溜まった鬱憤の限界値
それから時間も経たず、レイラたちは大広間に集められる。
そこはよく大人数で会議を行う際に使用されている部屋だった。
レイラたちはとりあえず、各々席についていくと間も経たず、ジャステス公爵夫妻が大扉を開いて中に入ってきた。
その表情はとても重く、フィリオラとミミアンは咄嗟に先ほど見た暗雲と落ちた雷鳴が脳裏に過る。
そして二人の予想は的中した。
「皆に集まってもらったのは他でもない。今朝、タイレンペラー獣帝国の守護神獣であられる【古獣の王】の活動が確認された。」
ベヒモスメナスという名前が出た瞬間、給仕していたメイドの何人かが皿を落としたり、使用人たちにどよめきが走る。
「それは、誠なのでございますか・・・?!」
ジャステス公爵の秘書と思われる使用人でさえ動揺を隠せず、ジャステス公爵へと問いかける。
「・・・信じがたいことにな。」
「守護神獣の目覚めで、どうしてここまでみんなは怖がっているんですか?」
ジェシカは純粋にジャステス公爵へと問う。
「そうか。お主は外の世界についての知識は全然知らぬのだったな・・・。確かに【古獣の王】は我ら獣人にとって、我らに慈悲を与え、守護してくださる神獣である。」
「それなら、逆に喜ばしいことなんじゃ?」
「・・・その【古獣の獣】がもたらす慈悲は、我らにとって【死】でなければそうだったであろう。」
「死・・・?え、殺すんですか・・・!?」
「ああ・・・。死んだ者の魂が輪廻を巡り、次の命へ紡がれることが奴にとって慈悲であると思っているようでな・・・。輪廻を巡れぬ魂は無へと帰り、永遠の地獄を彷徨ってしまわぬよう、【古獣の王】に飲み込まれた者は正しく輪廻を巡ることができるとされている。」
言っていることは常識を外れたものではあるが、守護神獣と呼ばれるが故に決して無下には出来ないのである。
「過去、獣帝国が成り立ったばかりの頃、魔物の軍勢に押し寄せられたことがあり、滅亡寸前まで追い込まれたことがある。その時、【古獣の王】が目を覚ました事象が記録されていてな。死んだ者、そしてまだ生き残っていた者らを次々と飲み込んでいき、その魂を輪廻の輪に導いたとされている。そして押し寄せていた魔物の軍勢を滅ぼし、また眠りについたのだ。」
「・・・え、滅びる寸前まで追い込まれた獣人らまで食べられて・・・よく滅びませんでしたね。」
「食われた者らが中からなんとかしてくれたようでな・・・。おかげで全ての獣人が【古獣の王】に喰われることはなかったらしい。だがその時の記述についてあまり詳しい事まで書かれていなくてよくわかっていないのだ・・・。」
「でも、今獣帝国って滅亡の局面を迎えていましたっけ?」
「いいや。故に、大問題となっているのだ・・・。」
獣帝国内でのいざこざが起きているにせよ、獣帝国が滅びに瀕しているわけではない。
【古獣の獣】が起きねばならぬほどの事象が起きていないにも関わらず、ヤツは目覚めてしまった。
「すでに獣帝国全土は大騒ぎになっており、奴が目覚めた島にある村はすでに被害に遭っており、村人らはすでに全滅しているとみていいだろう・・・。」
「そんな・・・」
「そしてお前たちにとっては一番の問題となるだろう。奴の進路上にはレイラ嬢、そなたらが目的を果たすために向かう必要のある港町があるのだ。」
「・・・その港町が【古獣の王】に滅ぼされたら、移動手段がなくなる可能性があるわね。」
フィリオラは悩むようにそう呟く。
「確かエレオノーラを竜王国に帰すために旅に出ていたのだな。」
「はい・・・。私のわがままをヨスミ様に、そして皆様に聞いていただいているのです・・・。現在、竜王国を守るように島を覆い隠す巨大な嵐によって、まともな手段では竜王国に入ることはできないなのです・・・。」
「そのためにドワーフが治める機械国ドヴェルムンドに向かう必要があり、だがその辺りの海域は非常に荒れているため、安全な航路を知る者はドヴェルムンドと交易をしているとされているのがその港町・・・ってことよ。その港町が潰されてしまったら、機械国へのまともな入国は望めないでしょうね。」
「今現在、その島から動く気配はまだ見せないから、ある程度猶予はあるとは思うが・・・時間の問題だな。」
それぞれが頭を抱え、どうするべきかと悩む。
誰もが口には出さないが、今獣帝国に留まっている理由はヨスミが目を覚まさない事にある。
だがそれは結果論で言ってしまえば、獣帝国のゲセドラ王子が原因にあり、彼は王子であるがゆえに国全体の責任となっている。
あそこでゲセドラ王子が来なければ、ヨスミは竜滅香について知り得なかった。
またヨスミたち一行は港町へ向かい、今頃はすでに機械国ドヴェルムンドで竜王国に渡るための交渉を行っていたはずなのだ。
だがそもそもヨスミら一行がヴェリアドラ火山に巣食う【炎を喰らう者】の存在を知ってしまったのは第二王子のガヴェルドである。
彼と出会うきっかけとなったのはグレース嬢であり、彼女を助けない選択肢を取れば・・・。
なんてどんどん深堀していっても後の祭りでしかない。
それらの選択を取ってきたのはヨスミであり、レイラであり、フィリオラであり、仲間たちなのだ。
「どうする?このままここにいてはいずれ【古獣の王】によって港町は壊滅させられるだろう。その前に【古獣の王】をなんとかするためにタイレンペラーから正規軍が派遣され、おそらく大きな戦いが始まる。つまり、ここに残り続けても厄介ごとが待っているわけだ。」
「・・・フォートリア公爵家はその戦いに参加するんですの?」
今まで口を開かず、ただじっと聞き続けていたレイラがこの日初めて口を開く。
「・・・恐らくな。それゆえに、もし旅立つのならミミアンを・・・」
「はあ?ちょっとなにそれ!」
とミミアンは思わず立ち上がって、ジャステス公爵を睨む。
「うち、これでもフォートリア公爵家令嬢で、当主としてパパの後を継ぐ未来の公爵家当主なんだよ?それなのに、うちだけ逃げろって?ふざけないで!」
「ミミちゃん、どうかぁ~、わかってほしいのぉ~。フォートリア公爵家全員がぁ~、死んでしまったらぁ~、本当の意味でフォートリア公爵家は終わりなのぉ~。だから、ミミちゃんだけでも生き残ってくれたらぁ~、フォートリア公爵家は滅亡しなくて済むのよぉ~。」
「絶対にいや!」
と頑なに2人の提案を拒否する。
「それにジャステス公爵様、まだわたくしたちは事が大事になる前に出るなんて言っておりませんわ。」
「なっ・・・。それがどういうことになるのかわかっているのか?」
「ええ、もちろんですわ。」
とレイラはどうやらこの事態が起きても、未だに目覚めぬヨスミのために獣帝国に滞在する予定のようだ。
「・・・だと思ったわ。」
「でしょ?私の言った通り!」
「あははっ、予想通りでしたね。」
「確かに、レイラ嬢ならそういう決断をするとは思っていましたが・・・」
「さすがです、お婆様!」
「え?え?」
とミミアン1人だけ驚愕していると、続けざまにレイラは話す。
「友人も、友人の家族も、寂しい思いをするのはいつだって残される側の者たちですの。たとえそれがあなた方の善意としてではあっても、それを押し付けるような真似はおよしなさい。誰が何を持って善意だと感じるかは結局、本人なのですわ。その本人の意思を曲げてまで、無視してまで行う善意なんてなんの意味もないんですの。はっきりいって、糞喰らえですわ!」
「・・・ねえ、フィリオラ様。あれ明らかに私情も入ってないですか?」
とレイラの演説を聞いて押されているフォートリア公爵家の方々の横で、フィリオラの耳にぼそぼそと耳打ちするユリア。
それを聞いて思わず吹き出しそうになるけど、ぐっと堪える。
「だと思うわよ・・・。パパ、起きたら大変だろうな~。」
「まあでも仕方ない状況ではあったかと。ああでもしなければディア様は本当に命を落とされていたでしょうから・・・。」
そんなコソコソ話が聞こえていたのか、エレオノーラがそっと言葉を告げ足した。
確かに、とフィリオラは頭を悩ませる。
「そうなのよねぇ・・・。どっちにしても、鬼の道ってことかしら。」
「ヨスミお兄様・・・大変ですね。」
「仕方ないわ。まあ、この怒りの矛先は恐らくパパじゃなくて、別の誰かに向けられるから安心して。」
ふとどこかで、下種猫の背中を走る強烈な悪寒で酷い風邪を拗らせ、しばらくの間動けなかったことはまた別の話である。
「ともかく、まずは【古獣の王】がなぜ今になって目覚めたのか調査することが先決ではなくって?原因がわからないまま、【古獣の王】と戦うことは得策ではなくってよ。」
「・・・そうだな。それもそうだ。最初から戦う前提で話をするのではなく、原因究明から解決の糸口を探し、出来れば戦わずして事態を収拾するべきであったな。」
「そうですねぇ~。でもぉ~、どこから調べていきますのぉ~?」
「・・・やはり王都タイレンペラーから探りを入れた方がいいだろう。そして港町にも人手を送り、【古獣の王】を監視し、常に奴の動きを見張ることも必要だ。」
「ならわたくしが王都タイレンペラーへ行きますわ。」
とここでまたしてもユリアがフィリオラの服をちょこっと引っ張る。
「・・・ねえ、フィリオラ様。あれ、絶対に私情入ってますよね?」
「ぶっ飛ばしに行くつもりだわ・・・。」
「半殺しで済めばいいんですけど・・・。」
「状況が状況なだけに、原因が完全にあちらにあるとしたら・・・」
「・・・滅亡しないように頑張って抑えるわ。」
「ちょっと、何物騒な話をしているの・・・!?」
少し離れた所で、フィリオラたちのコソコソ話を聞いていたミミアンは思わず叫んでしまった―――――。