徐々に崩れいくもの
「ガヴェルド王子殿下・・・!」
雪猫の獣人であるグレースが廊下を歩く赤黒い毛並みのライオン獣人へ話しかける。
声を掛けられたガヴェルドは振り向き、駆け寄ってくるグレースを見て歩みを止めた。
「どうした?」
「ゲセドラ王子殿下が・・・」
「そのことか、すでに話は聞いている。」
2人がいるのは首都タイレンペラーから大きく離れた位置にある町の一室。
タイレンペラーで起きたゲセドラのクーデターについての噂はここまで届いているようで、ガヴェルド自身もそのために色々と動き回っている。
「・・・いくのですか?」
「ああ。父上を助け、兄を止めねばならない。それが第二王子の俺の務めだ。」
ガヴェルドはタイレンペラーに向かうため、各地に散らばらせている私兵を集め周っている最中だった。
集まった数は100人にも満たないが、その一人一人が一騎当千の強者だった。
「ならうちも行きます・・・!」
「・・・だめだ、危険すぎる。」
「そんなんわかってる!でも、もう待つのはいやなんや・・・。今度からはうちから動くって決めた。だから何が何でもガヴェルド王子殿下についていきます。これでも雪猫族の持つ戦闘能力は折り紙付きやで?」
「・・・わかった。」
口調が所々戻ったり戻らなかったりと安定しないグレースではあったが、彼女なりに王子へ敬意を表そうと頑張っている様子は見て取れる。
そこへガヴェルドの私兵が部下を連れてやってきた。
「王子殿下、お久しゅうございます。」
「アーガスト、お前たちも来ていたか。」
「ええ。あなた様の招集であれば、たとえ世界の果てであろうとも馳せ参じて見せましょう。」
そういいながらお辞儀をするアーガストと呼ばれた屈強なサイの獣人。
彼から漂い高い忠誠心は、傍に居たグレースは圧倒される。
「招集した理由はわかるな?」
「はい。すでに我が兵を何人かタイレンペラーへと送り、内情を探らせております。もうすぐ情報を持った兵が戻ってくるかと・・・」
共に幾度なく死線を潜り抜けてきたとでもいうのか、ガヴェルドのやりたい事、やるべきことをすでに把握しており、すでに色々と手を回した後だった。
それから数十分後、アーガストが向かわせていたであろう兵が戻ってきて状況の報告を行う。
全ての報告を聞き終えたガヴェルドはすぐさま行動に移る。
「行くのですか?」
立ち上がるガヴェルドに、グレースは再度同じ質問を繰り返す。
「ああ。状況がよくない。兄上を今すぐ止めなければ、父上どころか国の存亡に繋がる危機であると言えよう。お前も来るのだろう?」
「ええ、もちろん。」
「ガヴェルド王子殿下、それにグレース嬢でしたか。準備が整いました。」
「わかった。グレース嬢、行こうか。」
「はいな。」
ガヴェルドはグレースの手を取り、アーガストの案内の元、留まっていた町の宿屋の部屋から出て行った。
「ゲセドラ王子殿下が、反逆・・・?!」
「あんの下種猫・・・!!」
レイラとミミアンは呆れと怒りを露わにしている。
「洗脳するだけして、バレたら開き直ってクーデターとか、本当に頭沸いてんの?!」
「・・・やはりあの時気絶させるだけじゃなく、そのまま命事態奪っておけばよかったですわ。」
「それは違います、レイラお嬢様。一国の公女であるあなた様が他国の王子の命を奪うとなれば、外交問題となって我々ヴァレンタイン公国にとって大きな障害となっていた可能性があります。それにいずれ先帝王様が崩御なされた時、きっとこの国は同じ結末を迎えていたことでしょう。」
「ハルネ、その言い方は・・・」
「いや、ハルネ嬢の言っていることはあながち間違ってはいない。ゲセドラ王子殿下は以前より不審な行動が多くみられていた。元々計画していたことなのだろう。」
レイラの言葉を制止し、ハルネを擁護するようにジャステス公爵が話す。
「そうねぇ~、あの子は独自の軍をぉ~、作り出して暗躍させてるって聞くわぁ~。本当に、おいたな子なのだわぁ~・・・ね。」
「ヒッ・・・?!」
最後の言葉に合わせる様に一瞬、凄んだ重い重圧を掛ける。
その表情を見てしまったミミアンは一周にして恐怖に飲まれ、レイラの後ろに隠れた。
よほどゲセドラ王子殿下には色々としてやられてきたのだろう。
ユティス公爵夫人が一瞬見せた影に、その全てが感じられた。
「それにしても一体どうやったのかしら。あの時確かにわたくしがゲセドラ王子殿下と繋がっていた洗脳の糸を全て断ち切ったはずですのに・・・。」
「どうやら彼が帰還した際、丸くて白い何かに乗っていたそうだ。一方、町はゲセドラ王子殿下の悪行がバレてしまったため、各地で暴動が発生。暴徒と化した町の民は帰還してきたゲセドラ王子殿下を見て襲い掛かったそうだが、その白い何かによって全員殺されたそうだ。」
「殺し・・・え?」
「そんな、いくら暴徒と化したとはいえ、大事な国民を殺すなんて・・・」
その後、ジャステス公爵が受けた報告は悲惨なものだった。
片っ端から暴徒たちを鎮圧という名の虐殺を行い、それを止めようと帝王率いる正規軍とゲセドラ王子の率いる軍が衝突、王子殿下の乗っていた白い何かによってゲセドラ軍が正規軍を圧倒し、そのまま恐怖をもってタイレンペラーを占領下においているとのことだ。
帝王は捕まったそうでどこかに投獄されてしまい、居所は不明。
今現在、遠く離れた場所でガヴェルド王子殿下が私兵を引き連れてタイレンペラーへ進軍を開始したとの報告が入る。
「そして問題は次だ。ゲセドラ王子は、我々フォートリア公爵家を潰そうと軍を動かしているらしい。」
「そんな・・・。」
「あー、そうだと思ったわ。前からずぅ~っといちゃもん付けてきたし。仲の悪さなんて周囲もご存知レベルだったし?目上のたんこぶは誰だって真っ先に潰したがるっしょ。」
「これからどうするおつもりなのかしら?」
「・・・迎え撃つしかないさ。我が家門は絶対正義を掲げている。ゲセドラ王子のこれは、誰がどう見ても正義に反する行為であることは明白だ。」
「そうですねぇ~。ようやくぅ~、あの子をこの手でぶん殴れる機会がぁ~、これただけでもよかったですわぁ~。」
ジャステス公爵よりもユティス公爵夫人の方が明らかに意気揚々としているのは気のせいだろう。
「だからレイラ嬢。君たちは今すぐここから離れるべきだ。」
「・・・巻き込みたくないと仰るのですわね。」
「ああ。君は我が親友の大事な一人娘であり、宝だ。故に、君にもしもの事があれば、彼に顔向けできない・・・。」
「・・・いいえ、もとはといえばわたくしたちの関与があってなってしまった部分が大きいですわ。それに少し引っ掛かりますの、その”白い何か”についてですわ。」
ジャステス公爵の避難勧告を拒否し、逆に手伝おうとするレイラ。
彼女の行動にジャステス公爵は止めようとするが、彼女の性格を知っているからこそ思いとどまった。
「・・・いいだろう。ただし、君たちは基本的にこの屋敷で過ごしてもらうが、よいな?」
「ええ、もちろんですわ。」
そしてジャステス公爵と条件付きで彼らを助けることとし、協力関係を結ぶこととなった。
そこへハルネが静かに近寄って声を掛ける。
「・・・レイラお嬢様、本当によろしいのですか?」
「ええ。どのみち、眠りについたままのあの人を連れて逃げようとしても安全に遠くまで避難することは困難だと思いますわ。ならばやることは一つですわ。」
「元凶を絶って、平和になってから安全に旅をすればいい・・・ということですね。」
「そういうことですわ」
実際、フィリオラやルーフェルースの力を借りれば移動することはそこまで難しくはないだろう。
だが移動の際、ルーフェルースの存在が目立つためにその旅の危険度が上がる可能性がある。
今のレイラたちにとって、危険のある旅はなるべく避けねばならない問題の1つでもあった。
「それに、ミミアンをこのまま放っておいたら危ない未来が見えたような気がしたから・・・」
「ん?なに、うちのこと呼んだ?」
「いいえ、何も言っていませんわ。」
「????」
疑問を頭に浮かべるミミアンの問いを綺麗に交わしながら、止まっていた食事を再開する。
ハルネはそんなレイラ嬢の素直ではない部分を見せられ、思わず笑みがこぼれた。
「すまないが、私はこのまま席を外す。」
「わかったわぁ~。ここでの話し合いのことはぁ~、あとで私から離すわねぇ~。」
「すまないな、ユティス・・・。」
「・・・パパ。」
とミミアンが心配そうにジャステス公爵の元へと近寄る。
そんなミミアンの娘として心配してくれる姿に、父として安心させるかのようにミミアンの頭をそっと撫でた。
「私なら大丈夫だ。また後で詳しく話そう。」
「・・・うん。」
そう言い残し、ジャステス公爵は演習場から執事を連れて出て行った。
残されたミミアンたちは自分の席に着き、落ち込んだ様子を見せていたがすぐに気を取り直して笑顔を浮かべた。
「そういえば、竜母様はなにしてるの?」
今の今まで会話に参加せずにいたフィリオラにミミアンは話しかける。
「ちょっと考え事よ。ゲセドラ王子が乗ってきたその白い何かってのが引っかかってね。」
「フィーちゃんも?」
「ええ。それにその白い何かについて心当たりがあるのよ。もし私の想像通りならかなり厄介だわ。」
フィリオラが思い浮かべる白い何か。
それは以前、皇国付近の山脈から襲ってきた古代兵器のことだった。
あの時戦った1機だけで、フィリオラはかなりの苦戦を強いられた。
しかもそれは古代兵器にとって万全な状態で迎えていないにも関わらずだ。
「まあいいわ。まずは話の続きね。」
そしてフィリオラは今まで止まっていた竜滅島に関する話を続ける―――――。