まずは腹ごしらえ
「・・・記号っぽい?」
首を傾げながらミミアンは言う。
だがその傍では深く考え、何かを思い出したかのようにレイラは語る。
「・・・これは失われし古代語の1つですわ。勇魔大戦で数多くの文明が崩壊し、技術と共に言語までもが失われてしまった。今わたくしたちが使っている言語は失われし言語を見様見真似で使われるようになったという話ですわね。人から人へ、又は人から獣へ、人から精霊へ、その逆もまた。今となっては、もうほとんど原型がなくなってしまったと聞きましたわ。でもこれが一体どんな関係が・・・?」
「この【夜澄】を持つ存在が白お姉様たちを生み出したのなら、きっと【ドラゴンマナ】がヨスミに対して父だと本能的に感じる理由を知っていると思うの。使途様は己の権能を持って滅亡しかけていた世界を修復するために、己の権能を持って精霊やドラゴンなどを生み出し、世界再生を行ったわ。」
「・・・なるほど。故に、本来であれば、そういった”父”という感性はヨスミではなく魔王・・・、いえ、使途様へと向けられるはずだと。」
「そういうこと。それに、その金属プレートは白お姉様が魔王にあげたみたいなのよ。今もそれを大事そうに胸に抱いてインセリア大陸で眠っているらしいわ。」
「だからといって眠りについたまま、未だに目覚めることのない使途様を起こして話を貴公だなんて・・・」
「でもぉ~、人間たちに悪意を向けたせいでぇ~、魔王って怖がられるようにぃ~、なったんじゃないかしらぁ~?」
ヨスミの正体を握るキーを持つのは少なくとも魔王と恐れられた白の神の使途。
だが、使途は人間たちに反旗を翻し、怪物の代わりに四皇龍たちと共に人間たちを滅ぼそうとした。
理由はなんだったのであれ、そんな存在を起こした場合、真面に話を聞いてくれるかどうかさえ怪しい故に、逆にまた魔王として世界滅亡のために破壊の限りを尽くす可能性が高い。
「そこなのよね・・・。当時の話は白お姉様たちも詳しくは話してくれなくて・・・。人間たちを救うために使わされた使途様がどうして人間たちを滅ぼそうと魔王になったんだろ。」
「根本的な理由が抜け落ちていますわね。エレオノーラ、他に何か知らないかしら?」
「・・・ごめんなのです。その辺りについての伝承はなにも。」
話が停滞し始め、それぞれが何かいい案がないか思考を巡らせる。
それからまた1時間ほど経過したが、これといった案は何も出なかった。
最後には四皇龍に頼みこんで、使途様を説得し、魔王として君臨しないようになんて案も出たが、そもそも四皇龍が真っ先に人間たちへ反旗を翻し、使途様は元は止める側であった。
一時、両者の間で何が交わされたのかはわからないが、最終的には四皇龍と共に、いや、四皇龍よりも率先して人間たちを殺しまわったという。
「・・・ひとまず、ヨスミ殿が何者であるかの件については置いておこう。そもそも、ヨスミ殿が目を覚ました時、本人に聞けばいいだけの話じゃないか。」
「それも無理なのよ。ヨスミと出会った時にはすでに記憶喪失状態で、生まれてからその場に至るまでの記憶がごっそりなくなっているのよ。だから、納得のいくような答えは聞けないと思うわ。」
「記憶喪失・・・。」
「・・・そもそもな話なんだけど」
ここでミミアンが誰にも言えなかった、聞こうとしなかった疑問を口に出す。
「ヨスミ様は起きるの?」
「・・・っ」
「・・・。」
ミミアンの問いにすぐさま反応するレイラとフィリオラ。
ああなる前の姿を一番近くで、それも目の前で目撃したのが2人だったからだ。
その時の状況の深刻さについてもっとも深く理解しているのが2人であるが故に、自然とそういった会話は今まで出したことがない。
言葉に出してしまえば、それが現実になってしまう恐れがあったためだ。
それを2人はよしとはせず、酷く恐れた。
『オジナーは起きるよ。』
だがそこへヨスミの傍で片時も離れず、見守り続けていたはずのハクアが姿を現した。
「え・・・、それはどういう・・・」
『オジナーが言ってた。”今はまだ難しいけど、もうすぐみんなに会える”って。』
ハクアはヨスミと話していたような口ぶりで話す。
その事実にレイラは動揺を隠しきれない。
「まさか、意識が戻ったの・・・?!」
『夢の中でだけどね。私の治癒魔法をずっと掛け続けてたらいつのまにかオジナーと魔力回路で繋がっちゃって。その時にオジナーと会えたの!』
「まさか・・・そんな・・・。」
「・・・それで、オジナーとは他に何の話をしていたの?」
フィリオラは冷静にハクアへ話を続ける様に促す。
『いろんなこと!私のこととか、ママの事とか!とにかくいっぱい!でも、レイラたちの話をしたらすごく悲しそうな顔を浮かべてたの。あ、そうだ!オジナーがね、”ごめんね”だって。みんなの元に帰れるように頑張るから、もう少しだけ信じて待っていてほしい。レイラ、君にはとても辛い思いをさせてしまって申し訳ない。君を心から愛しているよ。”だって!』
「・・・うっ、うう・・・。」
ハクアの言葉を受け、レイラは耐え切れずにその場に泣き崩れ、傍に居たハルネは急いでレイラを慰める様に背中を摩る。
「・・・よかったね、レイラ。あんたの旦那、すっごくイイ男じゃん。」
「ヨスミ、さまぁ・・・。ううっ・・・。わたくしだってぇ・・・」
ミミアンも泣き崩れるレイラの傍に寄り、頭を優しく撫でる。
「・・・よし、ヨスミはこれで死んだという疑念は消えたわね。いつかはわからないけど、そのうち意識を取り戻すはず。今はゆっくり安静にさせましょ!さて、話の本筋がかなり脱線したけど、竜滅島についてもっと詳しいお話を・・・。」
とその時、どこからか大きな腹の虫の鳴き声が周囲に響き渡る。
その方向を見ると顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに真っ赤になった顔を両手で隠すエレオノーラの姿があった。
「・・・ごめんなのですぅ」
フィリオラはどこか困ったかのような笑みを浮かべる。
「そういえば、もうこんな時間ね。話の続きについては晩御飯を食べながらにでもしましょ。」
「確かに紅茶と茶菓子だけでは腹は満たせぬからな、すぐに用意させよう!」
そういってジャステス公爵は部屋を出ていき、外にいた使用人たちと話を始める。
「まさか、ここで食べる気?」
「そうですわぁ~。だってぇ~、食べながら話の続きぃ~、するんでしょぉ~?食堂に遮音結界張りながらするよりもぉ~、良いんじゃないかしらぁ~?」
「ここはユティス公爵夫人の演習場よ。あなたが良いというのならお言葉に甘えましょ。」
「ぜひぃ~、そうしてちょうだいなぁ~。」
そしてすぐさま使用人たちが食堂から大きなテーブルやら椅子やら持ってきて並べていく。
この光景をレイラたちは既視感かのように眺めていた。
彼女たちの旅には欠かせぬ光景。
今までの旅路の最中、食事の時間には地面や木の切り株、大きな丸石に腰掛け、焚火を囲いながら食事をする、なんてことは一切なかった。
ハルネの巨大なマジックバック内に収納された食堂の長いテーブルと無数の椅子。
それらを取り出して、快晴の空、満天の星空の下にそぐわぬ野外食堂がそこに誕生する。
「今までの私らの旅って、今こうして思い返すと食事の時間だけが異質だったわよね。」
「・・・森林の中、豪勢な椅子に座りながらテーブルクロスの掛けられた長テーブルで食事を取っていたのなんて初めてなのです。」
フィリオラはふと口から言葉が零れ落ち、それに同調するかのようにエレオノーラも頷く。
レイラとハルネに至ってはそれらが当たり前だとでも言わんばかりな表情を浮かべていた。
「あんたたちって一体どんな旅をしてきたのよ。」
「旅の中心のほとんどがヨスミだったから、そのほとんどはドラゴンにまつわるものばかりだったわね。」
「瘴気に侵された竜樹根との出会いは中々に衝撃的でしたわ・・・。」
「【竜樹根】という珍魔物と出会ったのなんて、私も初めてでしたね。」
「うっそ、あんたたちドラゴンモドキと会ったの?!え、強かった?やばかった?!」
「・・・いやあ、それが。」
そんな会話が繰り広げられ、あっという間に時間が過ぎ、気が付けばすでに食事の用意が整っていた。
豪勢な料理がテーブルにいくつも乗せられており、そのほとんどがステーキや家畜の丸焼きなどといった肉料理がメインだった。
フィリオラたちはそれぞれ席に着き、少し遅めの晩御飯を取りながら料理にありつく。
ある程度食事が進んだ頃、フィリオラは話の続きをし始めた。
「さて、竜滅島が消えた件についてだったわね。」
「ねー、ちょっと思ったんだけどさー。そもそもなんで竜滅島なんてものがあったの?ドラゴンにだけ効くような効果のあるヤバ島だし、その島から漂う竜滅花粉でドラゴンたちもダウンしちゃうし。明らかにドラゴンにだけ殺意マシマシでしょ。」
ドラゴンだけを正確に狙い撃つように存在する竜滅島。
その島で築かれた生態系は、ドラゴンに対しての脅威度が大きく跳ね上がるものばかりだ。
「・・・確かに、ドラゴンだけではなく、彼等と共に生れ出た精霊たちにも影響があるならばまだしもどうしてドラゴンにだけ殺意のあるものばかりが存在するのだろうか。」
「古い文献の中に、勇魔大戦のときに勇者の持つ特性がドラゴンにとても友好的なものだった故、勇者の死後、その体を媒介にして築かれたのが竜滅島だとありましたわ。つまり、竜滅島はいわば勇者が眠る島とも言えますわね。」
「・・・レイラ、あんた本当に物知りね。」
「貴族令嬢としてこういった教養は当たり前ですわよ?そもそもミミアン、あなたはそういった教養を身に着けようとしないから・・・」
「あふ・・・ふへ・・・。」
「勇者の、眠る島・・・か。」
「し、失礼します・・・!」
演習場の扉が勢いよく開かれ、老犬ような獣人執事が慌てる様に入ってきた。
その様子から何かあったのだろうと察したジャステス公爵は席を立ちあがり、執事の元へと向かう。
そこで何かの報告を受けたのか、ジャステス公爵の表情は険しいモノに変わった。
戻ってきたジャステス公爵の様子に、ユティス公爵夫人は心配そうに話しかける。
「あなたぁ~、どうかしたのぉ~?」
「・・・みんな、聞いてくれ。ゲセドラ王子殿下が反逆を侵し、首都タイレンペラーを占領したそうだ。」
タイレンペラー獣帝国の歴史に刻まれる大いなる戦いの序章が今、幕を開けた―――――。