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レスウィードの町


「一体何が・・・」

「あそこっ!」


と狼狽えていたレイラの気持ちを吹き飛ばすかのように、ミミアンがとある一方を指さして叫ぶ。

釣られて2人は指を差した方を見るとそこには何者かの影がこちらの様子を覗くかのように顔を出している姿を発見する。


だがそれもすぐに察知され、怪しい何かはすぐに顔を引っ込める。

直後、レイラは躊躇なく <神速> を繰り出す。


瞬きと共にレイラの姿が掻き消え、姿を消した壁の向こうで衝撃音が響き渡る。


ミミアンたちも壁を乗り越えて駆けつけると、そこにはただ立ち尽くすレイラの姿だけがそこにあった。


「レイラ!さっきの奴は?」

「・・・逃げられたと思いますわ。」

「思う?どうして疑問形なの?」

「・・・。」


レイラは目線を下へと堕とす。

そこにはまた新たな獣人の死体と、周囲には血の代わりに水たまりがあった。


獣人には外傷は一切見当たらず、その水たまりは口からあふれ出しているかのようにも見える。

この状況でレイラはそこで亡くなっている獣人が犯人だと思っていないようだ。


「あの時見た何者かの瞳の色は深緑色。ですがこの方の瞳は薄く透き通った水色ですわ。おそらく、何らかの方法を用いてこの場を脱した。その際にこの方は巻き込まれ、亡くなられたかと・・・。」

「何らかの方法って・・・。それじゃあ意味ないじゃん・・・!」

「そうね・・・。この騒ぎに誰一人として駆けつけない事からもこの町は異常よ。慎重に行動した方がいいわ。」


フィリオラの指摘があったように、町の外にいたレイラたちにまではっきりと聞こえた悲鳴。

それを受けて駆けつけても誰一人としてその様子を見に来た者はいない。


ではなぜ、この亡くなっている獣人はこんなところにいるのか、野次馬にきたにしては場所が事件があった壁の裏とはなんとも奇怪なものである。


「故に、この者が犯人ではなく、別の誰かがいて逃げられたということ?」

「少なくともわたくしはそう見ておりますわ。この遺体の様子も明らかにおかしいですもの。」

「うーん・・・。確かに血じゃなくて水たまりが広がってるってのも変だよねぇ・・・。」

「でも私はレ・・・ママのあの速さから逃げ切れる相手なんてパパ以外にはいないと思うけど」

「ええ。わたくしもそう思っておりましたわ。でも現にこうして逃げられておりますもの。」

「とりあえずもう少し周囲を調べて見ましょ。何かしらの手がかりが見つかるかもしれないわ。」


そういって、レイラとミミアンは頷き、それぞれが周囲を調べることにした。

全快とは違うのは3人それぞれが別行動を行うことはせず、全員が目に見える範囲、手が届く範囲で調査をしていること。


前回の幻惑の暗森での出来事を踏まえて、何かしらの事態に巻き込まれた際にすぐに助けに入れるようにとのことだった。


効率は悪くなるかもしれないが、仲間が孤立し、各個撃破されてしまう可能性がある以上、そういった危険に身を晒すようなことはしてはならないし、何よりもレイラ達が行っていることは善意であり義務ではないのだ。


故に優先すべきものを間違えてはならない。


それぞれが気になる部分を調査し、何か見落としがないか、何か見逃していないかしっかり調べたがこれといった成果を得ることはなかった。


「ねえ、何かわかった?」

「ダメね、さっぱり」

「ん~、もうこーなったら町長のとこにいくしかないっしょ?」

「・・・そうですわね。わたくしたちだけじゃ限界がありますわ。」

「あんなことが起きてもまだ誰も見に来ないことから、このレスウィードの町はどこかおかしいのは確かよ。みんな、気を付けていきましょう。」


そうして、レイラたちは周囲を警戒しながら、大きな建物へと向かっていく。

3人はこの町に来たのは初めてではあるが、世の理、町一番の大きな建物はこの町を治めし者の住居だと決まっている。


故に、町の中心部に立っている大きな屋敷へ向けてレイラたちは歩いていく。


しきりに目線を感じ、顔を動かさずに目線だけで周囲の家を見ると、カーテン越しにこちらの様子を見る住民たちの存在に気が付く。


まるで余所者を見るかのように・・・いや、自分たちは余所者ではあるがそれよりも・・・


「なーんか、不気味な感じ。」

「この視線は、なんだか嫌ですわね・・・。」

「そうね・・・。まるで余所者を見る目ではなく、敵を見る目・・・ね。」


そして3人は大きな家の前にたどり着く。


門兵はいない。

人の気配さえも感じられない。


だが、手入れは届いているようで不備は見当たらない。


門の横にあった魔鐘を鳴らす。

音はならなかった、が屋敷内で動きがあった。


ゆっくりと玄関扉が開き、中から幾人かの獣人が姿を現した。

その内、中心にいた年老いた獣人が杖を突きながらレイラたちの前まで歩いてくる。


「これはこれは、旅のお方・・・。いかがな理由でこの見放された町へ起こしに?」

「見放された・・・?」

「ええ。ここではなんでしょうし、どうぞ中でお話をお伺いしましょう。」


焦点の合わない白く濁った瞳。

明らかにその瞳にはレイラ達を映してはいない。


明らかに老人の視界は失われているはずなのに、確かにその瞳はレイラたちを見据えていた。


老人の誘いに違和感を感じながらも、その屋敷の中へと足を踏み入れる。

3人が屋敷内に入ると同時に使用人たちがどこからともなく現れ、重い音を立てながら扉を閉めた。


中に入るとどこか埃っぽいような磯臭い香りのような臭いが漂っているように感じた。

きっと海が近いが故に染み付いたのだろう。


使用人たちの案内で移動させられた大扉を開けると、それは大きな食堂だった。

いつの間にか席についていた老人は皆を席に座るように促すと、3人はそのまま席へと座る。


「改めて、ようこそおいでなすった。私の名前はパヴェル。一応、この町を治めております。」

「・・・元々治めていた方はどちらにいかれたのですの?」

「元々治めていた・・・?どういうこと?」

「彼は平民ですわ。こういった大きな町を治める者は貴族であることが通常ですわ。ですが彼は貴族の証である苗字を名乗りませんでした。それがさぞ当たり前のように。どういった経緯であれ、平民の肩が町を治めるという話はあまり聞きませんわ。過去に偉大な功績を治め、王から授かったというならば話は変わりますが、彼と出会った時、公爵家の令嬢であるミミアンは何の反応も見せませんでしたわ。」

「???」


ミミアンの顔にははてなマークが無数に浮かび上がっているのがわかる。


「偉大な功績を治めて、王より任されたわけでもないただの平民のお方がどういった理由でこのような町を治めることになったのですの?」

「・・・そうですな。まずはそこからでしょうか。結論から申し上げますと、元々レスウィードの町を治めていたお貴族様はお逃げになりました。」

「に、逃げた・・・ですって?!」

「ええ、この町の歴史についてすでにお聞きになられているでしょう?この町はかつて、漁業によって栄えていたこの大陸一の漁港として知られておりました。ですが、ある日突然現れた海竜によって大打撃を受け、私ら漁師は海に出ることが出来なくなりました。故に、獣帝国に懇願しました。海竜討伐を。その願いが聞き届けられ、正規軍が派遣されました。ですが・・・」

「何もせず、数日後には正規軍は撤収したって聞いたよ。」

「ええ。正規軍は我が町で好きなだけ食糧を貪り、雌を見ては欲情し、本当に、本当に好き勝手してくれました。満足に海竜の調査をせず、何もなしと報告を出しては撤収されました。それからは獣帝国は私らに手を貸すことはしませんでした。」

「・・・故に、見捨てられた町ということですの。」


その手には怒りとも捉えられるかのように拳を強く握っていた。

ワナワナと震え、そして自らの怒りに気が付き、ふぅと一息吐くと気持ちを落ち着かせる。


「そういうことです。それからはここを治めていたお貴族様はこの町に未来はないとこの町から逃げる様に海の中へと消えていきました。陸を使って逃げていれば国に見つかってしまうでしょうから。ははっ、今頃海竜に食われ、腹の中ではないでしょうか?」

「・・・。」

「これ以上誰にも見放されてはならない、故に私が立ち上がらねばならなかったのです。国に見捨てられ、この町を治めていた者にも見捨てられ・・・。私ら町の民にまで見放されてしまえば、この町は本当の意味で死んでしまう。それだけは避けねばならなかった・・・。」


そう語る老人の瞳は白く濁っていたが、確かにその瞳には光が灯っていた。


「私はこの町を愛しております。新鮮な食糧が満遍なく手に入り、この町は活気があった。絶えず盛んに様々な者が来るが故に、絶えず出会いがあり、私らは繁殖し続けられた。・・・これが私がお貴族様に代わってこの町を治めている理由です。お分かりになられましたか?」

「・・・ええ。」


レイラは何も言い返せなかった。

だがそれとはまた別に何かしらの違和感を感じていた。


あの悲鳴の主はどこに行ったのか、あの不可解な死に方をした住民は、あの水たまりは。

そして食い違っている海竜の話・・・。


どこまでが本当でどこまでが嘘なのか。


レイラの瞳に映る彼の白濁の瞳、その瞳に宿る光はどこか曇っているように見えた―――――。



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