あなたの元へ
「・・・あ、れ・・・」
あれ、いつの間にわたくし・・・意識を失って・・・。
それに体に力が入るようになっている・・・。
ゆっくりと体を起こした時、胸にスヤスヤとディアネスが眠っていることに気が付き、慌てて落ちないように優しく抱いた。
「ぅぅ・・・」
「ああ、ディア・・・よしよしですわ・・・。」
周囲を見渡し、ハルネとエレオノーラが未だに気絶した状態で地面に倒れている様子が見えた。
その近くにはハクアとミラが寄り添うように倒れていた。
レイラは立ち上がろうとしたが足にうまく力が入らず、地面を這う形でハルネの元へとなんとかたどり着いた。
「ハルネ・・・起きなさい!」
「・・・うっ、ここは・・・?」
レイラに揺さぶられ、目を覚ましたハルネだったが体中に痛みがあるようで強く目を瞑る。
急いでレイラの様子を確認し、体中に無数の打撃痕が残っているところを見ると複数の敵に痛めつけられたようだった。
でも一体誰に?
ハルネがここまで一方的にやられるなんて、相当強い誰かにやられたことになる。
エレオノーラは襲われたような痕はなかったがハルネと同じように気絶していた。
「・・・あなた!」
とここでヨスミの姿がないことに気が付いた。
だが立ち上がろうにも足腰に力が入らない・・・。
自分には誰かに暴行を受けたような痕が残っていなかったとはいえ、どうして立ち上がることができないのだろう?
そもそもこうなる以前の記憶すらないのもおかしな話である。
そう考えていた時、突如としてレイラの隣に何かが落ちてきた。
「いったぁ・・・!」
「フィー、様・・・?」
フィリオラが何故か空から落ちてきたのだ。
「あ、よかった。目が覚めたのね。」
「え?あ、はい・・・。でも一体何を・・・」
「そっか、レイラちゃんも記憶が・・・。私もよくわからないけど、私の心が必死に叫んでるのよ。早くあの山の頂上にいるヨスミの所に戻れっって。だからこうして戻ろうとしてるんだけど、力が上手く入らなくてうまく飛べないのよ・・・」
確かにフィリオラの背には翼が顕現していたが、左右の大きさがそれぞれ違っており、魔力のコントロールでさえも真面にできていないようだった。
だがそれよりも、フィリオラが焦るように言っていた事と、指を差した先、目の前に広がっていた山の頂上。
自分がここにいる以前の記憶が抜け落ちていること。
そして自らの内から聞こえてくる叫びに気付いた。
何よりも、以前にも体験したことがある全身を突き刺すような殺気があの山の頂上から溢れんばかりに漏れ出ていることに、あの右目の封印を解いてしまったのだと理解した。
「フィー様にはこうなる前の記憶があるんですの?!」
「いいえ。でもわかるでしょ? ヨスミは右目を解放させてる。それほどの事態があの山の頂上で起きていること。そして私たちは遠く離れた麓に転移させられていること。だから急いであの山頂に戻ってヨスミを止めないといけないの・・・!なのに、体中の魔力操作もうまく出来ないし、何より力だって制御できない・・・!多分山頂で竜滅香を焚かれたんだと思うわ。」
竜滅香、ドラゴン種にのみ通じると言われる魔香の一種。
この匂いを嗅いだドラゴンは一時的に魔力、身体の制御が上手くいかなくなるという。
またドラゴンたちの持つ能力も大幅に制限されてしまうので、簡単にドラゴンを殺すことができると評判だという。
でも、ドラゴン種ではないわたくしはどうして動きが鈍くなっているの・・・?
色々と考えている時、フィリオラがレイラの肩を掴み、真剣な眼差しを向ける。
「今のこの状態じゃたとえ飛べたとしても間に合わない・・・。今からあなたを私の全力を持って回復させる。だからレイラちゃん、お願い・・・!ヨスミを・・・、パパを止めて・・・っ!」
・・・え?
パパ・・・?
フィー様がヨスミ様のことを、パパ・・・と呼んだの?
「え・・・?あ、ええ・・・?」
「・・・<大いなる竜母の祈り>!!」
フィリオラは両手をレイラへ向け、更に竜の腕まで顕現させるとその腕も同様にレイラへ向ける。
フィリオラの体からおびただしい量の魔力が注がれる。
その魔力は治癒魔法に似た温かさを感じられ、体の内側からありとあらゆる怪我や病気が根こそぎ回復していくのが感じられる。
回復魔法の禁忌として、回復をし過ぎると<オーバーヒール>という現象が引き起こされ、逆に体を壊して相手を死なせてしまうとされている。
だが<大いなる竜母の祈り>に関してはそういった恐れとかは微塵も感じない。
綿密に練られた超高密度の純魔力、それを精密な魔力操作を持ってオーバーヒールにならない限界ギリギリを見極めて片っ端から体の不具合を治していく。
でも確かフィー様は竜滅香を嗅いで全身に流れる魔力の乱れが酷い状態のはずなのに、どうしてこんな高度なスキルを扱えるの・・・?
そう思ってフィリオラの方を向いたが、いつも冷や汗1つかかない彼女の額からは汗が尋常じゃないほど流れていた。
ああ、フィー様も全力なんだ。
なりふり構っていられなくなっているんだ・・・。
わたくしも、今はどうのこうの考えている暇なんてない。
今わたくしがすべきことはたった一つ・・・
「レイラ、お嬢様・・・」
ハルネが意識を取り戻したようで両手をこちらに伸ばしていた。
その意図を組み、レイラは腕に抱いていたディアネスをハルネへ預ける。
体は動くわ。
指も、足も、動かしている際の違和感だってない。
・・・ああ、よかった。
体の傷痕はそのままで。
あ、でも消えてくれていた方があの人にとってはよかったのかしら?
・・・いいえ、そんなことはないわね。
どんなわたくしもまっすぐにその瞳に映して微笑んでくれる。
傷痕なんて、今のわたくしにとって醜い象徴でもなんでもない。
それに、この傷痕はある意味男避けにもなるし、逆にあの人を安心させることができるかしら?うふふ
とここで魔力操作が切れ、全身が痙攣を起こしているかのように震えながら身体が傾く。
咄嗟にレイラがフィリオラの体を支えた。
「フィー様!」
「・・・あ、とは・・頼んだ、わ・・・・。もう、無理・・・・。」
そのまま気絶するかのように目を閉じる。
・・・大丈夫、気を失っただけだ。
フィリオラの鼻から血が垂れているのを見るに、どれほど集中していたのだろうか。
フィリオラ様の、ヨスミ様を想う気持ちは確かなんだ。
「目を覚ましたら是非とも教えてくださいね、フィー様。もしかしたらわたくしの娘になるかもしれないんですから。」
返事は返ってこない。
だが、顔が微かにレイラの体へと傾いた。
それだけで十分だ。
レイラは優しくフィリオラを地面へ降ろすと、ゆっくりと立ち上がる。
簡単な動作で体中の筋肉をほぐし、具合を確かめる。
これならば十分だ。
呼吸を整え、ゆっくりと目を閉じて集中する。
右目に魔力を流し込み、王眼が開眼する。
それに呼応するかのようにドレスが光り出し、王眼の力がより高まっていくのを感じる。
先を見通すことの出来る【王眼】と、神の如き速度を生み出す<神速>。
この二つを組み合わせることが出来れば、もしかしたら・・・!
そしてレイラは覚悟を決め、目を開く。
視線の先はヨスミが居るヴェリアドラ火山の山頂・・・。
レイラは全身に力を込め、一気に駆け出す。
物が一瞬にして移動した際に巻き起こる衝撃波がハルネたちに襲い掛かるが、ハルネのはった魔法障壁に阻まれ、影響を受けることはなかった。
そしてたった一人でヨスミの元へ駆けつけるレイラを見送り、呟く。
「レイラお嬢様・・・、どうかご無事で・・・!」