眠れるお爺様
それから時間が経ち、時刻は深夜を回った頃、ベッドの上で未だに眠らずに雑談を続けていたユリアとジェシカ。
先ほどまで楽しそうに談笑していたジェシカはふっと真顔になり、ユリアへとある話を切り出した。
「・・・ねえ、ユリアお姉様。」
「どうしたの?」
ベッドで横になりながら、隣で寝ころぶユリアへと話しかける。
「私、お爺様のこと何も知らなくて・・・。だから色々と教えてほしいの・・・。だめかな?」
「お爺様って・・・、ヨスミお兄様のこと?」
「うん・・・。」
そういうと、ユリアは何かを思い立ったようで上半身を起こし、ベッドから降りる。
「それじゃあ、見にいこっ!」
「え?でももう夜も遅いし・・・私は話を聞くだけで・・・」
「こういった話はヨスミお兄様の傍で話した方が理解も早いよ!」
「それにお婆様だってすでに寝ているんじゃ・・・」
「レイラお姉様なら、この時間はまだ起きてると思うよ!だいじょーぶ!」
とジェシカの手を取り、無理やりベッドから降ろすと近くに置いてある火が灯ったロウソクが備え付けられてある入れ物の取っ手部分を握り、そっと静かに扉を開ける。
暗い廊下が続き、2人はぴったり抱き合うようにペタペタと可愛い足音を鳴らしながら進んでいた。
目的地までまだ少し先ではあるが、その合間合間にユリアはヨスミの事について色々と零していく。
「ヨスミお兄様はね、一言で言えばチョー家族贔屓のお兄さん。家族だと自分を受けいれてくれたら、とことん甘やかしてくれるの。」
「・・・そうでない相手には?」
「どこまでも非情になるよ。」
そう喋るユリアの表情はとても怖く感じられた。
「・・・私が初めてヨスミお兄様と出会った時は本当に怖くて仕方がなかったんだ。まあ、その出会い事態最悪なものだったんだけどね。」
「そうなんですか・・・?」
「うん。レイラお姉様を拉致するため、その置き換えみたいな目的で連れてこられたんだよ。」
「ら、拉致・・・?!お婆様を、ですか・・・?!」
「あっはは、考えられないでしょ?」
暗い廊下に響くユリアの笑い声。
だがすぐに暗闇と静寂が戻ってきた。
「まあ、それを実行する前に私は逃げ出して・・・。そこをヨスミお兄様に見つかって、計画は破綻したんだけどね。その時のヨスミお兄様の怒る顔は、今思い出しただけでも凄くゾッとする。でも、それを私に向けることは一度もなかったけどね。」
「そんなことが・・・。お爺様はユリアお姉様が被害者だってことはすでに分かっておいでだったんですね。」
「きっとね。そこから、私を拉致して計画した人たちはヨスミお兄様に捕まって、何をされたと思う?」
「・・・非情になるというなら、痛みつけたり?」
「ううん、仲間同士でたった一人になるまで殺し合いをさせたの。武器も持たせず、素手で。」
「ひっ・・・!?」
ジェシカは思わず真っ青になりながらユリアの腕に強く抱き着いた。
そんな様子がユリアにとってはおかしく見えたのか、笑いがこみ上げてきた。
「あははは!」
「お、お爺様って・・・す、すごく怖い方・・・なんですか?」
「そんなことないよ。さっきも言ったでしょ?ヨスミお兄様は家族になった子にはとことん甘くなるって。すごく慈悲深い性格になるんだよ。」
「・・・でも私はまだお爺様ときちんとお話したことはありませんし、会ったことだって・・・。」
「大丈夫だよ。だって、ジェシカにはお爺様が愛してやまないものを持ってるから。」
とそこでユリアの表情が微かに悲しそうに見えた。
「それだけでも凄いアドバンテージだよ!」
「お爺様が愛してやまないものって・・・?」
「ドラゴン、だよ。」
「・・・あっ」
そこでジェシカは自分の右目にそっと触れる。
「だから、きっと大丈夫。それに、レイラお姉様にだって認められてるから問題なし!それでもだめなら私からもヨスミお兄様に言ってあげるからね!・・・まー、その心配は多分ないと思うけど。」
「そ、そうだといいんですけど・・・。」
「・・・さて、着いたよ。」
そして2人はヨスミが眠る部屋に通じる扉の前へとたどり着いた。
ジェシカにとって、その扉はとても大きく、重たいモノに感じるようで、オドオドしている。
そんなジェシカを宥める様にそっと抱きしめ、ドアをノックする。
―――はーい、どなたかしら?
ドアの向こうから、レイラの枯れたような声が聞こえてきた。
「レイラお姉様、私です!ユリアです!それとジェシカもいます!」
そういうと、レイラは扉を開ける。
視線を落とし、抱き合う2人の姿を見てクスッと笑い、中に招き入れてくれた。
その時、ロウソクの火に照らされたレイラの目元が微かに赤くはれているように見えた。
ジェシカは部屋の中に恐る恐る入ると、ベッドから1匹の綺麗な子竜が立ち上がり、ジェシカをじっと見つめる。
『・・・だーれ?』
「え?あ、あの・・・私は・・・」
「大丈夫よ、ハクア。この子はジェシカ、わたくしの孫娘ですわ。」
『わー、なら家族?えへへ!まごむすめ~!』
とハクアは嬉しそうにベッドから飛び降り、ジェシカの元までやってくると彼女の周りを嬉しそうに飛び回り、そしてジェシカの顔に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
『うーん?なんか、不思議な匂い?おさかなさん?』
ハクアにそう言われ、焦り、緊張により胸が大きく高まるのを感じた。
「そうですわよ。母なる海を感じさせる、潮の良い香りですわ・・・。わたくしはすごく気に入っていますの。」
「え・・・?」
『これが海の匂い!すごく良い匂いなのー!』
レイラが嬉しそうにそう話し、ハクアもそれに賛同するかのように告げる。
ジェシカは思わず涙がこぼれ、レイラの体に抱き着いた。
「あらあら、ジェシカは本当に泣き虫さんですのね。よしよし・・・」
「そんなこと、言われたの・・・初めてです・・・。」
『そうなのー?わたしはすごく好きな匂いなのー!』
そう言いながらハクアはジェシカの体に頬擦りした。
「・・・ありがとう、ございます。」
ジェシカは嬉しそうにハクアの頭を撫でながら優しく抱きしめる。
「うふふ、これで仲良しさんですわね。それじゃあ・・・。」
そういってレイラは大きなベッドの所まで歩いていき、そして振り返る。
「・・・どうか、この人に挨拶をしてあげて。」
そう話すレイラの声は微かに震えている。
そしてジェシカはレイラの所まで歩いていき、ベッドに眠る人物を見る。
「・・・お爺様。」
微かにそう呟くジェシカ。
ジェシカはレイラの方を見ると、彼女はその場を離れており、近くのベビーベッドの中で眠るディアネスの寝顔を眺めていた。
「そうだよ、この人がヨスミお兄様で、ジェシカにとってはヨスミお爺様。レイラお姉様の婚約者・・・今は旦那様かな。そして世界中のドラゴンを愛してやまないドラゴンバカなんだ。」
ジェシカの隣にユリアがそう説明しながらやってきた。
「・・・ディアちゃんを助けるために、己の命だって捧げてしまうくらいに。」
ジェシカはもう一度、眠り続ける彼を見る。
漆黒に染まり、肩まで伸びた髪、眠っているがそれでもわかるほどの整った顔立ち。
微かに痩せているのか、頬は若干こけている。
ユリアから聞いていた話からして、すごく怖く、大柄で厳ついものをイメージしていたが全然違う容姿に吃驚していた。
「私はてっきり、もう少し厳つい容姿をしているかと思っていました・・・。」
「あはは、それはそれでありかもね!」
ユリアはベッドに寄りかかり、そっと頭を撫でる。
「ほら、ジェシカも!」
「え?あの、いいんですか・・・?」
「もちろんだよ。だって、お爺様なんでしょ?ね、レイラお姉様!」
「ええ、触ってあげてくださいまし。」
ディアネスを優しく抱きしめ、あやしながら嬉しそうに微笑む。
「・・・で、では失礼します。」
そっとベッドに近づき、その上に乗り上げると静かに四つん這いで近づいていき、ヨスミの髪に触れる。
その瞬間、全身を吹き抜ける安らぎに思わず吃驚してしまう。
今度はヨスミの頬に触れると先ほどよりも全身に響き渡る心の安寧に、思わずずっと触れたいと感じてしまう。
「ジェシカ?」
「あっ・・・」
とユリアに肩を叩かれ、思わず手を引っ込めて振り向く。
「どしたの?なんかすごい顔してるけど・・・」
「え?あ、えと・・・」
「おそらく、ジェシカの体内にある【ドラゴンマナ】が反応したんですわ。どうやら全てのドラゴンたちはヨスミの事を父親だって本能で感じるみたいですの。」
「なるほど・・・。」
レイラにそう言われ、確かにあの時感じたのはレスウィードの頭に乗り、共に戦っていた時の安堵感だった。
それを聞いてもう一度ヨスミの事を見ると、先ほどとは全然別物のように感じる。
今となっては尊敬の念が沸き上がり、畏怖のような感情まで感じてしまう。
「・・・お父様、ですか。私にとってはお爺様なんですけど、なんだか不思議な気分です。」
「うふふ、そういえばそうでしたわね。」
「・・・ぅ?」
「あら、起きちゃいましたの?よちよち、まだまだ寝ていましょうね~。」
「あーぃ・・・・・・・・。」
と一度、置きかけたディアネスを背中をトントンしながらあやし、もう一度眠りについた。
そしてディアネスをベビーベッドに寝かせると、ベランダに繋がる扉の方へと歩いていく。
「わたくしは少し、夜風に当たっておりますわ。その間、ヨスミ様のことを御願いしますわね。」
「うん、任せて!」
ユリアの返事に笑顔で返し、扉を開けて部屋を出ていく。
その後ろ姿を見送り、2人は再度ヨスミの傍にやってくると、髪を撫でたり頬を触ったりとやりたい放題だった。
特にジェシカは布団を引っぺがし、服を捲って裸体をじっと見たりしている。
ずっと眠りについている割には大きな傷跡や痣といった痕は何もなく、綺麗な体だなとじっと見つめる。
「ちょっとジェシカ、それはすごく大胆だと思うよ!」
「・・・すごく、大切に扱われているんですね。」
「え?」
「長い間、ベッドの上で寝たきりの方をお世話するの、すごく大変だと聞いたことがあって。でもお爺様の体はとても綺麗なままだったから・・・。」
それを聞いたユリアはとても悲しい表情を浮かべる。
「・・・そうだね。レイラお姉様がヨスミお兄様の傍に居れる間はずっと付きっ切りだから。ひと時も離れようとしないんだ。だから私が手伝うようにしているんだけどね・・・。」
「・・・そっか。」
早く、お爺様とお喋りしたいなと願うジェシカは服を戻し、布団も元通りにした―――――。