彼女だけ
「やっと着いたぁ~・・・!」
と馬車から降りてすぐ体を大きく伸ばし、一息つくミミアン。
続いてフィリオラも馬車から降りるとすぐグディンと目が合った。
「・・・ほう、あんたは。」
「あら、ヨスミ・・・パパに影響を受けているのにどうやらまともそうね。」
「だてに長生きしておらんわい。」
「・・・それもそうね。でもよかったわ。あなたほどのドラゴンが暴れてたりなんてしたら私だって溜まったもんじゃないもの。」
「ふぉっふぉっふぉっ。」
どうやらフィリオラとグディンは知り合いのようだった。
互いの仲はそれほどいい感じには思えないが、どこか切っても切れない様なつながりが見える。
「ところでママ、その子は・・・」
「わたくしの子ですわ!」
「・・・増やしたのね。その傷を見るに暴れていたのはお爺ちゃんじゃなくてそっちなのね。」
「うむ。大抵のドラゴンやワイバーンたちなどの同胞はちち様の思いを理解する前に感化されてしまうようじゃな。じゃがワシのように長く生き続けた者、高い知性を持つ同胞は問題ないようじゃ。」
「やはりそうなのね。私もちち様の魔力にあてられたけど、獣人みな殺すべし!なんて思想には至らなかったし。」
「なんと・・・、ちち様に会ったことがあるのか!」
「ええ。というよりも私たちと今までずっと一緒だったわ。」
「ほう~、それはなんとも羨ましい限りじゃ。ワシも一目見てみたいのう・・・。」
「その内会えるわよ。パパはこの世界に棲む全てのドラゴンと会うことを目標にしているからね。あ、でももしパパと会うなら本体に戻ったまま会った方がいいわよ。」
「それはなんと嬉しき目標か!わかりもうした。ちち様と会う際には我も人としてではなく、竜として会うことにしよう。」
フィリオラとグディンの談笑は続き、ミミアンはレイラが手懐けた双角竜をまじまじと見つめる。
「・・・百足竜に続いて双角竜まで仲間・・・、いや、家族?にしちゃうなんて。」
「この子、名前はないからわたくしが名付けましたの!名付けて、【ドミニク】ですわ!しかもよく見ると小さな傷がいっぱいついているのですの。数々の修羅場を乗り越えた歴戦の子なのですわ!」
「グルゥゥ・・・!」
と撫でられる双角竜は嬉しそうに喉を鳴らす。
その様子を見てミミアンは若干引き気味であった。
「いやー、うちにはまだきついわ。まだ怖さの方が勝っちゃってるもん。」
「この子の良さはそのうちあなたにも理解できる日が来ますわ。」
「そうかな~・・・。」
「グルゥ?」
「・・・そうかなぁ~?」
2度目のセリフは先ほどよりも低い声が口からこぼれ出た。
それからレイラたちは村の状況を確認し、被害はドミニクとグディンとの戦いで荒らされた一部の森だけで村人たちには一切の怪我人はいなかった。
何事もなかったわけではないが、とりあえずは一件落着ということで次の目的地へ向けて出立することになり、ドミニクはグディンを通して村人たちに深く謝罪をし、その後はグディンと共に村人の防衛に努めるために残る事となった。
「ドミニクぅ・・・また会いにきますからね・・・!」
「グルゥウ・・・!」
名残惜しそうにドミニクの顔を精いっぱいに抱きしめるレイラ。
だがあまりにもレイラが離れようとしないため、ミミアンはレイラの首根っこを掴んでドミニクと引き剥がす。
「あぁぁぁぁ・・・後生ですわあ・・・!」
「はいはい、恨み辛みは後で聞いてあげるから。今は次に被害が出ているであろう村へ早く行くっしょ!」
そうしてレイラを馬車へ詰め込み、ミミアンも続いて馬車へと乗り込む。
フィリオラはグディンに軽く手を振ってさよならを告げ、馬車は次の場所へと出立していった。
次に見えてきたのは村というよりも町と言えるほどの大きな規模を持つところだった。
戦闘音や黒煙などといった類のものは見えなかったし、聞こえもしなかったために大丈夫だろうと内心ではそう思っていた。
だが、実際に町に着くとそこは静寂が支配している不気味なゴーストタウンと化していた町があった。
「・・・どうして村人1人もいないんですの?」
「血の痕跡や争ったような痕、破壊された物も何もないわね・・・。」
「おーい!誰かいるー?!」
とミミアンが遠吠えを上げる様に大きな声を響かせる。
だがその言葉の返事として返ってきたのは、やはり静寂のみだった。
「おっかしいなぁ~・・・。」
「とりあえず、建物一つ一つ誰かいないか調べてみるしかないですの。ルル?あなたは空から誰かいないか調べてもらってもいい?」
「わかった~!」
とルーフェルースは上空へ飛び上がっていく。
「ミラはわたくしと一緒に居てくださいまし。こんなにも人がいないのなら、魔力溜まりがどこかで発生し、それに触れていなくなった可能性もゼロではありませんわ。だからもしどこかで魔力溜まりを感じ取ったらすぐに教えてくださいまし。」
「ぴっ!」
「・・・可笑しな気配は感じるけど、曖昧ね。」
「だね~。なんかいるっぽいけど、もやもやしてよくわからない・・・なんかキモイんだけど。」
どうやらミミアンとフィリオラは何者かの気配を感じているようだったが、その実態を掴めないようで多少苛立っている様子が見られる。
レイラたちは意を決して町の中に入り、それぞれ別れて建物の中を探索する。
酒場の中に入ったレイラはそこで可笑しなものを見つけた。
「・・・出された料理はまだ温かいですわ。それにバーカウンターに置かれているコップに注がれたエールも泡立ったまま・・・。まるで先ほどまでここには人がいたような痕跡ばかりですわ・・・。」
獣人たちだけが忽然と姿を消したかのような状況に、レイラは若干の恐怖すら感じ始めた。
するとミラが何かに反応するかのように天井を見上げる。
「・・・ミラ?」
とレイラもミラの視線の先を確認するように顔を上げた。
そこには何もなく、ただ木材で作られた天井だけがレイラの瞳に映る。
が、突如として大きな物音が鳴り響く。
レイラは突然のことに吃驚しつつも、初めての物音に誰かの気配を感じて酒場の2階に通じる階段へと駆け出した。
「確か、物音がしたのは・・・ここですわ!」
とレイラが聞き取った物音が発生した天井の位置、そこは宿泊用の部屋に続く扉があった。
ゆっくりとドアノブに手を掛け、静かに回す。
カチャリと音がなり、鍵はかかっていないようだった。
意を決して扉を開け、静かに部屋の中へと入っていく。
ふと気が付けば、ミラの羽毛が逆立っているように見え、ミラ自身も強い警戒心を向けていた。
腰に携えていた刀に手を掛け、いつでも抜けるよう臨戦態勢を取りながら部屋の奥へと入っていく。
「誰かいますの・・・?返事をしてくださいまし・・・!」
だが部屋には何もなかった。
ベッドが二つ、左右にはサイドテーブルが置かれており、ごく普通の宿泊用の部屋が広がっていた。
「誰も、何もいないですわ。物音的に何かが落ちたような音でしたのに、モノが落ちたような形跡すらないなんて・・・。」
レイラはそれから一部屋ずつ確認したが、その全てに変なところはなかった。
ミラも先ほど物音がした部屋に入る前に見せた強い警戒心はあれ以降見せることはなかった。
結局、何の収穫もなく酒場を後にする。
それからレイラとミラはパン屋、鍛冶屋など様々な建物を探索し、この怪奇現象の中で生き残っている者を探し続けて1時間ほどが経過した。
だが何の手がかりも得られず、ひとまずミミアンとフィリオラの2人と合流しようと2人を探し始める。
だが・・・
「ミミアンー! フィーちゃ~ん!2人とも、どこにいるんですのー?」
大声を上げながら、2人と別れた方へ向かっていく。
レイラの呼びかけに、2人が返事を返すことはなかった。
「全く、2人ともどこへいったのかしら。この村も町と呼べるほど大きいですけど、そこまで入り組んでいるわけでもないですわ・・・。」
そこまで町の構造は複雑な作りはしていなかった。
大通りが1本、住宅街に伸びた小道、レイラが探索した商業区域に繋がる通りが1本。
レイラは商業区域の方を探索していたため、まずは大通りに向かって2人を探し、そして住宅街へと向けて2人を探し始めた。
レイラの声が届かない場所がないわけではなく、こんなにも静かであればむしろレイラの声は目立って聞こえるはずだ。
なのに、2人からの返事が一切ない。
探索に夢中なのだろうか?
なんて考えていた時、ふと刀の鞘に張り付いていた百足竜のベオルグが語り掛けてきた。
『・・・母上殿。』
「もう・・・あら、ベオちゃん?どうしたんですの?」
『もしかしたら、あの御2人はこの怪奇現象に巻き込まれた可能性が高いかと思われる。』
「え?でもそれならわたくしだって同じように・・・」
『それはミラ殿が母上殿を守っておられているからでしょう。』
とレイラはミラを見てみると、全身の羽毛が逆立っており、また体が若干光を帯びている。
そこで初めて自身を注視すると、ミラを中心に薄い魔力の膜のようなものが張られていることに気が付いた。
「これって・・・」
『おそらく、外部から何かしらの干渉を遮断する障壁なのでしょう。きっと、我らはこの村に立ち入った瞬間から、何者からの攻撃を受けている可能性が高いかと・・・』
とここで初めてレイラは自身が置かれている危機的状況を理解することになる―――――。