小鳥の止まり木亭
あれから何事もなく順調に進み、遠くの方でステウランの村が見えた頃には陽は傾いており、夕焼けが周囲に差し込んでいた。
村の周囲には広大な小麦畑が広がっており、そこで農作業する村人や子供たちの笑い声がどれほど村が活気に満ちているかすぐに感じ取れた。
村の前で荷馬車は停まり、ヨスミ達はゆっくり降りると大きく背伸びをした。
うーん・・・、嗅ぎ慣れた小麦や畑特有のこの臭い・・・。
なんだか落ち着く。
あの子たちの食事のためにありとあらゆる農作物の研究、改良、農作業をしていた頃がとても懐かしい。
「ここが、ステウランの村か。収穫祭目前ってこともあって、すごいにぎやかだね。」
「この村最大の収入源ですからね~。さて、あっしもここで失礼しますね~。」
「マーケスティン様、道中のお時間はとても有意義なものでした。またご縁がありましたらお会いしましょう。」
「ええ、どうか運命の女神たるビフィスのご加護があらんことを~。それではまたですね~。」
そう言いながら、支え杖をつきながらその場を後にした。
「それじゃあ僕たちも村に入ろうか。まずは宿を探して村を散策しようか。」
「そうね。私も一応、この村の周囲を見回って脅威がないかどうか調べてくるわね。」
「わかった。それじゃあ可愛いハクアたん、オジナーと一緒にいこうか!」
『わーい!オジナーと行くのー!』
フィリオラはヨスミと別れ、村の外周へ向けて向かっていった。
ハクアは楽しそうに背中に体を預け、ヨスミの頭の上に自らの頭を乗せた。
ヨスミのローブ姿の上から両肩に前足を乗せ、腹部に足を回し、尻尾を腰に巻き付け、翼がマントの様になびき、ヨスミの体の一部になったかのように、まるでリュックサックを背負うような一体化を果たした。
「おぉ~、これはいいな。それじゃあ一緒にいこうか!」
『はいなのー!』
さて、まずは宿を取ってから予定を組んでいくか。
「すまない、少しいいかな?」
「はい?」
近くを歩いていたこの村の娘と思わしき少女に声を掛ける。
濃い茶色の長髪、身長の割には童顔ではあるがそれを活かす様なそばかすが魅力的な女の子だった。
そして豊満な身体つきは大抵の男を落とすには十分なほど。
「この村に宿ってあるかな?」
「あ、それなら私の家がこの村唯一の宿屋だよ!それじゃあ案内するね!こっちこっち!」
そう言いながら、ヨスミの手を取ってその宿屋に向かって案内してくれた。
宿屋に付くまでにこの村の詳細をまるでガイドもしてくれた。
「あそこが村の農具とか鍋、包丁、剣なんかも作ってくれてる鍛冶屋さんだよ!そんであそこはこの村の薬師様の家だよ!怪我とか病気になったら訪ねてみてね!それであそこは~・・・」
名はアンナというらしい。
とても元気で活発的な村娘らしい子なんだな。
「なるほど。村といってもその規模は小さな町みたいな感じなんだな。」
「そうなの!この辺りの村の中では一番大きいと自負してるんだから!」
「確かにこの規模の村はそうそうないな。だけど、そうなると村が狙われる危険度も高くなるし、大丈夫なのかな?」
「うん!大丈夫だよー。この村にはね、警備を担当してもらってる自警団に、他の村にはない冒険者ギルドの設立。そしてステウランの村に定期的に視察しに来てくださる公女様!それに、この村の近くにあるヴェルウッドの森に住んでる竜母様が魔物たちを抑えてくれるから、それらのおかげでこれといった大きな脅威に晒されたことはないんだよ~!」
ふむ、村人たちだけで結成された自警団だけでは確かに心もとない。
実戦経験に乏しいために多少なりと盗賊や魔物たちに襲われればひとたまりもない。
そのために冒険者ギルドを設立し、冒険者たちを常に在住する形にすればいざというときに村人の自警団と共に脅威に立ち向かうことができる。
また冒険者ギルドの協同訓練に参加することで、自警団の持つ低い戦闘力をある程度補うことができると一石二鳥。
そして公女の定期的な視察により、周辺にこの村にヴァレンタイン公爵家の保護があると示すことで、容易に手を出しにくくする。
またヴェルウッドの森とそう遠くない位置にステウランの村があるから・・・
「もしよほどの事が起きた場合は、フィリオラが介入してくると。なるほど、よく考えられてるね。」
「でしょー?ささ、着いたよ!ここがうちが経営している宿屋であり酒場を経営している、”小鳥の止まり木”亭だよ!」
ほほー、なかなか大きな宿屋だね。
ここまで繁盛できている一番の理由は・・・
「そして宿屋の目の前にあるあの建物が冒険者ギルドだよ!」
「こりゃあ繁盛するわけだ。とりあえず、部屋を取ってから冒険者ギルドに行ってみるか。」
建物内に入ると、すぐ目の前には受付があり、右手は酒場、そして左手は階段があって2階部分から宿屋となっているか。
「あら、アンナ!帰ってきたのかい?ならちょいと手伝って・・・おや?お客かい?」
酒場の方から1人の女性が両手に皿や樽コップを手にしながら、顔を覗かせた。
「ああ、部屋を二部屋ほど。収穫祭が終わるまで取りたいんだけど、いいかな?」
「もちろん!ちょいと待っててねー! アンナ!とりあえずこっちを手伝っておくれ!」
「はーい、母さん!それじゃあお兄さん、また後でね!」
アンナは笑顔で答えると、酒場の方へ消えていった。
彼女はネリアというらしい。
アンナのお母さんで、2児の母で、夫は酒場を経営している主人だそうだ。
家族総出でこの小鳥の止まり木亭を経営しており、とても繁盛している。
料理を配り終えたのか、ネリアが酒場の方から姿を現し、受付へとついた。
「さて、兄さん。確か2部屋で期間は収穫祭が終わるまでってことだったね。それなら中銅貨5枚よ!ちなみに食事は酒場で別料金となってるけど、宿屋に止まってる客には半額で提供してるの。酒場で食事を頼む時はこれを見せればいいから、無くさないでね!」
そう言いながら、鍵に付いた青色の結晶を机の上に差し出した。
ヨスミは提示された中銅貨5枚を取り出し、ネリアへ渡した。
「そういえば、僕は今回収穫祭に参加するのは初めてなんですけど、どこかお勧めなところってあります?」
「あら~、そうなのかい?それならやっぱり夜から始まる豊穣祭がおすすめよ!色んなところで取れたての農作物を使った屋台がずらりと並んでね~、それは本当に圧巻よ!それにとても料理がおいしいのさ!特におすすめなのが、一角牛の肉とここで取れた小麦で作られたパンを合わせたミートパイがお勧めよ~!」
「それは良い情報を聞いた。」
と、中銅貨をもう1枚取り出して渡す。
「これは良い情報を教えてくれた礼だ。受け取ってほしい。」
「あらあら、嬉しいわ!なら兄さんから食事は無料で提供させてもらうわ!」
「え?いやそんな」
「いいのいいの!初めて参加するんでしょ?存分に楽しんでおいで!」
ネリアの押しに負け、はあ・・・と諦め、
「なら、ありがたく。暫くの間、お世話になります。」
「いいえ、こちらこそ!そろそろ夕食の時間だけど、このまま酒場でご飯食べていくかい?」
ふと宿屋の窓から差し込んでいた夕日がほとんど沈み、夜が顔を覗かしていることに気付く。
「そうだね。それじゃあとびっきり美味しいの頼むよ。」
「はいよ~!」
ネリアとヨスミは受付を済ませ、酒場の方へ移動していった。