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父が娘へ残す最後の言葉


「・・・ねえ、ママ。」


レスウィードを急いで海岸へ運びながら、ルーフェルースは不安げな声で呼びかける。


「この竜さん・・・、もうだめそうだよぉ・・・、あっ?!」


とルーフェルースは何かに気付いたのか、突然悲鳴のような呻き声を上げる。

直後、水面に巨大な何かが落ちる音が聞こえ、見てみるとレスウィードの胴体から腐り落ちたのか、下半身部分だけが海上に浮かび上がってくるのが見えた。


「そんな・・・。レスウィードお父様・・・!!」


ジェシカは堪らず、レスウィードに呼びかける。

だが、彼から返事は返ってこない。


「いや、だめ・・・だめです!お父様・・・、お父様ぁ!!」

「ルル、無茶を言うようだけれど、なるべくレスウィードへ振動を与えないように飛行速度を上げられれるかしら?」

「うん・・・、やってみる~。」


レイラの要望になるべく応えるために、ルーフェルースは出来るだけ慎重に、尚且つ先ほどよりももう少しだけ早めに飛行速度を上げていく。


そしてようやく海岸付近にたどり着いたところで、抱えていたレスウィードの胴体をそっと浜辺へと下ろす。


ルーフェルースの背中から飛び降りたジェシカは下ろされたレスウィードの頭へと駆け寄る。


「レスウィードお父様・・・、どうか、どうか目を覚ましてください・・・!」

「・・・。」


それでも彼から何かしらの反応は見受けられない。


レイラはミミアンと共にフィリオラへ肩を貸しながらルーフェルースの背中から降り、ゆっくりとジェシカの元へとやってくる。


涙を流しながら必死にレスウィードへ呼びかける姿は、すごく哀れに感じられる。


「そ、そうだ・・・。フィリオラ様、私を貫いた傷を癒したあの力、どうかレスウィードお父様にも・・・!」

「・・・それは無理よ。このスキルを使う際、かなりの負担が掛かるから一日に2回、それも使った後は数時間後にじゃないと2回目はちゃんとした効果は期待できないわ。でもそれは相手がまだ・・・―――――生きている状態でなければ意味がないの。」


それを聞いて、ジェシカの顔から血の気が引いていく。


「そ、それって・・・。」

「・・・もう、レスウィードは死んでしまったわ。」

「・・・うそ、うそです。なんで、さっきまで一緒に・・・戦って、いたのに・・・。そ、それに私の防御魔法だって!」

「・・・恐らく、オールドワンの前だとあなたの魔法は無意味だったのでしょうね。」

「む、無意味・・・!?」

「ちょっとフィーちゃん・・・!」


フィリオラの言い方に思う所があったのか、ジェシカは思わず彼女に掴み掛かろうとでも言わんばかりに距離を詰め、ミミアンが思わずジェシカの体を抑える。


だがフィリオラはレイラに肩を貸しながらも、凛とした態度で話を続ける。


「勘違いしないで。ジェシカ、あなたの魔法の扱いはかなりのものよ。それこそこの国で言う【百獣の王牙(レオンファング)】クラスに匹敵するレベルといってもいいわね。」

「・・・ならどうして無意味だって!」

「相性が悪すぎたのよ・・・。」

「あ、相性・・・?」


と、ここで耐え切れなくなったのかフィリオラの足に力が入らなくなり、倒れそうになるがレイラがすぐさま支え、そっと地面へ座らせる。


「ありがとう、お母様。」

「ううん・・・。何度も無理させてごめんですわ。」

「私こそ、大事な時にこんな体たらくでごめんね・・・。」


レイラへと微笑み、謝罪を述べた後、気を取り直してジェシカの方に向き直る。


「話を戻すけど、オールドワンは恐らく、以前エレオノーラっていう竜人から聞いた、伝承に出てくる【怪物】の一部、配下?なんでもいいわ。おそらくそういった類のまさに【化け物】よ。今回だって封印され続け、大きく弱っていたところに何とか封印が解かれたとしても、以前の様に力を出せない状態だったが故に今回はなんとかなったと思うわ。おそらく、私たちドラゴンに対して特攻効果のある魔力を持っている可能性が高いの。」

「ドラゴンに、特攻の・・・魔力?」

「ええ。レスウィードも言っていたでしょう?彼が仕えている青皇龍はかつて、世界を滅ぼそうとした大いなる【怪物】と繰り広げ、その際に負った傷を癒すために数千年も費やしたって。青お姉様は本来、ありとあらゆる”傷”という概念を負うことは決してないの。万物を無効化にすると言われる青お姉様の竜鱗は、たとえそれが姉妹龍である白お姉様でさえ叶わなかった。でも、そんな青お姉様に瀕死の傷を与えたということは、つまりそういうことよ。故に、ジェシカ・・・。【ドラゴンマナ】を宿すあなたが張った防御魔法はきっと他の魔物に対しては全てを弾き返したでしょうね。でも、相手は怪物の力を受け継ぐオールドワン・・・。故に、あなたの魔法は効果を成さなかった、ということよ。」

「・・・そんな、そんなぁ・・・!!」


とうとう堪えきれず、ジェシカは声を上げて泣き始めた。

ジェシカを優しく抱きしめながら、ミミアンはふと疑問が浮かび上がる。


「・・・ねえ。一ついい?」

「なに?」

「ジェシカとレスウィードらの攻撃を受けてもそこまで致命傷になってなくて、うちとレイラの攻撃であんなにもあっさり倒せたのはそういった意味もあるわけ?」

「・・・おそらくね。まあ攻撃が効いていないというわけではないわ。ただ効き難いってことなんでしょう。」


ジェシカはミミアンに支えられながら無気力に立ち上がり、レスウィードの元へ戻ると息絶えているレスウィードの顔にそっと体を寄せる。


「こんな、ことなら・・・もっと、話したかった・・・。もっと・・・。」


―――泣くな、ジェシカよ。


「・・・え?」


声が聞こえ、ジェシカは顔を上げる。

するとそこには体から【ドラゴンマナ】が漏れ出す様に霧散しており、それが形を成してレスウィードの顔を作り出した。


「れ、レスウィード・・・お父様・・・?」


―――ああ、私だ。といっても、これが本当に最後であるが。


「いや、そんなこと言わないでください・・・!」


突然ジェシカがどこか虚空へ話し出す。

その様子を見て錯乱しているのかとミミアンがジェシカに駆け寄ろうとしたが、レイラがそれを阻止する。


「え、なんで?ジェシカっち、明らかにおかしくなってるって!」

「・・・いいえ。感じるんですの、レスウィードの【ドラゴンマナ】が。きっと、最後の挨拶をしているのですわ。」

「感じるって、うちには何にも・・・」

「【ドラゴンマナ】に触れたことのある者じゃないと無理よ。でも、確かにあの亡骸から【ドラゴンマナ】が漏れ出ているわ。静かに見守りましょう。」

「・・・うん。」


レイラとフィリオラに諭され、ミミアンはくぅんと悲しそうに呻きながらジェシカを見守る。


「お父様・・・」


―――そなたに謝らなければならぬことがある。


「え・・・?」


―――長い間、一人にしてすまなかった。きっと、そなたはとても辛く、苦しい時を過ごしてきたのだろう。その時、傍に居てやれず・・・


「そんな、違う!レスウィードお父様は何も悪くなんか、悪く・・・なんか・・・。」


必死に否定したいジェシカではあったが、次第にその言葉は違うものへと変わっていった。


「・・・寂しかったです。ずっと、ずっと・・・。怖くて、辛くて、会いたかった・・・。でも、お母様は助けられなくて・・・。お父様だけでもって・・・助けた後はずっと一緒にって・・・。でも、どうして、どうしてなんですか・・・わた、し・・・そんなこと、さえ・・願ってはいけないんですかぁ・・・それは、私・・・が、生まれちゃいけない、子だから・・・そんな幸せも許されないんですかぁ・・・!!」


―――それは違う!


レスウィードは声を上げ、ジェシカの言葉を強く否定する。

そして優しい口調で語り掛ける。


―――私とカミラは、そなたをカミラのお腹に授かったとき、心から幸せを感じた。カミラも私と同じ気持ちであった。我らはそなたが生まれてくるのを心から待っていたのだ・・・。そして何よりも、私たちの元に来てくれたことを、お前が誕生したことを心より祝福したのだ。決して、お前は生まれてはいけない子だなんてことはない・・・!


「で、でも・・・私、体のあちこちに・・・忌むべきものがあるんです・・・。この気持ち悪い瞳だって!本当なら、ここにはお母様の瞳かお父様の瞳が受け継がれるべきだったのに・・・こんな気味悪い瞳なんてぇ・・・!」


と自ら魚眼を杖で貫こうとしたが、それは失敗に終わった。


「・・・なんで、止めるんですか。」


ジェシカが握る杖に、【ドラゴンマナ】がまとわりついている。

それはしっかり握っているようで、びくともしなかった。


ジェシカはそのまま杖から手を離し、俯いてしまう。

そんな娘にまた優しい口調で語り掛ける。


―――そなたがたとえ自らの体をどう思っていたとしても、私はその全てを受け入れ、愛しい娘であることに変わりはない。たとえそなたであっても、私とカミラの宝であるそなたを傷つけるような真似は決して許さない・・・。だから止めたのだ。


「・・・う、ううっ・・・。」


―――本当にすまぬな。私はダメな父なのだ。大事な時に愛する妻を守れず、目の前で泣き続ける娘を抱きしめてやることさえできない・・・。そなたの存在をもっと早く感知し、さっさと起きてそなたを助けてやれれば、そなたともっと会話できていたであろうな。悲しみ、憎しみにこの魂を焦がしている場合ではなかったのに・・・。


そしてレスウィードの体は徐々に薄くなっていくことに気が付き、ジェシカの焦りは増していく。


「おと、お父様ぁ・・・!!」


―――ああ、ジェシカ。私の愛しい子よ・・・。これだけは決して忘れず、心に刻んでおくれ。私とカミルはお前がこの世に生を受け、生まれてくることを他の誰よりも待ち望み、そして心から愛し続けていると・・・。心から、いや、私の魂を込めて・・・―――――愛している。


最後にそう伝え、レスウィードを模った【ドラゴンマナ】はジェシカに触れるとそのまま霧散し、消滅していく。


そしてただ1人残されたジェシカは虚空を抱きしめ、その悲痛な泣き声はいつまでも浜辺に響き続けた・・・――――――。



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