レイラたちのその後
「おい、聞いたか?」
「ああ、第一王子がやられたんだろ?」
大通りに面している喫茶店のような店のテーブルに着いた獣人の雄二人が興奮気味に話していた。
「だが幸い、第2王子のガヴェルド王子殿下が禍竜討伐の援軍としてやってきたおかげで命は助かったんだろ?全く、何してくれてんだが。」
「まさか第一王子のゲセドラ王子殿下のスキルが洗脳系とはな・・・。しかも帝王様まで好きなように操られてたんだろ?」
「自分の息子にいいように扱われてよ・・・。ほんと、帝王様も落ちぶれたもんだよな。」
獣人はテーブルに置かれたミードを口に含む。
「この国はダメかもしれねえな・・・。ムルンコールの町では【灰かぶりの無法者】って組織が牛耳っているって話だし、しかもこの町にまで手を伸ばそうと色々と画策しているって話だぜ?そんな時にトップがあれじゃあ首都も守り切れんだろ・・・。」
「まあ、いざとなったら【血濡れた狂牙】のガヴェルド王子殿下がなんとかしてくれるだろ。」
「ちげえねえ。そういや、先日の空に広がったアレに映ってた人間たちはどうしたんだろうな?」
先ほどまで話していた話題が急に変わり、2人は真剣な表情を浮かべるようになった。
「さあな、人間の雄が倒れたと同時に消えたからあれからどうなったかだなんて知る由もねえよ。まあ、おかげで俺たちはトップが腐っていることに気付けたから、俺たちにとっては英雄みたいなもんだがな!」
「帝王たちは必死になってあの人間たちを探し回ってるらしいけど、絶対捕まったら碌な目に遭わんだろ。」
「ちげえねえ。あいつらには是非とも無事に逃げ延びてもらいたいもんだよ。」
その言葉を聞いた後、ふとどこかの席で客の1人が立ち上がり、テーブルの上に通過を置いてその場を後にした。
そんな彼女の姿を気にする獣人たちはその場にいなかった。
「レイラお嬢様。ハルネ、ただいま戻りました。」
ハルネはそう答えながらとある一室を訪れ、ローブを脱ぐ。
中には窓の外を警戒するエレオノーラの姿があり、部屋の奥に置かれたベッド、そこに寝かされているヨスミを心配そうに見つめるレイラとハクアの姿があった。
ハルネが帰ってきたことに気付き、腰掛けていたベッドから起き上がり、ハルネの元へいく。
「おかえりですわ。して、町の状況は?」
「はい。町のあちこちで住民たちの反応を観察してきましたがレイラお嬢様の想像通り、町の方々は比較的に私たちの味方をしている傾向にあります。またその逆で帝王含む王族たち、正規軍は私たちに敵対している可能性があり、俄然と私たちを探しまわっている模様です。」
ヨスミが意識不明の重体となって数日、レイラたちはとある貴族家の屋敷を訪れていた。
かつてレイラが学校へ通っていた際に出来た信頼できる学友の1人、黒曜狼獣人の大貴族の令嬢であるミミアン=フォートリア公爵家に身を潜めていた。
黒曜狼獣人は正義を重んじり、不正を決して許さぬ義の象徴として君臨している貴族だ。
先日、突如空に広がった光景、そこで見たゲセドラ王子殿下の不正とスキルの内容。
またミミアンの御学友であり、グスタフ公爵の娘であるレイラ・フォン・ヴァレンタイン公爵家令嬢の暗殺未遂を見て、すぐさまタイレンペラー帝家から離脱し、すぐさまレイラたちの足取りを見つけ、保護してくれた。
また公爵家の当主であり、ミミアンの父であるジャステス=フォートリア公爵家は娘たちの交流を通じてグスタフ公爵と交友関係になり、真の友と呼べる仲にまで絆を結んでいる。
故にこの騒動で一番先に動いたのは他の誰でもないフォートリア公爵家の人たちだった。
彼等の救出が無ければ、今もなおレイラたちは森の中を彷徨い続けていたかもしれなかった。
「あっ!ハルネっち!おかえり~!ごめんね~、一匹で向かわせちゃって~。」
そこへミミアンが悠長に話しながら部屋に入ってきた。
「外寒かったっしょ~?ほらほら、これ飲んで体をポッカポカに温めちゃって!」
「ミミアンお嬢様、ありがとうございます。」
ハルネは深くお辞儀をし、ミミアンへ感謝を述べる。
「んも~、ハルネっち固すぎっしょ!うちらの仲じゃん!ここにはうちらしかいないし、もっとやわやわしていいんよ~?」
「そうするわけには参りません。私は一介のメイドであり、あなた様はこの国の公爵家令嬢、対等に話す仲としては身分が違います。それに実力の方でもあなた様はこの国で王族以外で認められた数少ない【百獣の王牙】の1人で・・・」
「ストップストップ~!も~、ほんっとうにハルネっちは固いんだから~。」
ミミアンは王族以外でS級ランクに匹敵する【百獣の王牙】の称号を保有する、実力の持ち主。
戦闘に関するセンスは同じ称号を持つ父をも圧倒するとされている。
「それってただ他人らが決めた基準の1つっしょ?そんな称号あったって、あてになんないからね?称号よりも自分の瞳で見た真実が一番って言われてるしっ!」
「・・・確かにそうですわね。」
「ここで立ち話もなんだし~、下に降りてティーパしよっ!」
とミミアンはレイラたちを無理やり部屋から連れ出そうとする。
「ほーら、レイラっちもそろそろ気分転換したほうがいいって!そんなブサイクな表情してたら、旦那が起きた時びっくりするっしょ?」
「ブサイ・・・!?」
突然罵倒され、レイラは驚いた表情を浮かべ、すぐさま怒りが沸き上がるが実際にその通りで、ここ数日まともに寝ておらず、お風呂にも浸かる事さえできていなかった。
故に髪の毛や肌の手入れが疎かになっており、あまり人の前に出れるような姿ではなかった。
「・・・わかったわ。」
「よーっし!そうと決まったらまずはお風呂っしょ!レイラっち臭いもん!」
「!?!?」
「ほらほら!本当のことっしょ~?みんな~、急いでお風呂の準備お願い~!」
「ミミィ!あなた、レディに向かって言っていい事と悪い事があるのですわっ!」
「はいはい~!文句なら綺麗になった後で聞いてあげるからね~っ!ほら、みんな~!レイラを連れてって~!あ、エレっちもね!」
「は、はいなのです・・・。」
「ちょっとミミィ!!」
そう言いながら、メイドたちを呼び出すとレイラとエレオノーラはそのままお風呂へと連れていかれた。
部屋に残されたハルネはミミアンへ再度頭を下げる。
「有難うございます・・・。」
「だからお礼なんて言っていってるっしょ?親友が困ってたら、助けるなんて当たり前っしょ!でもまさかレイラっちに彼ぴっぴ・・・いや、それ通り越して夫がいるなんて思わなかったし。なんでうちに早く連絡してくれなかったのか、マジで信じられない。ほんと、聞かされた時喜びとお祝いと悲しみの3重奏が脳裏でオーケストラされたんだからね?」
ミミアンはどこか子供の様に拗ねたような表情を浮かべ、怒りを露わにする。
「申し訳ございませんでした・・・。何分、連絡を取ろうにもいろんなことがありすぎましたので・・・。」
「・・・まあ、そうだね。ハルネっちだけでも冷静で助かったわ。あの時、レイラっちは全然余裕なんてなかったから。だから冷静に状況を見極めて、こうして対処できたのもハルネっちのおかげ。だから本当にありがとう。」
さっきまでギャルのような口調はなくなり、そこにはただ1人の淑女がハルネへ礼を告げていた。
「・・・でも、次からはこういったことは成しにしてくれると助かるかも!親友たちに抱く感情に悲しみとか嘆きとか哀れなんて必要ないっしょ!あ、怒りは必要だから勘違いしないでねっ!」
「うふふ、それは存じておりますわ。」
「あ、笑った!やわやわになった!」
「おっと、私としたことが・・・。」
やっと訪れた緊張の解れにミミアンは嬉しそうに笑う。
それに釣られてハルネも笑みを浮かべ、目を伏せた。
「ねね、あのしろっちはあのままでいいの?」
「ハクア様のことですね。ええ、一時も離れたくないとのことでしたので。」
「・・・辛いっしょ。大事な家族が3人もあんな状態になってるのって。」
ヨスミは未だ意識不明の重体、竜母のフィリオラは未だ合流せず、リュウスズメのミラに至ってはレイラ達と洞窟を出てからはぐれたようで行方知れずとなっていた。
現状、レイラとヨスミ、エレオノーラとハクア、そして自分を入れて5人しかいない。
てっきり一緒について来ていると思っていたルーフェルースはヴァレンタイン公国を出てから姿や気配は感じられない。
ただ、竜滅香をゲセドラ王子殿下が持っていたこともあることから、そのせいで来ることができなかったのではないかと考えられる。
何せ竜母をもどうにかできるほどの高純度なエキスを使用した竜滅香だ。
下手をすれば、ヴェリアドラ火山に生息する竜種、また首都付近の竜種たちは全滅している可能性だってある。
そんな代物が漂う獣帝国に来たがるのはよっぽどの自殺志願者とも言えるだろう。
「早くりゅーぼ様、合流できるといいね。」
「・・・そうですね。」
「・・・よし、気分アゲアゲでいこっ!ささ、ハルネっちも一緒にお風呂いくっしょ!」
と突然落ち込んでいた雰囲気がガラッと変わり、ミミアンのハイテンションぶりに若干驚きぎみのハルネだった。
「え、でも私は・・・」
「つべこべ言わないの~!裸の付き合いは親交を深めるにはもっとも有効だって、東洋の書物には書いてあったっしょ!」
「そんな話、聞いたことがありません!?」
とミミアンは強引にハルネを部屋から連れ出し、お風呂がある1階へと向かっていった―――――。