竜王国に伝わる伝承
「・・・どうしてそこで魔王が出てくるのだ?」
率直な質問が飛び出してくる。
何の脈絡のない、ヨスミと魔王。
確かにヨスミという男の過去については一切の情報がないため、あらゆる憶測が飛び交うだろう。
それ故に、一番予想のしないフィリオラの回答に誰しもが驚かざるを得なかった。
「ん~・・・、どこまで話したらいいのかしら。そもそもみんなは勇者と魔王の世界大戦・・・つまりは勇魔大戦の伝説をどこまで知ってる?」
ここでフィリオラが一つ疑問を問いかけてくる。
世界に伝わる共通の伝説、勇者と魔王の大戦についてだ。
「確か、滅びゆく人間たちを助けるために神が遣わした使途だったけど、堕落した人間の闇に飲まれて魔王になってしまい、それを止めるために人類の英知を結集して生み出した勇者との戦いだと聞いておりますわ。」
「なんと・・・。私たちの方だと今よりもはるかに栄えていた旧文明時代、堕落しきった人間を見限った神さまが世界を作り直そうとするために生み出した存在で、それに対抗するために一人の人間が全人類を率いて戦った戦争だというふうに聞いているが、人間たちとは違うのだな。」
ここでレイラとジャステス公爵の意見が食い違う。
どうやら人間たちと獣人たちの間で話のズレがあるようだ。
人間たちには、元々人間たちを救うために使わされた存在。
獣人たちには、最初から人間たちを滅ぼすために生み出された存在。
だがここでエレオノーラの発言が新たなる疑問を齎す。
「・・・あの、魔王ってなんなのです?」
「え・・・?エレっち、魔王を知らないの?」
「え?あ、はい・・・。そもそも魔王や勇者ってなんなのです?」
「・・・マジ?」
そう、エレオノーラは魔王と勇者の存在を知らないのだ。
これはエレオノーラだけが知らない可能性があったが、それを払拭するかのようにフィリオラが言葉を付け足す。
「エレオノーラ、あなたには【勇魔大戦】じゃなくて、【世界大災害】って言った方がいいかしら。」
「あ、それなら知っているのです!」
「・・・」
「さい・・・」
「がい・・・ですか。」
レイラとミミアンは驚きの表情を浮かべる。
まさかここまで話の伝わり方に違いがあるのか、と。
人間や亜人たちには話の内容に食い違いこそあれ、その中身は戦争という内容は同じだ。
だが竜人たちには戦争じゃなく、”災害”として伝わっている。
「エレっち、大災害って?」
「それを話すにはまず、昔話を言わなければならないのです・・・。」
そしてエレオノーラは自身に伝わる言い伝えを離し始めた。
「この世界には2柱の神がいて、1人は白の神、もう1人は黒の神。それぞれが役割を持っていてこの世界を治めていたのです。
白の神様は光を司り、その温かな光は生命を生むのです。朝を作り、生まれた生命は新たな生命を育みます。
ですがそのままだとあっという間にこの世界は生命で溢れてしまいます。
そこで黒の神様は闇を司り、その闇は眠りを齎します。夜を作り、全ての生命を何度も眠らせるのです。
眠らせる度に魂は闇に染まっていき、真っ黒に染まった魂は永遠に起きることのない深い眠りにつくことになります。
夜の世界では生と死の境界線があやふやになり、やがて黒く染まった魂は肉体から離れ、外へと生み出されます。
残された肉体は大地に還り、漂う黒い魂は白の神が生み出した朝という光を何度も浴び、今度は黒から白へと魂が浄化していきます。
浄化された白い魂は世界のどこかで生を受け、また新たなる生命としてこの世界に誕生します。
それがこの世界のルーツだと私たちの間では伝わっているのです。
そんなある時、その生と死の循環にほころびが生まれてしまったのです。
その原因はわからず、ある日黒く染まった魂たちが循環せず、一か所に集まるようになりました。
それは禍々しい繭を生み、中からは見るに堪えない醜悪な怪物が誕生し、世界を滅ぼそうと破壊の限りを尽くしたそうなのです。
2柱の神は自らの子らを守るために地上に降り立ち、その怪物と戦ったのです。
その戦いはまさにお互いの生死を掛けた、熾烈を極めた激戦だと聞きましたのです。
ですが怪物の方が2柱の神々を押し始め、やがて2柱の神々は大きな深手を負ってしまいました。
もうだめかと思われた時、神にもっとも忠誠心を捧げていた精霊たち・・・特に竜種が己の種の全存亡をかけて怪物へ戦いに挑みましたのです。
2柱の神はドラゴンたちの助けもあり、怪物を倒しきることはできませんでしたがその存在を封じることに成功したのです。
ですが、やがて封印が解かれ、再び目を覚ましてしまう可能性があるため、黒の神は自らの権能の全てを持って怪物を眠らせ続けることに。
白の神は犠牲となった精霊たちやドラゴンを治そうとしますが、自分自身を治すのに精一杯だったのです。
逆に精霊たちやドラゴンの方から回復されるのを拒み、そのまま深い眠りへとつきました。
白の神さまは未だにあの時に負った深手が原因で、精霊やドラゴンたちを眠りから覚ますことができず、それから数千年が経った頃、人間たちの文明が栄え、その探求心や欲望は留まる事を知らず、やがてそれは、深淵で眠りにつき続けている怪物に興味を持ち始めてしまったのです。
もちろん人間たちは怪物の正体なんて知りません。
故に、ただの好奇心だったのかもしれません・・・。
人間たちは地か深く、その先にある深淵にほんの一瞬、触れてしまいました。
その瞬間、人間はその怪物の闇に堕落し、変貌したのです。
怪物となった人間は次々と人間たちを襲い、襲われた人間たちも醜悪な怪物へと姿を変えてしまいましたのです。
このままではまずいと思った白の神さまはその身に深手を負いながらも自らの光の権能を行使し、奇跡を作ったのです。
それは怪物に対抗しうる存在、”白の神の使徒”の創造。
使途様はすぐさま光の権能を使い、怪物たちと戦い始めましたがその時にはすでに世界のほとんどが怪物となった人間たちに支配され、使途様も次第に劣勢になってしまいましたのです。
ところが突然、どこからか巨大な爆発が起き、世界に眠る巨大な魔脈が活性化してしまったのです・・・。
魔素が世界に充満し、どこからか生き返る事のないドラゴンが4頭現れ、怪物たちと戦い始めたのです。
やがてそれは使途様と4頭のドラゴンの戦いだけじゃなく、人間たちも使途様に加勢するようになり、また4頭のドラゴンたちは自らの魔力を持って精霊たちを目覚めさせ、第2世界大戦が始まったのです
そして使途様たちはその戦いに勝利し、地上に漏れ出た怪物は殲滅され、再び怪物の本体が目覚めることはなかったのです。
これで終わりかと思った時、4頭のドラゴンが今度は生き残った人間たちを攻撃し始めたのです。
なぜそんなことをするのかと使途様はドラゴンたちを止めようとしましたが、彼等の話を聞いた使途様は何故か怒り、こうなった原因は人間たちにあるとして人間たちを滅ぼそうとしたのです。
今度は使途様たちと人間たちの戦いに変わったのです。
ですが使途様はすでに怪物たちとの戦いで深い傷を負っていたため、人間たちの科学で作り出した武器にやられてしまったのです。
4頭のドラゴンはなんとかその武器を破壊し、使途様を連れてインセリア大陸へ。
他の4頭のドラゴンはインセリア大陸を守るため、それぞれの大陸へ散らばっていき、誰も来られない様な環境を作ったのです。
それが、私たち竜王国に伝わる世界大災害の内容なのです。」
全てを聞き終えていた頃には、レイラたちは何も言えなくなっていた。
他国へ一切情報がない竜王国の中で、このような言い伝えが存在していたこと。
今ここで聞かされる内容は、とても衝撃的なモノだった。
それが嘘か誠か、それを確かめる術も方法もない。
だが、鍵となるのは結局のところ魔王と呼ばれ、使途と呼ばれる存在ただ1人。
「・・・にわかには信じ難い。まさか竜王国でそのような伝承が広がっていようとは。」
「でもぉ~、だからといってぇ~、ヨスミ様と魔王ぉ?使途ぉ?の関係性はなんなのかしらぁ~?」
「確かに、エレっちの話を聞いても、その繋がりはぜんっぜん見えないんだけど。」
どう考えてもその繋がりがどこにあるのかわからない。
だが、フィリオラはその疑問を解消すべく答えた。
「使途と怪物の戦いのなか、突如として現れた4頭のドラゴン。これは私のお姉様たち・・・四皇龍のことだとはわかるわよね?」
「そうね、それ以外考えられませ・・・って、フィーちゃんあなた今、四皇龍のことをお姉様って呼びました?」
「・・・え?」
「うそ・・・」
とここで再度驚かされるみんなだったが、それを抑える様にフィリオラは言葉を続ける。
「それはまた後で説明するわ。ともかく、ここで重要なのはなぜ生き返るはずのないドラゴンが、それも4頭も突如として現れ、使途様を助けたのか。」
「・・・確かにそうですね。」
「白の神様は確か、過去に負った怪我が原因で光の権能の性能も大幅に落ちてしまい、精霊やドラゴンといった存在を再び起こす力を失ったと言っておりましたわね。」
そう。
どこからか突然現れた、4頭のドラゴン。
それも幼竜とかではない、完全な成竜となった4頭のドラゴンだ。
”火のない所に煙は立たぬ”という言葉があるように何もない所から突然現れる事は絶対にありえない。
「つまり、事前に誰かがドラゴンを蘇らせたというのか?」
「・・・ぶっちゃけ、それがヨスミ様だっていう話?」
「わからないわ。」
ミミアンの問いにフィリオラはすぐさま否であると答える。
がそれに助言を付け足す様に言葉を続けた。
「でも、白お姉様に聞いたことがある。私たちの両親って誰なの?って。父となる存在と母となる存在がいて初めて生まれるのが生命の理。だからこの質問は興味本位だった。白お姉様はその時、
”母親はわからない。生まれてからずっと見たこともなかったし、お父様だって教えてはくれなかった。でも、お父様なら知っているわ。あの黒く澄みきった、真冬の夜空のような美しさを宿した黒髪がすごく綺麗だったわ・・・。いつだって私たちドラゴンに対してどこもあでも愛情を見せてくれた優しい人間・・・。ただ名前はごめんなさい、お父様のことはずっと名前で呼ばず、父の愛称で呼んでいたから。でも確か胸に付けていた金属のプレートにこのような記号のようなものが掘られていたわ。きっとこれが名前よ。読み方はわからないけどね。”
って教えてくれたの。それがこれ。」
フィリオラは床に自らの尻尾で記号を書いていく。
複雑な記号の組み合わせに苦戦しているようだったが、無事書き終えたようでそこには
【 夜 澄 】
と書かれていた―――――。