凶兆
「これがメニューだよ。何を注文するか決まったら呼んでおくれ!」
メニュー表を渡し、ネリアは厨房の奥へと入っていった。
渡されたメニュー表を広げると、様々な料理名が記載されていた。
「・・・読めるかどうか心配していたが、大丈夫そうだな。」
これも異世界転移した際の特典みたいなものかな。
でも、この文字はまるで・・・。
日本語のひらがなとカタカナを足して2で割った後に崩したような・・・。
うーん、何とも言えないこのもどかしさ。
「まあ読めるならそれでいいか。うーん・・・、とはいっても料理名でピンとくるものがあまりないんだよなあ・・・。」
「あ、いた。ヨスミ~!」
「あ、フィリオラ。こっちだ。」
こちらに手招きして、向かい側の席へと座った。
「正直、どんな料理が出てくるのかわからないから、フィリオラが選んで頼んでもらってもいいかな?」
「いいわよー。何かメインに食べたいものとかってある?」
「・・・そうだなー。この村で取れた農作物が一番おいしく食べられそうな料理とがっつりとしたお肉を。あ、それとお酒・・・ビール、ミードとかあったらそれも頼みたい。」
「はいはい。ちょっとー、いいかしらー!」
フィリオラが近くで給仕していたアンナを呼びつけ、色々とメニューを頼んでいた。
それから少し経った後、料理が運ばれてきた。
様々な野菜が入った色とりどりのサラダ、ニンニクのようなモノが乗ったガッツリとしたステーキ。
ゴロゴロした野菜が煮込まれたシチューに、焼き上がった黒パン。
そして脇に置かれた小型の樽コップに入ったミード。
漂う匂いはとても刺激的で香ばしく、まさに今空腹が求める料理がそこにあった。
こういった料理はこの時代だと基本的に味が薄かったり、きちんとしたハーブや調味料が入っていないために妙な味になってたりと味には期待できなかったが・・・。
「うん、うまいな。ミードも冷えてはいないけど十分うまい。」
「それはよかったわ。」
「ほ~ら、ハクアたん!お肉ですよ~!」
『わーい!美味しいのー!』
ヨスミが差し出したステーキの切れ端を美味しそうに食べるハクアを見て、何とも言えない表情に呆れかえっているフィリオラ。
そんな食事風景が続き、ある程度食べ終えた所で、
「周囲を見てきた感じ、何かしら危険とかはあったのか?」
「多くはなかったけど、魔物たちはいたわ。まあ大きな脅威らしい脅威はなかったわよ。」
「そうか。なら大丈夫かな。まあ、この村の防衛能力は伊達じゃないし、ちょっとやそっとじゃ破れそうにないし。」
「そうねー。大きな脅威が来ても今は私がここにいるし。なんならヨスミもいるしね。」
「ゆうて僕の能力はそこまで便利じゃないぞー?」
「瞬時に、そして的確に相手の急所を潰せるあなたの能力ほど便利なものはないと思うわよ?」
樽コップに残ったミードの残りを一気に飲み干し、コップを机に置く。
「ふう・・・。まだ色々と検証出来てないから詳しくは言えないけど、本当に僕の能力は便利じゃないよ。まあ、今のところはだけどね。」
「ふーん・・・。そういえば、部屋は取れたのよね?」
「ああ、もちろん。これがその鍵だよ。」
緑色の水晶が付いた鍵をフィリオラに渡し、ネリアから受けた説明を軽く話した。
「それじゃあハクアたんをよろしく頼むよ。」
「こんな時間にどこか行くの?」
「ああ、ちょっとね。それじゃあまた明日。」
そう言ってフィリオラたちをその場に残し、酒場を後にした。
外に出ると同時に建物の屋上へ”移動”し、周囲を見渡す。
松明の灯りだけが辺りを照らし、想像以上に周囲は暗かった。
そこから見える森の茂みに”移動”すると、辺りを警戒する。
「さて、僕の持つ能力・・・”転移”について詳しく検証しようか。」
目の前にはコボルトの死体が山の様に積まれている。
このコボルトで色々分かったことがある。
やはり僕の予想通りだった。
まず、神と話したことを思い出し、”転移”という能力には数多くの制約が課せられており、僕の偉業によって課せられていた制約のほとんどが取っ払われたと言っていた。
つまり、幾つかの制約がまだかかったままだということ。
なのでまず先に僕が確かめる必要のあることは、その制約を知る事。
もしその制約により、窮地に陥ることがあれば僕は簡単に死んでしまう。
まず掛かっている制約の一つは、転移できる範囲は無制限ではないということ。
今現段階では自分が立っている位置を中心にし、半径500mほど。
それ以上の範囲にある者を転移させようとすると頭痛がし始める。
それでも無理にやろうとするとできなくはないが、更なる身体への被害が起こりそうなのでやめておいた。
500m以内であれば、どこにどう転移させても可能であること。右手から左手へ、右前方にあるものを左後方へ、空中から地中へ、地上から地中へ。
だが、地中からは何も反応がなかった。
理由は簡単だ。自分の目視で、理解しているものではない物は範囲が及ばないということ。
ただ、穴を掘る様に地上の見える範囲の土を転移することができる。
転移する大きさは自由にでき、1mでも3mでも、なんなら499mなんてぶっ飛んだことだってできる。
だが、数センチでも目視できない地面の中は反応しない。
この目で見えないもの、転移は発動しないということ。ただ、構造を理解しているものに関しては例外みたいで、例えば生物の内側にある臓腑の位置をしっかり理解していれば、問題なく発動すること。
だから平原狼やら盗賊やらに関しては、その内側の構造、つまり内蔵等の位置を知っているから僕の転移が初等出来たという事だ。
そして転移できる者の質量の制限に関しては一切の制限はないようで、重さも大きさも関係なくありとあらゆるものを転移できるということ。
ただ、ここまで判明した上で疑問が出てきた。
どうしてフォレストゴブリンにこの転移という能力が発動したのか。
フォレストゴブリンなんて存在は初めてみたのに、どうして心臓を転移できたのか。
目の前に積み上げられたフォレストゴブリンとは違うコボルトというこの魔物にも普通に転移が発動できた。何なら五臓六腑正確に。心臓だけじゃなく、別の内臓であっても正確に”移動”できた。
「本当に猶更不思議なんだよなあ・・・。」
とりあえず調べたいことは大体わかったから今日はここま、で・・・。
「・・・ん?」
ふと奥の方から殺気じみた視線を感じ、そっちの方を向いてみる。
暗闇の森だからか、何も見えない。
だが、確かにこの目線の先から悍ましい何かを感じる。
よく目を凝らしてみようとした時、
――ヒュンッ!
奥の方から何かが飛んでくると、それを転移し、僕ではなく、飛んできた方向へ飛んでいくように位置を転移させた。
その後、醜い悲鳴が聞こえてきた。
どうやら当たったようだ。それで死んだかどうかは確認できない。
声が聞こえた方へ移動すると、足元にコボルトでもゴブリンでもない知らない魔物の死骸が転がっていた。
「こいつは・・・・。」
魔喰蟲・・・?
バッタ・・・みたいな見た目をしているけど、飛んできた何かをぶつけたせいで体の半分が肉塊になってるせいでよくわからない。
それに・・・、何か嫌な予感がする。
「こういう時に魔物に関する知識を知らないせいで、正しい判断ができないのがもどかしい・・・。」
フィリオラに協力を煽るか。
とりあえずこの魔喰蟲を持って、フィリオラの元へ移動した。