彼の抱える強大な巨壁
「え、どうしてユリアがここにいるんですの?」
なぜここにユリアがいるのか、彼女に問い詰めようとした時、ユリアの存在に気付いたジェシカがレイラの後ろに隠れながら問いかける。
「あの、お婆様・・・こちらはどなたですか?」
「・・・え?お、お婆様???」
レイラの事をお婆様と呼ぶジェシカに驚愕し、レイラとジェシカを交互に見比べる。
「ま、まさか・・・もうすでにヨスミお兄様との間に第一子をお産みになられ・・・、その子が運命の相手を速攻で見つけた上に、早くもそのような行為でこの方をお産みになられたんですの・・・!?いや、それにしたってこの方の年齢的とレイラお姉様の年齢的にどう考えても・・・ま、まさk・・・きゃんっ!」
「こら、ユリア。あなたは少し落ち着きなさいですわ。」
「だ、だってぇ・・・。」
まるで本当の姉妹の様に仲良さげな2人の中に、どこかムッとしてしまう。
だが、ユリアは明らかに自分と同い年の子であるがために、興味が沸き上がってくる。
「詳しい話は戻ってから話しますわ。それよりも、ユリア。あなた一人でここに来ましたの?」
「え?違いますの!私とユトシスの2人で来ましたの!」
「え、あの王子と?一体何のために・・・。それに、今彼はどこにいるんですの?姿が見えませんわ。」
「ああ、ユトシスなら屋敷の方に残ってヨスミお兄様の事を診てくれていますわ。」
「・・・そう、ヨスミ様をあの人が。」
と、どこか遠くの方を眺める様にボーっとし、目を伏せるとすぐに笑顔に戻る。
「ジェシカ、ユリアの事は馬車の中で紹介しますわ。さ、急いで乗りましょう。」
「はい!」
「いきますの!」
「・・・それよりもユリア。あなたのその喋り方は・・・」
「えへへ!私の尊敬する人・・・・」
「あ、その人わかります!だって私も・・・・」
なんて雑談を交わしながら、馬車の中へと乗り込んでいった。
フィリオラはそんなレイラたちの後姿を見送りながら馬車には乗らず、ジーデスが連れてきた馬に跨ると岩に突き刺さっているミミアンの元まで走らせる。
上半身が岩に突き刺さっているために表情は見えなかったが、微かに聞こえる不気味な笑い声にため息を吐いた後、竜尾を伸ばしてミミアンの胴体に巻き付け、無理やり引っこ抜くとそのまま馬の後部へ荷物を乗っける様に乗せる。
「あなたも本当に止めないわよね・・・。」
「ふへ、ふへへへ・・・。」
「・・・まあそれがお母様にとって、多少なりストレス発散に繋がっている部分もあるから強くはいえないんだけどさ・・・。」
はあ・・・、とミミアンの事を多少なりとも心配しながら、先に出発した馬車の後を追う様に馬を走らせた。
それからまた2時間ほど馬車を走らせ、拠点としているフォートリア公爵家の宮殿にも似た屋敷が見えてきた。
門の方にはユトシス皇子が立っていて、出迎えてくれていた。
馬車の窓を開け、身を乗り出して手を振るユリアの姿に気付いたのか、にっこりとした笑顔を向ける。
馬車は門前で止まり、中からユリアを含め、レイラ、そしてジェシカが降りてくる。
「おかえりなさいませ、皆さま。」
「出迎え、ありがとうですわユトシス皇子殿下。」
「・・・あの、初めまして。」
「おや、こちらの小さなお嬢様は?」
「わ、私はジェシカって言います!仙狐、海竜・・・そして魔魚人の3種の混血獣人です。」
「魔魚人?・・・ああ、なるほどね。」
ユトシス皇子は何かを察したかのように、先ほどまで以上に優しい笑みを浮かべ、華麗な造作でジェシカへと挨拶をする。
「初めまして、ジェシカ嬢。私はユトシス・ヴァーラ・ダーウィンヘルド。ダーウィンヘルド皇国の第一皇子で、今は理由あって隣国であるヴァレンタイン公国にお世話になっている者だ。気軽に接してくれ。」
「は、はい!」
「ここで話をするのもなんですし、屋敷に入りましょう。話はそこでじっくり聞かせていただきますわ。」
そうして、レイラの両脇にユリアとジェシカがそれぞれ抱き着きながら、そんな2人の愛しい姿に思わず微笑み、背中に手を置きながらゆっくりと屋敷へ入っていく。
その風格はまるで10代とは思えないほど、大人びた品格を漂わせていた。
ユトシスもレイラの後に続こうとした時、馬に乗ってきたフィリオラとその後ろに荷物の様に載せられた黒い狼の獣人の姿に気が付く。
「竜母様、お久し振りで御座います!」
「あら、ユトシス。話は聞いていたけど、本当に来ていたのね。会えて嬉しいわ。」
「私もです!・・・それで、そちらの方は大丈夫ですか?」
フィリオラの後方に積まれているミミアンを気に掛ける。
「ああ、この子なら大丈夫よ。むしろ喜んでいる節すらあるから気にしないで。」
そういうとフィリオラは馬から降りると、竜尾でミミアンの体に巻き付けるとそのまま馬から降ろし、持ち上げながら屋敷へと向かって歩いていく。
その時、ユトシスは見てしまった。
愉悦に満ちた不気味な笑みを浮かべ、口からは絶え間なく笑い声がこぼれている姿を。
そんなミミアンの姿を見て、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまった。
あれから各自、部屋に戻るとそれぞれ身なりを整えると食堂へと向かっていく。
中にはディアネスを抱いたエレオノーラが居り、レイラを見つけたディアネスは大きく喜びを表すかのように文字通り、レイラへと飛んでいった。
「うそ、ディア・・・あなた飛べるの!?」
「はい。いっぱい練習したんですよ?」
「あんあった!」
「そんな・・・言葉まで・・・!!」
「えへへ~!!」
感動に次ぐ感動で、レイラは堪らず涙を流しながらディアを抱きしめる。
続いてフィリオラとユリア、ユトシスが共に部屋に入ってくる。
ユリアの姿を見つけたディアネスは笑顔で手を振り、ユリアも急いで駆け寄ると挨拶をする。
どうやらレイラたちが出かけている間に、この屋敷に来てエレオノーラから事情を聞き、仲良くなったそうだ。
そしてレイラはユリアにディアネスを預け、多少慣れた手つきでディアネスを抱き上げる。
「ただいまですの!」
「おあえり!」
「あーん!本当に可愛い!!」
「ゆいあお、ああい!!」
レイラはまるで親友の様に触れ合うディアネスとユリアの姿を見ていて、とても微笑ましい気持ちに満たされる。
「最初はこんな仲良くはなれなかったんですよ。」
そう言いながらユトシスがレイラの隣に少しだけ距離を離して傍に寄る。
「でも、ヨスミさんの状況を知ったユリアが大きく取り乱して・・・。それで毎日のようにヨスミさんを世話する姿を見たディアネス嬢がユリアのことを認めたようで、そこからはお二人はもう毎日のように一緒に・・・。」
「・・・あら、もしかして寂しかったのかしら?」
「・・・ええ、そうですね。きっと寂しかったんでしょう。」
そう言いながら、困ったようにはにかむユトシス。
そんなユトシスの心境の変化に、あらあらとニヤリと笑みを浮かべる。
「そう・・・。その意味、きちんと理解しているのね?」
「・・・はい。」
先ほどよりも真剣な眼差しをユリアへと向ける。
フィリオラの聖焔に焼かれ、以前のような女性へ向けていた悪意ある雑念は全て焼き尽くされたユトシス。
故に今の彼には純粋な感情だけが存在しており、そんな彼がユリアへ向ける想いは純度100%の恋愛感情ということになる。
ただユリアは長命種とはいえ、まだまだ子供である。
そしてヴァレンタイン公爵家の当主になるために教育を受けており、ましてやユトシスは隣国の第一皇子である。
そんな2人が婚約をとなれば、一筋縄ではいかないだろう。
ダーウィンヘルドとヴァレンタインの仲は犬猿以上の仲であり、そして先日に判明したシャイネ公爵夫人の存命、それにダーウィンヘルド皇国の人間が関わっていたと記された書類の判明。
これはダーウィンヘルド皇国に戦争を起こすには十分なほどの理由であり、弁明さえも許されない。
今、両国がどのような状況なのかは定かではないが、少なくとも最悪を超え、一触即発状態であることは確かだろう。
シャイネ公爵夫人を救出した際には正式にダーウィンヘルド皇国へ宣戦布告をするのではないかとさえ噂されている。
もちろん、その状況はユトシスも把握していることだろう。
その上で、彼はユリアに好意を抱いている。
「・・・荊の道ですわよ?」
「わかっております。それに、私がすべきことも・・・。」
「・・・これだけは守ってちょうだい。」
そういうと、レイラはユトシスと距離を詰めていき、彼の眼前まで行くと真剣な眼差しで彼を見る。
その視線を受けて、彼は真っ向から一切目を逸らさずにレイラの言葉を待っていた。
「あの子を悲しませるような結末にだけはしないで。あの子はこれまでずっと想像することさえ憚られるほどの悲しい人生を歩んできた。そんなあの子がこれから受けるべきは幸福であるべきなの。だから、あの子を悲しませることがあったなら、その時は決してあなたを許しませんわよ・・・。」
「・・・はいっ」
レイラに気圧されながらも、はっきりと自らの気持ちを示す。
それを聞いて安心したのか、レイラは
「・・・そう、ならわたくしから言うことは何もありませんわ。・・・頑張りなさい。」
と言い残し、ユリアたちの元へと向かっていく。
一体何をすれば、あそこまでの風格を出せるのか・・・。
年下の令嬢なのに、あれは数十年を生きた者が漂わせる気品さを感じた。
安堵している中、次にフィリオラがユトシスの隣にまでやってきた。
「ホッとしているところ悪いけど、あなたが一番攻略しないといけないのはもう一人いることを忘れないでね。」
「・・・わかっております。」
「ならいいわ!眠れる野獣をどうやって攻略するのか、楽しみね!」
「ああ、本当に意地悪な御方だ・・・!」
フィリオラは小悪魔な笑みを浮かべ、ユトシスの肩に手をポンと置いた後、その場を離れて自らの席に着いた。
ユトシスも深いため息を吐いた後、席に着くと同時に扉が開かれ、中からフォートリア公爵夫妻とミミアン、そしてジェシカが食堂に姿を現した―――――。