共感するものとしないもの、理解することとできないもの
麿は、ただ安らかに眠りたかった。
麿の剣に宿る怨恨は血を求め、麿はただひたすらに戦いに身を投じてきた。
己の尊厳を掛けて、己の命を懸けて、己の命よりも大事なモノを守るために。
麿が戦い続けることでその大事なモノを守れるのならばと、麿は喜んで死地にも赴いてその剣を振るった。
それが偽りだとも疑わずに・・・。
麿が戻ると、そこには無残な姿へと変わり果てた、大事なモノだったそれがあった。
なぜこうなっているのか、その時の麿には理解できなかった。
ただ、怒りよりも絶望よりも、全てが【無】へと変わった。
生きることの渇望もなく、殺すことへの罪悪感もなく、幸せそうな家族を見て感じる切なさもなく、白く冷たいものが降り続く闇の中で感じる火のぬくもりもなく、ただその瞳に映るそれは、ただその肌で感じるそれは、心の奥で湧き上がるそれはなにもなく、ただの【無】だった。
麿の大事なモノを奪っていったヤツらへ復讐を遂げた時、嬉しさよりも、成し遂げた達成感も、仇を売ったことで弔いを上げられたことへの安心感もなかった。
いつしか麿の行動原理は【生】から【死】へと変わっていった。
だが、麿の切実に求める【死】を迎えるには、麿は強くなりすぎてしまった。
故に、麿は呼ばれてしまったのだろう。
小さきものたちに囲まれ、麿のことを気持ち悪いように称えてくる。
頼んでもいないのに世話をし、しきりに麿と対話をしようと毎日のように話しかけてくる。
その中で、人間の小さき少女は特に印象強かった。
麿にやたらとベタベタと触ってくるし、麿の体を使って遊び始めたりもした。
その内、麿の傷ついた部分に意味もなく薬草を塗りたくったり、夜になれば麿の体を枕代わりに眠るようにもなった。
ふと、麿の瞳にかつて守れなかった大事なモノの姿が少女と重なった。
なぜ少女の事を見てそう思ったのか、そう感じたのかはわからない。
・・・意外と悪くないと感じる麿がいることに、もはや驚きも感じなくなった。
小さきものたちは麿以外にもさまざな同胞を呼び出していた。
だが中には小さきものたちへ危害を加えようとする同胞も少なからずいた。
その度に、麿は自然と小さきものらを守るために我が同胞たちを静め、麿に従えさせた。
そうして、小さきものらに、麿に多くの仲間が、家族ができるようになった。
小さき少女は小さきものらにとって、”大人”と呼ばれるほどの大きさへと成長した。
麿にとっては些細な時間ではあったが、小さきものらにとっては長い年月と感じるほど、共に平和に過ごしていた。
ある日、外から別の小さきものが我らの住む山へと訪れた。
ソヤツは麿の娘に対して好意を抱くようになり、その好意はやがて執着へと変わっていった。
娘はその男を怖がっており、麿の傍から一時も離れなくなった。
故に、ソヤツは蛮行に及んだ。
娘を山から連れ出してしまったのだ。
麿は山から出て娘を探すために、娘からいつも漂っていた薬草の匂いを頼りに探し回った。
幾度なくも山を越え、海を越え、ようやく娘を見つけた。
娘を助けるために麿は小さきものたちが築き上げてきた石で作られた大きな山を切り、小さきものたちも切り殺した。
いつしかその戦いは激化し、その時初めて麿はあんなにも求めていた【死】を身近に感じた。
だが麿は【死】を選ばなかった。
逆にあんなにも手放したかった【生】を望み、戦いが落ち着きを見せ始めたころ、ようやく娘を救い出すことができた。
麿は娘と共に、仲間や家族の待つ山へと戻っていった。
麿たちを迎えたのは仲間や家族たちの歓迎の声援ではなく、無残にも死した骸たちの静寂だった。
この臭いは、娘を攫って行ったあの雄と同じだった。
麿は今度こそ、あの石で出来た大きな山を完全に滅ぼそうとしたが、娘がそれを止めた。
娘は山の奥まで入っていき、そして戻ってきたときには生き残っていたであろう小さきものらの子供たちの姿があった。
麿は娘と子供たちと共にこの場所でもう一度、今度は生きていくために、そして麿が出て行ったことで助けられなかった家族たちに報いるためにやり直し始めた。
それからまた長い年月が経った。
いつしか、麿は人間として小さきものらと共に過ごすようになった。
娘は子を産み、麿と子供たちと共に赤子を育てた。
人間の赤子を育てるということは、生きていくことよりもとても大変な事だと思い知らされた瞬間でもあった。
あんなにも長く感じていた時間の経過は、いつしか非常に短く感じるようになった。
赤子だと思っていた子はいつしか麿の剣を教わるほどまでに成長していた。
麿は己を守る術として、剣を皆に教えるようになった。
その山周辺に住む魔物や同胞たちにも勝てるほどまでに実力を持つようになった。
中でもやはり麿の娘の子は突出していた。
その山一番の剣豪となった子は、己の実力を知りたいと山を出て行った。
それからまた小さき者らにとっては長い年月が過ぎ去った。
人間として長く生き続けた麿にとって、80年という月日はあっという間であるはずなのに、とても長く感じた。
娘は寿命を迎え、麿に看取られながら静かにこの世を去った。
その時、麿は娘と約束を交わした。
”家族を守って”
麿は娘と交わした最後の繋がりを断ち切らぬために、その山で家族たちを見守り続けた。
望む者は麿の剣の教えを受け、家族の手に負えぬ存在には麿が出向いて対処した。
また山に迷い込んだ小さきものたちを家族として迎い入れたこともあった。
その多くが種族の違うものたちばかりだったが故に、異種族でのぶつかり合いも幾度なくあった。
だが最後には調和が生まれ、争いもない平和な時が流れるようになった。
やがて元々いた家族たちは少なくなり、先人たちの思いを受け継いだ家族はいつしか麿を称え始めた。
家族であるならば必要のないことだろうと何度も伝えてはきたが、家族らはそれでも麿を敬い続けた。
家族がそういしたのならと麿は諦め、家族らと長い年月を生き続けてきた。
そんなある時、突然麿の体に流れる【ドラゴンマナ】に何かの意思が流れてきた。
不思議な事に、その意思に対して感じるは拒絶ではなく、調和だった。
麿の本能がその意思を尊重し、愛を感じていた。
だがそれと同時に悲しみと怒り、憎しみも感じた。
これは父が感じたものであり、麿の感性を塗り替える類のものではなかった。
それに、その思いはかつて麿も味わったものと同じだった。
己の大事なものを奪われ、殺された憎しみ。
だからといって奪った者らへの怒りに囚われてはいけない。
まずは周囲へと目を向け、そこに守るものがいれば次は決して奪われぬために行動を移せ。
その怒りを爆発させる時は、全てを成し終えた後だ・・・と。
まさにその通りだった。
麿はその怒りや憎しみに囚われた結果、多くの家族を失ってしまった。
だからこそ、次は間違えないと麿は決めたのだ。
今、麿の前には父の怒りを向けるべき種族かいる。
だがこれは麿が守るべきものであるがゆえに、その怒りを向けることはなかった。
だが、他の同胞たちはそうは感じないのだろう。
これは麿が守るべきものたちであって、他の同胞たちにとっては怒りを向けるべき者たちなのだ。
故に、同胞らは麿の家族を襲い始めた。
話し合うことで理解を示してくれる同胞たちはいたが、ただ暴れたいだけの同胞たちにとっては話し合いは無駄だった。
麿は家族を守るために、この剣を同胞らへと向ける。
父の教えに従うために。
黒煙が立ち込める村に近づくにつれ、聞こえてくる金属音がぶつかり合うような激しい戦闘音。
レイラはいても経っても居られず、ルーフェルースの背の上に立つ。
「ハルネ、わたくしは一足先に行くわ!」
「・・・え?ちょっと、レイラお嬢様ぁぁああ・・・!?」
とハルネの制止を受ける前に、ルーフェルースの背から飛び降りる。
それに続くかのようにミラもルーフェルースから飛び脱とレイラの背中に着くと、ミラの体から魔力が溢れ出し、それはやがて大きな翼を作り出すとゆっくりと羽ばたき始める。
風を掴み、自由飛行を得たミラはレイラと魔力を同調させ、一心同体となったレイラとミラは<神速>を組み合わせた超高速飛行を実現し、ルーフェルースを遥かに凌ぐ速度で村へと飛んでいった。
先ほどまで数キロ先に見えていたそれは一瞬にして目と鼻の先にまで距離を縮め、やがて1頭の巨大な赤いドラゴンと、それに対峙していた剣を構えている老師の姿が映る。
王眼を宿し、超高速飛行はやがて<神速飛行>へと限界を超えた速度を生み出し、赤いドラゴンを捉えるとその速度を維持したまま赤いドラゴンへと突っ込んでいき、鞘に納めたまま黒妖刀を振りかぶった。
その神速飛行から繰り出される強烈な一振りに、鞘のままであったとしても問題なかったかのようで、赤いドラゴンの片翼を切り落とし、その勢いに当てられたのか、大きく吹き飛んでいった。
またその衝撃波による破壊力は周囲にまで及び、辺りの地面を抉る勢いで木々はなぎ倒され、対峙していた老師はその場から大きく後退するかのように飛ぶことでなんとか回避する。
レイラとミラは何とか速度を落とし、地面へ降り立つ。
王眼で、老師は無事であるとわかっていたため、遠慮なくぶちかましたわけだが、それでも心配だったようで急いで老師の安否確認のために辺りを見渡す。
そこにボロボロの衣服を身にまとう老師がレイラたちの前に姿を現した。
「ご無事ですの!?」
「なんとかのう・・・。して、今のは主がやったのか?」
「ええ。とある理由で子・・・ドラゴンたちが暴れている可能性があるため、わたくしの友人から剣翁竜を称えているこの村の事を教えてもらいましたの!」
と興奮気味に語るレイラの表情を見た時、老師は目を見開いた。
「それで、今暴れているように見えていたのが剣翁竜でしたらごめんなさいですわ!あなたたちが神と称える存在を・・・」
「・・・エヴァ?」
老師は名を呟き、レイラを見つめるその瞳はどこか悲しげなものだった―――――。