【堕落した混血】戦 後半
「皆、無事で・・・はなさそうだな。」
レイラたちを庇う様に前に出て仁王立ちしながら、顔を横に向け、視線だけを動かして彼女らの様子を確認する。
もはや満身創痍に近い状態の彼女らの姿を見て、握る拳に力が入る。
特に娘に傷を負わされたことに気付いた時、その身に宿した闘士が一気に燃え上がるのを感じる。
「・・・後は我に任せ、お前たちはそのまま撤退―――」
「いいえ、ジャステス公爵様。これはわたくしらの戦いでもあります!足手まといにはなりませんので、どうか・・・!」
「パパ、うちからもお願い・・・!ここまでやられっぱなしは無理!ぜぇーったいアイツに一発強烈なの入れなきゃ割にあわないってーの!」
「それにあれは私の身内のような物です。身内の尻ぬぐいは身内である私がしなくてはなりません・・・!ですから・・・!」
「・・・まあお母様たちは諦めるつもりはなさそうよ。あ、ちなみに私もやるからね。」
レイラたちの主張は揺るぎなく、説得しても無駄だろうとすぐに悟った。
「・・・はあ、なんともまあ勇ましくなったものだ。よいか、死線の線引きを決して見誤るな。ギリギリまでなら、という考えも捨てよ。ただ生き延びるための戦いをするのだ!」
そう伝えると、その視線はミミアンに向けられ、
「・・・強くなったな、娘よ。」
とボソッと呟き、再度【堕落した混血】へ向き直る。
右腕を上げ、指に力を入れながら骨を鳴らす様に拳を握る。
「待たせたな、サハギンよ。」
「(ミミアンのお父様【堕落した混血】です・・・!)」
突然、小声でジェシカが話しかける。
「(・・・別にサハギンでも良いではないか?)」
「(ダメです!名前は大切です!間違えられたらとても悲しいです!)」
その真剣な眼差しに押され、コホンと気を取り直す。
「待たせたな、【堕落した混血】よ。我が娘とその友人らをこのような姿にした貴様を、我は決して許さぬ。楽に死ねぬと思うなよ・・・!」
「オオオォォォオオオオオオ!!!!」
両者は同時に跳躍し、一気に距離が縮まり、双方の武器の範囲内に入ると同時にお互いの攻撃がぶつかり合う。
「<黒曜爪双撃>!」
両腕の黒曜爪手甲を交差するように挟もうとし、それに対抗して【堕落した混血】は両腕に握られた三又槍を構えて、ジャステス公爵の黒曜爪へとぶつけて攻撃を防ぐ。
そのまま拮抗状態が続くかと思いきや、ジャステス公爵はすぐさま黒曜爪を引っ込めることで、力のやり場を失い、前のめりに体勢が崩れた所をすぐさま拳で【堕落した混血】の顔面をぶん殴る。
大きく仰け反りながらも三又槍で斬りつけようと反撃してくるが、すぐさま黒曜爪を出してそれを防ぎ、そのまま受け流しながら今度は胴体へ強烈な蹴りを繰り出す。
そのまま大きく後方へ後退しながらも三又槍のリーチを生かしながら、ギリギリの攻撃範囲で強烈な突きを繰り出す。
目にも止まらぬ速さで繰り出される双槍の連続突きを躱し、そして受け流しながら、徐々に距離を詰めていく。
だが足元に水が滴り始めたのを察し、咄嗟に地面を強く蹴ることで水が湿る地面を砕き、そのまま地面が割れていき、【堕落した混血】の足元にまで伸びると奴の右足がその地割れに触れた瞬間、大きく崩れ、体勢が大きく崩れた。
その瞬間を狙って一気に距離を詰めると同時に、再度防がれた攻撃を繰り出した。
「<黒曜爪双撃>!!」
今度はそれを防ぐことができず、防ごうとした胴体を空間ごと切り裂いた。
だがジャステス公爵はそのまま追撃するかのように黒曜爪による連撃を繰り出す。
「<黒曜爪連撃>!」
防御しようとした腕を切り落とし、胴体も深く切り裂き、反撃しようとしなる尾も細切れにし、そして無数に切り刻まれた空間を黒曜爪に引っ掛け、そのまま【堕落した混血】の頭上から叩きつけて全身を細切れにする。
だがジャステス公爵はすぐさま振り向きざまに黒曜爪で大きく切り払う。
そこには先ほど細切れに切り刻んだはずの【堕落した混血】がいて、奴の片腕をそのまま切り落とした。
【堕落した混血】は堪らず、距離を取ろうと跳躍する。
切り落とされた片腕がもぞもぞと蠢きだし、その傷口から腕が生えてきた。
先ほど胴体を切り裂いたはずの傷痕もすでになくなっていることから、奴の持つ回復能力は恐ろしいほど高いと分かる。
先ほど細切れに切り裂いたはずの【堕落した混血】がいる地面を見下ろすと、ゆっくりと水へと変わり、そのまま地面に染みていく光景を目にした。
「・・・高い自然治癒能力に、これは水の分身魔法か?確かこれも超級クラスの魔法だったはずだが・・・。なるほど、一筋縄ではいかないようだな。これは奴の急所に強烈な一撃を畳み込んで殺す他あるまい・・・。まさか切り落とした腕を物の数秒で生やすとはな!!」
「ワオオオオォォォォオオオオオン・・・!!」
「オォオオオ!?」
どこからか聞こえてくる狼の遠吠え。
それを聞いたジャステス公爵たちと【堕落した混血】は自身の体の異変に気が付く。
【堕落した混血】が顔を見上げるとすぐそこにはジャステス公爵が獣走行で一気に距離を詰めてきており、急いで三又槍を作り出して迎撃しようとする。
「・・・オオオ?」
が、三又槍の生成に時間が倍以上掛かっており、また体の動きが酷く鈍く、防御が間に合わない。
獣走行のまま飛び掛かり、【堕落した混血】の首筋に噛み付いた後、そのまま首を引きちぎりながら奴を蹴り飛ばして一気に跳躍する。
地面を転がりながら吹き飛んでいき、立ち上がろうとした時、
「食らいなさい!!」
と先ほどまで満身創痍の状態だったレイラ達が活気を取り戻したかのように、いや、その時よりも動きにキレを増したレイラの強烈な斬撃が【堕落した混血】の背中を大きく切り裂いた。
なんとかレイラに反撃しようと腕を振り上げようとしたが、
「キモイからさっさと死ね!」
とミミアンの黒曜爪によって腕が切り落とされた。
このままではまずいと感じた【堕落した混血】は一気に跳躍しようとしたが、それを狙ったかのように水の鞭が何本も伸びてきて【堕落した混血】の胴体を掴む。
「大人しくなさい!」
と【堕落した混血】をそのまま地面へ叩き付けた。
「オォ、ォォオ・・・!」
見上げた空に、先ほど吹き飛ばしたはずのフィリオラが翼を広げ、その裂けた口を大きく開けていた。
喉の奥が光っており、展開された魔法陣はまっすぐ自分の方に向けられている。
「フルパワー・・・<白桃焔花>!!!」
展開された魔法陣は8つ、その全てを通過してきた白く輝く光線が視界いっぱいに広がり、真っ白に染まる。
【堕落した混血】全体を包み込む強烈な光線は、奴の体を静かに消滅させていく。
光線が消えた後、残されたのは心臓と、微かに残された顔の一部分だった。
だがその状態になっても身体は徐々に再生を始めていたが消耗しすぎたせいか、再生速度は今までよりもずっとゆっくりだった。
ジェシカがそっと近づいてきて、静かにしゃがみ込む。
「・・・私があの時、君も一緒に連れ出せたら違った運命だったかもしれないね。私だけ逃げてごめんね・・・。」
「ォ・・・ォォ・・・」
言葉にならない呻き声が、口だった部位から零れる。
ジェシカは優しく頭を撫でた後、杖を握る手に力が入る。
気が付けば手が震えており、持ち上げた杖も震えていた。
振り下ろす先は【堕落した混血】の心臓部位で、意を決して杖を心臓に突き立てた。
魔法陣が浮かび、静かに魔法を唱える。
「・・・<水の噴流>」
突如、心臓が膨れ上がり、所々から血の代わりに水が溢れ出している。
限界まで膨れ上がり、そして、
―――パンッ!!
まるで風船が割れる様に心臓が破裂した。
【堕落した混血】心臓を潰されたことで再生していた体が止まる。
それはつまり、【堕落した混血】の完全なる死を現していた。
祈りを捧げるかのように手を合わせ、目を瞑る。
「ジェシカっちぃ~!!」
ふと暗転した視界の外から聞こえてきたミミアンの声に、閉じていた瞳を開けて声が聞こえてきた方を向く。
「ミミアン様、終わりました。これでやっと・・・」
「ジェシカっち~!!避けてぇ!!」
「えっ?」
と突然、背中から強烈な衝撃が加わり、直後腹部と右足、左肩に強烈な激痛が走る。
よく見ると三又槍の刃先が突き出ており、どうやら自分はどこからか投擲された三又槍が3本ほど突き刺さっているのだと気が付く。
突き刺さっていた三又槍はそのまま水に戻って残されたのは、ジェシカの体に開けられた無数の穴だった。
震える体で後ろの方を振り向くと、そこには先ほど倒した【堕落した混血】を一回り小さくした大きさの奴らが3体、三又槍を手に姿を現していた。
「な、ん・・で・・・・」
ジェシカは涙を流し、そのまま視界が暗転すると力無くその場に倒れようとしたが、寸での所で駆けつけたミミアンがなんとか受け止める。
3体はまた三又槍をミミアンたちに投擲するが、レイラとジャステス公爵によって受け流され、消滅した。
フィリオラが急いで駆けつけ、ジェシカへ治癒魔法を掛ける。
「そんな、しっかりしてジェシカっち!」
「落ち着いてミミアン。大丈夫、急所はなんとか逸れているわ。それに【ドラゴンマナ】も微かにあるから、高い自然治癒能力もあるはずよ!それに私が絶対に死なせたりしないわ・・・!ただ、しばらく私は動けなくなるから、後は任せたわよ・・・!<大いなる竜母の祈り>!」
ジェシカを包み込む白い光。
それは徐々にジェシカの傷を瞬時に癒していく。
3体の【堕落した混血】モドキはフィリオラたちの様子に気付き、それぞれ散開する。
「散開した・・・!? ミミアン、気を付けてくださいまし!」
「させぬ!!」
と散開したモドキへ切り裂いた空間を飛ばし、それを防ごうとして三又槍を構えるがそのまま槍ごと真っ二つに切り裂かれ、みごと心臓にも命中していたようでそのまま絶命する。
続いて2撃目を放とうとしたが、地面が滴り始めている様子に気が付くが構わず空間を引き裂いて飛ばそうとしたが、やはり地面から水で作り出された三又槍が突き出てジャステス公爵の体を貫こうとするが体を覆っていた鎧に弾かれるも、その衝撃までは抑えることができず、体勢を崩されてしまう。
無理やり放たれた引き裂かれた空間は別の個体に当たらなかった。
「ちいっ・・・!」
「わたくしが・・・!」
と跳躍し、一気にモドキと距離を詰めてそのまま黒妖刀で斬りつけようとした。
空中にいるモドキは避けることができず、レイラの攻撃を受け流そうとするがそれはすでに<王眼>によって見切られているため、レイラのフェイントに見事に引っかかってしまったモドキの受け流しは意味をなさず、そのまま心臓を貫かれ、レイラは突き刺した黒妖刀を捻り、そのまま横へ切り払った。
「ギャォォォオオオオ・・・」
と悲鳴を上げて絶命する。
急いで残りの1体を何とかしようとするが、すでにヤツは三又槍を投擲しており、レイラは思わず鞘を三又槍へ向けて投擲したが、明らかに間に合いそうにない。
「させるかぁー!!」
ミミアンがフィリオラたちを庇う様に前に出て、黒曜爪を振り上げて空間を切り裂き、それに投擲された三又槍をぶつけて真っ二つに裂いた。
ふたつに裂かれた三又槍は地面に突き刺さり、それは水となって地面に染みていく。
「あ、危なかった・・・。」
「まだだ!!」
とジャステス公爵が叫ぶ。
「え?」
とフィリオラたちの方を振り向いた時、滴る地面から三又槍が突き出しながらフィリオラたちへ移動していく。
「うそ、だめ・・・!?」
と急いでフィリオラたちを守ろうとするが、距離的にどうしても手が届かない。
ミミアンは思わず目を瞑った。
だが、フィリオラたちの悲鳴が聞こえてこず、恐る恐る目を開けると、フィリオラたちは水の膜に包まれていた。
どうやら三又槍の攻撃を防いだようだと安堵し、急いで残りの1体を攻撃しようとした時、地面から伸びた巨大な水の棘がモドキの体を貫いており、すでに絶命していた。
何が起きたのかわからず、ふと周囲が暗い事に気が付いて上空を見てみると、そこにはこちらを覗き込む巨大なレスウィードの頭が彼女らを見つめていた―――――。
~ 今回現れたモンスター ~
魔物:堕落した混血
脅威度:ランク不明
生態:タツノオトシゴと呼ぶ方とは違い、ヤツを一回り小さくした個体。
タツノオトシゴと同じようにドラゴンとサハギン、仙狐の血を宿しているが、こちらはドラゴンよりかはサハギンの血の方が色濃く出ているようで、頭はサハギン、体はドラゴンではあるが尾は短く、また手足はほぼサハギンに近い。
全身を覆う魚鱗は、タツノオトシゴみたいな強度はない。
体格はサハギンのように細目ではあるが、その軽さを利用して機動性が増している。
またタツノオトシゴと同様に高度な水魔法を操ることができるが、それだけだ。
ドラゴンのような高い治癒能力は持っておらず、また知能も大幅に低下している。
またタツノオトシゴのように相手の動きを読むことはできないようで、先回りするような立ち回りをしてこない。
タツノオトシゴは性能を重視して作り出されたのであれば、ウオノオトシゴはいわば量産することに特化したと言えよう。
タツノオトシゴよりも劣化した個体とはいえ、サハギンの繁殖力を持ってウオノオトシゴを量産されてしまえば、その危険度はたちまち跳ね上がるだろう。
この個体も前回同様、同じ冒険者からの提供によるもので情報はここまでとなっている。