父としての覚悟
「・・・御2人とも、無事お戻りになられたのですね。」
ハルネの前に姿を現したレイラとヨスミ。
だがその場にはハルネの姿しかおらず、フィリオラたちの姿はない。
「ただいまですわ、ハルネ。それで他の皆はどちらに?」
「皆様は現在、身動き一つできないほどの深刻な状況でしたので、安全な場所に避難させておきました。案内します故、こちらに。」
ハルネの案内の元、少し離れた場所に岩が重なり合う様に置かれ、その間、地下に続くように広がっている洞窟があり、中に入って下っていくとそこにはぐったりしているフィリオラたちがいた。
ヨスミ達を連れて戻ってきたハルネの姿に気付き、唯一動けるフィリオラが顔だけを向けて挨拶する。
「ああ・・・、ヨスミ。それに、レイラちゃんも・・・お帰り~・・・」
「フィリオラ・・・!」
ヨスミはフィリオラの元へ駆けつけ、容態を見る。
そしてフィリオラだけでなく、エレオノーラ、ハクア、それにディアネスまで同じような状態だと分かり、ハルネに問いかける。
「ハルネ、フィリオラたちの症状は全員同じような気がする。アイツの洗脳かとも思ったが、影響化のある僕がこうして自由に動けている点も考慮すれば・・・、もしかしてドラゴンに対してのみ効果のある何かを使われたのか?」
「・・・おそらく。」
「そうか・・・。それは死に至らしめるほどの効果はあるのか?」
「・・・いいえ。ですが・・・、その。」
・・・ハルネの受け答えに要領を得ないな。
言いにくいって感じか?
ハルネたちには知っているアイテムで、僕には知らないアイテム・・・。
つまりは日常的に使われているようなアイテムの可能性がある。
ドラゴンに対してのみ効果を及ぼし、その効果は竜母と呼ばれるフィリオラさえもこの状態に至らしめるほど。
「教えてくれ。僕が知らないアイテムならば対策のしようがない。何も知らないまま、大事な仲間が、家族が死んでしまうなんてあってはならないんだ。」
「ハルネ・・・。」
「・・・はい。」
ハルネは観念したかのように話し始める。
「・・・竜滅香と呼ばれるアイテムかと。」
「竜滅、香・・・?」
「はい。ドラゴンの身が持つ特有の魔力、【ドラゴンマナ】に影響を及ぼすとされており、これを嗅いでしまったドラゴン種は自身の魔力回路が酷く乱れ、全身を巡っているために身動きが出来なくなり、また【ドラゴンマナ】で強化された鱗や甲殻は逆に弱体化され、果物ナイフも簡単に通してしまうほどとされております。」
・・・そこまで強力なのか。
臭いを嗅いでしまっただけでそこまで弱体化されるなら・・・、いやそういえばさっきハルネは・・・
「確か僕がそのお香で死ぬことはあるかと聞いた時、一度は否定したがその後そうでもないようなことを示唆していたな。」
「・・・本来、抽出されたエキスの純度で効能の影響力は大きく変わります。竜母であるフィリオラ様がこのような状態に陥るほどであれば、その純度も高いモノになります。そして純度が高い竜滅香の効果はさらに強力なモノになり、弱いドラゴン種などは下手すれば命を落とす可能性が高いのです。幼体であるならば猶更その危険性が高くなります・・・。」
「・・・つまり、竜母に効くレベルの純度の高いエキスを用いた竜滅香を使われたと・・・。」
ヨスミは気づいた。
胸に抱いているディアネスの具合が非常に悪いように見えていることに。
そして、フィリオラが絶えず治癒魔法をディアネスへ掛け続けていることに。
「・・・フィリオラ、ディアは?」
「かなり危険な状態よ・・・私が、もう一度、あのスキルを使えれば・・・でも、無理・・・私の命と引き換えに、しても・・・使えないの・・・・ごめんなさい・・・。」
・・・そういえば、あいつ等はディアが死ぬことを望んでいた。
その死体に利用価値がある、と。
死ぬことを厭わないから、躊躇なく使ったと。
そのために、ディアは・・・
「そんな・・・ディア・・・っ!」
「・・・申し訳、ございません・・・、レイラお嬢様、ヨスミ様・・・。」
このままだと、ディアは死ぬ。
治癒魔法を掛け続けていても、ただすぐそこにある死から数歩逃げただけだ。
・・・簡単に追いつかれる。
「・・・どうすればいい。」
「何も、できません・・・っ!竜滅香を嗅いでしまえば、体に蓄積された竜滅香の成分が自然に体から排出されるまで、その効果は続きます・・・。ですが、ディアネス様は、耐えられません・・・。本当に、申し訳、御座いません・・・。私に、任せてくれた、のに・・・お守り、することが・・・できず・・・本当に・・・」
ハルネはその場に泣き崩れる。
レイラは茫然としながら、フィリオラに歩み寄り、ゆっくりとしゃがみ込んだ後に、苦しそうに呻くディアに触れる。
「ごめん、なさい・・・。ディア・・・、無力な、母親で・・・あなたを、助けられなくて・・・」
「・・・ぅ、ぅぁ・・・ぁー・・ぁ・・・」
その時、苦しいはずのディアは笑みを浮かべ、触れてきたレイラの手に自分の手を重ねる。
まるで、今目の前で涙を流す母親を安心させるかのように。
そんなディアを見て、我慢してきたであろう涙が一気に流れ、ディアの体に自分の頭を生める。
ディアは苦しそうに泣いている母親を必死になだめようと、自分が一番苦しいはずなのに、レイラを宥めていた。
「ディア・・・ディアぁ・・・」
「ごめん、ごめんね・・・レイラちゃん・・・。私が、もっと・・・うう、っ・・・」
するとそこへ、ヨスミがゆっくりと2人の傍にしゃがみ、レイラとフィリオラの頭を優しく撫でる。
「大丈夫。安心してくれ、皆。ディアが死ぬことはない。」
「ヨ、スミ・・・?」
「あなた・・・?何をいって・・・」
ハルネは言った。
体に蓄積された竜滅香の成分、それが体から排出されるまで効果が続くと。
つまり、体からその成分さえなくなってしまえばディアは助かるということだ。
ならば問題ない。
その効果がずっと続くのであれば僕も絶望していただろう。
だが、回復する手段があるのであれば、それがどんなに難しい事だろうと僕が諦める理由には決してならない。
父として僕が子にできること。
子の歩む道に立ちふさがる脅威を取り除くこと。
そして、子を心から信じ、愛すること。
その結果、自らに降り注ぐ犠牲がどんな結果を齎すことになったとしても。
ヨスミはディアの頬に手を添える。
「病気で苦しむ子を目の前に、何もできない無力な父にならなくてよかった。」
「・・・ヨスミ、まさか・・・」
「あなた・・・?」
原理は竜樹根の時と同じだ。
ただ今回はより小さく、繊細で、簡単に死んでしまうか弱い幼子であるということだけだ。
些細な事で、あらゆるミス1つでこの子は死んでしまう。
故にどんな失敗も許されない。
・・・はっ、そんなの我が子を想い、死という運命から自らの力を持って助けることができると分かった父にとって、なんのハンデにもならん!
「ディア、どうか健やかに育ってくれ。ママを大切にな。フィリオラ、しばらくみんなを頼む。レイラ、どうか僕を信じて待っててくれ。」
「ヨス・・・!」
「あなっ・・・!」
「【千里眼】!!!」
2人が制止しようとするよりも早く、左目の【千里眼】を発動させた。
直後、強烈な光が左目から放たれ、止めようとしていたフィリオラとレイラは光に当てられ身動きができなくなった。
ヨスミはより詳細に、より膨大な情報をその目に視認させる。
【複数同時処理】を持ってありとあらゆる情報操作を同時に行う。
時間がないため、自らの脳を限界、それ以上にフル稼働させ、ディアの体に流れる竜滅香の成分を見る。
見えた、肺に溜まっている紫色のモヤモヤ、これが竜滅香の成分。
それを集中的にみると、先ほどハルネが言っていた【ドラゴンマナ】と呼ばれる綺麗で透き通った魔力と絡み合う様にくっ付いている。
頭が痛い。
今後の事も考え、【ドラゴンマナ】を一切傷つけず、竜滅香の成分だけを除去・・・つまり別の場所に転移させる。
だが、周囲に転移しては意味がない。
臭いであるがゆえに、その場に漂い、風にのって周囲に広がり、それを嗅いでしまったらまた同じ状況に陥る可能性が高いからだ。
頭が、痛い。
自分の体に転移させても意味がない。
ならばどこに転移させる?
頭が、痛い・・・。
・・・いや、この世界にはドラゴンたちが住んでいる。
どこかに転移させても、その地に住むドラゴンが犠牲になるだけだ。
つまり、転移させる場所はこの世界にはどこにも存在しない。
頭が、いたい・・・。
・・・ならば、別の次元に転移させればいい。
あたまが、いたい・・・。
僕は転移によって次元を超えてきた。
つまり、僕の持つ転移は神がやったことと同じことができるはずだ。
あたまが・・・、いたい・・・。
ドラゴンの存在しない、別世界へ転移させればもんだいはない。
あたまが・・・、いた、い・・・。
だが僕は、別世界のそんざいなんてしらない・・・。
あたま、が・・・、いた、い・・・。
ならば、べつせかいじゃない、なにもないこくうへおくればいい・・・。
あたま・・・、いた・・・。
ディアだけじゃなく、フィリオラ、エレオノーラ、ハクア、そしてこのちにひろがってしまったすべてのりゅうめつこうのにおいのせいぶんを、すべて、こくうへ・・・。
あた・・・、・・た・・・・。
・・・みるん、だ・・・でぃあだけじゃなく、なかまたちも、まわりも、この、たいりくも・・・。
それ・・・、りゅうめつこう・・・もととなる、くさも、すべて・・・。
あ・・・、・・・・・・。
・・・・えた。これ・・、・・べて・・・こくう、・・・。
・・・・・・・・・・・。
そしてこの日、リグラシア大陸全土から、竜滅香とその元となった原材料である竜滅草全てが突如として姿を消した―――――。