意外な来客
馬車に揺られ、車内は和気あいあいとしていた。
ジェシカにとって、外の世界は未知の世界だったらしく、生まれてからずっとレスウィードの町と神殿に隠れる様に生きてきたようで、目をキラキラさせながら流れゆく景色を眺めていた。
それ故に・・・
「あっ、お婆様!あれはなんですか!?」
「・・・あれはゴブリンですわ。」
そう、ジェシカは今、絶賛【あれはなに?モンスター】へと変貌しているのだ。
景色で見えるもの、片っ端からレイラたちに質問をし続けて5時間。
すでにミミアンは真っ白に燃え尽きており、フィリオラは馬車の隅で気配を消し、蹲っている。
「ねえ、お婆様!あれは!あのぶよぶよとしてクラゲのような魔物はなんですか?!」
「・・・あれはスライムよ。」
スライムをまじまじと見つめていたジェシカは興奮気味にとある場所を指さす。
「あれがスライム・・・、ならあの一帯にいるのは全部スライムってことですか!?」
「・・・そうね。あれら一帯全てがスライム・・・・え?」
とここでレイラは我に返り、もう一度先ほどの辺りをジェシカと一緒に眺める。
そこにはかつて、エフェストルという町で起きた、【スライムスタンピード】で飽きるほど相手にし続けてきた【スライム】が辺り一面を覆う様に蠢いていた。
その数は当時ほどではないにしても、明らかに【スライムスタンピード】がいつ起きてもおかしくない規模であることは明らかだった。
「もし~!ジーデス!今すぐに止まりなさい!」
レイラが小さな小窓越しから、馬車を走行させているジーデスという名の御者へ声を掛ける。
「御嬢・・・?一体どうしたんで・・・うおっ?!」
突如として馬車が急停止し、中に乗っていたレイラたちは小さく悲鳴を上げながら転がり落ちる。
どうやら馬車事態が転倒したようで、馬車内の上下左右が90℃傾いていた。
窓の上に起き上がり、痛む首を抑えながら頭上を見上げる。
扉は先ほどの衝撃でどうやら外れているようで、青空が広がっていた。
その向こうからは馬のとシーデスの悲鳴が聞こえてくる。
レイラは天井にある出口へと軽く跳躍して手を掛け、そのまま自分の体を持ち上げて馬車外へと出る。
するとそこにはスライムに襲われている馬たちと、スライムに応戦しているシーデスの姿が見える。
そしてすぐそこまでスライムの群れが迫ってきていた。
「いつまで寝ているんですの!早く起きてくださいまし!」
「いってて・・・、え?!何がどうなってんの!?」
「どうやら馬車が転倒したようね・・・、あんっ!」
と急にフィリオラから艶っぽい声がこぼれる。
「ちょ、ちょっと・・・!それ私の胸・・・ひぃんっ?!」
「・・・あ、ごめんリオラっち!足が絡まって・・・うわわっ!」
「ちょ!?そこは・・・んっ!?」
「ごめんなさい、今すぐにどきます!」
とジェシカが慌てて立ち上がろうとした時、何かに引っ掛かったようで前のめりに倒れる。
その時、ミミアンへ覆いかぶさるように倒れ、彼女のその堅い黒曜毛に頭をぶつける。
「いったぁ・・・!?」
「わわ、ごめん!うちの毛、すっごく堅いからいきなり衝撃が加わると硬質化しちゃうの・・・!」
「私もごめん・・・。すぐに退くから・・・あっ!」
と無理に動こうとした結果、誰かの足に引っ掛かり、再度ミミアンへ倒れ込む。
今度は硬質化していなかったようで、体毛のうちにある柔らかい2つのたわわに埋もれることになる。
「ちょっと、なに女同士で乳を揉み合っておりますの!そんな場合ではなくってよ!」
「で、でも腕とか足が絡み合ってるみたいで・・・」
「もう埒が明かないわね・・・。」
とフィリオラは自らの人間の手足を消し、竜尾を顕現させるとそれを伸ばして馬車の外へ伸ばし、近くの地面へと突き刺すとそのまま体を持ち上げて外に脱出し、再度消していた手足を生成した。
「え・・・そんなことできるんですか?!」
「元々、この人体は魔力で構成されているから、自由自在に姿形を変えられるのよ。それこそ、人化するための魔力操作を極めてしまえば、人以外にも別の生物に変えることができるわ。小さな小鳥だったり、巨大な樹木だったりと様々ね。」
フィリオラからの話を聞いて、何かを閃いた。
「・・・あのぉ!!」
「おっと、ジェシカ。あなたが何を言いたいのか、何をしようとしているのか、何を望んでいるのか手に取るようにわかるわ。でも今はこの馬車から出て、外にいるスライムたちをどうにかするのが先決よ!」
「わかりました!!」
今まで以上にキラキラと目を輝かせながら頷き、ジェシカはミミアンを抱き上げながら立ち上がる。
「ほぇ?」
「それじゃ、ミミアン。いくよ!」
そこらへんに転がっている杖に目配りをすると、杖は淡く光り出し、ひとりでに起き上がるとジェシカの周りを浮遊し始める。
そしてジェシカとミミアンも光を帯び始めると杖と共に浮遊し始め、馬車の外に出た。
目の前に広がるスライム群を見て、ミミアンは呆気に取られる。
「・・・え、これ全部スライム?」
「ええ。ただこれぐらいだったらまだ何とかなりますわ。」
「でもお母様、この数はかなりの手間よ?」
「スライムってここまで増える魔物なんですか?」
「・・・ええ。スライムの増殖力は高い方ですわ。それこそ何もしなければ全ての陸地はスライムに覆われてしまうぐらいにね。だから本来、そうならないように定期的にスライムの数を減らすために冒険者や兵士らが討伐しているはずなのですわ・・・。」
「そっか・・・。今、タイレンペラーの兵士や冒険者たちは大変な状態だから手が回ってなかったんだ・・・。」
「だからといって公爵らが対応しようにも、あのゲセドラ王子に狙われているから迂闊に動かすことはできない・・・。」
「・・・あれ、でもレスウィードの町の際は私兵団引き連れて助けに来てくれたのはなぜ・・・?」
色々と話し合っていると、スライム群はどんどん迫ってきていた。
「うわぁぁあああああ・・・!!」
ジーデスの悲鳴が聞こえ、そちらの方を見るとスライムに足を半分飲まれそうになっている状態に陥っており、ジェシカは急いで彼を助けに行こうとした時、突然レイラの姿が消えたと同時に瞬き1回している間にすでにスライムは魔核を両断され、地面に溶け出す様に死んでいた。
「あ、あれ・・・私めは・・・」
「大丈夫ですの?お怪我はございませんこと?」
「え?あ、レイラお嬢様・・・。はい、おかげさまで何ともないようで御座います・・・。あ、ありがとうございます・・・!」
「まだ礼を言うには早いですわ。さ、早く避難してくださいまし。ここにいては邪魔になってしまいますわよ。」
「・・・申し訳ございません。それでは失礼致します・・・!」
そう言い残し、スライムが居ない方へと走って逃げていくジーデス。
彼を見送り、スライム群の方を見る。
「さて、スライム狩りと行きますわよ・・・!!」
それからそれほど時間がかかっただろうか。
すでに空は優しい色をした茜色に染まっており、すでに空には星がチラリと顔を覗かせていた。
先ほどまであんなにもいたスライムの群れはそのほとんどが討伐され、両手で数えられるほどまで数を減らされたスライムはもぞもぞと逃げる様に森の方へと動き出した。
逃げていくスライムの後姿を見送りながら、ミミアンは堪らず地面に仰向けとなって倒れた。
「つ、つっかれたぁ~・・・!!」
レイラは一切、息を切らしておらず、澄ました表情を浮かべながら鞘の中に黒妖刀を慣れた造作で静かに治める。
「ミミアン、あなたもう少し体力をつけた方がいいんじゃないかしら?」
「はあはあ・・・、逆に、どーしてレイラはそんな、何でもない顔、してられるのさ~・・・はあ・・・。」
「淑女として、常日頃、美しい体型を維持することは基本でしてよ?その為には毎日の基礎トレーニングは欠かせませんわ。」
「美しい体型・・・確かにレイラには必よ・・・ぐっふぅー!?」
ミミアンが最後まで言い切る前に、レイラからの制裁による鞘での打撃がミミアンの腹部に直撃し、そのまま大きく吹き飛んでいく。
体を回転させながら地面を何回か跳ねた後、近くにそびえ立つ割れた大岩へ顔面から突き刺さった。
ジェシカは唖然としながらミミアンの吹き飛んだ姿を見た後、青ざめた顔でレイラの方を見る。
レイラは何事もなかったかのように鞘を元の場所に収め、呆れたような表情を浮かべながらもその瞳は一切笑っておらず、とても冷たい感情が漂っていた。
「はあ・・・。ミミアン、それは言わないでと何度言えばわかるんですの。」
「ふへ、ふへへへ・・・」
「お、お婆様・・・?だ、大丈夫ですか?」
「え?あ、ああ・・・。ごめんなさいですわ、ジェシカ。怖がらせてしまいましたわね。」
といつもの調子に戻ったレイラは慌てた様子でジェシカの元へと駆けつける。
「あ、いえ・・・。ただ驚いただけです。あそこまで冷たい瞳を向けることも出来るんだなって・・・。」
「そのように感じられましたの・・・?うー、なるべく怖がらせたくはなかったのですわ・・・。」
「あ、お婆様・・・!別に私は怖いだなんて思ってないですよ!すごく優しくて暖かいって知ってますから!」
「ジェシカ・・・。ありがとうですわ。」
「えへへ・・・。」
レイラの扱い方が上手くなってきたな~・・・と、フィリオラは転倒した馬車に腰掛けながらレイラとジェシカが嬉しそうに話す姿を見守る。
そのまま体を倒し、足をぶらぶらさせながら徐々に黒に染まっていく夕空をボーっと眺めていた。
するとこちらに近づいてくる気配を感じ、ゆっくりと体を起こしてその方向を見ると、一番先に避難させたジーデスがどこからか調達したであろう馬を2頭連れてやってきていた。
「皆さまぁ~! お待たせしましたぁ~!」
先のスライムとの戦いで、馬は全てスライムに食べられたため、どうしようもなかったがこれで馬車を動かすことができる。
フィリオラは体を起こして馬車から降りると竜腕を顕現し、馬車を掴むと慎重に起こそうとしたがここで初めて、車輪の軸となる部分が折れていることに気が付く。
「あちゃー・・・。」
とそこへ馬を連れたジーデスがフィリオラの所までやってくる。
「すみません、なんとか近くの村まで行って何とか2頭の馬を売ってくれたのですが・・・」
「ありがとう、御者さん。でも、これを見て。」
フィリオラが軸の折れている部品を指さす。
それを見てジーデスも状況を察したようだ。
「これは・・・馬車を起こしたとしても無理ですね。部品事態を取り替えないと走行不可能・・・。」
「ごめんね、御者さん。せっかく馬を連れて来てくれたのに・・・。」
「いえ、馬車が転倒した時点でこうなっている可能性を考慮すべきでした。しかしどうしたものでしょうか・・・。」
「ジーデス、無事なようですわね。・・・そんな浮かない顔してどうしたんですの?」
そこでレイラたちにも状況を説明する。
さすがのレイラもこれにはお手上げ状態で、どうしたものかと頭を悩ませる。
ジェシカに至っては馬車という乗物さえも初めてで、話にさえついていけない様子。
だが遠くの方でまた別の何かが近づいてくる気配を感じ、フィリオラは馬車に飛び乗ると目を凝らして遠くの方を見る。
するとそこにはこちらに向かってくる、重々しい雰囲気を漂わせる馬車が見える。
時刻はもうすぐで夜を迎えようとしているこの時間帯に、一体どこの誰が馬車を走らせているのか。
すると、窓から顔を覗かせ、こちらに手を振る存在に気が付く。
そしてその姿は、フィリオラも良く知る人物だった。
あっという間にフィリオラたちの前で停車した馬車から姿を現したのはハルネと、
「え、ユリア!?」
「はい、レイラお姉様!この私、ユリア・フォン・ヴァレンタイン公爵令嬢。ただいまレイラお姉様たちをお迎えに来ましたの!お久しぶりですの、お元気でしたか!」
嬉しそうに話す小さな令嬢は、美しい白銀の長髪をなびかせ、細長い耳、褐色の肌、そしてヨスミと同じ深紅の瞳を輝かせるダークエルフのユリアが見事なカーテシ―を決めながら挨拶したのだった―――――。