メイド長【ラナフォート】との出会い
魔物が出現したと報告を受けたとされる場所の入口辺りにまで来たレイラたち。
目の前に広がるは庭園と呼ぶにはあまりにも広すぎる広大な森林地帯。
ヴァレンタイン公爵家でさえもここまで大きな庭は存在しない。
この庭はフォートリア公爵家にとって大事な場所であり、獣化しながら自由に走り回るための場所が必要であり、また本能のまま狩りを行うためにあるとされている。
そんな森林地帯にも生態系は築かれており、故に魔物の出現も度々報告されている。
その度に戦闘メイドが対処をするようにしていたが、今回はどうやら彼女らの手に余る用だった。
それもそのはず、遠くの方で姿を現した魔物は【百足竜】と呼ばれる百足のようなドラゴンだった。
全長は約20mを超えており、全身の足や口の端から生えた顎が鋭い鎌のような形状が特徴で、また背中を覆う甲殻も鋭く尖っており、全身がまさに刃物に覆われた巨大な武器と化した存在である。
容易に近づけば、あっという間に切り刻まれてしまうので近接をメインとする冒険者たちには嫌われている。
が、魔法には耐性があまりないので基本的には魔法職の冒険者たちが足止めをしたり、遠距離からの高火力魔法で倒すことを推奨されている。
故に、戦闘メイドたちはその通りに対処をしようとしていたそうだ。
だが結果として魔法による遠距離攻撃が通じず、またその動き自体も以前よりも格段と上がっているようでその機動性を抑えきれなかったためにあっという間に接近を許してしまい、戦闘メイドたちは大きな被害を被る結果となった。
「魔法が効かない?」
「はい・・・、一番の弱点である火属性魔法による遠距離からの波状攻撃を行ったのですが、その、まるで魔法を切り裂くような感じで攻撃が通じず・・・ぐっ」
報告のために戦闘メイドの1人がボロボロの姿でレイラたちの前に姿を現し、状況を説明する。
が、負っていた傷も深く、途中でふらりと倒れそうになるもミミアンが彼女を急いで支える。
「これは酷い傷ね・・・。急いで傷の手当てを。」
「はっ!」
ミミアンは控えさせていた普通のメイドたちに預ける。
戦闘メイドを2人がかりで支え、もう一人が彼女に治癒魔法を掛けながら急いでその場を後にする。
「特異個体というわけではないのね?」
「はい・・・。私たちの方で念入りに調べてみましたが、やはり通常個体で間違いありません・・・。なのに・・・」
「通常とは明らかに一線を超す強さ、というわけね。」
「・・・その通りです。魔法を切り裂く【百足竜】など聞いたことがありません。特異個体でさえもそんな技はないはずです・・・。」
「そう・・・。今百足竜を抑えているのは?」
「メイド長であるラナフォート様だけです・・・。今の私たちでは足手まといだと、怪我を負った者を退却ついでにミミアンお嬢様に報告のためにここに・・・。」
「なるほどね~・・・。とりあえずみんなは急いで傷の手当てに戻って。自力で歩けない子は近くに使用人たちを控えさせているからその子たちに言って一緒に帰る事。」
「かしこまりました・・・。ごめんなさい、ミミアンお嬢様。」
「なあに謝っちゃってんの?あんたたちは十分に役割を果たしたわ。今は戻ってその傷をしっかり治すこと。治ったらまたうちと一緒に強くなるために鍛錬しよ!」
「ミミアンお嬢様ぁ・・・」
そうして負傷した戦闘メイドたちは他のメイドたちに支えられながら帰っていった。
残されたミミアンたちは森林の方を向く。
未だに地響きが続き、戦闘が継続していることを物語っていた。
「ラナフォートって?」
「戦闘メイドだけじゃなく、全てのメイドたちを束ねる長に就いてる戦兎獣人よ。」
「兎の獣人?」
「そう、兎の獣人!びっくりっしょ?一番の愛嬌を持つとされている兎獣人だけど、本当は愛嬌じゃなくて戦闘能力が一番ヤバいのが兎獣人なんだよね~。中でも戦兎の獣人は特にヤバい。戦って名前が付くほどの戦闘狂ばかりで、強い相手に戦って死ぬことが信条としている獣人たちなの。」
「なるほど・・・通りで進化しているはずの【百足竜】にもこうして果敢に単独で抑え込めているわけですね。」
「でも限度はあるわ。急いで救援に向かいましょ!」
レイラの言葉を受け、ハルネとミミアンは頷いた後戦闘音が聞こえる森林の奥地へと急いで向かっていった。
「おらぁあっ!」
鋼鉄の足甲を纏った白い足から繰り出される強烈な蹴りが胴体に直撃し、【百足竜】の体が大きく仰け反る。
彼女は近くの木の幹を蹴り、勢いを増したまま体を捻って再度【百足竜】に追い打ちとばかりに蹴りを繰り出そうとするが胴体についている無数の鎌状の足が伸びてきて、彼女を捕まえようとする。
繰り出した蹴りを咄嗟に中断し、自分に向かってくる無数の鎌状の足を蹴り払い、何もない空間を力蹴り飛ばすと彼女の体はそのまま上空へ飛び上がる。
再度同じように何もない空間を力強く蹴り、目に見えぬ壁を蹴ったかのように彼女の体は一気に【百足竜】との距離を縮めるとその胴体へ強烈な蹴りが炸裂した。
【百足竜】は今度こそ大きく吹き飛んでいき、周囲の木々を切り刻みながら地面を抉っていく。
そこへ無数の足音が聞こえ、ラナフォートは振り向くとそこには援軍として駆けつけてきたであろうミミアンとそのご友人の2人の姿があった。
彼女は急いでミミアンお嬢様の前までやってきて深く頭を下げる。
「ミミアンお嬢様!?まさか援軍として呼んだのって・・・」
「うちらのことっしょ!」
「あんの馬鹿どもが・・・!」
強い怒りを露わにしたラナフォートだったが、ミミアンが慌てて状況を説明する。
「ちょ、あの子等は仕方ないっしょ!近くに戦えそうなのはうちらしかいなかったし。」
「ですがお嬢様の身に万が一のことがあれば私はダンナ様たちに・・・」
「だいじょぶだいじょぶ!そのためのレイラとハルネっちだから!」
その紹介を受けたレイナとハルネはラナフォートへと軽い挨拶を送る。
「それで状況はどうなっておりますの?」
「・・・状況は最悪だと言えます。報告は受けているかと思いますが、まずあの【百足竜】は以前のような魔法が弱点であるということはなくなりました。他の子たちに魔法による一斉掃射を試みたのですが、全ての魔法が奴の鎌のようなものによって切り刻まれ、無効化されています。また意識外からの、つまり死角からの魔法攻撃が奴の胴体に直撃しましたが、鋭利状の甲殻に魔法が切り刻まれ、結局無効化されてしまいました。なので近接による攻撃をこうして試みているのですが・・・」
と右足を持ち上げる。
そこにはズタズタに引き裂かれ、内側から血が滴り落ちている鋼鉄の足甲があった。
「ごらんの通り、鉄や鋼鉄などの鉱石で作られた武器防具は簡単に切り裂かれて歯が立ちません。」
「ちょっと見せてくださいまし・・・!」
レイラは急いでその足に治癒魔法を掛ける。
その様子に驚いたラナフォートだったが、レイラの必死になって治癒魔法を掛けるその表情から彼女の優しさを感じ、その優しさを受けることにした。
「有難うございます、レイラお嬢様。」
「別に礼を言われることはしていませんわ。それよりも大丈夫ですの?」
よく見ると足だけじゃなく、全身が切り刻まれているようで、服の上から付けていた防具は酷く裂傷しており、服に至ってはじんわりと血がにじみ出ていた。
「これぐらいの傷ならば問題ありません。頭や心臓が潰されない限り、私たち戦兎は最後まで戦い続けます故。それに今回の【百足竜】は本当にやばいですねぇ・・・血が滾って仕方がありません・・・!」
その表情にどこか愉悦のような笑みが浮かんでいた。
「ですが、このままだと本当にやばいのでどうしようかと頭を悩ませていたところでした。」
「さっき鉄や鋼鉄で出来た武器防具は歯が立たないと言っていたわね。ならそれ以上の武器や防具では試しましたの?」
「いえ、私たちの装備は鋼鉄の素材で出来たものしかありません。故にその質問には”否”と答えます。」
使用人たちに使われる武器や防具の素材は銅、鉄、鋼、そして鋼鉄の4種が一般的となっている。
それは使用人たちに強力な武器や防具を身に着けさせた場合、もし使用人たちが主人に対して裏切りや反逆などといった行動に出られた場合、それを制圧しようとして逆に殺されるというのを防ぐ目的がある。
よほどの事がない限りはそれらの4種の素材を用いた武器や防具をつけさせる。
「それでも鋼鉄をこうもいとも簡単に切り裂くなんて普通は考えられません・・・。」
ハルネは苦言を零した。
実際、鋼鉄で出来た武器や防具もかなりの性能を持ち、よほどの事が無ければ簡単に折れたり傷を負う事はない。
だがそのよほどのことが今目の前で起きているのは確かだった。
「とりあえず、わたくしの武器で斬れるか試してみましょう。」
「・・・いいの?」
ミミアンが恐る恐るレイラへ聞く。
ドラゴンを殺すことはレイラにとって抵抗を感じさせる行為である。
それはヨスミが一番嫌う行為であり、彼を愛するレイラにとって彼の嫌うことは出来るだけ避けたい行為であることだからだ。
だがレイラは笑みを浮かべてミミアンに返事を返す。
「以前、あの人に聞いてみたんですの。もしドラゴンが誰彼構わず害を振りまいていたらどうしますの?って。そしたら”もしそんなドラゴンと出会ってしまったのならば、大人しくさせるかな。ドラゴンという存在は少なからず高位な知能を保有している。故に一度は対話を試みると思う。それでだめだと判断したら心苦しいけど倒すことになるかな”って。だからわたくしはその通りにしますわ!」
「・・・それって」
「【百足竜】がもし切れるとわかったのなら、大人しくさせるために手足を切り落として動けなくさせた後に対話を試みますわぁ!」
レイラははっきりとそう言い放つ。
ハルネはさすがお嬢様と言わんばかりの誇り顔を浮かべ、どこか呆れ顔のミミアンと唖然とするラナフォート。
そしてレイラは腰に携えていた黒妖刀に手を掛け、静かに目を閉じる。
するとそこへラナフォートの蹴りから復帰したであろう【百足竜】がレイラ達の前に姿を現した。
「・・・<神速>」
次の瞬間、レイラの姿が消えたと同時に【百足竜】の鎌状の手足と顎が切り落とされる。
直後、ミミアンたちの前に姿を現したレイラの右目には王眼の証である黄金の竜眼が浮かんでいた。
突然全ての足が切り落とされ、成すすべなくその場に倒れ込んだ【百足竜】。
その瞳には自分をこんな姿にしたであろうレイラの姿が映った。
「さあ、お話致しましょ。【百足竜】様。」
笑顔で話す彼女だったがその瞳は一笑っていなかった―――――。