ドレス職人、渾身の叫び
それから会議は暫く、レイラがタイレンペラーへ向かうか、ジャステス公爵が向かうかで意見が割れ、何も進展が起きないまま時間だけが過ぎていくので、無理やり切り上げることになった。
それぞれ部屋に戻っていく中、ミミアンは急いでレイラの所に駆け寄っていく。
「ちょっと・・・ちょっと待って、レイラぁ・・・!」
「・・・あら、ミミアン。どうかいたしまして?」
「ねえ、タイレンペラーへ行くって本気?」
「あら、その事ですの。もちろん、本気ですわよ?」
そう話すレイラの瞳は真剣そのものだった。
それ以上に、怒りのような燃え上がる感情さえも漂ってくる。
「うへっ・・・、マジキレしてるじゃん・・・。」
「そうですわね・・・。こんなにも怒りが湧いてきたのはいつ以来なのかしら。」
口元は笑みを浮かべているが、その瞳は一切笑っていない。
「さっき言ってた、置いていかれた者にとっては~ってやつ。あれ、レイラの旦那様のこと?」
「いいえ。お母様のことですわ。なぜヨスミ様のことだと?」
「え?あ、いやね?!だって、今の現状、あんたの旦那様が目を覚まさないから動けなくなってるでしょ?あの話し方だって状況的に・・・」
「・・・確かにそのような勘違いをさせてしまう言い方であったのは認めますわ。でも決して!わたくしはあの人を悪く思うことは絶対にありえませんことよ!」
そう言いながらミミアンに詰め寄る。
すっかり怯え切ったミミアンは耳がへたり込み、尻尾が垂れさがって股の間から包まるように体の前に現れると、ぶるぶると体を震わせながら尻尾を抱きしめる。
そんな様子のミミアンを見て、ハッと我に返り、罰の悪い顔をした後、そっぷを向く。
「・・・ごめんなさい、あなたに八つ当たりする理由なんてありませんのに。」
「え・・・?あ、うん。うちは大丈夫。むしろ怒るなら言葉で詰めるよりも全力で殴って・・・ぎゃふん!!」
レイラの強烈な拳骨が頭に直撃し、そのまま地面に頭から突っ込む。
「全く、あなたという子は・・・。」
「えへへへへ・・・。」
「・・・もうっ」
深いため息を吐いた後、ミミアンの尻尾を掴み、そのまま引き摺りながら自分の部屋へと戻っていく。
長らくヨスミの傍に居たいからと、彼の部屋で寝泊まりしていたせいか、フォートリア公爵家が用意してくれたレイラ専用の自室に入るのは、実はこれが初めてである。
まるで他人の部屋の様に感じる自室にあるドレスルームへの扉を開いた。
レイラの衣装は全てヨスミの部屋に移動させたので中に入るとそこには何もなく、がらんとしていた。
まるで、自分の今の心を現しているように感じ、静かに扉を閉める。
ミミアンをソファへと放り投げ、少し距離を離して静かに座る。
今回、自室に戻ってきた理由はただ一つ。
「レイラお姉様ぁー!」
「お婆様、こんにちわーです!」
ジェシカとユリアが部屋に入ってきて、レイラの傍までやってくる。
2人の距離感がまさに妹のように感じられ、孫娘の様に感じられ、心が安らぐように感じられた。
2人はレイラの左右に座り、にっこにこな笑顔を向けてくる。
それに続くように一人の華麗なドレスに身を包むドレスデザイナーが姿を現した。
「あら、マークリン。あなた、ここまできたんですの?」
「ええ、もちろんでございます。レイラお嬢様。」
彼女の名前はマークリン。
ヴァレンタイン公爵家が召し抱えている、専属のドレスデザイナーである。
以前は母のシャイネ公爵夫人専属だったそうだが、今現在はレイラ公爵令嬢専属として長い付き合いとなっている。
彼女はレイラの体についての秘密は知っており、それ故に肌をなるべく出さないようなドレスをデザインしてきた。
「ユリアと共に来たならば、わかるでしょう?お母様が救出されたことは。」
「はい、もちろんでございます。この目でしかと御姿も拝見させていただきました。」
「・・・そう。あなたから見て、お母様はどうだったんですの?」
「・・・そうですね。痩せすぎでございます。故に、私めがシャイネ公爵夫人のドレスを担当するために、まずは健康体に戻ってほしいと告げてきました。」
「あら、大胆な事をするじゃない。」
「大胆さと無謀さを読めずして、ドレスデザイナーなんて呼べませんから。」
以前、ユリアが言っていたレイラ専用のドレス作成の約束を叶えていた。
「レイラお嬢様、お話は聞いております。なんでも、おっぱ・・・お胸様がまた大きくなられたそうで。」
「そうなんですの。おかげで今来ているドレスは少し窮屈で、戦闘にも多少支障が出ておりますの。」
「ふむ・・・。ではレイラお嬢様、こちらに。」
手招きをし、レイラは立ち上がるとマークリンの元へと向かうと、そっと腕を広げる。
直後、レイラが来ていたドレスは一瞬にして脱がされる。
ドレスを綺麗に見せるための骨組みもあっという間に外され、レイラは下着姿へと変わる。
その時、ジェシカは改めてレイラの体に付けられた無数の傷痕が目に入る。
あの時、上半身をはだけて見せてくれた部分は一部分だったが、今こうしてジェシカの瞳に映る体の傷痕を見て、レイラがどれほど悲惨な子供時代を過ごしてきたのか容易に想像がついた。
ふと隣に座っていたユリアが自分の手を握ってくる。
「だいじょーぶ。」
「・・・うん。」
2人は互いに微笑み合い、そっと手を繋ぎ合う。
レイラのサイズに関してはユリアがすでに図っていたのだが、図ったのは胸のサイズだけだったので腕周りや腰、太腿や脹脛などといった細かなサイズを図る必要があった。
てきぱきとレイラの様々なサイズを図っていき、全て終えるとすぐさま先ほど着ていたドレスをあっという間に着せた。
なんなら、胸辺りのサイズがきついと聞いていたため、その辺りの微調整を終え、裁縫された物を着せた。
「・・・きつくないですわ。いつの間に修正し終えていたんですの?」
「ついさっきで御座います。ただその調整も間に合わせにすぎません。ですので簡単に解けてしまいますのでご注意ください。」
「わかりましたわ。」
「・・・はい、ではこれで終わりで御座います。」
「あの・・・」
と片づけをしているマークリンに声を掛ける。
「あら、いかがなさしましたか?」
「あの・・・ドレスの意向についてなんですの。」
「それならば、いつも通り肌をなるべく隠すような仕上がりに」
「は、肌をもっと出したドレスがほしいんですの・・・!!」
「するつも、り・・・で・・・・・・・・・・・・・・」
完全に硬直するマークリン。
顔を真っ赤にしながらそう叫ぶレイラの姿を見て更に石化へ進化した。
モジモジしながら、顔を伏せ、チラチラとマークリンの方を見る。
そんな今までに見せたことのないレイラお嬢様の乙女らしい乙女な姿を見て塵と化し、そのまま風に吹かれて霧散していった。
「・・・だめ、かしら?」
「・・・ハッ!?」
とここで我に返ったであろうマークリンはレイラにつかみ掛かる。
「い、いいんですか・・・!?」
マークリンが発する圧が余りにも高すぎて、レイラは思わず引き攣ってしまう。
「あ、えと・・・はい・・・。」
「・・・っしゃあぁぁああああああああ!!!」
「ひっ!?」
突然ガッツポーズをしながら叫ぶマークリンを見て、恐怖が滲みだしてきた。
「私、ずっと思っていたんです。レイラお嬢様が背負う傷だらけの御体、それを隠すために作られるドレスのせいで、レイラお嬢様の美しさを全然引き出せないことに・・・!!傷がなんですか・・・、傷だらけの御体がなんですか・・・!!そんなことでレイラお嬢様の美しさは霞んだりしません!!ずっとそう感じてきながらも、レイラお嬢様はドレスを選ぶとき、何もかもを諦めた顔をしておりました・・・。故に、私めは何も言えなかった・・・。」
「マークリン、あなた・・・」
「で・す・が!!」
「ひっ!?」
「とうとう見つけたんですね・・・、己を見てほしいと思う殿方を・・・。傷だらけの御体を受けてくださる殿方に・・・!!ああ、有難うございます・・・!おかげで私めは、全力を持って、全ての技術を発揮して、全身全霊を掛けてレイラお嬢様のドレスを作ることができる・・・!!」
「ま、マークリン・・・目が、瞳が怖いですわ・・・。恐ろしいです・・・ひぃっ!?」
「任せてください、レイラお嬢様・・・。決して、決してレイラお嬢様に恥をかかせない、誰もが振り返り、見惚れ、目が離せなくなるような、それでいて戦う際にも全ての防具を凌駕する最強のフルプレートドレスアーマーを拵えさせていただきますですぅううう!!!」
そう言い残し、マークリンは一目散に部屋を出ていった。
部屋の中心、ひたすらマークリンの圧をガチ恋距離で受け続けたレイラは放心状態でその場に崩れ落ちた。
「レイラお姉様!」
「お婆様ぁ!」
ジェシカとユリアが慌てた様子でレイラの元に駆け寄る。
あまりの騒ぎっぷりに、ソファで愉悦の笑みを浮かべながら気絶していたミミアンは目を覚まし、体を起こす。
そこには完全に放心状態で、乾いた笑いが口から零れるレイラと、それを必死に何とかしようとするユリアとジェシカの姿を見て、自分が気絶している間に明らかにとんでもないことが起こり、レイラが壊れてしまったと焦りがこみ上げてきた。
「ちょ、レイラ・・・!?」
「み、ミミアン様ぁ・・・!」
「お、お婆様がぁ・・・!!」
「ヒゥー・・・ヒゥー・・・目が・・・圧が・・・」
明らかに様子がおかしいレイラの元に駆け寄ろうとした時、
「今そっちに・・・うわっ!?」
足がもつれ、前方に転倒しながら、レイラが来ていたドレスを掴んでしまい、そのまま完膚なきまでに引き裂くと同時にその振動によって近くの銅像が倒れ、それがミミアンの頭に直撃する。
それと同時に、
「何事ですか!突然、キチガい染みた恐ろしい笑みを浮かべたマークリンさんが部屋を飛び出してきたんでごっふっ?!」
とユトシスが部屋のドアを開ける。
だが、その瞬間、
「あ、だめぇー!!」
とユリアが咄嗟に放った闇魔法によって瞬時に包まれる。
「あ、これユリアの闇魔法・・・、う、うわぁっ?!」
そのまま闇に包まれたユトシスは廊下端まで吹き飛ばされ、壁に激突して意識を失った。
咄嗟に放ってしまった闇魔法でユトシスを攻撃してしまい、顔が青ざめていく。
「あ、あああ・・・やっちゃったぁ!!」
と部屋を飛び出してユトシスが飛んでいった方へと走っていった。
部屋に残されたユリアはそっと自分が着ていたローブをレイラへ着せていると、そこに騒がしいと様子を見に来たフィリオラと目が合った。
フィリオラは部屋の中の状況と、向かい廊下の先で目を回すユトシスに必死に謝るユリアの姿を確認し、思考を巡らせて状況を察しようとする。
「・・・覗き?」
そして出た結論は、ユトシスにとって不名誉なものだった―――――。