守護神と呼ばれた海竜vs深淵に魅入られた深海の王
あの時、未来で見た光景が重なる。
だがあの時見た未来はこれだったのか・・・?
今、ここには無数のサハギンが跋扈し、奴らを討伐するためにフォートリア家が軍を率いて討伐戦を繰り広げている。
それにあの時に見たオールドワンと今あそこでもがいているオールドワンの風格は全然違う。
・・・はたして、わたくしが見たあの未来は一体なんだったんだろうか。
そんなことを考えていると、背後からフィリオラが声を掛けてきた。
「お母様、しっかりして!」
「え?あ、ごめんなさいですわ・・・。」
「いきなりボーっとし始めたから吃驚したわ・・・。今は戦いに集中して!サハギンたちがまた勢いを増してきたの!このままじゃフォートリア公爵家の軍が壊滅してしまうわよ!」
と戦場を見てみると、大きく瓦解しているフォートリア軍を狙ってサハギンたちが幾度なく襲い掛かっていた。
それを防ごうとジャステス公爵は公爵軍の兵士たちが戦っている最前線へとサハギン達をなぎ倒しながら戻り、兵士らと共に一旦体勢を立て直すために徐々に前線を引く判断をしていた。
最前線では盾を構えた兵士たちがサハギンたちを通すまいとヤツらの攻撃を引き受け、後方ではまだ息のある兵士を救出しながら後方へ撤退していく。
「くっ、あのデカブツめ・・・!あいつの存在もそうだが、ヤツから放たれた攻撃のなんと威力の高い事か・・・。まともに喰らえば私とて無事ではすまい・・・。ふんっ!よし、そのまま引くのだ!生き延びた者を誰一人として見捨てることは許さん!死んだ者らも、ギルドクリスタルだけは持って帰るのだ!」
『『おおう!!』』
ジャステス公爵の叫びに兵士たちは答え、盾を握る拳に力が入る。
遠くの方ではレスウィードとオールドワンの取っ組み合いが始まっているようで、オールドワンの拳が命中するとすぐさま反撃とばかりにレスウィードの鋭い鞭のような尾がしなり、オールドワンの体を強打する。
海の上で肉弾戦を繰り広げている両者だが、途中でレスウィードの圧縮された水の噴射を受け、それを防ごうとした左腕が切り落とされる。
大きく悲鳴を上げながらも残った方の右腕を振るい、レスウィードの胴体に深い3本線の爪痕が刻まれ、血飛沫が舞う。
「レスウィードお父様!!」
ジェシカが溜まらず叫び、そして立ち上がると駆け出していった。
「え、ちょっとジェシカっち!どこに・・・、っていく場所なんて一つだよねぇー!!もぉー!!」
とミミアンがジェシカの後を追って駆け出していく。
レイラとフィリオラも2人が駆け出している姿に送れて気付き、2人の後を追って駆け出していく。
「ちょ、ちょっとみんなぁ~・・・!行ってはだめよぉ~・・・!行ったらぁ・・・、だめなんだってばぁ・・・。」
「ユティス!」
そこへジャステス公爵がやってきた。
兵士たちも全員自陣へと後退し、最前線の方ではサハギンと兵士たちがぶつかり合っている。
「あなたぁ・・・!ミミちゃんがぁ・・・、それにレイラちゃんたちもぉ・・・!」
「・・・やはり向かったのか。私も助けに向かいたいが、ここを離れてはここは半壊する可能性がある・・・。私たちが出来るのは、我が娘を信じ、一匹でも多くのサハギンどもを皆殺しにすることのみだ。娘らの帰る場所を守るんだ・・・!」
「・・・わかったわぁ。」
そしてユティスはジャステス公爵の手を借りて立ち上がると天を仰ぎ、大きな咆哮を上げた。
ユティスの咆哮を聞いたジャステス公爵、フォートリア軍の兵士たち。
そして遠くの方まで移動していたミミアンたちの能力を向上させる。
「私にできるのはこれだけぇ・・・。ミミちゃあん・・・それにレイラちゃんもぉ・・・みんなぁ、どうか生きて帰ってきてねぇ・・・。」
ユティスは目を瞑り、静かに祈りを捧げる。
我が娘の、兵士たちの、そして愛する旦那の無事なる帰還を・・・。
「ジェシカぁ~・・・!ちょっと待ってってばぁ~・・・!!」
ジェシカの足はミミアンを突き放すほどの速度で移動している様だった。
必死についていこうとしていたミミアンだったが、少しずつではあるがその距離は離されていく。
そこへレイラとフィリオラが追い付いてきた。
「ちょっと!いきなり駆け出して!」
「だってぇ~、ジェシカっちが突然お父さんを助けようと走り出したんだもーん!それを追いかけてるだけで、うち、なんも悪くなーい!」
「だからってねぇ・・・」
「まあまあ、お母様。とりあえず私に捕まって!」
「あ、助かる~・・・!」
フィリオラの竜腕へと飛び移り、フィリオラは一気に速度を上げる。
レイラとミミアンを手の平に乗せた状態とはいえ、その重さを感じさせない速度で、ジェシカとの距離を一気に縮めていく。
「ジェシカっちー!」
ジェシカは一心不乱に獣の全力走行で移動していた。
ミミアンの呼びかけにも無視している様子はなく、ただ余裕がないだけのようだ。
「・・・ダメですわ。フィーちゃん、ジェシカを無理やり掴めるかしら?」
「問題ないわ。」
そういうとジェシカの上空まで移動すると、竜尾をジェシカの腹部に巻き付け、そのまま持ち上げる。
突然の事態に困惑し、周囲を見渡しているジェシカへもう一度声を掛ける。
「ジェシカっちー!落ち着いてー!」
「え・・・、この声・・・ミミアン様?」
と首根っこを掴まれ、大人しくなった猫のような姿をしていたジェシカはそっと顔を持ち上げる。
そこには両翼を広げて空を滑空するフィリオラと、彼女が出したであろう自分の体よりも大きな竜腕の手の平に乗ったミミアンとレイラの姿が見えた。
「フィリオラ様・・・!それにレイラ様まで・・・あれ、私ったら何を・・・」
「あんたのお父さんが攻撃を受けて、それをみたジェシカっちが血相変えて駆け出したのー!覚えてるー?」
「・・・そうだ。レスウィードお父様に酷いお怪我を・・・!」
「あんな傷程度でドラゴンは死んだりしないわ。それこそ、心臓を貫かれても生き残れるのよ、ドラゴンって生き物は。」
「・・・ハチャメチャですね。」
「お褒めに与かり、光栄ですってね。さて、一気に行くわよ!」
先ほどよりも速度を上げ、轟音響き、荒波が立つほどの戦いを繰り広げている2体の怪物の元へ向かっていった。
距離が縮まるにつれ、聞こえてくる轟音は更に大きくなっていく。
町を抜けた先、広がる海でオールドワンに絡みつくレスウィードの姿があった。
地面に降り立ったジェシカはその姿を見て、堪らず叫ぶ。
「レスウィードお父様・・・!!」
「落ち着いて。今は彼らの耳には何も届かないわ。」
「それじゃあ私はああして、傷つく姿を見守る事しかできないのですか・・・!」
「いいや・・・!」
とミミアンは振り向きざまに黒曜爪を振り下ろす。
「ギャアアァァァ・・・!!」
そこにはレイラたちの後を追ってきたであろうサハギンが3枚卸のように3つに切り裂かれて絶命した。
「こいつらの相手をしなくっちゃ!」
「サハギンたちはどうやらわたくしたちを追ってきたみたいですわね・・・。」
「こいつらはどこにでも湧いて・・・、本当に気持ち悪いわね・・・!!」
と竜尾を鞭のようにしならせ、一瞬にして無数のサハギンの頭を切り刻んでいく。
そのまま出現させた竜腕を振り回し、地面に叩きつけたり、そのまま殴り飛ばしたりしている。
ジェシカも背中に背負っていた杖を構え、水の鞭を操って次々とサハギンたちを押し潰したり、強打させて吹き飛ばしていく。
だがジェシカは戦いに集中できていないようで、サハギンたちへの狙いが外れたり、強打が甘かったのか吹き飛ばされた後も起き上がってきたりとしていた。
そしてとうとうその甘さは1体のサハギンが攻撃をすり抜け、槍を構えたままジェシカへ急接近する。
「・・・あっ」
「ジェシカっち!!」
と槍が突き出され、ジェシカは思わず身を屈める。
だがジェシカの身には何も起きず、恐る恐る目を開けると、腹部を貫かれ・・・ることなく、その体毛に防がれ、槍の刃はぽっきりと折れていた。
「あんたじゃ、うちの事傷つけるのは無理っしょ。」
とサハギンへ反撃の爪による斬撃で切り刻まれた。
「あ、あの・・・」
「ジェシカっち、大丈夫?!怪我してない?!」
「い、いや、私じゃなくてミミアン様が・・・」
「うち?うちは黒曜狼の獣人だからね。あの程度じゃ、体に傷をつけるなんて出来ないよ。そもそもこの黒曜毛事態に傷なんてつけられてるかどうか怪しい所だけどね。」
「ご、ごめんなさい・・・。」
と、ジェシカはその場に崩れ落ちる。
ミミアンはそっとジェシカの肩を掴み、微笑みかけた。
「大丈夫だよ、ジェシカっち。仕方ないよ!だって気になるんだもんね。大事なお父さんのこと。誰だって大事なお父さんが傷つく姿を見て、集中なんて出来ないよ。」
「うっ・・・うう・・・」
「お父さんを信じよ?だって、この町の守り竜なんでしょ?ずっとお父さんのこと信じ続けてきたジェシカっちが信じてあげなきゃ!うちも一緒に信じるから。だから、立って!」
ジェシカはミミアンの言葉を受けて泣き止むと、覚悟を決めたように立ち上がる。
そしてレスウィードとオールドワンが争う方へ向けて声を張り上げた。
「レスウィードお父様ぁあー!負けないでぇー!!絶対に勝ってぇー!!私もぉー!サハギンたちをいっぱい倒しますからぁー!!」
届いていないと分かっていても、ジェシカは叫びたかった。
そして叫び終えたジェシカの表情はさっきとは打って変わり、とても覚悟が決まっている表情だった。
「ミミアン様、感謝致します。おかげで私はもう大丈夫です。」
「ちょっと2人とも、何しているのよ!」
「早く、手伝いなさいな・・・!!さすがに2人でこの数は、骨が折れますわ・・・!!」
少し離れた所で無数の数を相手にしているフィリオラとレイラが溜まらず声を上げる。
それを聞いたミミアンとジェシカはお互いに顔を合わせ、それぞれの武器を構えた。
「そんじゃ、いっちょ暴れるっしょ!」
「そうですね、めいっぱい暴れましょう!」
そして2人はフィリオラたちが戦う戦場へ身を投じていった―――――。