ハルネの過去
ミミアンとハルネは1階におり、大きなお風呂場へと通じる扉の前にやってきていた。
中からはレイラの悲鳴とエレオノーラの慌てるような声が聞こえる。
ミミアンは扉を開け、中に入るとほぼ全裸に向かれたレイラと、丁寧にメイドたちに大きなバスタオルを巻いてもらっているエレオノーラの姿があった。
「・・・あれ、レイラ。あんた綺麗になった?」
ミミアンから出た開口一番の言葉。
その瞳に映すのはレイラの傷痕だらけの体だった。
「人の服を勝手に剥いておいて、一番最初に伝える言葉がそれなんですの!?はあ・・・、でもわたくしも今初めて気づきましたわ・・・。以前よりもかなり薄くなっているみたいですわね。」
「っ!レイラぁ!」
とミミアンが涙目になりながら、裸になっているレイラへと抱き着く。
「よかったじゃん!よかったじゃあん・・・!」
「ああー、もう暑っ苦しいですわ!離れてくださいまし!」
「だってぇ!だってぇえ!」
抱き着いてきたミミアンを鬱陶しそうにしつつも、無理やり引き剥がそうとはせず、困った顔を浮かべて小さくため息をついた後、頭を優しく撫でる。
く~ん・・・といった犬特有の甲高い声を上げながらレイラへと甘えているミミアン。
バスタオルを巻いたエレオノーラがそんな2人を見ながらハルネへと近づいてきた。
何か言いにくそうな表情を浮かべ、ハルネへと声を掛ける。
「あの、ハルネ・・・?」
「いかがなさいましたか?」
「その、レイラ様とミミアン様についてなのです・・・。」
「・・・ああ、そういうことでしたか。」
何を言いたいのか察したように、ハルネは語り始める。
「あの2人は同じ心の傷を持つ、友人という枠を超えた絆を結んだ仲なのです。エレオノーラ様、黒曜狼はご存知でしょうか?」
「いいえ・・・、あまり島の外についての情報はあまり知らないのです・・・。」
「では私めが説明致します。ですがまずは・・・、一緒にお風呂に入りましょうか。」
更衣室でひと悶着がありながらも4人は浴室へと入り、一足先に体を洗い、清め終えたハルネとエレオノーラは白く濁った湯の張る大きな浴槽へと入っていた。
湯から漂う薬草と果実がまじりあったような不思議な香りが、心身ともに優しく温めてくれる。
「あの、ハルネって竜人をお世話したことがあるのです?私の体を洗うとき、とても繊細で気持ち良かったのです・・・。」
「エレオノーラ様が初めてですよ。まあでも、ハクア様とフィリオラ様をお手伝いしたことが幾度かあったのでその時に色々と培えたのでしょう。堪能いただけて何よりでございます。」
「こちらこそなのです・・・!故郷に居た時だって、ここまで湯あみ・・・お風呂という文化が気持ちよいものだなんて思わなかったのです・・・。」
竜人は本来、温度に敏感な種族だと知られている。
特に湯あみをした後に外の外気に触れ、その温度の変調に体長を良く崩してしまうために外気と同じ温度の水浴びを好んでしているという話だった。
故に、エレオノーラにとってお湯を浴びる事、ましてや大量の湯が張った浴槽へ浸かるなんてことは初めての体験だったのだろう。
その表情を見れば、お風呂に入るという行為がどれほど気持ちが良く、心地よいものなのかわからされたと誰もが察せられる。
「それはよかったです。お風呂に入って、身も心も温まれば自然と固く閉じられた心の扉も、湯に濡れて綻びやすくなると聞きますからね。」
「今ならその言葉の意味が分かる気がするのです・・・。」
「うふふ、エレオノーラ様は本当に可愛らしい御方ですね。」
ハルネに不意に褒められ、頬を赤めた顔を隠す様にその半分を湯に沈め、ブクブクと泡を立てる。
「その、人間たちにとってこの体は気持ち悪くないのです?竜鱗が所々に入っている肌。人間たちは竜を忌むべき存在だと嫌っていることだけはわかっているのです。そんな生物の鱗の入った体なんて・・・」
「・・・そうですね。以前の私なら恐らく嫌悪感とまではいかなくとも、良い顔・・・とでもいいましょうか。そういった表情を向けることはしなかったでしょう。」
ハルネは天井へと視線を向け、どこか遠い過去を思い出しながら話を続ける。
「私はレイラお嬢様に、ヴァレンタイン公爵に拾われる前は孤児でした。魔物に村を襲われ、両親は元冒険者だったこともあり、何とか撃退することができましたが、その時に負った傷で亡くなりました。その後、孤児院に入り、そこでもまた魔物たちに・・・。その時、ヴァレンタイン公爵家当主様であるグスタフ公爵様に拾われました。それからはヴァレンタイン公爵家に恩を返すため、メイドとなって教育を、冒険者となって実力を培ってきました。それから幾年か過ぎ、冒険者として名が知れ渡ってきたところ、とある魔物と出会いました。その魔物こそ、私の村を、両親を、そして孤児院を襲撃した魔物でした。」
「同じ魔物に狙われ続けていたのです・・・?」
「ええ。私を狙い続けてきた魔物は竜種の1つである【森塞蛇】と呼ばれる、大蛇のような魔物でした。」
ハルネを襲った魔物の名を聞いたエレオノーラは酷く驚いた様子を見せた。
「【森塞蛇】って・・・、確かすごく温厚なドラゴンだと聞いたことがあるのです。誰かを襲うなんてこと、しかも執拗に何度も襲うような話なんて聞いたことがないのです・・・。自分を害そうとしてきても、逃げるか身を隠すかするほど戦うことが嫌いだと。なのにどうして・・・?」
「・・・私の両親が、【森塞蛇】の大事な子供を殺したことが原因でした。」
その話を聞いてエレオノーラは目を見開く。
どれほど温厚な生物でも、大事な我が子を殺されたその恨みは計り知れない。
たとえそれが魔物であったとしても、その怒りや憎しみ、恨みは己を復讐者へと変えてしまう。
「幼いころ、私を襲った奇病を治すため、幼体の【森塞蛇】の心臓が必要だったのです。故に、両親は幼体だけじゃなく、その家族全員を殺しました。そう、殺したはずだったんです。」
「・・・まさか。」
「はい、お察しの通りです。運悪く、いえ、【森塞蛇】は運よく生き延びました。後はご想像通りですよ。怒り狂った【森塞蛇】は両親を追って村を襲い、壊滅させました。ですが、冒険者たちと交戦し、撃退されましたが運よく生き延びました。次は孤児院を襲い、グスタフ公爵様と交戦しました。以前と違ったのは負った怪我の深さの違いでした。グスタフ公爵様はSランク冒険者、さすがに軽傷とはいきませんでした。その戦いは熾烈を極めたと聞きました。【森塞蛇】は瀕死の重傷、いつ死んでもおかしくないほどの深手を負ってしまいましたが、運よく生き延びてしまいました。それから動けるようになるのに数年かかり、そして大人となった私と対峙することになりました。」
そう話すハルネの表情は立ち込める湯気で見えにくかったが、どこか儚げであった。
「すでにS級の魔物として、特異個体となっていた【怨嗟轟く禍塞蛇】と対峙した私は死を覚悟しましたね。ですが、彼は私を殺そうとはせず、私を見て涙を流し、そのまま死んでしまいました。」
「え・・・一体どうし・・・、っ?! ハルネ、その瞳は・・・」
湯気が消えてエレオノーラの瞳に映ったのは、ハルネの片目がエメラルドグリーンに光る蛇のような瞳だった。
「きっと、この瞳が原因だと思います。私が掛かった奇病は【魔力反発症】。己の発する魔力が自分の体と合わないためか自身の体の内で反発し合い、自らの魔力回路をずたずたに引き裂いて体から漏れ出る病です。そのため、【ドラゴンマナ】を宿す心臓を用いた薬が必要で、ですが成体の持つ【ドラゴンマナ】は強すぎて幼い私には合わず、そのため幼体の心臓が必要だったのです。そして【森塞蛇】はとても純粋で優しい【ドラゴンマナ】の性質を持っているため、拒絶反応が一切ありません。ゆえに私の奇病を治すには最適だったのです。そして、私の体とその子の【ドラゴンマナ】は非常に相性がよかったみたいで、きっと【|怨嗟轟く禍塞蛇】の瞳に映った私は、死んだ我が子に見えたんでしょう。彼からは憎しみと言った感情は全て消え、そのまま亡くなりました。私の扱う鎖斧は彼の素材が使われているんです。私の両親が犯した罪を忘れぬために、私の背負う戒めを忘れぬために。それから蛇やドラゴンへの見方、忌むべき存在という認識は変わりました。なのでエレオノーラ様に向ける視線は忌むべき存在ではなく、仲間や家族といった慈しむべき視線なのですよ。」
「ハルネ・・・。」
ハルネの語る過去に、エレオノーラは返す言葉が見つからない。
だが、その人生に後悔といった感情が感じられないため、彼女なりに謳歌しているのだろう。
「うふふ、話が長くなってしまいましたね。この事はグスタフ公爵様、シャイネ公爵夫人様、そしてレイラお嬢様はもちろん、ミミアン様もご存知です。あ、ヨスミ様にはお話しておりませんのでご注意を。もし知られてしまったらどんな風に見られるかわかりませんので。」
「なんだかわかる気がするのです・・・。でも、ヨスミ様はとてもお優しい御方なのですよ?」
「そうですね・・・。ですが、私がこういった体質だと分かってから態度が変わられるのは私的にも思う所がございます故・・・」
苦笑いを浮かべているハルネ、その瞳は人間の瞳に戻っていた。
「ちょっとハルネっち~、2人で何話してんの~?」
と体を洗い終えたのか、そこへミミアンがレイラを連れてハルネたちの入っていた大きな浴槽へと入ってきた。
「・・・む、ハルネっち。胸、大きくなった?」
「おわかりですか?あれからサイズが一回り大きくなってしまったようで、今来ているメイド服が若干きつくなってきたのです。」
「ええ~、いいなぁ~ハルネっち!うちの胸、ぜんっぜん大きくならなくて・・・え?」
とここでエレオノーラの方を見てみる。
そこにはハルネを大きく上回るであろう2つの巨峰が湯に浮かんでいた。
「うそ・・・?え、エレっち・・・な、こんな・・・え?」
「ちょっとミミアン?驚き過ぎですわよ。エレオノーラに失礼ではなくって?」
「いやいやいや、これ明らかにやばいっしょ?!レイラはB+・・・よくてCぐらい?んで、ハルネっちは前見た時はDだったのにそのサイズは明らかにE・・・。そしてエレッチはGはいってるんじゃないのそれ・・・」
動転したミミアンがここの胸のサイズを言いあげていく。
「そしてその中でうちはA+・・・。一番ちっちゃいのがうちなんてぇ・・・。」
「A+・・・なのです?てっきりもう少しあるかと思ったのです・・・」
「獣人はその体毛のせいで大きく見られがちなのですよ。なので外観から見えるサイズを2周りほど小さくしたサイズが本来の・・・」
「ちょっとハルネっち!余計な事をエレっちに吹き込まないでよっ!」
とミミアンが邪魔するかのようにハルネへと襲い掛かる。
その時、エレオノーラはふと気が付く。
その黒い体毛に覆われた体が故に、その背中に一筋の大きな傷跡が一際目立つようにつけられていたことに―――――。
~ 今回現れたモンスター ~
竜種:森塞蛇:フォレストドレイク
脅威度:Dランク
生態:全長が20mにも及ぶ巨大な大蛇。
体からは何本かの木々が生えており、その根が体中に張っているため、まるで自然の要塞のような高い防御力を持っている。
ドレイクと名を冠してはいるが実際は蛇に近く、手足や翼は持っておらず退化しており、その代わりに自らの体に生えた木、張った根を手足や翼の代わりに動かしている。
その容姿がドレイクのように見える事からその名前が付けられた。
だがその性格は相反するかのように非常に温厚で、争い事を嫌い、雑食ではあるが基本的には果実や木の実なんかを食べている。
肉を食べることもあるが、そのほとんどは誰もが食べようとはしない食い残された死骸ばかりを食べていた。
足りない部分の栄養は体から生えた木々の光合成で補っているため、そこまで食事は必要とはしていないようだ。
故に常にとぐろを巻いてじっとしていることが多く、森塞蛇が動くときは好みの果実を見つけた時か、外敵に襲われた時に逃げるときぐらいしかない。
逆に優しくしてくれるような相手には背に乗せて移動したり、または自分の好みの果実を分けてくれたりすることもある。
かつて森の中で迷子になった子供が森塞蛇の背に乗って村まで送り届けてくれた逸話が存在する。
だがその結末は村人たちは森塞蛇を恐怖し、送り届けた森塞蛇を殺してしまった悲しい内容だった。