静寂を切り裂く音
「ねえベオちゃん。心当たりのある子はいる?」
『・・・ふむ、この辺りにはこういった芸当が出来る奴は見かけたことがない。もしかしたらこれはドラゴンの仕業ではない可能性が高い。』
鞘から上半身だけを持ち上げ、周囲を見渡しながらそう伝える。
ミラは障壁を張っていることに集中しているのか、微動だにしなかった。
「そうなんですの・・・、なら遠慮はしなくていいってことですわね?」
『ん?母上殿、それは一体どういう意味で・・・』
とベオルグが最後まで何かを言い切る前にレイラは王眼を右目に宿す。
そして何かを見たのか、とある一点だけを注視する。
その視線の先を、ベオルグも同じように見るがそこには何もない。
だが、確かに何かがある。
とここでレイラが体勢を低く構え、地面を蹴り飛ばす。
そのなにかとの距離を一気に縮めると躊躇いもなく黒妖刀を抜き放ち、そのまま空を切りつける。
――ガキィィイイイイインッ!!!
確かにレイラは何もない、ただの空間を切り付けた。
だが、それに相反するかのように何かがぶつかり合うような金属音のぶつかり合う甲高い音が静寂を切り裂いた。
「ピィウッ!」
続いて上がったのは悲鳴のような呻き声。
レイラは確かに何かを斬った。
だがそれは未だに姿を現さず、レイラが視線の先を変えたことからどうやら逃げ回っているようだ。
それを正確に追いかけるように跳躍し、またもや黒妖刀で切り裂く。
その度に上がる悲鳴と金属音。
だがレイラはそれに確かな手ごたえを感じている様だった。
そして4回目の攻撃にてついに金属音が砕け散ったような音が響き渡った。
それと同時に目の前には地面に倒れ、動かなくなっている鳥がそこにいた。
その瞬間、周囲の村が忽然と霧散していき、そこには広大な森林が広がっていた。
それに続いてフィリオラとミミアンが茂みの中から姿を現した。
「フィーちゃん!それにミミアンも!やっと見つけましたわ!」
「・・・あら、ここは。」
「あれ?うちら確かに村?町?に入ったはず・・・、あれ?何の村に入ったんだっけ?名前も・・・出てこない・・・って、げっ?!ここって幻惑の暗森じゃない!ってことは・・・」
「なるほど、私たちはそこの鳥の幻惑にまんまとやられたってことね。」
無数に枝分かれした細い線のように伸びている白い尾。
その中に混じって3本の長く伸びた、まるで剣のような形状をした尾。
内、1本が切り落とされているところを見るとどうやらレイラが切り落としたもののようだ。
「ピィイッ・・・!!」
その鳥の魔物はレイラたちを強く睨む。
そんな様子を見て、ミミアンは威嚇するかのように呻るがレイラがそれを制する。
「待って、ミミアン。」
「なんで?うちらがこんな目にあったのって、この鳥が原因なんでしょ?もしレイラが何とかしなければうちらはずっとここで彷徨ってたかもしんないんだよ?!」
「いいえ、ミミアン。この子は悪くはありませんわ。」
「・・・そう。」
とここでフィリオラが何かを納得したようで、目を細めながらその鳥を見つめる。
そしてミミアンも何かに気付いたようだ。
「あれ、その子は・・・」
よく見るとその鳥の少し後方にはその鳥と同じ個体の死体が転がっており、近くの茂みからは心配そうに顔を覗かせる子供たちが目に入った。
「この子はただ守りたかっただけですわ。大事な子供たちを。きっとそこで亡くなっているのは雄の方ですわね。きっと子らを守り抜いて亡くなったのですわ。」
よく見ると周囲には冒険者や魔物の死骸がいくつか転がっていることに気が付く。
とそこへレイラたちのすぐそこにルーフェルースが上空から降りてきた。
「ママ?やっぱり森ばかりで何もなかったよ?」
「ルル、ありがとうですわ。」
「うん!それとそこの鳥さんはどうするの?すっごく怒ってるよ?」
「・・・うん、大丈夫ですわ。」
そういうと折れた鋭利状の尾を拾い上げ、それを持ったまま鳥の前にゆっくりと近づくと静かにしゃがみ込む。
拾い上げたそれで鳥に対して止めを刺すのかと鳥は怯えていたが、予想を反してレイラは静かに鳥の前でしゃがみ込み、深く頭を下げる。
「突然攻撃してしまってごめんなさいですわ。あなたの事を治療することをどうか許してもらいたいんですの。」
レイラは鳥に対して深く謝罪する。
鳥はもちろん、ミミアンは驚きのあまり目が見開く。
「ちょっと、なんで謝んの?! これでも一応相手は魔物っしょ?」
「そうですわね・・・。でも、何故かすごく悲しい気持ちになりましたの。まるでその光景を知っているかのような、変な親近感が湧いてしまって・・・。」
「親近感って・・・。」
突然、レイラの心に湧き上がる持ち合わせていないはずの感情。
声を上げて涙を流しながら泣く子等と何かの亡骸の前で立ち尽くす姿。
そんな光景が何かに重なって見え、だがレイラにはそれがなんなのか理解できなかった。
ただ悲しく、ただ辛く。
どうして自分がそう感じるのかは今はどうでもよかった。
ただ一心に、その魔物を助けたい、ただそれだけだった。
そんなレイラの気持ちを汲んだのか、ルーフェルースは鳥へ何かを話しかけるかのように鳴く。
最初は怪訝な表情を見せた鳥だったが、次第にその疲れがピークに達したのかそのまま気絶するかのように持ち上げていた頭が項垂れる。
そんな鳥の様子を見てとうとう我慢ができなくなったのか、子供たちが茂みから飛び出し、親を庇う様にレイラたちの前に立ちはだかる。
攻撃するわけでもなく、ただひたすら講義するかのように鳴き喚く。
見かねたルーフェルースは子供たちに色々と説明をし、子供たちもようやっと落ち着いたようで倒れている母鳥へと身を寄せる。
レイラはそれが了承だとわかり、自分のドレスの一部を無理やり引きちぎると拾った鋭利状の尾と欠損している尾を合わせると千切った布切れで強く固定し、それに合わせて治癒魔法を掛ける。
そんな様子にフィリオラも同じように母鳥だけじゃなく、子供たちにも同じように治癒魔法を掛けた。
ミミアンは亡くなった父鳥から、とても印象に残る1本の美しい尾を黒曜爪で軽く切り落とし、また周囲の白い枝分かれしている細長い尾も幾つか同じように切り落とした後、魔核を取り出して亡骸は地面へ丁寧に埋葬し、父鳥から剥ぎ取ったそれらを組み合わせてちょっとした首飾りのような物を作り上げた。
とここで治療を終えたであろうレイラがミミアンの所にやってきた。
「・・・レイラ。」
「丁寧に埋葬してくださったのですわね・・・。ありがとう、ミミアン。わたくしのわがままに付き合ってくださって。」
「これ。あの鳥に渡してあげたら?」
と先ほど作った首飾りをレイラへと渡そうとする。
だがレイラはそれを拒否した。
「いいえ、ミミアン。これはわたくしじゃなく、あなたがその手で渡してあげてくださいまし。その素敵な形見を作り上げたのは他でもなくあなたですわ。その功績を奪うなんて下品な真似、この淑女たるわたくしができるはずもなくってよ。」
「・・・こういう時ばっかりその淑女っぽい口調で受け流すんだから。」
「あら、これでもわたくしは立派な淑女ですわよ?」
「そーでした。・・・ありがとっ」
「どう致しまして。」
そしてミミアンは母鳥の前にやってきた。
先ほどよりかは体調も回復したようで、安心しきって母鳥の傍で甘えてくる子鳥たちに付いた無数の枝や葉をそのくちばしで綺麗にしていた。
ミミアンのことに気が付いた母鳥は多少警戒している様子を見せる。
だがその手に持っている物に気が付き、ミミアンもその様子を見てゆっくりと母鳥へと差し出す。
「・・・これ。あんたの大事な旦那さんなんでしょ?だから埋めるだけじゃ寂しいし、あんたらも辛いだけっしょ?だから何かしら形にしとかないとって思って作ったんだけど・・・。」
「・・・ピィイウ」
そういうと母鳥は静かに頭を下げる。
その意図を汲み、ミミアンはその首飾りを静かに母鳥の首に付けた。
暫く自分の胸にあるミミアンが作った首飾りについた魔核をじっと見つめていた。
「まっ、こんなことをしても、あんたのかっこいい旦那の命を奪った同じ獣人としてはあまり良い思いはないかもしれないけどね。でもこれだけはわかるよ。あんたの事や子供たちのことを死んでも守り切るなんてマジでヤバいじゃん。すんげえかっこいいっしょ!」
ミミアンの見せた満面の笑みを見て、母鳥は今度はミミアンをジーっと見つめる。
「な、なに・・・?そんなに嫌だった、とか?」
「・・・ア、リガ、ト」
「・・・え?」
確かにその鳥はありがとうと感謝の言葉を述べた。
だがそれは歪なもので、男性のような声と女性の声が入り混じった、まるで言葉を真似して繋げたようなもの。
だが、そんなことはどうでもよかった。
母鳥は確かに、ミミアンにわかる言葉で感謝の意を示したのだ。
母鳥は静かにその場に立ち上がり、子鳥たちを引き連れて幻惑の暗森の奥へと姿を消した。
放心状態のミミアンの元にフィリオラがやってきて、鳥たちが消えた方を見つめながら静かに語る。
「あの鳥は、ゲンチョウ。幻を見せる鳥と書いてゲンジョウと呼ばれる魔物ね。彼らは見たもの、聞いたものをそのまま幻として作り出すのが特徴よ。きっと、あなたに伝えた言葉はあそこで転がっている冒険者たちの会話の中から聞いた言葉の一部を切り取ったのでしょうね。そこまでしてでも、あなたにはありがとうって伝えたかったみたいね。」
「・・・。」
フィリオラの言葉を聞きながらもミミアンは一言もしゃべらず、ただ自然と涙が目から零れ落ちた。
なぜ自分が涙を流しているのか、その時はわからなかった。
確かにあの時は魔物なんかに謝罪を告げるレイラの姿に驚いたし、レイラの気持ちを汲んであの母鳥の旦那から幾つか素材を取ってそれらを組み合わせて首飾りを作る自分自身にも驚いた。
なによりたかが魔物相手にこんなことをしている自分に呆れてさえもいた。
だがそんな相手から直接、あの真剣な瞳で、今にも泣きだしそうな瞳で、言葉さえもわからないはずの相手に必死にその頭を使って、自分の旦那を殺した奴らの言葉を借りてまで自分にお礼の言葉を伝えてくれた。
それがどれほどの勇気がいるか、改めて彼女の気持ちを理解したことで、ミミアンの世界観が大きく変わった音が彼女に響き渡った―――――。
~ 今回現れたモンスター ~
魔物:幻鳥
脅威度:Bランク
生態:体長は1mほどの大きさで、体色は雌と雄で違っており、雌は黒く、雄は灰色である。
幻と書いてはあるが、存在そのものが希少という意味合いの幻ではなく、幻惑、幻術などといった方の幻の意味合いだ。
この鳥たちはその目で見たものや聞いた音を再現し、幻として再現することを得意としている。
この鳥たちの尾から伸びた無数に枝分かれしている白くて細長い尾からは目に見えぬ幻覚効果の成分を含んだ特殊な粉を振り撒き、それを吸った相手を幻惑に掛けて、更にその鳴き声で様々な環境音を再現することで、相手を完璧に惑わす。
この幻術にかかった者は、まるで見知らぬ村の中にいるような錯覚に陥ったり、中には見知らぬ無数の巨大な四角い建物がずらりと並んでおり、また鉄の何かがものすごい速度で走り回っている景色を見たなんて者もいる。
基本的には相手に幻惑を見せることで自分たちは逃げる時間を稼ぐことが目的であり、戦いに用いることは決してない。
だがどうしても戦いを避けられない場合、その細長く伸びた白い尾とは違って伸びている3本の鋭利状の尾を使って、幻惑にかかった相手を一突きして攻撃することが確認されている。
またその幻術の再現度の高さ、また幻術の掛かりやすさから、一度その幻術にハマってしまうと抜け出すのは困難とされており、また自分自身が幻術の中に居ると認識できないため、そのまま衰弱死してしまう者もいる。
かつて、森で作業をしていた木こりたちだったが、ある日を境に予定していた時間よりも大幅に作業を終えて帰宅するようになり、話を聞くと木こりたちも”確かに早い終わりだな”と違和感を感じつつも、作業終了を告げる鐘の音が聞こえたから帰っていたと話していた。
実際にはこれ以上木々を倒して森を破壊して欲しくなかった幻鳥が、夕方に聞こえてくる鐘の音が作業終了を告げる音だと理解し、その音を再現させて木こりたちを追い払っていたという事実が後から分かった。