いざ、深淵の底へ
屋敷の入口を潜り抜けると、すぐ目に入るは壁に上半身が埋まっているミミアンの哀れな姿。
ジェシカは慌ててミミアンの足を強く引っ張り、なんとか救助することに成功する。
だがその表情は愉悦の笑みを浮かべていることに気付いたジェシカは、なぜこんな表情を浮かべているのか訳が分からないようだった。
その後、1階をくまなく探索するが地下に繋がるような入口、階段や梯子はどこにも見つからなかった。
フィリオラが外で暴れまわっているとはいえ、長時間暴れ続けることは厳しいだろう。
「魔法で隠されているとか?」
「奴らにそんな高度な知能あると思いますの?」
「そもそも彼らに何かを隠すなんてこと自体できないかと。」
彼等への評価はどん底で、ボロクソに言いまくっていた。
「でもこれじゃあ一体どこに・・・」
「・・・そーいえば、この館って前は逃げたって言う貴族が建てたんでしょ?どこかの手記とかにそういった地下への入口について書かれてそーだけど?」
「でもそんなことを調べていてはフィーちゃんが危なくなります・・・。」
・・・こういう時、ヨスミ様なら千里眼をもってこの辺りの建物の全体を確認してすぐに入口を見つけていたはずですわ。
でも今のわたくしたちにはそういったことは出来ない。
わたくしの王眼は先の未来を見通すことの出来る予知の力・・・。
・・・未来を、見通す。
「・・・少しだけ時間をいただけませんこと?」
「え、レイラ。何か打開策でも見つけたの?」
「もしかしたら、ですの。確証はないですわ・・・。」
「・・・それでも今の状況よりかは十分マシかと思います。お願いできますか?」
「任せてくださいまし!」
レイラはいきなり<神速>と<王眼>を同時に発動させた。
己の速度を限界まで高め、王眼を使ってこの屋敷を隅々までありとあらゆる方法を使って探索を行う。
王眼は現在、2種類の運用を行っている。
1つは王眼を開くことで対象の少し先の未来を視ること。
これは5秒までの対象が行う行動を視ることができる。
また5秒以上の時間を視ることはできるが、1秒増える毎に対象が取る選択肢が増えるため、姿がブレて見えるようになり、それらに対する処理が脳へ掛ける負荷が高まってしまうため、5秒未満で使うことが前提とされている。
もしてもう一つは王眼に意識を集中させることで視えた未来へ干渉することができる。
未来で起こした事象は誰にも止めることはできないため、それを防ぐ手段は一切ない。
例えば、未来で誰かを斬ったとすれば、その未来で起きた事象が確定され、たとえ対象がその未来とは異なった行動を取ったとしても同じ時間、同じ瞬間、同じ個所が斬られる事象が必ず発生する。
ただし、見たい時間軸の未来を視ることは今のレイラにとって難しく、かなり高頻度の確率で望まぬ時間軸へと飛ばされてしまう。
そしてついさきほどデメリットがもう一つ存在すると判明した。
それはその未来に干渉する際、それは自分自身も対象であるということ。
もし未来でわたくしが何者かに襲われ、殺されてしまった場合・・・。
その未来で起きた事象は確定され、その死からは決して――――逃れることはできない、ということだ。
ほんと、いい事ばかりではない・・・、ということですわね。
そして今回使うのは1つ目の対象の未来を視る、という方だ。
<神速>を使い、自分自身の速度を限界まで高める。
そして自分を対象に王眼を持ってその未来を視る。
5秒だと短いため、今回は15秒先まで見ることにした。
8秒までは何とか見ることができる様にはなった。
だが、15秒だとどれほどの酷い頭痛に襲われるかわからない。
だけど、ヨスミ様はそんなの構わずに、己がどうなろうとわたくしたちのために何度も限界を超えた能力を使用し続けてきた。
今度はわたくしの番。
あ、でもあの人が目を覚ました時、わたくしがヨスミ様と同じ状態になっていたらきっと酷く悲しみますわね・・・。
・・・10秒でいきましょう。
10秒で全力を出せばいいのですわ!
そしてレイラはその王眼を自分自身へと向けて10秒先まで見る。
2秒先からわたくしは様々な行動を取り始める。
建物を壊したり、周囲の家具を片っ端からひっくり返したり。
5秒が経過し、更にその未来は分裂していく。
未来で見えた景色が無数に重なり、視界が酷くぶれる。
7秒経過、それは更に酷くなる。
そして10秒経過、頭痛と共に王眼で視る景色は重なりすぎて判別がもはや困難である。
だがその時、グチャグチャになった視界にたった一つ、とある場所に突き刺さった黒妖刀の姿が際立って見えた。
すぐさま、王眼を閉じた。
酷く呼吸が荒れ、右目を強く抑える。
「え、ちょ・・・いきなりどうしたの!?」
「レイラ様?!」
ミミアンとジェシカにとっては瞬きする間に突然苦しみだすレイラに驚いたのだろう。
無理もない。
レイラにとって感じる10秒を<神速>を用いて何十倍にも引き上げているのだから。
「な、なんでも・・・ありませんわ・・・」
「絶対嘘じゃん!顔真っ青だし、すごく苦しそうだし!」
「ひとまず横に・・・」
「・・・あそこ!」
レイラは部屋のとある一点を指さす。
そこには暖炉があった。
だがそこはすでにみんなで探索し終えている。
「え?暖炉?でもあそこ、うちらすでに調べ終えたよね?」
「暖炉の灰をかき分けて調べましたよね。でもそこには何もなくて・・・」
「逆よ・・・。暖炉を上ってすぐ・・・、煙突の途中、に・・・転送石が設置されてて、簡易的な、転移門に・・・。その門を通り過ぎると、地下に・・いけるの、ですわ・・・。」
「暖炉の上は盲点だったわ・・・。確かに貴族なら転移石なんて高価なもん持ってるわけね。」
「・・・もしその地下に誰かに見られたくないものを隠していたのなら建物が破壊されれば地下への道が閉ざされ、その悪事の証拠は消滅というわけですか。」
「それに、貴族はそういった汚れやすいようなところは嫌いますわ。特に煙突なんて、煤だからけで絶対に入ろうとは思いませんもの・・・。そういった先入観を逆手に取られましたわね・・・。」
「なにそれ、質わっるぅ・・・?!」
「ともかく、場所はわかりました。急いで地下へ・・・」
「みぃつけぇたぁぁああぁああ!?」
「ひっ?!」
とそこへすでへロモラが口から顔を覗かせ、体がズタボロ状態の住民が姿を現した。
どうやら入口にミミアンが無意識に作り出した空間の裂傷跡に切り裂かれたのだろう。
宿主はすでに死に掛けており、ロモラは急いで次に寄生する宿主を見つける必要があったようだ。
その視線はレイラへと向けられている。
「ひっ・・・?!」
「そのぉお、かぁらだをぉおおぉ、よぉおこ」
『黙れ、虫けらが・・・!』
とロモラが獣人の声を借りて何かを言い切る前に、ベオルグが突然姿を現し、ロモラもろとも獣人の体が細切れに切り刻まれる。
『母上殿、ここは我が残り、ここをお守りしております。』
「べ、ベオちゃん?!」
『地下へ向かい、何らかの要因で建物が崩れてしまったら母上殿の帰る手段を失い、地下へ閉じ込められる危険性がある。』
「で、でもそれじゃあ・・・」
『我の事ならば心配は無用です。我に傷を与えることができるのは、母上殿と父上殿しかおりません。』
「・・・わかったのですわ。でも、絶対に・・・絶対に、無理だけはしないでくださいまし!」
『・・・承った!』
ベオルグは鞘から離れ、そのまま窓から外へと出ていく。
直後、本来の大きさへと戻ったベオルグは屋敷に触れぬよう、その周囲を取り囲むように慎重に蜷局を巻いた。
「え、ベオっち?どうして・・・」
「もしわたくしたちが地下に潜っている間、あの転移門に何かあった場合、わたくしたちはそのまま地下に閉じ込められると危惧してここを守るために残ると・・・。」
「閉じ込められる危険性・・・確かにその可能性もありましたね。」
「わたくしたちが出来ることは急いで地下へ向かい、ロモラたちに監禁されている彼女らを助けて戻ることですわ。」
「・・・なら迷っている暇はないね。急いで向かおっ!」
ミミアンはその大きな暖炉の中に入り、中に設置された梯子を使って登っていく。
その後に続くようにレイラ、そしてジェシカが梯子を上っていった。
ふと上の方で何かが光り、レイラがそれに気づいて上を見上げるとミミアンの姿はすでに消え、その近くには魔法陣が設置されている。
その中心には水色に光る小さな石が埋め込まれており、これが簡易的な転移門だとすぐにわかった。
2人は意を決し、梯子を上っていく。
そしてレイラの体が光り、その眩しさに目を瞑る。
ゆっくりと瞼を開くと、煙突の中とは違う、湿った洞窟内にいるようで、そこに掛けられている梯子に捕まっていた。
「おーい!こっちこっちー!今度は下に降りてー!」
下の方からミミアンがレイラへと呼びかける。
今度は上ではなく、地下へ向かうために下へと梯子を下りる必要があるようだ。
梯子を下り、地面へと降り立つとミミアンが抱き着いてくる。
「ここ、すんごいじめじめしてヤバいんだけど・・・。それに、臭いが・・・うっ!」
「ちょ、ちょっとあなた!吐くならわたくしの胸にじゃなく、そこらへんの岩肌のお胸にぶちまけなさいな!」
「だ、だってぇ・・・」
確かにその洞窟から漂ってくる臭いは生臭いを通り越して、どこか腐臭にも似たものだった。
黒曜狼とはいえ、嗅覚が鋭い狼獣人である彼女にとってこの臭いは耐え難いモノなのだろう。
レイラは懐からハンカチを取り出し、それをミミアンの鼻に押し当てる。
「・・・ふわぁ、レイラの匂いぃ・・・ありがとぉ・・・」
「本当にあなたってば手の掛かる子のようですわ・・・」
「レイラの子供になってもいいよぉ・・・」
「はいはい。」
「お待たせしました。」
とそこへジェシカも到着したようだ。
「あら、ジェシカ。あなた、も・・・」
「あ、ジェシカっちも来た、の・・・」
2人が振り向くとそこには海のような蒼い長髪をなびかせ、日に当たったことがないと思わせるほどの白い薄肌、その際立つ顔には竜眼と魚目を宿した美しい狐の獣人の少女がそこに立っていた。
「・・・あれ、2人とも。どうかなされましたか?」
「ジェシカ・・・あなたが来ていたローブが・・・」
「ジェシカっちぃ~!うそうそうそ、むっちゃ綺麗じゃん!」
「・・・へ?あ、うそ・・・!?」
とここで初めてジェシカは自分の姿を隠していたローブが消えていたことに気が付いた―――――。