レスウィード町奪還戦
「なんでここにあなた方が・・・」
「私たちだけではないぞ!」
そういうと、ジャステス公爵の背後から彼の私兵団と思わしき1000を超える重装兵団が隊列を組んで姿を現した。
「今より!レスウィードの町奪還のため、我らフォートリア家は貴殿らに加勢する!以前の悲劇を繰り返させてはならん!お前たちも見てきただろう、サハギンがもたらす悍ましい光景を。尊厳を奪われた者らが辿る悲惨な姿を・・・!今ここでサハギンらを食い止めねば、お前たちの大切な者がそのような惨い姿に変えられてしまうのだ!それは、決してあってはならない・・・!あってはならないのだ!!あの光景を見た者であるならばわかるだろう?思い出せ、あの日刻んだ誓いを・・・!あの日、己の血に、魂に誓った覚悟を今こそ見せるときだ!!どうやら今回は奴らの親玉が姿を見せているようだ、アイツを倒せばサハギンを子の地より、海より一層できるだろう!そうなれば、お前たちの大切な者は守られ、平穏な日々を過ごすことができる!奮い立たせろ!己の牙を、爪を、体を、魂を!!」
その演説に合わせ、ジャステスは大きな爪が装着された武装手甲を掲げる。
全身の毛を逆立て、その瞳はまっすぐにサハギン達へ向けられた。
「お前たち!我に続けぇええ!!」
「ワァォォォオオオオオオオオン!!!」
ユティス公爵夫人が首を擡げ、高らかに咆哮を上げた。
その声に呼応し、ジャステス公爵は四つ足となって獣のように駆け出す。
『『おおおおおぉぉぉおーーー!!!』』
重装兵団は駆け出したジャステス公爵に遅れまいと、後に続いていく。
フィリオラは急いで竜手を顕現させてレイラとミミアンを掴み、飛び上がると竜尾でジェシカの体に巻き付けて飛び上がる。
サハギンたちもジャステス公爵たちの勢力に気付き、一斉に突撃していった。
そして両者の距離はお互いにどんどん縮まっていき、ついに双方の勢力は激しい音と共にぶつかっていく。
ジャステス公爵はその両腕に装着された武装手甲を振り上げ、空間ごと切り裂き、それは斬撃波として前方に広がっていき、サハギンの群れのど真ん中に巨大な爪痕を残す。
最前線でぶつかり合う公爵軍だが、その勢いはサハギンたちを物ともせず、圧倒していた。
理由はわかっている。
ユティス公爵夫人の咆哮が公爵軍の兵士たちを強化し、そしてサハギンだけを弱体化させているからだ。
ここまで乱れていては、自らが発する咆哮を聞く者の選別などほぼ不可能に近い。
だが、それを完璧にこなしている。
まるで唄のように戦場に響く彼女の咆哮、それらがもたらす効果は非常に強力で、自軍には攻撃力と防御力、そして俊敏性の向上といった強化、敵軍には攻撃力、防御力、そして俊敏性の低下をもたらす弱体化を精確に選別して与え続けている。
防御をしようにも盾、槍を持つ手に力が入らず、己の魚鱗を強化するための魔力回路が乱されているせいでいともたやすく斬られてしまう。
そのおかげで自軍の勢いはとどまる事を知らず、強化を受けた兵士たちは次々とサハギンたちをなぎ倒していく。
その中で最も活躍を見せていたのはジャステス公爵だった。
切り裂いた空間を爪に引っ掛け、それを引っ張るようにして振り回す。
それに巻き込まれたサハギンはいとも簡単にバラバラに引き裂かれ、盾や仲間の死体を使って防ごうとするがそういった行為は意味はなかった。
そのまま前方へ放り投げる様にして空間を飛ばし、その空間が消える瞬間までサハギンたちを切り刻んでいった。
そしてすぐさまサハギンごと空間を引き裂いては、それを爪に纏わせて防御を不可能にする強烈な一撃を繰り出したり、またその二つの引き裂かれた空間を飛ばし、その先で開いた空間がお互いを吸い込み合おうとして接触した瞬間、突如として巨大な爆発が発生し、周囲のサハギンたちを爆発に飲み込ませていく。
残されたは円形状に抉られたような跡地だけだった。
みるみる内にサハギンたちは押されていくが、遠くの方から強力な魔力の波動が漂ってきていることに気が付く。
それはオールドワンが両手を合わせ、魔力を溜めているのが原因のようで、オールドワンの周囲が微かに歪んでいる。
十分に溜めたであろうその魔力の塊を放り投げる様に投擲すると、それは曲線を描いて公爵軍の中心に落下した。
「・・・まずいっ!お前たち、今すぐそこから避難―――――。」
ジャステス公爵の警告も虚しく、オールドワンが放った魔力の塊は突如としてチカチカと光り、それは轟音を響かせながら巨大な魔力爆発を起こす。
収まるまで10秒ほどかかり、霧散して消えた後に残されたのは見るも無残にバラバラになった兵士たちの亡骸だった。
だが間髪入れずに2撃目を入れようと、魔力を溜め始めていることに気付く。
先ほどと違う所は、それを両手で行い、2つの魔力の塊を生み出しているということだ。
そしてその二つの塊を突然、1つに合わせる様にぶつけ合う。
その二つは反発し合うようで非常に激しく蠢き合い、それを更に強い力で抑え込むように圧縮させ、小さな丸い玉状へと収まっていき、それを投擲してきた。
先ほどよりも明らかにマズイそれを放置できるはずもなく、ジャステス公爵はその場から一気に飛び上がると空間を切り裂き、それを飛んでくる魔力の塊へとぶつける。
それは見事に魔力の塊を真っ二つに引き裂くと同時に二つの空間が引き合わされ、巨大な爆発が魔力の塊を飲み込む。
だが、その爆発を更に飲み込む勢いで巨大な魔力爆発が遥か上空で巻き起こった。
その魔力爆発は更にその姿をどんどん大きくさせながら強風を巻き起こし、サハギンは吹き飛び、兵士たちは堪らずその場で動けず、かなりの兵士が吹き飛ばされていった。
「きゃぁぁあああー!!」
「いやぁぁあああ!!」
「ぐ、ぅ・・・!あんなのが、地上で発生したら・・・それこそこの世界からレスウィードの町そのものが消えておりますわ・・・!」
「まずいわ・・・みんな、いったん地上に避難するわよ・・・!」
少し離れた所にいたフィリオラたちだったが、その影響によって飛んでいることが難しくなり、急いで地上へと降りる。
そこには地上で伏せているユティス公爵夫人の姿が見え、ミミアンは急いで駆けつけようとしたが、吹き荒れる強風のせいで移動もままならない。
そしてようやく収まった魔力爆発が残した傷痕は深く、その周囲は雲も消え、空気さえも消えていたようで吹き荒れていた強風は今度は逆に吸い込むような強風に見舞われ、幾人かの兵士たちが持ち上げられていく。
風がやんだ時、はるか上空へ持ち上げられた兵士たちが次々と落下していき、そのほとんどが落下死を迎えた。
「ママぁ!」
「ミミちゃぁん・・・!ダメよぉ・・・あなたは逃げなさぁい・・・!」
「いやよ、うちも戦うから!」
「無理よぉ・・・、さっきの見たでしょぉ・・・?あんなのまともに喰らってぇ・・・、今こうして無事なのはぁ・・・奇跡のようなものなのぉ・・・!」
「まずい・・・・オールドワンがまた同じ攻撃をしてこようとしてます・・・!」
ジェシカが警告し、皆がオールドワンの方を見ると先ほどと同じように両手に魔力の塊を生み出していた。
「私の旦那がぁ・・・空で食い止めてもぉ・・・この被害ぃ・・・連発されたらぁ・・・ジリ貧なのは私たちの方なのにぃ・・・。」
「うぉおおおおおおおお!!」
とジャステス公爵の咆哮が上がり、一人オールドワンへ急接近しようと駆け出すが、サハギンたちに立ちふさがられ、近づくことも出来ない。
「お前ら、邪魔だぁあ!!そこをどけぇえ!!」
「ギャアアアア!!」
武装手甲を振り回し、次々にサハギンたちを切り裂いていくが一向にオールドワンと距離が詰められない。
オールドワンはとうとう二つの魔力の塊を合わせ、更にそれを圧縮していく。
とここでオールドワンに一番近いジャステス公爵は奴の視線がユティス公爵夫人に向けられていることに気が付いた。
「・・・まさか!ユティス!今すぐそこから逃げろぉ!!」
だがジャステス公爵の叫びはサハギンたちの叫び声にかき消され、ユティス公爵夫人には届かない。
しかもよく見るとユティス公爵夫人の近くにミミアンとレイラ、フィリオラともう一人見知らぬ誰かが居ることに気が付いた。
「ぐっ・・・!腕を切り落としたかったが、もはや一刻の猶予もないか・・・!」
ジャステス公爵は先ほどの空間爆発をオールドワンがあの魔力の塊を放つ前に起こそうと両腕に力を込める。
先ほど起きた巨大な魔力爆発の範囲からして、オールドワンとジャステス公爵の距離感的に爆発の範囲内であり、巨大な魔力爆発を起こしたとしても逃げ切ることはできない距離だった。
覚悟を決め、爪を振ろうとした時、何十体ものサハギンたちが腕を振らせまいと絡みついてくる。
「ぐっ!貴様ら、離れろ!!」
と無理やり引き剥がそうとするが、次々にサハギン達がジャステス公爵を取り押さえようと絡みついてくる。
また何体かのサハギンたちがジャステス公爵に槍を突き立てようとしてくるが、それらを綺麗に足技を持って捌いて直撃を避けていくが、気が付けばオールドワンはすでに圧縮された魔力の塊を発射する体勢に入っていた。
「ダメだ、ダメだ・・・!間に合わない・・・!!」
何とかして黒曜爪を振ろうとするが、それを邪魔してくるサハギンらのおかげでそれはついに発射された。
「やめろぉおおぉおおお!!」
ジャステス公爵の悲痛な叫びが上がる。
誰もが悲惨な運命を想像するが、突如として巨大な水の球体が出現し、その中に魔力の塊は入っていき、そして水中内で魔力爆発が起きる。
が、先ほどよりかはその威力がかなり軽減され、その水の球体の外にまでその爆発が漏れることはなかった。
その直後、オールドワンは背後から突如として強力な水の噴射に体を貫かれ、そのまま膝をつき、海の中へと転倒する。
オールドワンが姿を現したことでその背後にいた存在が姿を露わにした。
その姿を見て、ジェシカは泣き崩れる様に膝から落ち、彼の名前をそっと呟く。
「レスウィード、お父様・・・―――――!!」