気持ち悪い視線
「うーん、あの町長たちがうちを見る目が本当にキモすぎてやばかったんだけど・・・。」
あれから数時間ほど色々と話し合い、町の状況についても聞いてはみたが納得のいく答えは得られなかった。
ただ彼らは強く、海竜は存在したと主張していた。
レイラたちは海へ調査しに行くべきだということになり、彼女らは屋敷を後にした。
「そう?私は思いっきり軽蔑の冷眼を向けられていたけど。」
「わたくしは珍しいモノを見るような目でしたわね・・・。」
3人に向けられる目線の違いにレイラはふと悩む。
町長であるパヴェルと会話をして感じる違和感、そして3人に向けられる視線の違い。
なぜこんなにも胸騒ぎがするのかしら。
何かを見落としている?
それともわたくしがただ単に警戒のし過ぎですの・・・?
・・・いえ、こういったときの女の勘は無視できないものですわ!
「ねえ、2人とも。」
「どうしたの?」
「何か見つかったー?」
「2人に少し話したいことがありますの。でもここは色んな目がありますわ。一度、町の外へ出て馬車の中で相談したいのですわ。」
「・・・そうね。ここはなんだかおかしいわ。」
「うちもそれにさんせー。ここに来てから本当に、それこそ品定めでもするかのようなきっもい視線ばかり感じてうんざり・・・。」
そういうと、レイラたちは急いで町の外へ出ようと門へと向かって歩いていく。
だがそこへ今まで姿を現さなかった町民の団体がレイラたちの前に姿を現した。
「おやおや、お客人のみなさん。そんな急ぎ足で一体どちらへ?」
「ごきげんよう、町の皆さま。そのようなプライベートな質問はやめていただけませんこと?それは貴方たちにとって関係のないことですわ。」
「確かにそうですねぇ・・・。ですが、せっかく町に訪れた久方ぶりのお客人なのです。ぜひ、おもてなしを・・・特に、そちらの黒い狼獣人のお嬢様。あなたにはぜひ、私たちと一緒に・・・」
「そこをどきなさい。あんたたちに構っている暇なんて、私たちにはないの。」
「・・・お前はあの忌々しい海竜と同じドラゴン。お前にはもとより用なんてない。貴様はとっととこの町から出ていくがいい。」
と明らかにフィリオラに対してのみ敵意を隠さぬ言いようにまたしてもレイラは違和感を感じる。
ここまで海竜にこっぴどくやられたからと、ここまでドラゴンに対して軽蔑の眼差しを向けれるのだろうか。
彼等のフィリオラに対しての言い様に頭に来たのか、威嚇するかのように唸り声を上げるミミアン。
「おっと、失礼。別にあなた達と敵対したいわけではないのです。まあ、そこの竜人には町から出て行ってもらいたいというのは本心ではありますが・・・。」
先ほどから喋っているのは群衆の戦闘に立つこの獣人だけだ。
他の町民たちの視線は全てミミアンに向けられている。
「落ち着きなさいな。申し訳ありませんが、あなたたちの申し出は遠慮させてもらいますわ。別にあなたたちの懇意を無下にするつもりではないのですわ。それはまた別の機会に、別の形で、頂ける機会があれば。」
「・・・そうですか。」
獣人は渋々といった様子で道を開ける様に群衆を分ける。
正直、その中を通りたくもないとさえ感じる。
なぜ解散するのではなく、こうして群衆を分けたのか。
彼等の意図が読めないことに、レイラは若干の苛立ちさえも感じていた。
だが、それはレイラの顔半分を覆い隠すかのように広げた扇子で隠されており、レイラの表情を読み取れるものはいなかった。
「・・・それではごきげんようですわ。」
「ええ。」
互いにさよならを交わし、何事もないかのように裂けた群衆の間を通り抜けていく。
幸いなことに、その間を通り過ぎている間、レイラたちに手を出そうとするような輩はいなかった。
ただ、扇子で顔を隠し、顔を動かさずに目線だけ横にずらして彼らの表情を見る。
――――ニヤリ
笑っていた。
その視線の全てはミミアンを見ている。
見て、気持ち悪いほどの醜い笑みを顔に浮かべていた。
その事に気付いているのはレイラだけのようだった。
足取りが重く感じる。
間を抜けるまで、10秒もかからない。
だが、その10秒は1分にもい10分にも感じられる。
気持ちが悪い。
気味が悪い。
怖い、怖い、怖い、怖い。
なぜあそこまで醜く笑えるのだろうか。
なぜあそこまで醜い目を向けられるのだろうか。
この町は、一体なんなのだ・・・。
レイラは気が付けば、フィリオラたちと共に町の外に出ていた。
するとミミアンがいきなり抱き着いてきた。
体が震えている。
わたくしでさえここまで気持ちが悪くなるほど感じているのなら、あの視線を一点に浴びていたであろうミミアンは一体どれほどの恐怖を感じていたのだろうか。
レイラはミミアンをそっと抱きしめ、震える手を優しく握りながら馬車の中へと乗り込む。
途中、フィリオラが町の方へと振り返り、町を睨みつけている様だった。
「レイラぁ・・・うち、あの町にこれ以上入りたくないんだけどぉ・・・。」
「今回の調査には参加させない方がいいですわね・・・。彼らがあなたを見る目は異常にもほどがありましたもの。」
「ほんっとーにキモかった・・・!なんなのほんとに・・・。それともあの町で流行りの新しいプレイなの?もうやだぁ・・・。」
「ミミアン、あなたは一旦この町から離れた方がいいわ。」
そう言いながら馬車の中へと入ってきたフィリオラ。
だがその表情は訝し気に眉をひそめていた。
そっとミミアンの怯え切った精神を落ち着かせるように彼女の頭を優しく撫でる。
「どうやら同族の、特に雌に対して執念にも似た何かを抱いているわ。このままミミアンをこの調査に同行させたらきっと危険よ。今回は私とママの2人でやるわ。あなたは今すぐにルーフェルースと一緒に・・・」
その時、外から御者の悲鳴が上がる。
何事かと窓の外から顔を出して様子を見ると、町の入口に無数の町民たちが姿を現し、こちらをただ無表情で見つめていた。
恐らく、ミミアンの事を見ているのだろう。
故に、このことをミミアンに伝えてはならない。
だがその時、一部の町民たちと目が合ってしまった。
その瞬間、
―――にやり
またあの醜い笑みを浮かべた。
その瞬間、心の奥底から恐怖という感情が顔を覗かせる。
全身から鳥肌が立つのを感じ、気が付けば体が震えていた。
レイラの様子がおかしい事に気付いたフィリオラはレイラを急いで無理やり引っ込め、尾を顕現させてレイラの瞳を覆い隠すかのように締め付ける。
「ふぃ、フィーちゃん・・・?」
「ママ、大丈夫よ。」
フィリオラの尾から生えた白桃色の毛から漂う心地よい匂いがレイラの鼻をくすぐる。
「落ち着いた?」
「・・・ええ。」
「そう、よかったわ。この町は私一人でいくわ。あなた達2人はひとまずここから遠く離れた場所で野営でもしててちょうだい。」
「でも、リオラっちはアイツらにすごい嫌な目で見られてるっしょ・・・?」
「あなた達に向けられている視線よりかは十分マシよ。あんな風に飢えた獣の瞳よりかは軽蔑の眼差しを向けられる方が何倍もマシ。」
「なんなんですの、彼等は・・・」
「・・・そうね。情報が少なすぎてまだ断定はできないから言えないけど、少なくともこの町はハリボテね。見せかけの町・・・。」
そういって、強い怒りに満ちた冷たい瞳を向ける。
「何かわかったらすぐに戻るわ。」
「・・・気を付けてね、フィーちゃん。」
「大丈夫よ。これでも私は古龍なんだから。」
「もし危なくなったらすぐに逃げてよ、リオラっち・・・」
「問題ないわ。いざとなったら<白聖焔花>か<白桃焔花>のどっちかを放って辺り一帯を焼け野原にすればいいだけだし!」
「・・・それこそやっちゃダメな気がするんだけど。」
「もうむしろやっちゃえばいいじゃん・・・」
「・・・賛同してしまいそうになるからやめて、ミミアン。」
なんて冗談を交わして場の雰囲気を和ませ、2人の緊張を少しだけ解いた。
御者にとっても急いでその場から離れたいようで、フィリオラが降りて事情を話すとものすごい速度でその場を去っていった。
残されたフィリオラは再度町の方を見てみる。
先ほどまでいたはずの町民たちの姿はない。
「はー・・・。でもまずはあの町より、あの町を襲ったっていう海竜の方に話を聞いてみないと。でもその肝心の海竜は一体どこに・・・」
と考え込むフィリオラだったが、直後全身を覆う不安や鳥肌、胸騒ぎ、違和感。
とにかく嫌な感じが全身を駆け巡り、急いで振り返る。
「・・・あれ?フィーちゃん?」
「どうしてここにリオラっちが?」
「・・・なぜ?」
そこには馬車に乗ってこの場から離れたはずのレイラとミミアンがきょとんとした顔で地面に座っていた。
まるで先ほどまで馬車に乗っていたような姿勢のまま、2人だけがここに戻されたようにそこにいた。
この異常な事態に理解を示した瞬間、レイラとミミアンは怯えた表情を浮かべ互いに抱き合う。
フィリオラは急いで2人に向かって<浄化>の聖魔法を掛ける。
すると2人の体から黒いモヤが立ち上がり、静かに霧散した。
そう、いつの間にかレイラとミミアンは呪いを受けていた。
「そんな・・・一体いつ?!」
「もういやぁ!うちら、ここから逃げられないんだぁー・・・!!」
「2人とも落ち着いて、まずはここから離れるわ。」
フィリオラは急いで巨大な両翼を顕現さえ、2人を覆い隠すかのように包み込むともう2翼ほど顕現させ、一気にその場から飛び上がる。
誰かに見られる前に、一刻も早く離れなければ!
大丈夫、まだ2人のぬくもりは感じられる。
2人の震える体の振動音が感じられる。
まだ2人は私の翼の中に居る。
でも一体どこに隠れれば・・・?
この辺りには身を隠せそうな森はない。
私が飛んでいる姿を誰かに見られれば、また呪いに掛けられ連れ戻される可能性が高い。
でも、一体どこに・・・
だが、フィリオラはここで大きな間違いを犯した。
2人をどうにかしないといけないという焦りと、色々と考え事をしていたこともあって接近してくる巨大な水の鞭の存在に気が付けなかった。
「なっ!?」
瞬く間にフィリオラは伸びてきた水の鞭に取り込まれるともがく暇さえ与えられず、どこかへ引っ張られていく。
必死にもがこうとするが、手足が上手く動かない。
成すがまま、水の鞭に取り込まれたフィリオラはレスウィードの町の上を通り過ぎていく。
明らかに目立っている。
だが、フィリオラたちの姿は誰にも気づかれていないようだった。
このままどこに連れて行くのかと思っていた時、その目的地はすぐに判明した。
そう、目の前には広大に広がる海があった―――――。