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語り合い


「なるほどね~。2人ともそんな話してたんだ~っ」


ハルネに抱き着いたままミミアンは感傷に浸っているかのような表情を浮かべる。


「うーんと。まずうちはね、黒曜狼(オブシディアンウルフ)って狼が祖先の狼獣人なんよ。黒曜石の持つ性質をその身に宿してるから、この体毛はむっちゃ硬いっしょ。そんでこの爪だって意識してその辺を適当にひっかこうとするだけで空間に傷をつけることもできるっしょ!なんならその傷跡が暫く残るから、そこに物を当てると・・・」


とミミアンはどこか適当な場所を見つけ、人差し指で何もない空間に縦に軽くひっかく。

すると切り裂かれたような一筋の傷痕がその場に残る。


そして、そこへ桶を持ってきて空間に出来た傷に触れさせるといとも簡単に切れてしまった。


「こんなこともできるっしょ!ごふっ!」


と自信満々にどや顔を決めたミミアンの後頭部に桶が飛んでくる。

ぶつかった桶はそのまんま、先ほど付けた空間の傷へと飛んでいき、真っ二つに割れて地面へ転がった。


「ミミアン!あなた、それをやる場所はもう少し考えなさいな!こんなお風呂場で実演して、もし他の人が怪我をしたらどうするんですの!」

「だ、大丈夫っしょ・・・。これくらいなら、数分も経たずに直るしぃ・・・。」

「す、すごいのです・・・。」


とここで空間の傷に触れようと手を伸ばすが、すぐさまハルネに止められる。


「いけません、エレオノーラ様。例え、あなた様が竜人とは言え、その体はいとも簡単に傷をつけてしまいます。」

「え?あ、そ、そうなのですね・・・。」

「とまあ、これが黒曜狼獣人(うち)の特徴ね。そんでうちの家はちょっと特殊で、もし王族の中で暴君なんて類のやっばい奴が出てきたとき、それを粛清、正すために【正義】を大々的に掲げるフォートリア公爵家が存在してるの。おかげで王族の連中とはしょっちゅうぶつかり合ってるせいで、犬猿の・・・、犬猫の仲?でさ。昔っから王族の奴らにはいろ~んな嫌がらせとか受けてきたわけ。しかも王族に着いた貴族も同調するようにうちの事を虐めてきたんだよね~。まあ、よくある話っしょ。」


軽く笑い飛ばす様に話すが、その言葉の裏に感じる悲しみと恐怖が、当時どれほど酷い目にあわされてきたのかが想像がつく。


「んでね?なんでも切り裂く爪とありとあらゆる攻撃を防ぐ体毛を持つ黒曜狼の獣人であるうちに、王族の・・・あんの下種猫が提案してきたのよ。最強の破壊力を持つ槍と最強の防御力を持つ盾、二つをぶつければどっちが強いか理論をうちで試そうぜって。ほんっと馬鹿げてるっしょ?でも当時のうちは臆病だったからなんも抵抗できなかった。それがチョー悔しかった!結果はごらんの通りっしょ。」


そう言いながらミミアンは長い髪をめくり、背中をエレオノーラへと見せる。

今度こそ見えた黒い体毛の間に存在する、赤白い肌の傷痕。


その傷痕の大きさを見れば、どれほどの大怪我になったのか想像は容易い。


「もうほんっとうに痛かったんだからね。初めての痛みってこともあって、あの時のうちったらそのまま死ぬんじゃないかって錯覚するぐらい、チョー痛かった!でもちょうどその時、うちのパパが帝王様と一緒に学校に来てたおかげでこれ以上あの下種猫と関わることもなくなったのが結果オーライかな?」

「そんな・・・。お父様は帝王様に抗議などなされなかったのですか?」

「もちろんしたよ~?うちが見てきた中で、一番ブチギレしてたっしょ!その場で下種猫を殺そうとする勢いだったし?まあなんならそのまま殺してくれた方が世のためになってたかもしれないかも?」


令嬢として決して見せられないゲスな笑みを浮かべるミミアン。

だがミミアンが言い放ったその言葉は、その場にいた誰もが否定することはなかった。


「ま、その時に止めたのがレイラとレイラのパパだったわけ。隣国からの留学生みたいな感じで、レイラと一緒に来てたんだよね~。そこで初めてレイラとハルネっちに出会ったの。もう運命かなってチョー感動したんだから!」

「正直、あの時のことは今でも思い出しますわ。学校内を案内されていたら、あんな悲惨な状況が目の前に広がっているんですもの・・・。お父様はジャステス公爵様を全力で止め、わたくしはミミアンを治療するために保健室へ送り届けましたわ。」


かなりひっ迫していたであろう当時の状況、だが今の2人が語る昔話は笑い話へと変わっていたことが幸いだっただろう。


2人の表情には笑みが浮かべられていた。


「ほんっと、レイラとの出会いだけは神様に感謝してもし足りないくらいチョー最高!もうマジ運命?みたいな?だって、この背中に着いた傷痕だって、今思えばレイラとオソロなんだし!」

「・・・まあ、あなたにそう言ってもらえるなんて光栄ですわ。まあ、わたくしとしてもあなたとの出会い、親友になれたことは数少ないわたくしに齎された祝福の1つだと感じているもの。」

「・・・え?レイラ、マジどーしたわけ?そこまで言ってくれるの?うそ、そんな、やば、涙が・・・」

「ちょ、ちょっとミミアン・・・!?あなた、なんで泣いて・・・」

「あ・・・、毛が目に入っただけっぽい?」

「・・・。」


とあっけらかんな表情をするミミアンに無言の拳が脳天へと繰り出される。

その後、ミミアンは湯船にぷかぷかと無気力に浮かぶだけのオブジェクトへと変貌した。


「だ、大丈夫なのです・・・?」

「ええ、あれぐらいならピンピンしているわよ。あれでも黒曜狼の獣人ですもの。」


エレオノーラは心配そうにミミアンの方を見てみるが、実際に見えたのは密かに嬉しそうに笑みを浮かべ、幸せをかみしめるかのように体を抱きしめていたミミアンの姿だった。


「あの時に負った痛みがよほど新感覚だったみたいで、あれ以降痛みという痛みに固執するようになったただのマゾヒストに成り下がってしまったのですわ・・・。はあ、本来であれば貴族令嬢としてあってはならない感性を持ち合わせてしまって、見るに堪えません・・・。」

「・・・うふふ、そうなのですね。」


諦めと悲しみにくれながらそう話すレイラではあったが、エレオノーラは知っていた。


ここ数日、フォートリア公爵家に身を寄せる前、常に警戒を怠らなかったレイラが助けにきたミミアンの姿を見た時に一瞬にしてその警戒は崩れ、それ以降レイラは特別気を張った様子を見せないことに。


それほどまでにレイラはミミアンを信頼し、大事にしているのだろう。

例え、ミミアンへ接する態度がとても暴力的なものだったとしても。


そしてハルネが言っていた言葉の意味を知った。


貴族令嬢として、本来傷痕という存在は己の価値を、令嬢として、女として貶める忌むべきもの。

そんな醜いものを体に背負った令嬢を愛そうとする奇特な男貴族なんていない。


もしいるとしたらそれは真面な貴族ではなく、どこかたかが外れた人格の持ち主であることがほとんどだ。


2人は貴族令嬢として、そして女としての価値を失ってしまった傷を持ち合わせている。

故に、同じ心の傷を・・・。


・・・ん?

でも、レイラ様には素敵な旦那様が・・・


「・・・あっ」

「エレオノーラ様、どうか致しましたか?」


何かを思い至ったかのような様子を見せたエレオノーラにハルネは心配そうに声を掛ける。


「いえ、更衣室でハルネが言っていた、レイラ様と同じ心の傷を持つって言葉なのですが、もし私の考えが間違いでなければ、今のレイラ様には素敵な旦那様がいるから、その心の傷を持つのはもはやミミアン様だけなのではないかと思ったのです・・・」

「・・・あっ」

「ぐっふぅ!?」


ハルネが何かを悟り、遠くの方でオブジェクト化していたミミアンの方から強烈な呻き声が聞こえた。

レイラは一体何のことか理解できないでいるようで、突然苦しそうに呻くミミアンを心配するように彼女の元へと近寄る。


「ちょっとミミアン?あなた大丈夫なんですの??」

「こ、これ、が・・・精神の、痛みっしょ・・・?な、なるほど・・・これは、これでまた・・・来るものが・・・」

「いきなりどうしたんですの?そんなに苦しそうにするあなたの姿なんて、初めてですわよ?」

「・・・レイラ、うちらいつでもずっ友だよね?」

「何を馬鹿な事を仰っておりますの?そんなの当たり前ですわ?」


ミミアンの質問の意図が分からず、とりあえず返答を返すレイラ。


「なら結婚式はまだあげないでくれるっしょ?うちにも素敵な雄と番になれる時まで待って・・・」

「それこそ何を馬鹿な事を仰っておりますの?」

「れ、レイラぁ~・・・」

「そんなの、お こ と わ り ですわよ!」

「がはっ?! う、うちら・・・ずっ友・・・」

「それとこれとは話が違いますわ!そもそも、その背中の傷を理由にして貴族令嬢としての作法は面倒だの、面白くないだのと逃げ回り、身に着けてこなかったですわよね?その上、痛みを快感と覚えてしまったマゾヒストであるあなたを見初めてくれる方ができるまで待っていたら、それこそわたくしとヨスミ様は老後を迎えてしまいますわ!」


ここぞとばかりにミミアンへ今まで思ってきたことをぶつけている様子だった。

その内容は次第にミミアンの粗暴で令嬢らしからぬ立ち振る舞いに関する暴言がちらほら出てきている。


涙目になりながら、レイラの言葉の暴力をその身に全力で受けていたが、口角だけは上がっていた様子からして、初めて受ける精神的苦痛をも快感として感じているように見えた。


「あぐぅ!うへぇ・・・!ひぎぃ・・・!」

「そもそもあなたは・・・」

「レイラお嬢様、それ以上続けてしまいますとミミアンお嬢様は別の意味で昇天なされるかと。」

「・・・ほんっとうにあなたって人は。」

「うへぇ・・・うへへへ・・・。」


これ以上続けると反省どころか、新たなる境地に至るのではないかと心配したレイラは気持ちを落ち着かせ、ミミアンを放置して再度湯舟の中に座る。


「あの、レイラ様・・・」

「ん、どうしたの?」

「その、ごめんなのです。私のせいで・・・」

「・・・ミミアンのこと?ああ、いいの。どうせいつの日かこうなることはわかっておりましたもの。もちろん、そういった時のための対処法はありますわ。だから気にしなくても大丈夫ですわよ。」


エレオノーラを安心させるように伝えるレイラの口調は先ほどとは違っていて、とても穏やかだった。

するとノック音が響き、1人のメイドが扉を開けて入ってきた。


メイドは辺りを一望し、ミミアンのだらしない姿が一瞬目に入るとすぐさま目を伏せる。

だらしない主人の姿を視まいとするその姿は、まさにメイドとして完璧な所作だった。


「ミミアンお嬢様、少しお話したいことが・・・」

「あへ・・・うへへ・・・」

「・・・・はあ、ミミアンお嬢様。」


視覚は遮断したが、聴覚はそのままであったが故、聞こえてきた主人のだらしない声に自然と口からため息がこぼれる。


そんなメイドの様子に築いたミミアンはハッと我に返り、気を取り直していたがすでに遅かった。


「・・・え?あ、うん!?ああ、ごめん!で、なに?!」

「お客様がお見えで御座います。」

「そ、そうなんだ・・・!で、相手は・・・」

「隣国におられるはずの竜母様でございます。」

「フィー様・・・!」


とここでレイラは竜母と聞いて急いで湯船から立ち上がり、浴室を出て行った。

ハルネとエレオノーラもその後に続き、最後尾のミミアンは恐る恐るメイドへと尋ねる。


「・・・その、このことはお婆様には・・・」

「申し訳ありませんが、義務です故・・・」

「お、終わったっしょお・・・。」


とミミアンはこの日初めて絶望を浮かべ、その場にへたり込んだ――――――。



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