彼女の成長と、新たな事件の始まり
幻惑の暗森を後にしたレイラたちはそれぞれ何か思う所があるのか、乗り込んで移動する馬車内の空気はどこかドンヨリしていた。
中でもミミアンの様子が一番ひどい様子だった。
あのミミアンがあれから一言も喋らずに、黙ったまま流れゆく景色を映す窓をじっと眺め続けていた。
原因はわかっている。
あの瞬間にはこの場にいる全員が立ち会っているからだ。
あの時、幻鳥が発した言葉を全員が聞いている。
ぎこちなく、無理やり音を繋げたようなモノではあったが、それはしっかりとミミアンの心に深く、深く突き刺さった。
その場にいた誰もがそのお礼を聞いて何も感じないなんてことは決してなかった。
そんなこんなで馬車が走り続け、ミミアンはふと何かを見つけたようで馬車を操る御者に声を掛けて止めさせた。
急いで馬車から飛び出す様に出ていく。
その後を続くようにレイラはミミアンの後を追う。
するとミミアンはある場所で立ち止まり、そのまましゃがみ込んだ。
レイラもミミアンに追いつき、彼女がじっと見つめているそれを見る。
それは、子を庇う様に覆い被さった魔物だったモノとその子共たちの亡骸だった。
無造作に散らばる毛や牙、あちらこちらに散らばっている血、折れた剣の切っ先や突き刺さっている折れた矢片。
恐らくは冒険者たちに討伐されたのだろう。
理由はわからないが、おそらく素材目的か、街道が近いが故に危険と視なされたか。
これが日常なのだ。
我々にとって、生きる上で危険と判断された存在は冒険者ギルドを通じて依頼書が発行され、それを受注した冒険者たちが依頼を解決するために己の命を懸けて討伐へと向かう。
これが普通なのだ。
魔物を討伐することは生きる上で必要な事であり、自分たちが安全に暮らすためだけに障害となるのならば駆除することに躊躇など一切ない。
これが当たり前なのだ。
これが、これが・・・これ、が・・・・。
「・・・ねえ、レイラ。」
「なあに?」
「この子らを見て、胸が苦しく感じるうちはさ、変になったんかな?」
「どうしてそう思いますの?」
「だって!!」
ミミアンは振り返る。
大粒の涙が溢れ出し、今にも叫びださんばかりの怒りが、不安が、悲しみがこもったぐちゃぐちゃになった顔で、レイラへと問いかける。
「魔物を狩ることは、うちらが生きていくうえで欠かせない、生活の一部じゃん・・・!なのに、どうしてこの子らの死を見て、苦しくなるんかな・・・?辛くなるんかな・・・。こんな感情があったら、魔物なんて殺せなくなっちゃうじゃん・・・!!明らかにおかしくなったじゃん、うちの心は・・・」
「・・・いいえ、レイラ。」
そう優しく語り掛けながら、レイラはゆっくりとミミアンの傍まで歩み寄り、静かにしゃがむとそっとミミアンを抱きしめる。
「変になったわけではありませんわ。その気持ちが、本来の元々あるべき姿だっただけですの。魔物を殺し、その素材を、糧をいただき、感謝する。でも人はいつしかそういった姿を視なくなりましたわ。面倒くさくなってしまったのか、それともただ単に忘れられていっただけかもしれません。魔物はただの悪だと思うようになり、殺すことで自らを満足させるだけの物へと変わってしまいましたわ。わたくしだって、ヨスミ様と出会うまではそうでしたもの。その点、あなたは自分自身でそう感じるようになった。それだけでもすごいことなのですわ。」
「え・・・?」
抱きしめていたミミアンを離し、じっくりと母から受け継いだ赤色の瞳、父から受け継いだ緑色の瞳、オッドアイとなっている彼女の瞳を優しく見つめる。
「ヨスミ様ってね、ご飯を食べるときには必ず【いただきます】と【ごちそうさま】という言葉を言いますの。いつしか聞いたことがありましたわ。なぜそんなことを言うのかと。”自分たちの命の糧となってくれる生命に感謝し、彼等を敬うために捧げる言葉だよ”と言ってくれましたわ。生きるために本能のまま狩りを行う動物たちとは違って、想像する知能を持つ我ら人間は生きるためじゃなく、自らを満足させるためだけに自尊心を満たす狩りを行うことができる。故に、わたくしたちは忘れてはいけないのだと。わたくしたちの糧となってくださる者らへの感謝を。まあミミアンは獣人だからその辺りは違うかもしれないですわね。」
そしてレイラは視線を下へと堕とす。
「だから今のわたくしたちがこの子らにできることは祈り、送り出す事だけですわ。ミミアン、あなたのその思いを知ったが故に、あなたはこれからしなければならないことがありますわ。相手を敬い、尊重し、称える事。そして自らが手に掛けた者を忘れてはいけない事。まあ、それが極悪非道な相手だったらそういったことは適応外らしいですわよ?」
「・・・ぷっ、あははっ!なにそれ!」
とここで初めてミミアンは笑った。
それを見て、レイラは安堵し、もう一度抱きしめる。
「あなたはとても優しい心の持ち主ですわ。その凶悪な武器を持ちながらも決して私利私欲のために振りかざすことなく、家族のため、そして人間であるわたくしと友達になってくれて、その友達のためにその爪を振るうあなたが心から大好きですわ。その感性を、これからもどうか忘れないで・・・。」
「・・・レイラぁ」
2人は暫くお互いを抱きしめ合った。
そんな2人を馬車に凭れ掛かりながら、フィリオラは静かに見守っていた。
「いただきます、ごちそうさま・・・。私たちにとっては当たり前なことだけど、人間たちにとっては久しく忘れられていたことだったわね。」
今この世界で、その2つの言葉を使う者はドラゴンのみとなっている。
他にも高い知性を持ち合わせる魔物たちはいるが、この言葉を使ったりはしない。
過去には使われていた時代もあったそうだが、近年その言葉を聞かなくなって久しい。
久しぶりに聞いたのは、ヨスミを介抱するために家に招き、そこで初めて食事を取ったときぐらいだろうか。
この言葉が忘れられていったと共に、こうして命に感謝する感性が失われていったのかもしれない。
そんなことをフィリオラは考えていた。
その後、レイラとミミアンは目立たぬように岩の影に穴を掘り、それぞれの亡骸を静かに埋葬し、祈りを捧げる。
魂を見送るために、フィリオラは唄を捧げた。
遠く忘れ去られた言葉を用いた、古の唄を。
その後、彼女らは馬車に乗り込み、次の目的地へと向かう。
だがその馬車の雰囲気は先ほどとは打って変わって、とても穏やかなモノだった。
ミミアンとレイラは何かについて話し合っては笑い合い、それに釣られてフィリオラも笑顔になる。
そしてミラは美しい歌を奏で、それを聞き入ったりもしていた。
それから1時間ほどが経過しただろうか。
御者から、目的地が見えてきましたと連絡を受け、窓を開けて道の先を見る。
次の目的地であるレスウィード町が見えてきた。
かつては漁業が盛んな港町ではあったが、海竜の被害を受けてからは船を出すことはなくなった。
過去に一度、海竜討伐のために軍が指揮されたことがあったが、海竜の姿はどこにもなかった。
存在しないものを討伐することはできず、軍は引き上げる事となり、町は次第に寂れていった。
ここに来た目的は、ヨスミの魔力にあてられた海竜が姿を現した可能性を危惧したためだった。
馬車から降りるレイラたち。
町、そしてその先に広がる広大な海。
そこから漂ってくる潮の匂いに心が穏やかな気持ちになる。
「それで、ここがそうなの?」
「ここはドラゴンを崇拝しているというより、逆に大きな被害にあって盛んな漁業がなくなった町だって聞いたよ」
「・・・え?襲われたんですの?」
「うん。それで昔、正規軍が海竜討伐のために向かったんだけど、海竜がいた痕跡が何一つなくって、数日滞在しても何の成果も見られなかったから、本当に海竜なんて存在したのか?と疑問に思う声が多くなってきたらしく、そのまま引き上げることになったんだって。」
「それじゃあどうしてこの町にきたんですの?」
「その存在しないと言われる海竜がもしかしたら姿を現しているんじゃないかと思って!」
「・・・あなたねぇ。」
とミミアンが目を光らせている様子を、レイラは呆れた目で見ていた。
だがフィリオラはじっと海の方を見つめていた。
「・・・フィーちゃん?どうしたんですの?」
「まさか、本当に海竜が・・・!?」
「・・・いえ、それより――――。」
――キャアアアアッ!!
とフィリオラの言葉を遮るように、レスウィードの町の方から聞こえてきた女性の叫び声。
その声を聴いたレイラたちは急いでレスウィードの町へと入る。
だが本来なら町の入口を守っているはずの兵士の姿はなく、気がかりではあったがそれよりもまずはその悲鳴の主を探すことに専念する。
そしてレイラたちがとある一角の町の路地へときて足が止まる。
恐らく、ここが悲鳴の主がいた場所だと誰もがわかった。
その理由として、辺り一面に広がるように飛び散った血液が、そこで恐ろしい何かがあったのだと想像するに容易かった・・・―――――。