それに、良い匂いもするぅ・・・
「そう、記憶が・・・。」
実際に言っていることは間違いではない。
転移してやってきた日以降の、それまでのこの世界の情勢については何も知らない。
どんな歴史を歩んできたのか、どんな亜人が住んでいるのか、どういった魔物がいるのか、どんな種類がいるのか。
なぜ、魔王と勇者が存在することになったのか。なぜ、魔王と勇者が戦うことになったのか。
基本として、ありとあらゆる小説や文献、物語に登場する魔王は絶対人類悪とされており、人類と争い続ける象徴とされてきた。
理由は数あれど、人類側からヴィランや悪の組織が生まれることは合っても、”魔王”が生まれるものはほとんどない。
何を持って”原初の魔王”と呼ぶのか、どんな理由があって原初の魔王となったのか。
何を持って勇者が”現れた”ではなく、”生み出された”のか。
「ああ、僕はこの世界について何も知らないいんだ。無知である内は無力であり、罪であると。故に僕は知らねばならない。この世界で生きていくために。そしてこの世界でドラゴンのドラゴンによるドラゴンのための楽園を作るために。」
「楽園って、一体何をする気なの・・・。」
『らーくーえーん!なのー!』
「一応聞くけど、ここってカラミアートなんだよね?」
「ええ、合ってるわ。といっても、カラミアートとシアビネウスの国境付近に位置するヴェルウッドの森よ。この森を抜けた先に海域”シアビネウス”があるわ。本来カラミアートは魔物の数は少なく、魔物の脅威は比較的低いけど、シアビネウスから国境を越えてやってくる魔物たちを抑えるために、私がここにいるの。」
「なるほど。でもいいのか?フィリオラが僕と一緒に来るなら、ここの国境付近の守りはどうするんだ?」
旅支度を始めているフィリオラにふと思った疑問を問いかける。
防衛の要と思わしき、竜母と呼ばれるフィリオラを旅の同行者に加えてしまえば、魔物が国境を越えてカラミアートへ入ってきてしまう危険性がある。
「それなら大丈夫。私の代わりにここを守ってくれるようにあの子にお願いしたから。」
「あの子?」
ふと窓の外を見ると、何やら巨大な何かが佇んでいた。
ヨスミのドラゴンセンサーに引っ掛かるモノを感じ、ハクアを抱いたまま家の外へ飛び出すと、そこには巨大な狼のような姿をしたドラゴンが威風堂々と佇んでいた。
「ほおおおおおおおお・・・・・・・・!?!?」
『わーい!クロージ様ー!』
『・・・むぅ?ほお、主はハクアの嬢ちゃんか!久しいな!』
漆黒の体毛に覆われ、オオカミの風貌であり、頭から伸びた2本の黒角。背中から背骨が浮き出ており、それが尾まで伸びている。
両手両足は竜のような鱗と甲殻に覆われており、鼻の脇から長く細く伸びた竜の髭が気品さと貫禄を醸し出していた。
そしてその背には翼に変わり、まるで槍のように鋭い翼、まるで旗のような翼膜がまるで軍旗のように風になびいている。
『竜母様にお願いされて来てみれば何の縁か、こうして白皇様の姫様にお会い出来ようとは・・・!我、ノアルヘイズを治めし、黒皇様に仕えし腹心、ヴォルドシス・アビウス・ノアルヘイズがここに、姫殿下へ挨拶を申し上げます。』
そういうとハクアの前で跪き、頭を垂れて挨拶を告げる。
ハクアはヨスミの腕から降りると、まるでキスをするかのようにそっと鼻先に口元を近づけ優しく触れる。
白と黒の光が混じり合い、静かに霧散した。
その後、ゆっくりと立ち上がり、ヨスミの方を向く。
『それで、こちらの人間は一体どちら様かな?』
「ああ、これはご挨拶が遅れました。僕はヨスミと申します。今は竜母様の元でお世話になっております。どうぞ宜しくお願いします。」
『オジナー!オジナーなの!』
『オジナー?・・・オジナーとは一体・・・、いや、まさか?!・・・ふむ、そうか。なるほどな。』
と何やら1人で悩んで、1人で驚き、1人で納得している様子だった。
『我の名は、ヴォルドシス・アビウス・ノアルヘイズ。クロージと呼んで下され、ヨスミ殿。』
「わかった、クロージ。確かフィリオラに頼まれてこの辺りを守ってくれるんだろう?」
『うむ。ある程度のことは竜母様より聞き及んでおる。ここは我に任せ、安心してカラミアートを探索してくるとよい。』
「ああ、よろしく頼むよ。」
そういうと、互いに軽く挨拶を交わして、ハクアはヨスミの背へと乗ると共に家の中へ戻っていった。
部屋の中では旅支度を終えたのか、ローブを持って入ってきたヨスミの元へ駆け寄ってきた。
「はい、ヨスミ。このローブを羽織ってね。このローブには私の特殊な体毛を編み込んで作ってあるから耐熱、耐寒の性能、また気配を抑える性能が備わっているの。それにちょっとやそっとじゃ破れないし、刃も通さないわ。また魔法に関する防御性能も高いから、旅用のローブにはもってこいよ!」
「なにそれかなり高性能装備・・・って、え・・・?フィリオラの、た、体毛を、編み込んで・・・?」
「・・・あっ」
その時初めてフィリオラは自らが口にした言葉に初めて後悔した。
「さすが竜母と呼ばれるくらいのドラゴン様だな・・・。その素材で作られたこのローブは最上級の性能を持った最高の装備ってことだ。それに、良い匂いもするぅ・・・スゥ・・・」
「ちょっとヨスミ!それやめて!なんかゾワゾワするからやめて!」
そんな言葉を無視して、渡されたローブに顔をうずめて匂いを堪能していた。
「あーもう!ドラゴンの事になるとどうしてそんなにも変態的になるのよ!」
「だって、ドラゴンだから仕方ないだろう・・・?スゥー・・・」
『りゅーぼ様良い匂いなのー!』
「ああー!もう本当にやめてぇえー!!」
あまりの光景に、つい尾を顕現させてヨスミに強烈な一撃を繰り出した。
大きく吹き飛ばされ、部屋の壁にめり込むように叩きつけられる。
その後、なんやかんやあって旅支度を無事に終え、家を出ていく。
『竜母様、もう征くのですか?』
「ええ。それじゃあ、ヴォルドシス公。暫くの間、ここをよろしくね。」
『うむ、竜母様から賜った任、必ずや完璧に遂行致しましょう。ヨスミ殿、ハクア様と竜母様をどうかよろしく頼むぞ。』
「ああ、僕ができる範囲で、全力で守ると誓うよ。」
ヴォルドシス公は静かに頷き、天高く頭を掲げて咆哮をあげた。
まるで、ヨスミたちの旅路を祝福するかのように、ヨスミたちの心にとても強く響き渡った。
「それじゃあまずはカラミアート全土を旅しようか。」
「ええ、いきましょう!」
『楽しもー!』
~ 今回現れたモンスター ~
竜種:黒狼龍
脅威度:Sランク
生態:ノアルヘイズに住まう龍。黒皇龍に仕えており、その戦闘能力はノアルヘイズ随一とされているほど。
体長は約50mと大きく、全身を鋼のような漆黒の体毛に覆われており、口の先から細長い龍の髭が伸び、頭からは2本の黒角が伸びており、背中から背骨が突出し、それは尾まで伸びている。両手両足は竜の鱗と甲殻で覆われており、また翼は槍の様に鋭く、翼膜は軍旗の旗のように大きくなびいている。
その気品さ、優雅さ、そして貫禄を漂わせる佇まいは見る者全てを委縮させ、怯えさせ、またその鋭い眼光は睨まれた者に恐怖や絶望を植え付けるとされている。
ノアルヘイズの特徴をその身に宿し、ありとあらゆる魔法攻撃はその体毛に吸収され、無効化される。
また鋼のような体毛はあらゆる物理攻撃を受け付けず、巨体に見合わない素早さを持って槍翼を繰り出す。