彼女を見る瞳
ジェシカから悍ましい話を聞かされ、ミミアンは思わず嘔吐してしまう。
「なんて下劣な・・・!なんて野蛮な魔物なんですの・・・!!」
「孕まされたって事は、奴らの苗床になったってこと?」
「・・・はい。」
「そう・・・。」
フィリオラが聞き返す、苗床という単語にどこか不自然な想像が湧いてくる。
孕まされたということはつまり、ロモラに寄生された獣人たちに暴行されたということ。
だが、その行為の中で苗床という単語が出てくるのは少しおかしい部分がある。
「・・・どういうこと?」
「サハギンに性欲という概念は一切ないの。文字通り、繁殖して数を増やしたいという本能のままに行動しているに過ぎない。だから彼女が嬲られたわけではないわ。ただ、その分死以上の絶望でしょうね。」
「彼等の繁殖方法は雌の腹部に針状となっている生殖器を直接突き刺し、寄生型の卵を産み付けるのです。母体となった彼女は卵を孵化するための苗床と化し、無理やり彼女に食糧を食わせて栄養に変換させ、それを卵へと送る。彼女が死ねば、寄生している卵も一緒になって死ぬため、サハギンたちは彼女を全力で生かすことでしょう。自殺させぬためにありとあらゆる防止策を施されます。手足の骨を折るのはもちろん、舌を噛んで死なれぬ様に顎の関節部分まで砕いて常時開きっぱなしのままにします。それに・・・」
ローブの人物から語られる内容はとてもじゃないが聞いてはいられない。
生き残るためとはいえ、そこまで他者の尊厳を貶められるものなのかと、だからミミアンは吐いてしまったのかと納得がいった。
この行為を、以前の獣帝国の正規軍の兵士たちは見ているわけだ。
それほどまでにサハギンという魔物は凶悪な魔物だったのかと再認識されられる。
「・・・レスウィード様が気づいたころにはすでに手に負える状態ではなく、泣きながら怒り狂う彼の姿は見るに堪えませんでした。そこからサハギンたちとレスウィードの戦いに発展し、住民たちを囮に使うサハギンの策にレスウィード様は苦戦を強いられ、最終的にレスウィード様はその戦いに勝利しましたが、負った傷はとても深く・・・。」
「でも、今の町の様子からして明らかにまだ続いていると思うけど・・・。」
あの醜い笑みを浮かべ、焦点の合わない震える瞳を一心に向けてくる住民たちの様子は明らかに異常だ。
今、ジェシカから話を聞いた限りだと未だにロモラに寄生された住民たちがいるように感じられる。
「実際はその通りです。大部分のサハギンたちはレスウィード様との戦いで死にました。ですが、あの戦いを生き残ったサハギンたちもまた存在します。あなた方も先ほどその姿を確認されておりますよね。」
結界を破ろうと突進してくるサハギンの姿。
今は静かになってはいるが、いつまたどこで奴らが攻撃するために姿を現すか不安が過る。
「彼等はレスウィードの住民たち全てにロモラを寄生させ、町を訪れる旅人たちを襲っては繁殖するための苗床として町のどこかに監禁しております。私は密かにその場所を探すために最後の巫女としてここで水魔法を使って調べておりました。」
「・・・まさか、あの時水たまりが広がっていた死体はあなたの仕業?」
「はい。宿主が死ねば、寄生しているロモラも共に死んでくれますので、水魔法を使って宿主を水魔法で顔全体を覆い、そのまま窒息死させています。彼等にはもはや自我はなく、救う道は死のみ・・・。まあ、ロモラだけを正確に宿主から隔離することができるのなら話は違っていたでしょうが・・・。」
そこで思い出されるのはヨスミの姿。
彼ならば、何の苦労もなくロモラだけを転移を用いて宿主から隔離することは造作もない事なのだろう。
「・・・そうね。」
そうとしか言えなかった。
故に、今ここに彼がいない事の痛さを痛感する。
「それじゃあ町の人全員ロモラに寄生されてるってこと?」
「はい。あの町にロモラに寄生されていない住民はおりません。断言できます。」
「それって巫女としての力なの?」
「はい。」
「・・・わかったわ。それで、これからどうするつもり?」
フィリオラの言葉にどこか引っかかりのある言い方に違和感を感じるレイラ。
だが今はそれよりもまず、今この現状をどうやって変えるかを考えた方がいいだろう。
「私のブレスでこの町全体を焼き払うのは?」
「そうなれば、この町のどこかで拉致された何の関係もない方々まで焼け死んでしまいます。」
この時、あの人の千里眼があれば一発で居場所がわかったんだろうな・・・。
「うーん、それじゃあさ。住民の誰か一人を捕まえて居場所を吐かせるなんてどうー?」
「たとえ誰か一人を捕まえたとしてもやつらは精神で繋がっているため、1人を捕まえた瞬間に全ての住民たちにその情報が知れ渡ってしまいます。」
・・・精神で繋がっている?
もしかしたら・・・
「その精神で繋がってる・・・でしたかしら?もしかしたらわたくしの力でその繋がりを断ち切れるかもしれませんわ。」
「そんなことができるのですか?でも、だとしてもあまり良い方法ではないと思います。一度でも彼らに気付かれた場合、住民全てに気付かれたと同じですので。なので彼らに一切気付かれることなく、彼等の精神的つながりを断ち切ることは常識的に考えれば不可能かと・・・」
「・・・いいえ、出来ますわ。」
ジェシカが指摘することを聞いた上で、レイラははっきりとそれは可能であると言い放つ。
「今、この時に彼らに見つからずに斬るとなれば、未来で先に斬っておけばいいのですわ!」
「・・・はい?」
それからジェシカと共に作戦の内容を詰めていく。
作戦内容としては、レイラがゲセドラ王子との戦いでやってみせた< 縁 断 >を用いてロモラと繋がっている精神を全て斬り、完全なる孤立状態になったところをジェシカの水魔法を持って拉致するということになった。
「・・・ママ、本当に大丈夫?」
あの技を使えば、わたくしはあの恐ろしい町の中を移動することになる。
その最中、彼等がわたくしの存在に気付かないという保証はない。
なんせ数が多い。
もし誰か一匹にでもわたくしの存在を感知されれば・・・
・・・だからといって、ここで恐怖に怯えて立ち止まっていては得られるものは何もない。
「わたくしを誰だと思っておりますの?」
「・・・あまり無理はしないで。ママに何かあったら、パパに顔向けできなくなるから・・・。」
「わたくしなら大丈夫ですわ。心配してくれてありがとう、フィーちゃん。」
自然とフィリオラを優しく抱きしめる。
それはまるで母親の抱擁のように、とても心が温かくなる。
フィリオラもレイラを抱きしめ、数秒ほど互いのぬくもりを感じ合っていた。
「それじゃあ、そろそろ行きますわ。」
「一応奴らの感知されにくい所へあなたを送り出します。目標となる住民はあなたを町へ移動させた後、すぐにお教え差し上げますのでどうかお間違いのないように。」
「問題ありませんわ。」
レイラ全体を薄い水の膜が張られると、上空から水の鞭が伸びてきた。
それはレイラを包む水の膜と繋がるとそのままレイラを持ち上げ、海中へと引きずり込む。
最後の最後まで心配そうに見つめるフィリオラの表情が、レイラの瞳に強く映り続けていた。
そしてそのままレイラは海中を泳ぐように移動し、やがて海面へ近づいていることに気が付くと静かに刀を構える。
その勢いのまま海面を飛び出すと、どこか廃墟になっている建物の裏側へと下ろされた。
直後、水で曇ったようなジェシカの声がレイラを包む水の膜と繋がっている水の鞭を通じて聞こえてくる。
(レイラ様、聞こえますか?)
「・・・ええ。それで、目標は?」
小声で、なるべく声量を抑えながら返答を返す。
(この廃墟を出てすぐの所に一人だけ孤立している個体がいます。)
「・・・わかったわ!」
思い出して、あの時の感覚を・・・。
精神を研ぎ澄まして、集中して、集中・・・集、中・・・。
海の波打つ音が、さざ波が、空を飛ぶ鳥の鳴き声が、静かになっていく。
王眼を開いた時、全ての景色から色素が失われ、モノクロな世界が広がっていた。
だがそこで見た違いは、町は荒れ果て、崩壊した家々があった。
ふと何かの巨大な気配を感じて振り向くと、そこにはレイラの事をじっと見つめる何かがそこにいた。
見つかった・・・!?
と一瞬焦りを感じたレイラだったが、その何かは何かによって海に引きずり込まれていく。
その時、鱗状の長い胴体のようなものが見え隠れしていることに気が付く。
恐らく、あれがレスウィードと呼ばれる海竜だろう。
それじゃあ今引きずり込まれたのは一体・・・?
いや、今はそんなことを考えている暇なんてありませんわ!
それにどうやらわたくしは少し先の未来に来てしまったようですわね。
もう一度王眼を閉じ、精神を集中させる。
この力の欠点は、王眼で見ることができる未来は選べないという事。
今見たこの未来はどれほど先の未来なのかはわからない。
だが、こうなる未来があるということだけはわかった。
遠くない未来、レスウィードは目を覚まし、この町をもう一度滅ぼそうとするだろう。
そして、海の中へと引きずり込まれていったあの巨大な何かは恐らく・・・。
「・・・オールドワン、ですわね。」
奴もまた復活し、何の目的でこの世界に蘇ったのかはわからないが少なくともろくでもないものだろうということだけはわかる。
全神経を集中し、右目に宿る王眼へと意識を向ける。
もう一度王眼が開いた時、先ほど見た光景とは違って今度は町が壊れているなんて様子は見受けられなかった。
むしろ、背後を見ると海面から伸びた水の鞭が見える事から、かなり近い時間軸を見ている。
体は動かせる・・・。
確か今わたくしを隠してくれているこの廃墟を出てすぐの所に目標がいるということでしたわね。
レイラは建物の影から出ると、ジェシカの言っていた通り、すぐそこに1体の獣人がその場に立ち尽くしていた。
目標を確認し、黒妖刀に手を掛ける。
するとうっすらとその獣人の頭から束になった糸状の何かがレイラの視界に映った。
その束の先から無数に広がる糸の網。
まるでそれはキノコのような姿を思わせる。
「あれがジェシカの言っていた、精神の繋がりというものかしら。あの束の部分を切り落とせばいいわけですわね。」
レイラはベオルグの頭に親指を押し当て、軽く裂傷させて少量の血を鞘の中へと流す。
姿勢を低く構え、神経を集中させる。
「・・・<神速・血月>!」
全ての速度を、刀を振り抜く腕に全てを込め、神速の如く振り抜かれた居合から放たれた血斬波が真っすぐに飛んでいき、束となった部分に当たる。
だが、その時・・・
「・・・え?」
その住民の白濁した瞳がまっすぐにレイラを見ていた―――――。