ヨスミという男について
「・・・え、一本も?」
「いえ、言い方に語弊があったわ。竜滅花が、というよりも・・・竜滅島そのものが消えていたの。」
「島ごと消えていた・・・ということか?天変地異でも起こったのか?」
大陸から一つの島が消えた。
何の前触れもなく忽然と、その場にあるはずの、あるべき存在が何事もなかったかのように消えていたというのだ。
「・・・ヨスミ様ですわね。」
ジャステス公爵の疑問に答える様に、レイラが答える。
その答えに賛同するかのようにフィリオラも頷いた。
「私もそう思う。あの時ヨスミから感じた力は、人が持てるようなものじゃない。まさに神の権能のように感じたわ・・・。そんな膨大な力をただの人間が行使するとなればヨスミへ掛かる負担も・・・」
「あの、そもそもヨスミ様って一体何者なのです・・・?私を助けてくれ、故郷に帰そうとしてくれている優しい御方以外に、ヨスミ様のことは何も知らないのです・・・。」
エレオノーラは今まで思ってきた疑問をぶつけてみる。
確かに彼女にとって、ヨスミという存在は奴隷商から助けてくれた恩人以外何も知らない。
だが、エレオノーラのその問いに応えられる人はその場には誰もいなかった。
「・・・わからないですわ。フィー様なら何か知っておいでではなくて?」
きっとあの時の会話を思い出したのだろう。
レイラは咄嗟にフィリオラへと答えを求めるが、フィリオラは険しい顔を浮かべ、首を横に振る。
「・・・実は私も詳しくは知らないの。ヨスミはある日突然私の前に姿を現したようなもので、それまで一体何をしていたのか、どんな人生を歩んでいたのか、生まれはどこか、兄弟は、家族はいるのか?そういった情報は何も知らないのよ・・・。」
「ならなんであの時ヨスミ様のことを・・・。それともあの時言っていたことは・・・」
「それは本当よ。それだけは紛れもない事実だわ。」
レイラの言葉をすぐさま否定するかのように言葉を被せて伝えてくる。
2人の内容は他の者たちにとって要領を得ない話のようで、一体何の話をしているのか理解できずにいた。
皆の疑問を聞くべく、ミミアンが恐る恐る手を上げてレイラとフィリオラの会話に割って入る。
「あの、2人とも?一体全体なんの話をしてるのか、うちらにも教えてくれる?2人だけで会話盛り上がってるとか、ちょーつまらないからさ。」
「・・・そうですわね。ごめんなさいですわ。」
「私もごめん。そうね、私とレイラが話していた内容を簡単に言うと、ヨスミは私のパパだってこと。」
「・・・はっ?」
その場にいた全員が、フィリオラの発言に疑問視を抱いた。
フィリオラの父親がヨスミだという爆弾発言は、誰しもがその言葉の意味を理解するのにありとあらゆる情報が足りず、脳内に浮かぶのはただひたすらはてなマークだった。
フィリオラは竜母と呼ばれる存在、かつて魔王と勇者が繰り広げた世界大戦時の時に生まれ、その戦いを生き延びた古龍。
また数百年前に起きた【竜神教】との大戦争時には人類の味方をし、彼等を葬ることに尽力した人類側の英雄。
全てのドラゴンたちは彼女を竜母と崇め、全てのドラゴンたちのいざこざを治める調停者のような存在である。
それらを全て踏まえて、
「ヨスミ殿が竜母様の・・・」
「パパなんですかぁ~?」
「はあああああ~~!?」
フォートリア公爵家全員は驚きの表情を浮かべる。
ハルネは当時、二人の会話を聞いていたためそこまで驚きはしなかった。
エレオノーラは何か納得したかのような表情を浮かべている。
「・・・そっか、そういうことだったのです。」
「ん、エレオノーラ?」
「多分なのですけど、ヨスミ様はきっと私のお父様かもしれません・・・」
「・・・はああああああ!?!?」
とここでエレオノーラまで爆弾発言を投下していく。
これにはレイラとハルネは驚きを隠せずにいた。
「え、ちょっと待って・・・、レイラ。あんたの旦那おかしくない?ねえ、絶対おかしいよねえ?!」
「・・・あ、あ・・・」
「なんであんたまで驚いてんのよ!」
プルプルと震え、そして何かを決心したかのように顔を上げる。
「・・・っ!たとえ、ヨスミ様が過去にどれほどの女性とお付き合いしていたとしても、わたくしの思いが変わることは決してありえませんわぁあ!!」
「いや、違うでしょ!もっと違う所に違和感あるでしょうがああ!!」
「ちょっとレイラちゃん、落ち着いて!」
「フィー様!いえ、フィーちゃん。今度からわたくしの事は”ママ”とお呼びなさいな!」
「レイラちゃん?!」
「ダメです、気が動転しすぎてレイラお嬢様の思考回路は破綻しました。」
「正気に戻りなさいよおー!!!」
大混乱となった演習場が落ち着きを取り戻すまで1時間かかった。
あれからレイラの暴走を止め、誤解を解き、それから今までに出た情報を整理し始めてもう1時間ほどが経過することになる。
「・・・つまり、【ドラゴンマナ】がヨスミ様のことを父だと識別しているという事?」
「そういうこと。なぜそうなっているのかはわからないし、私たちでさえも理解できていない。でも本能的にヨスミのことは”父”だと感じるの。これは誰かにそう強制されたわけじゃないし、洗脳とかされているわけでもない。ドラゴンとしての本能が、ヨスミを父だと認めているの。だからレイラちゃん。ヨスミは決して複数の女性と関係を持ち、ドラゴンたちをポンポン腹ませるような最低な男ではないと誓っていえるわ。」
「・・・はぁぁあぁ」
レイラは机にうっ伏し、安堵する。
ハルネはレイラの気持ちを落ち着かせようとその背中を優しく摩る。
「よかったですね、レイラお嬢様。」
「それにしても、話を聞けば聞くほどヨスミ殿という存在がよくわからなくなってきたな。【ドラゴンマナ】を持つ者にとって、ヨスミは父なる存在だとすれば、このリグラシア大陸全土に棲むドラゴンたちにとって、まさに【竜父】ではないのか?」
「そうですねぇ~、人類種が勝手にぃ~、【竜母】なんて称号を作ってぇ~、フィリオラ様に押し付けたようなぁ~、そういったのと遥かに違うわよねぇ~。」
竜母という呼び名は本来、【竜神教】との戦いで味方したフィリオラ様を英雄視するために人間や亜人たちが勝手につけた称号のようなものだ。
故に、今ジャステス公爵の口から出た【竜父】という言葉は、竜母なんて称号に比べれば雲泥の差であることはその場にいた誰しもが理解できた。
「そうね。ヨスミという存在は私たちドラゴンにとって、【大いなる父】として暖かさを感じるの。それこそ、私の言う事よりもヨスミの方を絶対優先するでしょうね。」
「うん。私もね、パパのためだったら何でもできるよ!もし、フィリオラ様とパパの2人から同時にお願いされたら絶対にパパのを優先するよ!」
「ぴぴっ!」
ルーフェルースとミラは嬉しそうにそう話す。
だがその言葉には若干の怒りが入っていた。
「だから、パパをこうした原因を作ったげすねこだっけ?絶対に許せないんだ。今すぐに切り刻みにいきたいの・・・!」
「ぴぃ・・・!!」
「ちょっと2人とも落ち着いて・・・!」
フィリオラが急いで2人を宥めに行く。
ルーフェルースはすでにミラから事情を聞かされていたようで、フィリオラを救出後、3体で世界巡行している際に何度もタイレンペラーへ襲撃をかまそうとしていたほどだった。
其のたびにミラと共にルーフェルースを落ち着かせてはいたが、全てが落ち着いた今となっては止めていた側のミラでさえルーフェルースに感化されるようになっていた。
正直、今この2体がタイレンペラーで暴れれたりでもすれば、ただではすまされないだろう。
「その件については私に任せてもらいたい、ルーフェルース殿、ミラ殿。」
そういってフィリオラに次いでジャステス公爵が2人を宥めに入る。
「私からもお願いするわぁ~、ゲセドラちゃんにはぁ~、簡単に死んでほしくないものぉ~。それこそぉ~、たぁ~っぷり後悔しながらぁ~、ジワジワと苦しんでぇ~、死んだほうがましぃ~だなんて思うぐらいにぃ~、・・・ね?」
その最後の”ね?”に込められた思いが伝わったのか、ルーフェルースとミラの怒りは消え去ったかと思えば、ぶるぶると恐怖に怯えていた。
「とりあえず、ヨスミについて今現段階でわかるのはそれぐらいよ。後のことはヨスミが起きてからね。」
「あの、フィリオラ様・・・。」
「ん?エレオノーラ、どうしたの?」
「ヨスミ様が起きたら、今度からは”お父様”・・・って呼んだ方がいいのです?」
「まー、そこは個人の自由でいいんじゃない?まあ言ってもらえたらきっと飛び上がるほど嬉しがるでしょうね。でも、色んなドラゴンたちからパパだと言われ始めたらレイラちゃん・・・」
「ママ」
「・・・ママが大変だろうし、きっと困るわ。」
「そう?わたくしは別に構いませんわよ?」
「さっきまで不特定多数との関係性を持つことに絶望していたくせ・・・ごっふっ?!」
突如として地面にめり込まれるミミアン。
表情こそ見えないが、埋まっている地面の方から恍惚とした声が漏れ出ている。
調子を取り戻したであろうレイラは何事もなかったかのようにしているからして、<神速>で誰にも見えぬ速さでミミアンを黙らせたのだろうとすぐにわかった。
「・・・もしかしたら」
とここで何かを思い出したかのようにフィリオラは声を上げる。
「どうしたんですの?」
「ヨスミの事が知りたいんでしょ?」
「え?でもさっきヨスミについて何もわからないって仰っておりませんでした?どこから来たのかも、家族がいるのかもわからないって。」
「ええ。何も知らないわ。でもそれは私が知らないだけ。」
「・・・???」
話の真意をくみ取れない様子のレイラだったが、ハルネが何かに気付いたようだ。
「・・・ヨスミ様を知っている人を、フィリオラ様はご存知なのですか?」
「もしかしたらってだけよ。確実じゃないし、そもそも話せるかどうかさえもわからないわ。」
「・・・もしかしてその人物って・・・」
とここでレイラは何かを悟ったかのように顔を青ざめる。
その予感は見事に的中し、その場にいた誰もが凍り付くことになった。
「そう、魔王よ!―――――。」