態を遠くから観察し、考察し、その歴史を思い浮かべる。
動画サイトでそういった考察動画も出てたりしてるし、なんなら僕もそれらの動画を視聴し、共感し、時には自分では思い描けなかった新たな発見や、違うからこそ見えてくる解釈違いでの意見の違いでコメントし合ったりもしていた。
自分自身がそういった動画を出さないのは、そういったまとめを動画に収める技術が足りないってのもあるが、ただ単にそういった事をしている時間があるなら、もっともっとドラゴンへの理解度を高める方に使いたかったってのが一番大きかった。
また個人で出しているゲームにドラゴンが登場するという情報があれば必ず購入し、そのデザイン、動きを見、また深く設定されていないのであれば勝手に自ら生態を妄想して愉悦するのが僕の人生の生き甲斐でもあった。
故に、ドラゴンが登場する作品全てが僕にとって愛するモノであり、人生の掛け替えのない存在なのだ。自分オリジナルのドラゴンを描き、作り続けてきた。
それらを作品として提示し、僕と同じような人間を集め、ドラゴン愛の輪を広げていく。
だからといって、僕の人生は幸福だった…とは程遠いほどの地獄でもあった。
ドラゴンを想い、ドラゴンを愛するが故に、ドラゴンが存在しない僕の今世を酷く恨んでいた。
仲間と語り合い、会話が弾むたびに、楽しさとは裏腹に酷い絶望が心を満たしていく。
なぜこんなつまらない世界に生まれてしまったのか。
どうしてドラゴンが登場する世界へ生まれなかったのか。
どうして? なぜ? なんで?! 僕は…こんな世界で、生きているんだろうか…?
僕の心に空いた穴を埋めてくれる存在は現れることはなかった。
こんな僕を好きだと、愛していると囁いてくれる可憐で美しい妻が出来ても埋まることはなかった。
彼女に度々、”あなたは私と離れている間、とても辛そうな寂しい表情を浮かべている”と心配され、自らの胸の内をその時初めて彼女に話した。
明らかに嫌われても仕方がない内容を聞いても、彼女は僕の隣にいると、また彼女自身も同じような想いを持っており、同じ境遇であると明かしてくれた。
恋人を作れば、この胸の苦しみが消えるんじゃないかと、ドラゴンサークルの中で、自分と同じようにドラゴンへの愛が強い僕と一緒に居れば拭いきれるのではないかと感じ、恋人になろうと思ったそうだ。
彼女の言葉を聞いて驚いたが、それよりも彼女もまた僕と同じだったんだなと安堵した。
そして僕たちは話し合いの末、とある一つの計画を立てた。
「なあ、優里。」
「どうしたの、夜澄?」
「俺たちで、生み出してみないか? この世界に。ドラゴンを。」
「・・・本気?」
ずっと考えていたことだった。
いないなら、作り出せばいい。生み出せばいいと。
ずっと昔から、何度も考え、何度も挫折し、何度も挑戦し、何度も諦めた夢のまた夢のような計画。
「ああ・・・、僕は本気だよ。」
「・・・ぷっ、あははははは!」
真剣な顔でそんなバカみたいな話をしてくるオッサンが居たら、誰だって笑ってしまう。
そしてその後は無理だの諦めろだの厨二病乙だの、余りにも予想できる言葉で蓋をしてくるだろう。
「そうね…!やってみましょう、夜澄。私たちで、ドラゴンを!」
「・・・え?」
だが彼女だけは違った。
返ってきた返答が予想外だったこともあり、ぽかんとしてしまう。
だってそうだろう? ドラゴンを作ろうだなんて馬鹿げた話にどうして同調できようか。
「・・・本気か?」
彼女に言われた言葉をまんま同じように返してしまった。
だが、飛び切りの笑顔を向け、こう告げてくれた。
「ええ!私は本気よ?」
それは、プロポーズで囁いた愛の言葉よりも、僕の胸を躍らせた。
彼女への愛は確かにある。付き合っていた頃も僕は彼女の事が好きでいたと断言できる。
でも結婚式ではあまりにも不釣り合いな表情同士で、仲間からは” 結婚式じゃなくて、お通夜に参加してたんじゃないかって錯覚するほどだったぞ? ”なんて言われるほど、僕の心は深く沈んだままだった。
それがどうだ。
僕の心はあの時以上に、彼女への愛が深まったと感じ取れるほどだった。
彼女の表情もまた、今までに見せたことのない愛に満ちた表情で、慈愛の目で僕の目を見返してくる。
そして僕たちは同時に目に涙を浮かべ、互いに抱き合い、泣いていた。
ひとしきり泣いた後、再度僕たちは互いの目を見て、そこで初めて僕たちは心惹かれ、互いの唇に引き寄せられ、これまでにない愛に満ちたキスを交わす。
そして僕と優里はその夜、初めて一つとなった。
それから僕たちは溢れてやまない愛を表現するのに互いの持つドラゴンへのフェチズムを暴露し合い、夢に向けてただひたすら研究の日々を送る事となった。
度々優里への愛しさが爆発しかけたことが何度かはあったが、僕と優里が深い愛を、とめどなく溢れる愛を求めて繋がることは一度もなかった。
邪魔者である僕の存在を消し、優里という女性を手に入れようとする存在が常に目を光らせていたことを僕は知っていたからだ・・・。