彼女の門出を見送る二つの影
レスウィードの町で起きた大規模な戦闘が終結し、戦後の処理が始まって数日が経った。
すでに説明を受けていたジャステス公爵と兵士らは、町の住民らを全員を淡々と殺していく。
一部、命乞いをしてきた住民もおり、同情を示した瞬間襲い掛かられてしまい、重傷を負った事案も発生してしまう。
それ故にその作業性はとても淡々としており、子供や老人などもまるで作業をこなしているかのように淡々と殺していく。
なるべく兵士らに負担を掛けぬよう、ジャステス公爵は率先して生き残った住民たちを殺していく。
故に、ジャステス公爵の表情はどんどんと曇っていき、特に泣きながら恐怖している女の子を手に掛けた時が特にひどかった。
だが決して躊躇しなかった理由は、すでに一度、ジャステス公爵はサハギンらで引き起こされた凄惨な戦いに参加していたからだ。
小さな女の子を殺し、その先にあった別のサハギンの苗床と化した住民らの成れの果てが密集している巣を見つけた時、自分は間違っていないと言い聞かせるように目を伏せる。
苗床にされた住民らを見た兵士たちはそのあまりの惨さに吐いたり、その場から逃げ出したり、怒りを露わにしたりと様々な反応を見せる中、一人の兵士がおどろおどろしい様子で1人の苗床の元へと駆けつけると、そのまま抱きしめながら声を上げて泣く。
どうやらその兵士の姉だったようで、レスウィードの町へ嫁いでから音沙汰もなく、心配していたとのこと。
今回の作戦に参加し、嫌な予感を胸に抱えながら迎えた結末が最悪なものとなってしまった。
幸い、死んではいないため、今後彼女が立ち直れるかどうかは彼の渾身的な支えにかかっていた。
そんな悲劇的なドラマが幾つかある中、公爵家によるレスウィードの町民皆殺しという傍から見たら明らかに異常としか思えない戦後処理は5日間という時間をかけてついに終わりを迎える。
だが、それによってもたらされた公爵軍への影響はすさまじく、精神崩壊を起こした者らが続出してしまい、作業中もその数が余りにも多く、作業が難航してしまったが故に予定よりも3日も遅れてしまったことも原因の一つであった。
その後、兵士らのメンタルケアのために一度レスウィードの町から離れ、近くの村の傍で野営を張り、兵士らの心身を休ませていた。
兵士らを休ませている中、ジャステス公爵は単身でレスウィードの町に赴き、自ら手を掛けた住民らを丁重に抱えては町の中心部にある屋敷の一室に並べていく。
そんな彼の姿を見て、兵士の何人かがジャステス公爵の制止を無視し、死体を運び始める。
レイラやミミアンもジャステス公爵らを手伝っていたが、4日目からは今まで臥せっていたジェシカも手伝うようになる。
全ての住民を屋敷内へと移動させると、ジャステス公爵を手伝っていた兵士らに薪を1階部分に敷き詰めるよう指示し、兵士らは周囲の家に備蓄されていた薪を持ってきて屋敷の1階に詰めていく。
ある程度敷き詰めた所で、兵士らを下がらせ、ジャステス公爵は屋敷に火を放った。
薪に燃え移り、薪から床へ、壁へ、カーテンへ、装飾品へ、そして住民らの死体へ・・・。
屋敷全体が炎に包まれるまで、そう時間は掛からなかった。
激しく燃え上がる屋敷をじっと見つめる彼らの瞳には、言葉にならない感情が見えていた。
そんな中、ジェシカはナイフをどこからか取り出すと突如として自らの魚眼へと突き立てる。
レイラたちが急いで止めに入ろうとしたが、すでに魚眼をナイフでくり抜いた後で、激痛であったはずなのに、ジェシカの表情にはそのような様子は見られない。
ただじっと、取り出した魚眼を見つめた後、燃え上がる屋敷の中へと放り投げた。
レイラは急いでジェシカの傍まで寄ると、血が垂れ流しとなっている左目にそっと手を当て、治癒魔法を掛ける。
「これで、いいんです。もっと早くこうしていればよかった・・・。」
ジェシカは誰にも聞こえない様な小さな声で、そう呟く。
くり抜かれた左目からは涙の代わりに、様々な感情がまじりあった血が涙となってジェシカの頬を伝う。
その言葉に返事を返すこともなく、ジェシカをそっと抱き寄せると、ジェシカはレイラの胸元に顔を埋め、声を押し殺して泣いていた。
それからまた1日が過ぎ、ジェシカもレイラたちと行動を共にするようになった。
ジェシカは精神が崩壊している兵士たちに寄り添い、彼等の心に掛けられた重みを軽減させるために話を聞いたり、<癒しの水>で包みこんだりしていたおかげで、精神崩壊を起こした兵士らはそれ以上酷い状態に陥ることはなかった。
町周辺を探索し、サハギンが他に何か隠していないか調べたり、隠れていないかくまなく探索する。
そして何もないと、もうこれ以上奴らの痕跡が見つからない事からジャステス公爵は終わりを宣言した。
兵士たちは意気消沈しながら、その重い足取りで公爵領へと戻っていく。
「それじゃあ私たちは帰る。お前たちはどうするんだ?」
「うーん、うちらももう少ししたら戻ると思う。」
「そうか。・・・あのジェシカとかいう娘に伝えてくれ。あなたは私にとって命の恩人でもある。我らの領地へ来ることがあれば、歓迎しよう、と。」
「・・・ありがと、パパ。」
そう言いながらミミアンはジャステス公爵へと抱き着く。
「・・・あの子は幼い身でありながらも、決してあの歳で迎えるべきではない悲惨な運命を経験してしまった。とても哀れな娘よ・・・。故に、これからはあの子にとってより良き人生であれるように、彼女に助けられた者として寄り添っていかねばならぬからな。」
「・・・そうだね。それに友ぴっぴとして、うちもせいいっぱいジェシカと一緒に色んな時間を過ごすつもり!」
「そうかそうか。ではまた後で会おう。」
「うん!パパも、ママも気を付けてね・・・!」
そういって、ジャステス公爵はユティスの所まで歩いていき、そのまま肩を抱きながら馬車へと乗り込むと兵士らと共に公爵領へと戻っていった。
そんな彼らを見送り、ミミアンはレスウィードの町へと戻っていく。
未だに燃え続ける中央の屋敷を見続けるジェシカの姿を見つけ、獣走行で駆け寄り、そっとジェシカに顔を擦り付ける。
そんな甘えん坊なミミアンの存在に気付き、優しく微笑み返しながらその場にしゃがみ込んでミミアンに抱き着いた。
「ジェシカっち、何を考えてたの?」
「・・・お父様とお母様のこと、でしょうか。2人とも、私の前で亡くなってしまいましたけど、その最後はどちらも笑顔を向けてくれたんです。なのに私は泣き顔で2人を見送ってしまったことが心残りで・・・。笑顔で見送れていたら、安心して神の元に召されたのかなって考えてしまうのです。」
「きっと、大丈夫だよ。会えないまま死んでしまう事よりも、会って触れ合って、最後に看取られながら死ねたんだもん・・・。それだけでも十分だとうちは思うな。」
「・・・それなら、いいんですけど。」
ミミアンはジェシカの頭にそっと手を置き、優しく撫でる。
「・・・ねえ、ジェシカっち。」
「はい。なんでしょうか?」
「これからどうするか決めたの?」
ミミアンにそう言われ、少し考えこむ。
そして幾つかの質問を投げかけてきた。
「確かこの町はもう廃村されるのですよね。」
「・・・うん。それは決定事項みたい。」
「それもそうですよね。この町の象徴だった存在もいなくなり、町としての機能は以前から絶えていたんですから。それに以前住んでいたアトラティスカももう駄目になってしまいましたし・・・。」
海底神殿アトラティスカは先の戦いで結界は壊されて文字通り、海底に沈んでしまい、すでに建物としての機能は失われている。
「・・・あはは、これからどうしましょうか。」
「じゃあさ、じゃあさ!うちらと一緒に来ようよ!」
「え・・・?」
「あら、それはいい提案ですわ。」
そこへレイラがやってくると、ジェシカの隣に座る。
「あ、あの・・・レイラ様・・・?」
「あら、貴族令嬢が地面に座る事がそんなに驚くことでして?別にこんなことで消えてしまうような貴賓なら、元から要りませんわ。大切な孫娘が途方に暮れている中、その隣に座ってあげられず、慰めることができないのなら、喜んで返上致しますわ!」
「ま、孫娘って・・・」
「あら、違って?これでもわたくしは本気なのですよ?」
そう言いながら、ジェシカをじっと見つめる。
段々と恥ずかしくなったのか、両手で顔を覆い隠す。
「・・・うふふ、少し揶揄いすぎてしまいましたかしらね。」
「お、・・・お、お婆様・・・!」
「・・・ああ、良い響きですわね。」
「ねー、レイラ。あんたって一応歳はまだ18にも行っていないのよね?それなのにお婆様呼ばわりされて喜ぶなんて、おかしいと思うんだけ・・・ぐふっ?!」
なぜか突然吹き飛んでいき、近くの家の壁にめり込むミミアン。
一体いつ、ミミアンへ打撃を加えたのか全くわからなかった。
「み、ミミアン様・・・!?」
「あれくらい大丈夫ですわ。むしろご褒美に近いですわね。ジェシカ、あなたももしあの子に何かされそうになったら遠慮なくふっ飛ばして差し上げて。」
「え、でも・・・」
「あれがあの子にとって求めているものですのよ。ほんと、質の悪いことに・・・。」
「あ、あはは・・・」
どこか諦めたかのような口調でため息交じりに話す。
そんなレイラの様子を見て、思わず愛想笑いを浮かべてしまった。
「それよりも、先ほどの話。わたくしたちと一緒にという話ですけど、ジェシカ。あなたはどうしたいんですの?」
「私、は・・・。」
また再度何かを考えながら、目の前で燃え続ける屋敷の方へと視線を向ける。
こうして3日間、ずっと燃えているはずなのに崩れる様子も見せず、かといって他の家に飛び火することもない。
ただその屋敷だけが黒い煙を上げながら、ずっと燃え続けているのだ。
兵士の1人が水を掛けて鎮火させようとしたが、全然効果がなかったらしい。
その内火の手もおさまるだろうとそのまま放っておくことになった。
「・・・片目を自らえぐり取ったせいで見た目は非常に良いとは言いません。それに体のあちこちにはサハギンの証である魚鱗も生えているんです。こんな化け物のような見た目をしている私を御傍に置いてくれるんですか?」
その瞳は真剣だった。
涙を浮かべているわけでもなく、感情に訴えているわけでもない。
ただ、こうした見た目が異質な存在を連れていくことにはデメリットが増えていくが故にきっとそちらの方を心配したのだろう。
それを受けてレイラはそっとジェシカを抱き寄せた。
空洞になっている左目の目元にそっと触れながら、優しい口調で語り掛ける。
「あら、見た目なんて関係なくってよ?必要なのは、誰かを想う心、労わる優しさ。そして、何かを愛することのできる思いやりですわ。ジェシカ、あなたは父と母を想う美しい心を持ち、気に病む兵士らを労わってあげるほどの優しさを見せ、そしてわたくしたちを心配して自分を被虐した質問をしてくるほどの慈悲深い思いやりを示してくれましたわ。例え誰が何と言おうとも、あなたはわたくしの大事な孫娘ですわ。」
「・・・うふふ、それを聞けて安心しました。これからもどうぞ宜しくお願いします。お婆様っ」
そう言いながら、レイラへと腕を回して抱き着く。
そんなジェシカを愛おしそうに眺めながら優しく頭を撫でた後、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃ、わたくしは先に馬車で待っておりますわね。」
そう言いながら、2人に優しく微笑むと華麗な足取りでその場を後にした。
「ミミアン様、私たちも一緒に行きましょう!」
「あ、ジェシカっち!友ぴっぴに様はいらないからっ!」
「・・・それもそうですね。」
「あと敬語もなしっ!」
「・・・それはちょっと困るかもしれません。」
「だいじょーぶ!ジェシカっちならいけるっしょ!」
「・・・なるべく善処しま・・・するね!」
「そのちょーし!それじゃ、いこっか!」
そういってミミアンは立ち上がり、ジェシカへと手を差し伸べる。
その手を取って立ち上がり、2人はレイラの後を追うように燃え盛る屋敷を背に駆け出す。
ふと、ジェシカは何かを感じ取り、振り返る。
「・・・ジェシカっち、どうしたの?」
「いいえ、なんでもありま・・・ないよ!」
「????」
「さ、いこうっ!」
ジェシカはミミアンの手を掴み、駆け出す。
うわわわ!と体勢が崩れかけながらも、ミミアンはジェシカに手を惹かれながらその場を後にした。
風が吹き、屋敷の炎が揺れる。
そしてジェシカの後ろ姿を愛おしそうに見つめている2つの影が照らし出されていた。
それはいつまでもずっと、ずっと・・・――――――。